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第43話 エルフさんとのお食事会①

 ウジャーピーク遺跡にキャンプが敷かれた。

 総勢1500名弱がオアシス周辺を占拠すると、ずっと前にエルフと共にレベリングで訪れたときとはまるで異なる光景と化す。


 あのときはオアシスを中心に、がらんとした空虚な遺跡が残されているきりだった。しかし今では坑道に物資は山と積まれ、布で張ったテントでぎっしりと埋め尽くされている。


 それもそのはず遺跡には新たな迷宮が見つかり、魔石なるものを発掘すべく国が主導で動いているのだ。軍隊のベースキャンプと近しい雰囲気をしているのには、そんな訳がある。


 突入をする精鋭たちへと何やら配られているが……まあ、国外の参加者である僕らには関係ないね。そんな光景を眺めつつ、僕らは以前にもレベリングで活用した高台でひっそりと焚き火を囲んでいた。

 見下ろせばこれから未曾有の迷宮探索を行う彼らの表情は明るく、なかには楽器を演奏する者も混じっている。


 賑やかな彼らを遠まきに眺め、僕らはゆっくりと休息をとっていた。

 日はとっぷりと暮れており、オアシスのおかげで涼しく眠りにつけるのは幸いだ。


 毛布をかけた僕の肩には、マリアーベルという名の少女がもたれかかり、こっくりこっくりと船を漕いでいる。彼女から伝わる体温のおかげで、こちらのまぶたまで重くなりゆく。


 そしてもう一人、澄んだ紺色の空を見上げる竜がいた。

 その横顔はとがった顎先を誇張しており、黒色の長いまつ毛をした女性だ。空のように澄んだ瞳をし、きっと僕らが見ているのとは違う光景を見ているのだろうと思わせる。


 どこか幻想的な光景として映り、うとうとしながらも見つめてしまう。

 彼女の正体は魔導竜であり、決して人には辿り着くことの出来ない存在だ。それでも何故か、手を伸ばせば届くような気さえする。


 ぼんやりと思考は霞がかり、魔導竜が見守るなか、とぷんと水の中へ落ちるように暗転した。




 そして僕らは瞳を開く。


 ぼんやりとした日の光を覚え、先程とはうって変わって柔らかい布団に包まれている。

 このまま微睡まどろみを楽しんでも良いが、おでこを合わせている少女と目が合い、心臓がとくんと揺れてしまった。


 さらさらの白い髪には寝グセがあり、そのあいだには綺麗な薄紫色の瞳がある。

 夢の中では同じくらいの背をしているが、こちらの世界――日本では、僕はずっと大人だ。そして少女は見た目通りの子ではなく、ピンと伸びた耳、そして人とは思えぬ容姿をしていることからも半妖精エルフという種族だと分かる。


 少女は口元を緩ませ、そしてぽそりと「日曜日よ、カズヒホ」と大事なことのように囁いてきた。見れば布団から小さなゲンコツが二つ覗いており、前後に小さく揺すっている。

 そんな仕草を見ればもちろん僕は微笑ましい気持ちになり、まどろみを楽しもうという気は失せてしまう。


「お休み2日目だね。起こしても平気かい?」

「ええ、もちろんよ。けど困ったわ、寝起きのせいで力が入らないの。ほら」


 そう言いうと小さなゲンコツで僕の指をにぎり、きゅうきゅうと締め付けてくる。頼りない握力は、彼女の言うとおり寝起きのせいで力がまるで入らないのだろう。

 眉間に皺を刻み、うーんと唸っているようだが、ぽかぽかとした体温に包まれるとくすぐったい気持ちにさせられるものだ。


「じゃあ起こしてあげる。じっとしていて」

「ええ、お願いしようかしら」


 布団をどかせば薄い胸を包むパジャマが現れ、そして迎えるよう華奢な腕が首に抱きついてくる。エルフの耳が頬へと触れ、くすぐったいのかパタタと揺れた。

 軽く柔らかい身体は、やはり小さくても女の子なんだなと感じさせるもので、ゆっくりとベッド端へと腰掛けさせる。

 ぐりぐりと目をこすっているのは、まだ疲れが残っているのかもしれない。


「昨日はあわただしかったからね。今日はのんびりして過ごそうか」

「ええ、そうしましょう。ごめんなさいね、昨日は帰り道に眠ってしまって。どうやら遊び疲れてしまったみたいなの」


 いやいや、と僕は首を横に振りながら立ち上がる。

 マリーには思い切り楽しんで欲しいのだし、そんな表情を見れるだけで得をした気になれるものだ。温泉を堪能してもらえたのは僕としても喜ばしいものがある。


「あなたより眠っていたなんて、夢幻剣士のお株を奪ってしまいそうだわ」


 キッチンに向かい歩きかけていたところで、ずるりと足が滑りそうになったよ。

 うーん、これでも僕は平均的な睡眠時間しかとっていないはずなんだけどなぁ。えーと……8から12時間くらいか。うんうん、たぶん大丈夫なはずだ。


 カチリとコンロの火をつけ、数センチほど水を入れた片手鍋を乗せる。

 沸騰したころにドサドサと茶葉を入れ、そしてしばらくそのままにしておく。するとふんわりと部屋には紅茶の香りが漂い、鼻の敏感なエルフはすぐに気がついた。


「あら、淹れ方がいつもと違うのかしら? 匂いが強い気がするわ」

「少しだけね。職場の人に教えてもらったんだよ」


 くあっと欠伸を噛み殺し、沸騰した片手鍋の前でぼんやりと待つ。

 匂いが十分出たところに牛乳を入れ、その間はカップなどを用意しておく。そのままもう一度沸騰させ、吹きこぼれそうになったころにカチンと火を止めた。

 茶葉を漉すのはべつに何でもよいのだし、風情は無いけど急須を使うことにしようか。なに、味がよければ何でも良いんだよ。


 そしてカップへ注ぐと自家製ロイヤルミルクティーが出来上がるわけだ。

 コンビニで買ったスコーンと一緒にテーブルへ運ぶと、いつの間にやらマリーは日当たりのよい席に座って待っていた。寝癖のある髪を指ですくい、両脇への三つ編みを作っている最中らしい。

 少女はわくわくした顔でこちらを見つめてくるので「ただの紅茶だよ」と苦笑を返す。


「あら、あなたが普通のものを持ってきたことがあるのかしら?」

「ええとね、今まで出したのは一応どれも普通のものなんだよ。お砂糖は二杯だね」


 こくんっと頷くと、少女の長耳も揺れる。

 テーブル脇にある砂糖入れは、なんとなく二人で買ったものだ。

 何かと茶を飲むことが増えてきたのには僕も気づいている。以前、喫茶店へ行ったとき少女の口に合うかと購入したのをきっかけに、今では日課になりつつあった。


 ただ、こういうのは良いなと思う。

 マリーとの日課が生まれてゆき、朝には自然と紅茶を淹れたりする習慣が生まれてゆくのが楽しい。思えば僕の日課といえば「ベッドに入って寝る」くらいだったからねぇ。


 やや紅茶色をしたミルクへ口をつけると、少女の口端は緩む。

 茶葉の匂いをたっぷりと湯へ移し、そしてミルクはまろやかな味へと変えてくれる。牛乳というのは香りを防いでしまうので、先ほどのように茶葉の匂いを出してから注ぐと良いらしい。

 ぱたぱたというスリッパの音が足元から聞こえ、マリーは小さな声を漏らした。


「んんーー……ふあっ、おいしっ」


 目をきゅーっとつむり、それからリラックスした表情でほうと息を吐く。

 色づいた唇には白いミルクが残り、ふんわりとした茶葉の匂いをきっと楽しんでいるのだろう。


 外には江東区らしいコンクリートだらけの町並みは広がっているが、こうして白く眩しい髪をした少女との差が激しいと思わせる。いや、これはこれで見慣れてきたかもしれない。夢の世界でも、この日本でもマリーがいることが僕にとって当たり前になりつつある。

 香りに弱いエルフはたっぷりと茶の余韻を味わい、とろんと薄紫色の瞳を開いた。


「いわゆるロイヤルミルクティーという飲み物でね、淹れ方をすこし変えているけれど日本で生まれた製法らしいよ」

「ええ、褒めてあげましょう。ロイヤルミルクティーさんは合格です」


 人差し指が伸びてきたと思ったら、むにゅりと鼻を押されて目を丸くする。そのままぐりぐりと円を描かれたのはどうやら合格の意味らしい。

 やあ、エルフさんに花マルをいただけたなら紅茶さんも本望だろうね。


 互いにくすくすと笑い、そうして朝食をゆったりといただいた。


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