第40話 お好み焼きですよ、エルフさん、魔導竜さん
ふあ、という欠伸が耳元をくすぐる。いまはエルフを背中におぶっており、マンションの廊下を歩いているところだ。
「あら……眠っていたのかしら……」
「うん、そのまま休んでいていいよ。すぐ部屋につくからね」
振り向けばアメシスト色の瞳があり、いかにも眠たげにとろりとさせている。長く白い睫毛をぱちぱちと瞬かせ、そしてゆっくりと僕を見る。
ほんの少しだけ温泉の香りを漂わせ、少女は頬をぐりぐりと押しつけ、そして瞳をまた閉じた。
「気持ちいいー……」
ぽつりと少女はそう漏らし、すうー……っ、と実に眠気をさそう寝息を響かせる。
遊び疲れ、こうして部屋へ運んでもらえるのは少女の特権だろう。
いや、僕にとっても特権かもしれない。見た目よりずっと軽い少女は、ぽかぽかとした体温を伝えてくれて心地よいのだ。
ようやく扉の前にたどり着き、ポッケから鍵を取り出そうとしたら柔らかい手に押しとどめられる。
横を見ると黒髪の女性は人差し指を口に当て、代わりにズボンから鍵を抜き取った。
すーー……すーー……と耳元にはマリーの寝息が聞こえ、鍵を開けてくれている間に様子を見る。
いつも一緒に眠っているせいで、こうしてゆっくり寝顔を見れるのは貴重かもしれない。などと思いながらもガチャリと扉は開かれた。
旅行から戻るころにはすっかりと辺りは暗く、時刻はもう8時を回っていた。先に部屋へ入ったウリドラは黒髪を揺らしながら照明スイッチを入れる。そのままベッドまで運び、静かに横たわらせた。
「……うん、いまのうちに食事を用意しようか。ウリドラもゆっくり休んでいて」
「その前に、この耳隠しの扱いをぬしにも教えておこう。ほれ、この飾りを指で摘まみ、そのまま『解け』と命じれば……」
マリーの髪は白く、つややかな光沢を有している。
耳隠しと呼ばれた編み髪は、目の前でしゅわりと宙へ溶け、そして光の鱗粉が中央のワイヤーへと吸い込まれてゆく。
改めて見るとやはり驚くべき光景で、魔導竜の実力を伺わせるものだ。
ことりと枕元にそれを置き「分かったか?」とこちらを見てくる。
「……ああ、やっぱり凄いね。これはどれくらい使い続けられるものなのかな?」
「現の世でも使えるよう、わしとの関係は切り離しておる。いずれは朽ちるじゃろうが、たまにわしを呼べば補充してやろう」
そう言い、ぎしりとウリドラは少女の隣へと腰を降ろした。
いつも騒がしいが、少女を起こさないよう静かにしていると艶のある美しい人だと感じられる。いや、もちろん騒がしいときも綺麗なことに変わりは無いが、喜怒哀楽の激しさに驚かされるのだ。
「あのような旅は、ぬしの懐を痛めるじゃろう。こちらへ来るのはたまに余裕があるときで構わぬ」
「まあ、確かに毎週は無理だね。せいぜい数ヶ月に一度という所かな。それよりも子育ての邪魔にならないかが心配だよ」
長旅の休息をする彼女らを背に、僕はキッチンへと向かう。
ぼちぼちと異世界の住人へと料理の腕を振るわないとね。この日のために用意した食材は冷蔵庫に入っており、ついでにホットプレートも購入してある。
「ふむ、前にも言うたがわしは7つある竜核の一つに過ぎぬ。子育ては問題無いが、そのぶんレベルとやらが落ちておるからな」
あ、そういうものなのか。
とはいえ元のレベルは千以上だと思えるし、7つに分かれたところで脅威に変わりは無いと思うんだけどなぁ。などと考えつつキャベツをざくざく刻む。
迷宮でのことはマリーが起きてから相談すれば良いだろう。
それよりも僕はいま、久しぶりに購入した調理機に夢中だったりする。
うふふ、これからは短時間での調理も可能だね。焼きそば、焼きうどん、ちゃんちゃん焼きなどとレパートリーは数多い。
というよりも一人だと流石にホットプレートは使えないんだ。
お買い物もそうで、一人用だと食材が余るものも多く、だいぶ計算をしないと高くつく場合がある。そういう意味ではマリーが来てくれて買い物も料理もしやすくなったよ。
「あとはそうだなぁ、圧力鍋さえあれば……。ああ、ボーナスが待ち遠しい」
「まったく、ぬしは竜を前にして料理のことしか考えられぬのか。まったく呆れた人間じゃのう」
などと冷たい目で見られてしまったよ……。
背後からは微かにしゅわしゅわという音が響いており、たぶん竜人として元ある姿へと戻ろうとしているのだろうと分かる。
となると振り返ることも出来ないので当面は……キャベツ君、きみが僕の相手だ。
少女が目覚めるころには料理の準備も終わり、そして竜人ウリドラも伸び伸びと尻尾を揺らしていた。
テーブルにそれぞれ座ると半妖精のエルフ、さらには魔導竜がいて少々日本らしからぬと思わせる。
ホットプレートに電気を流すと熱気が部屋を暖める。
それぞれのグラスに麦酒が注がれているのは、僕の部屋ならば見た目は未成年のエルフであっても飲酒を楽しめるという意味だ。
「そういうわけで、今日からはわしがマリーを守ってやろう。ついでに至らぬところには口を出すからのう」
「……あなた達は私の眠気を払う才能を持っているわね。まさか竜を供にするだなんて」
などと言いつつも、少女の頬は上気しており、すでに旅の仲間として歓迎していると分かる。少しだけ口調が早いのは内心ウキウキとしているに違いない。
まあ、それくらい旅行のあいだに仲良くなったしね。
ならばと僕は麦酒を掲げる。
僭越ながら、圧倒的に年下の僕が乾杯の音頭を取ろうか。
「では、僕らのパーティーへようこそ、ウリドラ。といっても実績はゼロだけどね」
「ふ、ふ、誰よりも実績を求めておらぬ男が良く言うわ」
まあねぇ、目立った方が面倒だったりするからね。会社でも……おっと、それはいいか。
「では、新たな旅の仲間に……乾杯っ! よし、記念すべき日ということで、日本のソウルフード、お好み焼きを振る舞おうか」
「うむっ! たまらぬのう、ぬしらに付いていくと良い思いばかり味わえる!」
うんうん、そんなことよりも僕はお好み焼き作りに夢中なんだ。
鉄板へとキャベツやコーンの入った生地を落とし、そして丸く整える。
上へ豚肉を乗せたころ、マリーは不思議そうに小首を傾げた。
「あら、ひょっとしてこの場で作るのかしら?」
「それが鉄板焼きだからね。これからはホットプレートを作った料理も楽しめるよ」
そう言っている僕が一番楽しみだったりする。
うふふ、嬉しいなぁー。安上がりで美味しい鉄板料理は多いからね。
たっぷりと堪能するために、まずは鉄板焼き界の王者であるお好み焼きを高評価されたいところだ。
ほどよく焼ければひっくり返し、じゅううと肉の油が焼ける匂いがする。
この時点で二人はじーっとお好み焼きを睨んでおり、ひっくり返すときには揃って顔を動かす。姉妹じみた動きをしているのは、僕の頬を緩ます作戦だな。
お肉の面を上に戻すと、じょわあとプツプツ油の焼ける豚肉が現れる。
フォークを伸ばそうとする二人を止め、そしてソース、かつぶし、青海苔と乗せてゆくと匂いが溢れかえるようだ。甘さのなかに酸っぱさが残り、空腹感を覚えたところで青海苔がとどめを刺す。
「んああーーっ! いい匂いっ! ちょっと待って、待って、もう食べたいわっ!」
「このマヨネーズをかけてからね。……それじゃあ二人とも、お皿をこっちに」
はいっ!と息を揃えて皿が突き出された。
半分に切り、そして二人の皿に乗せてゆくと涎を垂らさんばかりに……ああ、ウリドラはもう垂れていたか。
ずしっと重さのあるお好み焼きにフォークを刺し、それぞれ口へと放り込む。
熱さにハフハフと息を吹き、それから味を噛み締める。キャベツばかりというのが信じられないほどトロトロの生地、そして油の乗った豚肉、食欲をこれ以上なくそそる香りが鼻を抜ける。
んふーーっ! と二人して息を吐き、だむだむとフローリングを踏む。マリーはともかくウリドラはちょっと下の階に迷惑かなぁ……。
「うあんっ、もうっ! これ凄い好きっ! 匂いが凄いようっ!」
「んまあいっ! くううーっ、染み渡るうーーっ! わしは野菜を侮っておったあーー!」
やあ、喜んでもらえたようだ。
もう一玉をさっさと切り分け、僕、そしてすぐに空いたウリドラの皿へと乗せる。
ふむ、これはノンストップで焼いていったほうがいいね。
「これは麦酒が一番合う食事だよ。あ、餃子もそうかな……まあ、とりあえず好きなだけ楽しんで」
黄金色をしたグラスは傾けられ、んぐんぐっ、と減ってゆく。そしてたまらなそうに「ぷあッ!」と息を吐いた。
「ふむっ、合うっ! これは合うのううっ! ま、まさかマリーはこのような食事を毎日楽しんでおったのか!?」
「えへん、もちろんよ。自慢ではないけれど、私はこのために日本語を覚える気になったの」
う、うん、それは確かに自慢にならないね。
さて、お好み焼きはまだまだこれからが本番だ。チーズやお餅などを混ぜてゆき、僕という名のお好み焼きマシーンは着々と焼いてゆく。
やあ、予想していたけど竜の食いっぷりときたら、見ていて楽しくなるくらいだね。
「んんんーーっ! チーズっ、好きっ! 焦げ目の風味と来たら……あ、あ、麦酒、麦酒、はやくちょうだい」
「モチが、とろとろに溶け……っ! んまあーいっ! ああー、決めた、決めたぞ。わしも日本語を覚える!」
お、覚えるんだ……。
まあ確かにね、食というのは案外と強いものなのは分かるよ。微妙な旅行先でも食事が良ければ合格点に変わるくらいだし。
それがきっかけで日本語を覚えたりだって……うん、普通はしないね。
「残ったら明日に……って思っていたけど無くなりそうだな。お弁当は焼きそばにしようか。あ、良かったら試食してみるかい?」
「「食べるっっ!」」
うん、元気がいいね。綺麗な女性がもりもりと食べてゆくのは何だか不思議なものがあるなぁ。
さて、箸休めにテレビをつけると、ちょうど映画をやっていた。
いつもはベッド側に向けているけれど、こういう友人を招いた時はリビングで見たいからね。
巨大生物が暴れまわるという娯楽として直球な映画であり、にぎやかな食事の席にはぴったりかもしれない。
ずん、ずん、という低音での音楽に、舌鼓を打つ彼女らも振り向く。
心臓の鼓動を早めたようなリズムによって、まずウリドラが動いた。皿を持ったままテレビへと向かい、じいっと瞳を開いたのだ。
「ふ、ふむ……っ! ほ、ほう……っ!」
「ウリドラ、見えないから横にどいてちょうだい。もう、どいてってばっ」
仕方が無いので肩を掴み、椅子へと引きずる。その間も、もーぐもーぐと食べながらも画面を凝視しているのは変わらない。
まるで小学生みたいだな……などと思っているときに画面に閃光が走る。
ビャアーーと地上を薙ぐ光線に、お酒の回った2人はガタンと席を立った。
「おおーーっ!!」
うん、マリーとウリドラが覗き込んで、僕にはまるで見えないね。
それでもお好み焼きを食べ続けているのは、なんだか不思議な光景だ。
「ええのう……これが竜に生まれし者の醍醐味じゃなあー……」
「あ、あの、ウリドラさん? 僕の部屋で物騒なことを言わないでくださいね」
「音楽かっこいいー。あっ、嘘でしょ、あの魔導師の塔が!?」
パタパタとマリーは走り、カーテンをどけてベランダへと飛び出した。
いやあ、違うんだよ。これは娯楽映画であって、実際に襲われているわけじゃないんだ。あと塔じゃなくてスカイツリーだから。
「あの……焼きそば、食べる?」
「「食べるっっ!」」
二人して、ばっと顔をこちらへ向けてきた。
ああ、こういうのはちゃんと反応するんだね……。
まあそんなこんなで、実に騒がしい夕食時だったよ。
ダウンライトの中、少女の瞳がすぐ目の前にある。
何度となく一緒に寝たというのに、いつもより心臓が騒がしいのは彼女も一緒かもしれない。アメシストの宝石によく似た瞳はほんのすこしだけ濡れており、見つめていると吸い込まれそうだ。
あのとき、少女から受けた熱はまだ額に残っている。それを互いに思い出しているせいで、おそらくは言葉数も少ないのだろう。
ペタペタと素足で歩く音が聞こえ、振り返りかけたが少女から頬を押さえられる。
「んーー、あの戦闘音楽は良いのうっ! ぜひともわしも使いたいものじゃ」
などと言いながら布団をどけ、ウリドラは身を滑り込ませてきた。つるりと腕は首に巻きつき、そして柔らかな感触が背中へと触れる。
――ああ、そういうことか。
少女が僕を止めたのは、きっと今は身体を露にしているのだろう。作り出した服は主へと吸い込まれ、そして竜は眠りにつくのだ。
「まさか竜が娯楽映画へ夢中になるとはね。楽しかったかい?」
「楽しかったのうー、胸がスッとする思いじゃった。おかげで枠を一つ浪費してしもうたが、後悔はまるでしとらん」
うん、どういう意味かな?と、少女と一緒に瞳を丸くする。
「あー、あー……今日は私を歓迎してくれて嬉しく思っている。人間、そしてエルフよ。願わくば夢の世界でも共に戦おう」
「はあっ、に、日本語っ!?」
「嘘でしょう! だって私だってまだ覚えている最中なのに……ずっ、ずるいっ! ずるいわ!」
ふふん、と背後から得意そうな声が聞こえたが、まさか竜は技能を自由に操れるのか? しかも映画を見たいがために?
「相変わらず、とんでもない……。やっていることは凄いのに、その目的が娯楽のためだなんて」
「いいや、それ以上の価値があるぞ。実に面白いな、日本とやらは。娯楽や食事だけでなく、地の底に何かが埋まっている気配さえする」
その言葉に思わず振り返ると、黒曜石に似た瞳はにんまりと楽しげに細められていた。
地の底に何かが眠っているだなんて、たぶん何かの例えだろうけれど瞳は真実だと告げている。
「……まあ、久しぶりに遊び疲れた。ふふ、楽しかったのう」
そう言い、くあっと欠伸をもらすと黒髪の竜はもう少しだけ強く抱きついてくる。そして頭を枕へと埋め、全身の力をゆったりと抜いた。
「もう、ずるいわ。後は私だけなんて。こうなったら文字だって覚えてしまうんだから」
ふすんと不服そうにエルフは息をひとつ吐き、そして身を寄せてくる。
すぐ目の前には少女のおでこがあり、ほんの少しだけ誘惑に駆られた。いや、これはきっと彼女が手を引いたせいだ。そうでなければ僕がこのように――……。
ゆっくりと額へと口づけ、少女はすこしだけ動きを止めた。
この位置は、より彼女の匂いが濃いらしく、鼻腔へと甘い匂いが通り抜ける。
「…………」
唇を離すと、少女の顔を見ることは許されなかった。ぐいいと胸へと押し付け、そして鼻先をこすりつけてくる。
「ふふっ……おやすみなさい」
「うん、おやすみ。また夢の世界でね」
髪の毛をくしゃくしゃにして潜り込もうとする少女が、なんとなく可愛い。
すうすうと響く背後からの寝息を聞きながら、そうして僕らは眠りについた。
今日は楽しかったね、エルフさん。




