第58話 アメシスト隊
訂正)第53話の就寝時に「位置情報は知られていない」という誤りがありました。正しくは位置を知られており、そちらを「ウリドラが情報操作をした」という文章へ修正しております。
迷宮攻略、2日目――……。
駐屯地のあるオアシスは、早朝の静けさに包まれていた。
しかし一際大きなテントには人が集い、攻略状況の確認、報告、伝令と忙しく働いている。
本部が忙しい時は、何かしら問題のある時だろう。
攻略状況はやや遅れており、国には対策も含めて報告しなければならない。
活動中の部隊にはそれを伝えなければならない。
そしてもう一つ、問題はあった。
「……まだ彼らは孤立した状態か」
「わしらが扉を封鎖しておるからな。敵の数が多すぎて救出も向かわせられんわ」
魔導師からの返答に、むすんと総大将であるハカムは息を吐く。
とはいえ孤立した兵の救出は困難だと彼自身がよく分かっている。戦力をそちらへ回すより、この階層主を倒すほうが重要なのだ。
「魔物どもを支えている階層主を倒せば、一帯が我らの領域に変わるからな。しかし彼らを救うには間に合わないだろう」
「うむ、まだ3割程度の進行じゃからな。それにしてもザリーシュ、ガストンはよく働いておる」
魔導師アジャは意図的に会話をずらした。
それに気づいているハカムも意図的に会話へ乗る。
どうしようもない問題に捕らわれていられるほど、いまは平和な状況では無いのだ。
「まさかと思っていたが勇者の再来というのは本当かもしれんなあ。アジャが推すだけのことはある」
「ふん、金喰い虫の勇者じゃがな。素行に問題が無ければ、その言葉を手放しで喜んでやれるのに」
とはいえ現状では最も頼りになる戦力だ。
ダイヤモンド隊のザリーシュ、そしてルビー隊のガストン。突き刺さる二本の槍のように古代迷宮を攻略し、大穴を開けようとしている。
と、そのとき少数の光源が動いた。
古代迷宮の地図は立体的に描かれており、薄暗いテントのなか浮かび上がる。各隊から送られる情報を元に着々と地図は組まれてゆくのだが、その光源はかなり遅れた位置にあった。
「ほほ、いまごろ起きたか。よく寝るのう、小僧たちは」
「まったく、よく育ちそうだな。俺は年のせいで明け方に起きてしまうから羨ましいくらいだ」
数少ない癒しに、二人は久方ぶりの笑みを浮かべた。
こうして比較的平穏に、迷宮攻略の二日目は始まったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
むにゃりと僕らは瞳を開く。
周囲は真っ暗で、腕のなかには少女の感触があり、そして硬い地面があるきりだ。
「ふぁ……光の精霊よ……」
すぐ耳元で欠伸混じりの声が響くと、少女の指がぼんやりと浮かび上がる。光に透けた指先は、寝ぼけた精霊を起こすようツンツンと突付き、ゆっくりと光源は強まっていった。
「んー、あったかくて気持ちいー……」
ぬくぬくに温められた毛布のなかで少女はそんなことを呟く。
その間も光は強まり、そして頃合を見てもう一度ツンと指先で突付くと、それが2つに分裂した。
「おはよう、マリー。また寝ないようにね」
「ま、あなたからそんな事を言われる日が来るとは夢にも思わなかったわ。それで、ウリドラはいつ来るのかしら」
はて、どうなのだろう。
こちらが起きたら向かうと言っていたけれど……おっと、さっそく来たようだ。
壁に真っ黒い染みが広がり、そして人に近しい大きさになる。
粘液質なタールのようにへばり付かせ、ぬっと腕が現れた。その腕が両脇の壁をつかみ、ずるんっと全身を露にする様子は……けっこう怖いね。
「にゃあああーーっ!」
びくう!と毛布のなか少女は震え、華奢な身体に合わない大声へ驚かされる。
やがて闇色の染みがすっかり消えたころ、壁から現れた女性は明るい声をかけてきた。
「おはようなのじゃ、2人とも……って、なにをしておる。朝から抱きつきおって。ふうむ、わしへの当てつけであるな?」
ぱちくりと瞳を瞬かせて不思議そうに問われたが、正面から思い切り抱きつかれているので返事をするのも難しい。どうにか片手を上げ、魔導竜ウリドラへと声をかけた。
「や、やあ、おはようウリドラ。良い朝だね」
「ちょっと、怖がらせるのはやめてちょうだいウリドラ! 二度寝も出来なくなってしまったじゃない!」
うん、やっぱり二度寝を考えていたんだね。
とはいえビクビクとしているエルフというのも良いものだ。
もう少しゆっくりと楽しみたいけれど、ここが古代迷宮ではさすがに無理か。名残惜しく毛布を除け、朝の荷造りを僕らは始めた。
「それで、お子さんは元気だったかな?」
「相変わらずじゃったぞ。ふ、ふ、しかし前よりはずっと楽しめた。なにしろ、ぬしら2人の面倒をずっと見ていたからのう」
「えっ、私まで子供扱いをされているの? 言っておきますけれど、私は百歳を超えているの。おじいさんよりもずっと長生きよ」
まあ何千年も生きている竜からみると、僕らと小竜の差は些細な違いかもしれない。
とはいえ最近のウリドラはずいぶんと丸みを帯びたというべきか、母親としての美しさを兼ね備えたように見える。
その彼女が魔具へ触れたのは、僕らの位置情報である光源を操作した意味がある。魔術を深く知る彼女にとって、そのようなことは造作も無いことらしい。
「じゃあ今日もよろしく。迷宮二日目の攻略を開始しようか」
おーー!と女性陣は元気よく手を上げて、今夜の遊びは始まった。
下へ下へと降りてゆくことが多くなってきた。
かつては上層を古代人は生活の場にしていたかもしれない。階段を降りるたび人としての文化は薄れてゆき、周囲はより迷宮らしい暗い雰囲気へと変わってゆく。
となると苦しむのは僕だ。
剣の師であるウリドラは嬉々として僕を鍛え、たっぷりのスタミナと引き換えに技能レベルは上がってゆく。
魔術師であるマリーが調べたいものがあれば休憩の場となり、じっくりと迷宮探索は進められた。
とりとめの無い談笑が女性たちから流れる。
光の精霊はあたりを明るく染めており、足元には3つの影がゆらゆらと揺れている。そんな探索の時だった。
前方に何かが散乱しているのが見えて僕は足を止める。
それは誰かの荷物だったらしく、拾い上げてみればまだ新しいもののあちこち穴が開いていた。床へ散乱しているのは、どうやら踏み潰された携帯食らしい。
「あれ、このあたりはもう攻略組が来ているのか」
「よほど急いでいたのかしら。あ、こちらを見てちょうだい。扉があるわ」
マリーに指差された方向を見ると、壁をはがしたようにして扉が露にされていた。
少し変わっているのは、黒い鎖で覆われていることだろうか。八芒星を描くようにし、その頂点へとそれぞれ祭具らしきものが突き立てられていた。
「隠し扉か……なんだろこの鎖は」
「うむ、司祭の力で封印されておるのう。よほど急いでいたようじゃ。ずいぶんと造りが荒い」
すると急いで塞がないといけない理由があったのか。
「中の様子を知りたいなぁ。……あ、立体地図でなにか見えるかもしれない」
魔具を持ち、ブヴンと起動をすると周囲の様子が展開される。
皆で覗き込むと広間はごく一部だけ表示された。エルフの少女が指差して怪訝そうに首をかしげる。
「あら、地図が埋まっていないわ。まだ攻略途中だったのね」
「んーー、2つ光源があるな。するとまだ中に人がいるのかもしれない」
少女は瞳を丸くさせ、こちらを見つめてきた。
とはいえ僕には判断がつかない。そもそもこの光源は、生きている者のみ表示するのだろうか。
「ひょっとして、強い敵と戦って退却したのかしら?」
「うん、気になるね。できれば戦ってみたいし、中にまだ人がいるなら救助したいかな」
ごくりとマリーの喉がなった。
楽しみにしていた手強い敵との戦いだが、これほど大人数が退却したとなると難易度が高いことを示している。
「うん、方針を決めようか。マリーはどうしたい?」
「……ごめんなさい、分からないわ。どんな敵がいるか予想つかないのですもの。ただ、助けられるなら助けたいわ」
ぎゅっと杖を握り、心細そうな瞳で見上げてくる。
細い肩はいまにも震えだしそうなのに、案外と瞳の奥には力強いものを感じられた。
以前の少女ならもっと悩んでいただろう。
己の身は己で守るものであり、そもそも争いを好むような性格ではない。
それを変えたのは、もしかしたら昨夜に見た映画かもしれない。他人というものは触れ合うことが無いから他人であり、もしも触れ合うことがあれば友人にもなれる。
エルフはきっと、そのような事を学んだのだ。
僕がコブシを握って突き出すと、少女は少しだけためらいを見せた後に「むんっ」と眉を立て、小さなコブシを当て返してきた。
そして隣からはウリドラのものも重ねられ、皆の決意は固まった。
「よし、それじゃあ救出任務を始めよう。優先度は僕らの身の安全、彼らの救出、そして敵の撃退という順でいいね」
こくりと力強く少女はうなずく。
竜人であるウリドラは、前もって決めてある通り見守る役目だ。できれば彼女からの支援無しに救出任務を達成したいところだが、そんな意地を張っている場合でも無いだろう。
そして僕は魔具を持ち、赤い色をしたボタンを押す。
使い方は事前に説明されており、これは本部にいるアジャ様との通話をする機能がある。
ざざ、ざざ、と砂嵐に似た音が響き、そして通話はつながった。
「こちら本部。どうした小僧、問題でもあったか?」
「いえ、これから広間の救出任務を始めます。中にいる2人が無事かどうか教えてください」
息を呑むような気配が伝わってきた。
しばしの間を置き、老人に代わってハカム司令の声が響く。
「……そこは危険だぞ。広間には魔物を生む魔族の発見報告があり、推定レベルは80だ」
「情報ありがとうございます。2人が無事かどうか教えてください」
司令からの情報には少女も瞳を見開いた。
魔族でレベル80ともなれば下級などではない。少なくとも中級、そして魔物を生むともなれば特殊技能を持っている可能性も高い。
となると頭の中で想定していた難易度をだいぶ上げる必要がある。
作戦をじっくりと練りながら司令の返事を待った。
やがて魔具からはしゃがれた声が響く。
「……かろうじて無事だ。2人は結界により生き延びている」
「分かりました、可能であれば救出をいたします」
うん、少しだけドキドキするね。こうしてお偉いさんと任務について話すだなんて。
通話スイッチを切りかけたところで、ザザと通信が鳴った。
「……言い忘れていたが、任務をするなら国外の者だろうと部隊の一員になる。もちろん君たちに指図をするつもりは無いが、部隊には部隊名を付ける決まりがある」
きょとりと皆で目を見開いてしまう。
どうやら部隊名というのは、それぞれ宝石の名をつけているらしい。
通話に指を当て、聞こえないようにしてから僕はボヤいた。
「どうしよう、急にそんなことを言われても……」
「あまり意味は無いでしょうし、何か適当な宝石に決めたらどうかしら?」
そう助言してくれる少女を見て、僕はしばし考える。
ふむ、どうせなら馴染みのある宝石にしようか。
「――では、アメシストでお願いします」
「分かった。アメシスト隊、成功を祈る」
エルフはきょとりとした顔をしており、名づけの元になったとは気づいていないようだ。
ただ、ウリドラはにまにまと「青いのうー」という顔をしており……軽く赤面してしまった。
ザザ、ザーー……
こちらブラッドストーン、隊長代理だ! 無理を承知で頼む。隊長を救い出してくれッ!
こちらアンダルサイト、俺も隊長代理だ。あの人は俺を逃がしてくれたんだ。頼む、生きて帰らせて欲しい。くそっ、本当に優しい人なんだ!
彼らから届く悲鳴じみた声は、胸を焦がすかのようだ。
無線を通じて激情を伝え、火にくべた薪のように燃え上がる。
「……こちらアメシスト。了解しました」
ザッと音を立て、通信を切った。
やあ、意外と燃えるものだね、こういう物語は。
てっきり中学生くらいに卒業したものと思っていたけれど、まだまだ僕も若いものだ。
ふつふつと滾るものを覚えつつ、僕らは封印されし扉へと手をかけた。




