第49話 いざ古代迷宮へ
どんっ、どんっ、どんっ……!
腹の底から響くような騒音に、僕らは目覚めるなりガバリと飛び起きることになった。
空はまだ薄暗く、毛布を跳ね除けて高台からそっと見下ろす。
するとそこには司祭を中心に完全武装をした人々が集まっており、ジャンジャンと騒々しいほど楽器を打ち鳴らす光景が広がっていた。
しまった、出発時間に合わせて早めに眠りについたのだが少しのんびりとし過ぎたか。
「あ、寝坊しちゃったなぁ。せっかくの肉体強化をもらいそこねちゃった」
「せっかく早く眠ったのに。だれかさんがのんびりし過ぎていたせいですからね」
おかしいな、新幹線への質問責めにあってなかなか寝れなかった記憶があるのに。
マリーの言うとおり、ぼくらは6時くらいにベッドへもぐりこんでいる。その理由は、本日の迷宮攻略が夜明けとともに開始されるからだ。
まあ、今さら行っても間に合わないか。100名を越える大規模な肉体強化なら、だいぶ前から儀式をしていたろう。
ジャンっと最後に大きく楽器が鳴ると、周囲一帯へ能力向上の効果は与えられた。
全身へとキラキラとした輝きが降りかかり、恐らくは能力が1割ほど引き上げられているだろう。効果が微量なぶん、その効果時間は長い。
「問題無いじゃろ。あれはあまり良いものでは無いからの」
すぐ後ろから響く声に思わず振り向いた。
黒髪で女性の姿をした魔導竜はドレスに似た武装を展開し、迷宮への攻略準備を進めていた。
きょとりとマリーは小首を傾げ、毛布を畳みながら問いかける。
「あら、肉体強化は普通のことでしょう。いまではどこでも扱われているわよ」
「普通の強化なら構わぬが……司祭の強化には慣れぬほうが良い。感覚を狂わせ、成長を阻害しおるからな」
へえ、そういう悪い効果もあるのか。
僕はだいたい一人で遊んでいたから、この世界の事情を詳しく知らない所がある。ただ、どうもウリドラは何かを隠している気がしないでもない。
すい、とウリドラは遠方を指差した。
その先を目で追うと、ぽつんと離れた位置にいる集団が2つほど見える。どうやら僕らのように能力向上を受けない者たちもいるらしい。
「あやつらもそうじゃ。昨夜調べたが、あの2人のリーダーは覚えておいたほうが良い」
じっと目をこらすと、集団の中心にはそれぞれ首領と思える人物が立っていた。
片方の男は年若く、みなぎる覇気を伺える。背も高く、僕から見ても整った顔をした人物だ。そしてもう一人は白髪の老人であり、年老いてなおがっしりとした肉体を保っている。
「やあ、強そうだ。やっぱり僕よりも上かな?」
「うむ、あの二人が飛びぬけて強い。見立てでは若い方はレベル140、爺さんは120くらいかの。とはいえレベルというのはあまりアテにならぬ。相性が悪い相手には易々と引っくり返されるものである」
うはあ、ついにレベル100の突破者が出てきたか。
青年はまだ二十歳くらいに見えるのに、まさかそれほどの実力者とは。外見が整っているせいか周囲には女性が多くおり、はきはきと皆へ指示をしている姿が見えた。
「分かった、問題を起こさないよう気をつけるよ。じゃあ僕らも準備を始めよう。前に言ったとおりウリドラはパーティー外だ。僕ら二人が基本的に戦い、どうしようも無いときにだけ守ってもらう形だね」
こくんと二人から頷かれた。
下のほうでも動きがあり、どうやら早々に迷宮攻略へと向かっているようだ。
僕らの入る順番はかなり後のほうになるが、アリライ国外からの唯一の参加パーティーなので文句も言えない。
まあ、寝坊をしたのだしちょうど良いか。
「一応パーティー状況の確認だけしておこうか。僕のほうは全部閲覧できるようにしてあるから」
「私の方もよ。うん、ちゃんとパーティー状態になってる」
僕とマリーのステータスはオールグリーンであり、以前の設定のままパーティー状態を示すアイコンが表示されている。これには意思疎通機能などもあり、すぐに活用することになるだろう。
まあ、僕らの準備はそれくらいだ。
もとから鎧なんて持っていないし、剣や杖の状態を一応と見ておく程度だからね。
出発まで時間はまだあるけれど、いまのうちに挨拶しておきたい人もいるので高台から降りることにした。
テントの前には人だかりが出来ており、中央にいる人物から次々と指示が飛んでいた。
お邪魔そうだし退散しようかと思ったら、その男性が手を上げてきた。赤銅色の日焼けをし、筋肉で身体を膨れ上がらせた人物は、この迷宮攻略の総括責任者であるハカムだ。
「おっと来たか! ほら、遠慮しないでこちらへ来い!」
「どうも、猫族での工房以来です。すみません、こんな忙しいときに」
「構わん、構わん。どうもお前は気になっていたからな。おっと、エルフ族のマリアーベルも一緒か。ローブ姿を見るとようやく魔術師だと思えるな」
わはは!とハカムは豪快に笑い、それから少しだけ周囲の者たちを遠ざける。
大雑把そうに見える彼だが、先ほど飛んでいた指示を聞く限りは案外ときめ細かいもので、慕われているのだと感じさせるものだった。
「こんにちは、ハカム様。相変わらずお元気そうで。こちらが盾役のウリドラです」
「うむ、よろしく頼む」
少女が腕を組んでウリドラを前に出すと、ぴたりとハカムは動きを止めた。赤銅色の肌をしているせいで分かりづらいが、どうやら豪快なハカムにしては珍しく赤面しているらしい。
息を呑み、ようやくぎこちなく口を開く。
「これは美しい……いや、二人とも砂漠に咲いた花のようだ。むさくるしい場があっという間に華やかになるとは。ほら、客人に2つお茶を用意しろ!」
あれ、僕のお茶は?
この辺りの茶は香り高いし、できればもらえると嬉しいんだけどなあ。
テーブルにはきっかりと2つの椀が置かれ、二人がゆっくりと飲む様子を僕は眺めた。美味しそうだなー。
「あ、せっかくですので僕らも攻略に参加することにしました。出発する前に司令殿にご挨拶をと思いまして」
そう言い、少女と共にハカムへと頭を下げた。
堅苦しいのが好きでは無いのか、手をひらひらと振り、男は気さくな笑みを見せる。彼の隣には広間で会った魔導師の老人アジャがおり、こちらも顔に喜色を浮かべていた。
「やはり来たか。うむ、うむ、若いころには無茶をしたほうが良い。新しく頼もしいメンバーも連れてきたようじゃな」
「ええ、よろしくお願いします、アジャ様。みなさんの足を引っ張らないよう頑張ります」
老人から皺くちゃの手を差し出され、それぞれ握手をかわす。アジャと呼ばれる老人は相当なレベルを保持した魔導士であり、この攻略において後ろ盾をしてくれる人物だ。
「面白いものを見せてやろう。どれ、わしの手のあたりを見ておれ」
マリーを見る目は、まるで孫を相手にするようだ。アジャ様はニコニコと笑い、そして手の平を地面へと向けた。
すると空中には光る何かが現れて、線となり、それが四方へと散ってゆく。格子状を組み合わせ、あっという間にジャングルジムに似たものが描かれた。
ぽかんと口を開いている僕の隣から、あっ!という少女の声が響く。
「まさか、これは古代迷宮の地図ですか?」
「左様、まだ途中ではあるが先行隊の遺したものじゃ。さらにはこの本部との伝達を可能にし、必要に応じて他パーティーとの連携を行えるが……ふむ、ハカムよ。こやつらにも魔具を持たせて問題無いかのう?」
「ああ、魔導師のお前が言うなら構わんだろう。他国の者には見せられない決まりだが、どうも心配だからなぁ」
そう言い、ちらりと僕らのカバンや装備をハカムは眺めた。
ああ、そういえばお弁当ひとつと毛布、それにキャンプ道具くらいしか携帯していないのは変か。いつでも日本と往復できるなど説明する気もさらさら無いので、少年らしくにこりと笑みだけを返す。
「まったく眠そうな顔をしおって……ほれ、これは伝達の道具でな、何か困ったことがあればすぐ連絡するのじゃぞ。無茶はして構わぬが、無謀なことだけはしないように」
「ええ、もちろんです。ではありがたく頂戴いたします」
受け取ったそれは何かの魔法道具のようだ。円筒形のものを手に取るとズシリとした重さがあり、どうやら暗号を言うと起動をする代物らしい。
ぺこりと頭を下げ、そして僕らも迷宮の入口へと向かうことにした。
ざわざわとした喧騒は、やがて小さくなってゆく。
精鋭140名がゆっくりと迷宮へと入るたびに人口密度が減ってゆくからだ。
その間、僕らは先ほど頂戴したばかりの魔道具で遊んでいた。
「へえ、便利だなあ。自動的に迷宮構造を記録してくれるなんて。オートマッピング機能かあ」
「この国で新しく取り入れた技術ね。こんな大事なものを渡してくれるなんて、よほど心配をされているのね」
まあ仕方ないよ。僕らの見た目は少年少女であり、護衛役のウリドラも見目麗しい女性だ。先ほどからずっと周囲から奇異な目で見られているし、もうとっくに慣れている。
「ふうむ、こちらの位置情報も伝わる玩具じゃな。それ以外の情報伝達機能は取り払われておる。こちらが望んだときだけ会話できるなら、まあ良いか」
あ、確かにウリドラの存在は隠しておいたほうが良いだろうね。もしも会話を聞かれてしまうなら、これをどこかへ捨てる必要があった。
日差しはずいぶんと強まり、僕らも一歩ずつ迷宮口へと近づいていた。
それでも砂漠と比べて快適なのは、あのオアシスが涼めてくれること、そして周囲をぐるりと壁で囲まれているおかげだろう。風も穏やかで過ごしやすいくらいだ。
などとのんびりしていた時に、ざくざくと砂を踏み、2名の男女が近づいてきた。
僕と目が合ったのは少しだけ人相の悪い女性、それに皮鎧を着た中年男性だ。じっと立つウリドラ、そしてマリーを見て男性はピュイと口笛を吹いた。
値踏みをするようにこちらを見下ろしてくるのは、何やら嫌な思いをさせられる。
「……なにこの子たち。迷宮を遊び場かなにかと勘違いしてんの?」
肩のあたりでばっさりと金髪を揃えており、ぴんと尖った耳からも半妖精エルフだと分かる。ウリドラと同じくらいの身長があり、覗いている肌はエルフにしては濃く日焼けしており、また鍛えられていた。
「あー、ええと、何かご用ですか?」
「……なにこのボケっとした子。最初の部屋で転がってそう」
やめろって、と男性は腕を掴むが、それを女性は振り払う。
こちらとしては何か気に障ることをした記憶も無く、きょとんとマリーと見つめ合ってしまった。彼女が首を横に振ったのは「知り合いのエルフではない」という意味だろう。
「食事は? 何食分あんの?」
「……特に困らないくらいには。あの、用事は何ですか?」
こちらの返答にカチンと来たらしく、緋色の瞳を不機嫌そうに細める。
「その小さなカバンで? 最低でも一週間分は用意するのが常識だよ。なにあんた、その子たちを殺したいワケ?」
僕がちらりとウリドラを見たのは、何か騒動になってしまわないかと心配したからだ。しかし彼女は一切の感情を見せない表情で、遠くのオアシスをじっと見つめていた。
ウリドラはこういう表情をときどきする。それは決まって僕ら以外の人を目にしているときだ。
どんっ、と胸元を手で突かれた。
怒りを込めているらしく、それは思っていたよりも強い力だった。きっと彼女自身のレベルも高いのだろう。
「聞いてるのはアナタ。なにー、お母さんが恋しいのー?」
「ちょっと、あなたね……!」
怒気を溢れさせるマリーを手で押さえ、彼女の前にゆっくりと立つ。
こういうとき、キリッと迫力のある顔を出来れば良いんだけど。あいにくと欠伸が出そうな顔つきしか出来ないんだよねぇ。
「ああ、悪いけど僕らには何の問題も無いよ。心配してくれてありがとう、ちょっと目つきの悪いエルフさん」
ぐうっ、とエルフの怒気が膨らむのが分かった。
けれど何故だろうね、マリーが怒るよりはずっとマシだ。これでも幾分か鍛えられているのかもしれない。
「おい、待てって。俺らもぼちぼち出発だし、手出しは厳禁と言われてるだろが。……いいかげん旦那も怒るぞ」
そう言われた瞬間、びくん!とエルフは震えた。
今までに見た彼女のどんな表情よりも、その引きつった笑みは――怖い。
「あ、ああ……ただの冗談だって……本気なんかじゃ、ないよ」
「ならいいけどよ。ほら、行こうぜ」
見えない首輪に引きずられるように、うなだれて歩き去る様子を僕らは見送る。
「……なんだったのかしら、いまの」
「うん、変な感じだったね。いまの人たち、さっき見たリーダーの一員にいなかったかな。ほら、格好良い顔の人」
そう言うと、きょとんと少女は小首を傾げる。
あれ、ひょっとしてエルフって美的感覚が何か異なるのかな?
「ええとね、ウリドラが高台で指差していた若いほうの人だよ」
「ああ、そう言われるとエルフが混じっていたような気もするわ。でもなんだか可哀想ね、あんなのに連れられて」
いや、推定レベル140の人物なんだけど……。
ただ今の表情は僕も気になるかな。まるで奴隷のように扱われて見えたけれど、今はもう迷宮へと彼女らは進み始めていた。
気を取り直して魔法道具で遊び、日がだいぶ昇ってきたころに僕らの順番となる。
淵に立つと、かつて見た光景となに一つとして変わっていなかった。
ぽっかりと開いた大穴は地の底まで伸びるような深遠を見せており、周囲をらせん状にぐるりと下る通路が見える。
奥底から感じられる太古の息吹も、あの日とまるで同じだ。
ああ、長かったなあ。
これからは毎日のようにここへ来ることも出来るのだ。
「あなた達が最後のチームです。どうか無事のご帰還を」
「ありがとう、たっぷり遊んできます」
係の人へそう答えると、ターバンを巻いていた彼は瞳を丸くさせた。
3人で顔を見合わせると、にんまりと笑い合い、それから最初の一歩を同時に踏み込む。
カーブを描く階段は思っていたよりも硬質な音を響かせ、僕らはついに迷宮へと足を踏み入れたのだ。
特級ミッションが開始されました。
【災いの迷宮】への扉が開かれました。
凍結されていた運命の輪が起動しました。
…………。




