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第60話 救出任務②

 

 左右を壁に挟まれた道を走っている。

 そういえば僕はあまり走らないなあ、などと思いながら振り返れば恐ろしい形相をした魔物たちが迫り来る。

 黒い津波じみた光景は、まるで一昔前に流行った映画のようだ。


 ざざざと急ブレーキをかけると、そこは袋小路の部屋であり、僕は逃げ道を失っていた。

 すぐに魔物に追いつかれて波へ飲み込まれてしまう。ガブガブと腕や脚を千切り、容赦無く食い散らかされた。


 ……のだが、僕の身体はぐにゃりと歪んで消えてしまう。

 実体の無い幻影を生み出す【夢幻の如しファントム】の技能スキルをいつものように使ったのだ。


 この壁は迷宮本来のものではない。

 精霊魔術師であるエルフが生み出した壁であり、石の精霊を具現化したものだ。2メートルほどの石壁の上に立ち、じっと僕は観察をする。


 ギャアギャアと跳ねる彼らだが、満員になるや入口は塞がれる。すぐにゴウ!と足元から炎が上がり、それを見て僕はもう一段上の足場へ跳んだ。


 たっ、と高台へ乗るとそこにはエルフの少女マリアーベル、そして竜人ウリドラが立っている。ちらりとこちらを見るものの、今は魔物を丸焼きにする最中で忙しそうだ。


「やあ、だいぶ効率が上がってきたね」

「ふうむ、以前とやり方が違うのう。前の方法では駄目じゃったのか?」


 ウリドラからの質問に、僕とマリーはこくりと頷く。

 以前は地雷じみた魔法を敷き、追いかけてくる者たちにバカスカとダメージを与えていたものだ。致命には至らないものの体勢は十分に崩せ、そこを僕がとどめを刺す……という流れだった。


「そうするとね、仕方ないけれど僕の機動力が失われてしまうんだ。ほら、左右に壁が無くても僕はあまり問題が無いからね」


 移動系を中心にしている僕にとって、回避や逃亡というのは苦ではない。

 つまりは、より殲滅効率が高いほうに切り替えた、ということだ。

 見下ろすと、じょあああ!と炎と悲鳴の音が響いていた。詠唱もひと段落したらしく、マリーは杖を下ろしてこちらを向く。


「今のうちに体力を回復しておきなさい。はい、お茶」


 手渡されたペットボトルを受け取り、ありがたく頂戴することにする。高台の縁へ座ると、少女も隣へ腰掛けた。

 まあ、デート風景としてはひどいものだけど休めるときに休んでおかなと。そう考え、ゴクゴクとお茶を飲んだ。


「あ、やっぱり換気があるんだね。これだけ燃えてても煙がこもらないや」

「無ければ炎なんて使わないわ。それにしても脂が多いのか良く燃えるわねぇ。ふふ、この後の仕掛けが楽しみだわ」


 ん、仕掛けとは何だろう?

 尋ねようとしたが、それよりも、と少女は先ほどの「一の陣」である通路へ視線を向ける。


 いくら頭の弱いクッパーであろうとも、黙って焼かれる存在ではない。体当たりを繰り返され、みるみるうちに石壁はヒビ割れてゆく。


「あと3回ってところかしら、こうして焼けるのは。ただ、この方法は雑魚相手にしか使えないわね」

「クッパーは動くものに何でも襲い掛かるからね。まあ、レベリングと思えばかなり効率は良いか」


 いつの間にか雑魚認定されているけど、それなりに魔物レベルは高い相手なのに。

 魔術師が戦場の花形と言われるのは、こうして策にハメたときの火力がとんでもないからだ。

 マリーは立派な装飾をした杖をじっと見た。


「ここまで出来るのはウリドラのおかげが大きいわね。杖が無くともこれくらい使いこなしてみたいものだわ」

「そうじゃのう、ここまで精霊を操れる者はそう聞かぬな。とはいえぬしは長命のエルフじゃ。無理とは言えぬ」


 少しだけ眠そうな声でウリドラはそう答えた。

 今のところは防衛陣のおかげでそれほど危機は訪れていない。


 しかし全てが順風満帆というわけではない。肝心の悪魔は広間の奥から一向に動かず、そして新たな魔物を生み出す速度は変わりない。

 僕らは体力回復とレベルアップを、そして悪魔は安全を手に入れているわけだ。


「となると、あの無限と思える召喚が悪魔の特殊技能スペシャルかもしれないな。ひょっとしたらこの階層のクッパーは、あいつが生んでいたのかも……。とはいえ、ここまで指をくわえている理由が分からないや」

「そうね、遠隔攻撃を持っているでしょうに。傍観せざるを得ない理由があるかもしれないわ」


 先ほどから「一の陣」で魔物を倒しているのは、召喚できる量に限りがあるか試していたのだ。しかし空振りに終わりそうな気配が漂っている。

 まだ「二の陣」そして「三の陣」は控えているが、このまま続けても意味は無いだろう。

 ここはやはり、僕が悪魔を倒してこなければいけないようだ。


「さて、だいぶ休めたし、そろそろ悪魔に挑んで来ようかな」

「気をつけてちょうだい。中級以上の悪魔を一人で倒せた人なんてほとんどいないのよ」


 そう聞くと、少し燃えるものがあるなあ。

 ぜひとも「ほとんどいない人」に選ばれたいものだ。もちろん、少女の魔力付与エンチャントが無ければ逃げるしか無かったけれど。


 見れば密室の敵は残らず消滅し、燃料モンスターを追加補充すべく石の扉が開かれるところだった。

 この調子でやれば、しばらく大きな問題は起こらないだろう。


 足場を蹴り、そして広場の地面へと瞬間的に移動をする。

 魔物達は「一の陣」への攻略にやっきで、広場はがらんと静かなものだ。


「お2人とも、頃合を見て避難してくださいね」


 広場の中央には、気絶した男性を胸に抱える女性の姿があった。

 憔悴しきり、何が起きたのかよく分かっていない表情をしているが……まあ、こんな光景を見たら呆然とするか。


 スタスタと通り過ぎざま、小さな声で「ありがとう」と囁かれた。

 振り返ると彼女はようやく安堵の表情を見せている。

 ひらひらと手を振り、そして僕は広間の奥へ進んだ。



 足を止めると、待っていたかのように悪魔がのそりと姿を表す。

 先ほども見たが、異様という言葉しか出てこない。

 恐ろしく細身のくせして背は3メートルほどある。威嚇をするように、縦に伸びた口から針金をこするような音が響いた。


 さて、悪魔退治だ。

 人間の世界に存在しない悪魔というのは、物理的な攻撃がほとんど効かない。だからこそ、片手剣にはマリーによって聖属性を付与されている。


 きゃっ!と老婆の悲鳴じみた声を響かせ、額にある逆五芒星の飾りから、周囲へと闇だまりを浮かばせた。魔物を召喚する気だろう。

 とはいえ、せっかく付けてもらった聖属性を彼らに使うのはもったいないか。


 ずるうり、と黒い巨大ウナギじみた魔物が3体ほど地面にベタリと落ちた。ただし、細かい足がびっしりと生えているあたり、見ていて気持ちの良いものじゃない。


 分身をその場へ残し、悪魔の側面を経由して背後へ瞬間移動する。

 ギン!と針金を繊維状にした脚へと一刀を与えたものの、黒い燐光がそれをほとんど防いでしまった。やはり障壁レベル82は伊達じゃない。


 キャ――ア――ア――……ッ!


 ぐるんと顔だけがこちらを向き、その気持ち悪さにゾッとする。

 指先がこちらへ伸びると、ばしゃしゃと非常に細かい糸状のものが石畳を穴だらけにした。その時にはもう僕は側面へと回りこんでいる。


「うへ、気持ち悪い。とりあえず何発か攻撃してみようかな」


 背後からは巨大な口が迫り、ばくんっ!と巨大ウナギが幻影を飲み込んだ瞬間、悪魔への連続攻撃ラッシュを開始した。


 光の属性と闇の属性が打ち消しあい、それでも残る障壁を無理やりに手数で破壊する。ザスザスザスと黒い火花を散らして太もも――細ももかな?――を攻撃し、矢継ぎ早に針金が頬をかすって後方へ穴を開けてゆく。


 マリーとの距離はだいぶあるので、見せずに済んで良かったと思う。でなければ映画を見ていたときのように心臓をバクバクとさせていただろう。


 瞬きする間に巨大ウナギサーペント、そして遠隔攻撃がやってくる。その攻略法を、眠そうな顔ではあるが一生懸命考えた。

 うーん、ぐにゃぐにゃして斬りづらい。せめて両端を固定できないかな。


「あ、これで行ってみようか」


 ピンと浮かんだものがあり、その瞬間、背後から巨大ウナギサーペントが幻影を貫いて行った。

 魔物はそのまま悪魔へと勢いよく進み、互いにかわそうとする。どん、と悪魔が石柱へ背をつけたのを見て、またも連続攻撃ラッシュを僕は始めた。


 ザスザスザスと柱ごと悪魔の脚を裂いてゆく。

 この高さでは胸にある核を狙うことができないので、まず脚を斬り落とさないといけない。そのためにこうして柱に押し当て、無理やり固定化して切断を試みているのだ。


 ピチッ、と繊維のひとつが切れ、その一刀の攻撃を【愚直オーネスト】へと記憶させた。よし、この角度が好きなんだね。どんどん行ってみようか。


 キオ――オ――ォ――………ッ


 繊細で、かつ正確無比な一刀が次々と繊維を断ち切ってゆく。すると悲鳴じみた声を悪魔はあげる。

 いや、違ったようだ。悲鳴などではなく、これは詠唱であることを表すよう両手から網目状の波が迫る。


「あれに捕まったらアウトだなあ。どうやって近寄ろうか」


 10メートルほど離れた位置に立ち、うーんと考える。

 バタバタと音を立てて巨大ウナギサーペントは迫るが、主人との距離を自分から離さなくても良いのに。まあ知性は低いようではあるし、そのぶん幾らでも替えが効くのだろう。


 だけど僕には替えが無い。やられた瞬間、3名という少ない人員のパーティーは崩壊するだろう。たらりと汗が流れたのは、恐怖心ではなく単純に体力が減っているせいだ。


「これ、ウリドラが鍛えていなければ、体力に余裕があったんじゃ……」

「聞こえておるぞー。通信のおかげで意思疎通チャットの仕組みも覚えられたからのう。あとでもっと鍛えてやろう」


 …………。

 困ったな、あの人は何でもアリじゃないか。


 さて、効率的に斬る角度は覚えた。

 あとはどれだけ近距離に留まれるかだ。

 ふむ、と幻影を3体の巨大ウナギサーペントに食わせながら考える。


「マリー、魔力の余裕はあとどれくらいあるかい?」

「あと半分よ。ただし、だんだん精度は落ちてゆくからね」


 うん、あまり余裕は無いね。

 こちらを相手にしているから向こうの魔物は減る一方だろう。しかし悪魔を自由にしては、先ほどと同じように魔物を大量生産されてしまう。そうなるとほぼ詰みに近い。


 だけどこの時点でほぼ救出任務ミッションは終えている。

 ウリドラに頼んでマリー、そして救出対象の2人を運んで貰えば良いだけだ。


 とはいえ気になることもある。

 先ほどまで見ていた立体地図は、この広間から先の部分がぽっかりと抜けていた。ひょっとしたら迷宮の先へ行くにはここを通らなければいけないかもしれない。

 となると……。


「……うん、やってみようか。駄目なら撤収すれば良いだけだ」

「え、なにをするのかしら?」


 それはもちろん、あの悪魔を捕らえ、雑魚を殲滅し、皆で幸せになれる作戦だよ。

 ひっそりと意思疎通チャットで作戦を伝えると、さすがのウリドラも頬を引きつらせた……ような気がした。


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