第245.3話 江戸には高嶺の花が咲く②
ダンッ、と木製の板に突き刺さったのは十字型の投擲武器だった。
かなりの威力があったらしく深々と木材に沈み、細かな破片が辺りに舞う。
ほう、大した腕前だと唸る間もなく、ドカッ、ドッ、ドドッと立て続けに手裏剣と呼ばれるものが突き刺さる。
手持ちのものが切れてしまったのだろうか。さらには苦無と呼ばれる短剣に似たものがドカカッと音を立てる様はまさにアニメやゲームでしか目にできない芸当だろう。
これには観衆も沸きに沸く。
わああ、きゃああ、という歓声のほとんどは子供たちによるものであり、そんな賞賛を浴びまくるあたしは、残心の意味で数秒ほど投擲した姿勢を崩さない。だってそのほうがかっこいいから。
ふっと息を吐く。それを合図に笑みを浮かべると、子供たちや親御さんからたくさんの拍手、それに「かっこいい」と褒めてくれているのかな。アイキャンノットスピークうんたらではあるけれど、こんなの「でへへ」と頬が緩んじゃうって!
「すごいすごい、練習の成果が出たわね!」
んまー、花が咲き乱れそうなほど愛らしい笑顔だこと。
笑顔は女の武器だというけどさ、マリーの場合はマジもんの別格なんだわ。辺りがまばゆく感じるほどであり、心の底から賞賛してくれているのが分かるからさ、めっちゃいい子だなーって思っちゃう。
あたしもつい調子に乗って、ぼすっと抱き返してみたら……うおっ、すごっ、お花みたいな香りがしてあたしは軽くびびった!
は? なにこの子。ナチュラルにフローラルじゃん。
小さいし細いし軽いし、マジでエルフ族って普通じゃないわ。もちろんあたしも同族なんだけどさ、たくましい海エルフとはだいぶ違うんだね。軽くびびった。
不覚にも「もっと嗅ぎたい」という気持ちも沸いたけど、変な女だとは思われたくない。身体を離すと和装っていうのかな。お姫様と呼ばれる着物衣装に扮したマリーが現れて、さっきので興奮したらしく頬がちょっと赤いかなとあたしは思う。うんうん、ちょー可愛い。
いつもと違うといえば、辺りの景色もそうだ。なんでもここは宿場町と呼ばれているところらしく、平屋の家があちこちにある。竹とか木とか草とか、さらには紙まで使って建てられているんだって!
だからなのかな、素朴さを感じるのは。緑に溶け込むようにして家が建っているのはなんか不思議だなって思う。
浮世絵と呼ばれる絵をじいっと見つめながら、隣にいるカズ君に話しかける。なんかこの絵、妙に味があって見つめちゃうんだよね。
「へー、いいじゃん。道も広いし、のんびりした景色だし、こっちに来る前のごちゃごちゃした街よりもあたしは好きかな。どうしてこういう街並みにしないの?」
「ん? ああ、どうしても火には弱いからね。古くから残っていた街並みも、ほとんど戦争で焼け落ちちゃったんじゃないかな。木製建造物の定めだね」
むべなるかな。強国との戦いによって街並みは失われてしまったようだ。
でも、古き良き文化を忘れないで済むのも良いことだと思うかな。あたしらの国は「征服した」「征服された」の繰り返しで文化がぐっちゃぐちゃに混ざっているし、どこまで振り返るべきものなのかさえ悩ましい。
「アリライもそうらしいわね」
隣から話しかけてきた少女に、あたしは「どういうこと?」と返事する。彼女は歴史や文化を学ぶという変わった趣味があるらしく、もともと住んでいたあたしよりずっと詳しい。
「プセリたちブラックローズ家が支配していた国は、今の王族たちによって征服されてしまった。それ以来、砂国としての文化はだいぶ消えてしまい、西洋風な街並みや兵装に変わったそうよ。もちろん残されている文化も多いけれど、以前はまったく異なる景観だったでしょうね」
へえ、そうなんだ。あたしが移り住んだときはもう王族支配だったし、割と近代的っていうか西洋風が混じっているんだなって思った記憶がある。
当時はどんな景色だったのかなと思うけれど、たぶん知ることはできないだろう。そう考えるとちょっとだけ寂しいというか、もったいなく感じるかな。
「あー、当時の景色を見てみたかったなー。でもさすがにそれは絶対に無理か」
「まあ、そういう風に昔をなつかしく思い、生み出されたのがこの場所でもあるんじゃないかな。ほら三人とも、にっこり笑って」
そう言い、カズ君が向けてきた機器はカメラと呼ばれるものらしい。だいぶ慣れたあたしは、皆と一緒にブイサインしてカシャリと撮られた。
こんなの「ぷはっ」て吹き出しちゃうよ。お姫様と忍者、それに魔導竜の女剣士という出で立ちが揃っているし、カメラを手にした青年はというと地味な行商人だ。おかしいったらない。
「日光江戸村もそんな感じだね。割と地味だし、景色のなかになじんでる感じ。何て書いてあるのか知らないけど、そこの看板はもうちょっと派手さが欲しいかなぁ」
恐らく間違った感想ではないだろう。確かに景観は物珍しいけれど、このあいだ行ったグリムランドは巨大なアトラクションがあったり、花火が打ち上げられたり、きらきら光るパレードだって行われていた。
あくまでそれに比べてという話だったのだが、剣士姿のウリドラから意味ありげに見つめてくる。どうでもいいけどさ、背が高くてすらっとしているから、あたしの胸が高鳴りそうで怖いわ。こいつの男装はマジでやばいし、絶対に惚れたくない。
「ふ、ふ、そうじゃな。では、さっさと次の場所に向かうとしよう」
そう言い、あたしの手を引いてくる。意味ありげな表情が少しだけ気になったあたしは、頷きつつもひとつだけ問いかけることにした。
「う、うん、ところでさ、あの看板には何て書いてあったの?」
「おぬしの言う通り、そう大したものではないじゃろう。ただ、忍者の修行場と書かれておるだけじゃ」
「ふうん、忍者の修行場かぁ。日光ともなるとそんな珍しい場所も……」
ハッとして、あたしは目を見開く。
彼女の腕から逃れようとしたのだが、とんでもない怪力に尚もずるずると引きずられるものだから蒼白となり、思わずその場にしゃがみ込み込んでしまう。そして大人や子供がたくさん往来している通りで大声を上げた。
「やだああああっ! 行きたい、忍者の修行だけは絶対にしたい! お願いお願い、引っ張らないで! 引っ張らないでったらあああっ!!」
そう言い、涙をにじませるほど必死になってお願いしたというのに、ウリドラはぴたりと足を止めてから突然大爆笑した。信じられない。ずっと友達だと思っていたのに。
あげくの果てにあたしを指差しながら、苦しい、死ぬ、などとのたまうものだから、あたしはもう裏切られた気持ちでいっぱいだった。
は? あたしのプライドのほうが死にそうなんですけど?
「ハー……、笑った笑った。おぬしはいつもいつも全力で面白いのう。よしよし、忍者の修行場とやらに向かうとしよう。手裏剣や刀はきちんと持ったな?」
ウリドラもウリドラだけど、ぱっと笑顔になってしまうあたしにも問題があるように思える。
いや、それは仕方ないのだ。このあいだのアニメで知ったけれど、忍者といえば大人から子供まで大人気の職業であり、俊敏な近接戦闘から知的な隠密活動まで行えるというスペシャリストだ。まあ、いまの泣きべそをかいているあたしは知的と言いづらいかもしれないが……そんなちっちゃなプライドなんかよりも忍者の修行場のほうがあたしにとっては大事なのだ。うんうん。
手裏剣良し!
忍者刀も良し!
そのように装備をきちんと確認してから、あたしたちは修行場に踏み入ってゆく。
ちなみに反りのない短めの刀というのが正式な忍者刀らしくって、隠し持ちやすさを優先しているのだとか。さすがは忍者、抜かりがない。
「ちょっとイブ、あまり急がないで。修行場と言うくらいだから、もしかしたら恐ろしいところかもしれないのよ」
「平気平気、皆と違ってあたしは本物の忍者だし、ちょっとやそっとの厳しさくらいじゃ絶対にめげないから」
ふふんと笑いながらあたしはそう言う。
別に見下しているわけじゃないけど、この場で最も心配なのはマリーだろう。彼女は精霊と魔術を磨いており、運動などの鍛錬をしているところは一度も見かけたことがない。はたしてついて来れるかなと考えるのも決しておかしなことではないのだ。
しかし、木造の家に一歩入ったとたん、あたしの軽快な歩みは止まる。なぜか三半規管がまったく働かなくて、壁にもたれかかったままあたしは動けなくなったのだ。
「え、何これ。気持ち悪い……」
「ああ、斜めになっているんだね。普通の景色に見えるんだけど本当は傾斜があって、いつもの感覚が乱されてしまうんだ。イブの場合は勘に任せ過ぎているところがあるから、逆にこの手の単純なものが苦手なのかもしれない」
そうカズ君が教えてくれたけど、混乱していたせいで言葉の意味が良く分からない。足にぜんぜん力が入らないし、踏ん張ろうとしても身体がふわふわしたままだ。すてんと転び、頭をぶつける寸前でカズ君が支えてくれた。
「あ、ありがと」
そう礼を言う相手が地味な行商人姿なのだから、ぶうっと吹き出しかけてしまうのは当然だろう。
ただ、おかげでちょっとだけ気分が楽になったのかな。自分の体重を意識できるくらいの余裕が生まれた。
「斜め、斜めか……」
ぶつぶつとあたしはつぶやく。
後ろで「助けてウリドラ~~」と悲鳴を上げているマリーとは違い、カズ君は景色に対して斜めに立っている。落ち着いた様子であり、あたしを見つめてくる彼は「がんばって」と応援しているようでもあった。
「ほっ!」
思い切って、立ってみる。
カズ君は斜めに見えるけど実は斜めじゃない。目を閉じて、彼の角度こそが正しいのだとあたしは一生懸命になって思い込む。
そしてゆっくり目を開くと……ようやくまともに立てるようになった。
「できた!!」
「おお、さすがはイブ……っと、とととっ!」
カズ君の表情が驚きに転じてしまったのは、横合いから思いきりマリーに抱きつかれたせいだ。
きゃあっ、わあっ、という悲鳴が重なったあと、どしんと二人は崩れ落ちる。そして、あたしは目を疑った。
いたたと呻くマリア―ベルはふと気づく。己が男性にまたがっており、互いの鼻が触れ合うような距離だということに。
それよりも唇はずっと近く、動揺のあまりピクッと震えてしまい、かすかに触れてしまうような感触が残る。互いの吐息が当たったに過ぎないのかもしれないが、胸をドキッと鳴らすには十分だ。
「ごっ、ごごご、ごめんなさい!」
「いっ、いいい、いやいや! こちらこそ! けっ、ケガはないかな!?」
「もちろん、おかげさまで……って、ごめんなさい。いつまでもあなたに座ったままで」
傍から見ていた身としては、口あんぐりである。
もちろんあたしだけじゃない。ウリドラまでもが目の前の光景に驚愕していた。
「あーいうのってさ、カップルになる前に発生するイベントじゃないの?」
「なるほどのう。ああやってわしらに見せびらかしておるのか。でれでれでれでれとだらしのない顔をしおってからに。最近のエルフ族は耳だけでなく、鼻の下まで伸びるらしい。まったく、エルフ族の女子はいやらしいのう」
めっちゃクドクドと文句を言うじゃん! えー、二人は仲の良い姉妹みたいだと思っていたのは気のせいだったのかな。
マリーもマリーでさ、うつむいたまま顔がどんどん赤くなっていくの。てっきり「違うわよ!」と怒鳴るとばかり思ってたのにね。はっはーん、転んだのはたまたまだけど、ちょっとくらいは図星を突かれちゃったわけだ。
雪のように肌が白いぶん、真っ赤っかになるまでの変化は劇的だ。ほんのちょっと体温を高めるだけで、マリアーベルの心の動きが易々と見てとれる。
「言われてみると確かにそういう感じがする」
「じゃろう? あやつの清純顔にだまされてはいかん。裏ではどんな不純なことを考えておるのやら。しかし、それだけではなさそうじゃなあ」
「ん、なにが?」
「見よ、北瀬のまんざらでもなさそうな表情を。内心で『ラッキー』と考えていてもおかしくはないぞ。うむうむ」
ひそひそと表現するにはやや大きな声でウリドラはそう言う。
あたしが口に両手を当てて「ンマァ!」と言ったのはただ単にからかうためであり、聞こえるような声でウリドラが言っていたのもたぶん同じ考えなのだろう。要は友達相手の悪ふざけってわけ。
立ち上がったマリーはもう顔が真っ赤でさ、のしのし近づいて来られると……いつもより迫力がすごいなって心の底から思った。
「……あなたたち、いい加減にしてくれるかしら?」
無表情なんだけど眉間には皺が生じており、その声色はというと身も心も凍えてしまいそうな絶対零度だ。あたしの正直な感想は「こっっっっっわ!!」だよ。
めちゃんこ怖いけどさ、残念ながら今回はウリドラがあたしの味方なんだ。最強ともいえる彼女が味方なのだから怖さもだいぶ薄れてくれるってわけ。
ごめんねと内心で思っていたときに、あたしはふと気づく。横目でちらりと見つめてくるウリドラが、どこか冷めた目つきだということに。
「イブ、ふざけるのは大概にせよ。まったく、しょうがない娘じゃの」
びっくりしたし、口から「えぇ?」っていう力のない声が勝手に出た。
いやいやいや、おかしくない? 聞こえるように言っていたのはウリドラだし、あたしが非難されるのは絶対におかしいはずだ!
驚愕のあまり、口をぱくぱくさせることしばし。
ようやくあたしは、まともに話すことができた。
「さっ、さっき言ってたのはウリドラじゃん! まさかあたしに罪をなすりつける気!?」
「知らんぞ。すべておぬしが企んだことじゃ。さあ、勇気を振り絞ってマリーに立ち向かうのじゃぞ」
やめてやめて、あたしの背を押さないでったら!
んやーっ、怖いから! 後ろから両肩をがっしり掴まれて逃げ場がなくなると、心臓がばくばく鳴っちゃうくらい怖いっ!
ガッ、とつままれたのはあたしの耳だ。
ひょえええっ、あたしの耳が飛び出ちゃってますよ、マリーちゃん! ヤバいんでしょ? 家を出る前に聞いたけどさ、この長耳のことを周りの人に知られたら大騒ぎになっちゃうんでしょ!? いいの!?
「良いも悪いもないでしょう。いつまでもふざけたことを言うのなら、大騒ぎにならないよう、その長いお耳をハサミでちょっきんしてしまおうかしら」
「ごめんなさいごめんなさ……って、あれ? マリー、ちゃんと立ってるね」
そう言うと彼女もびっくりしたらしく、己の足元を見下ろして、確認するように幾たびかその場で足踏みする。
「本当だわ。いつの間にか平気になったみたい」
不思議そうに言う少女の向こう側で、よっこいしょと薬売り風の青年は立ち上がる。背負っている荷を担ぎ直す仕草は、どこか年季が入っているようにも見えた。
「ああ、周りの景色に惑わされなくなったんだね。たぶんイブとウリドラのことしか見ていなかったからじゃないかな。景色に惑わされず、自分の感覚だけを信じることがポイントだと思うよ」
そう言い、彼はごく自然とマリーの隣に立つ。少女が彼に掴まるのもまた自然で、彼らがいつもこういう風に過ごしているのだと分かる感じがした。
お姫様と薬売り。身分の違いもはなはだしい服装だけど、寄り添って歩いていく姿に「なんかいいなぁ」と思うあたしだった。
抜き足、差し足、忍び足。
忍者の基本とも言えるすり足で、あたしは慎重に修行の館を進んでゆく。感覚と景色のずれを意識しつつ、どこを信じるべきか模索するような歩きかただ。
やがてゴールらしき標識を通り過ぎると、世界の傾きはようやく治まり、ごく普通の景色が待っていた。ちょっとした達成感があり、思わず「やった!」と言ったとたん、後ろから拍手が聞こえてきたことにあたしは驚く。
「図らずしてきちんとした修行になったようじゃのう」
上から目線なのは腹が立つけれど、そうやってカメラを向けられちゃうとさ、ピースサインだけでなく子供みたいな笑顔になっちゃうよね。だって褒められると嬉しいし、やっぱり楽しいじゃん。
「あーーっ、やっと普通の景色になってくれたわ!」
そんな安堵しきった声も響く。ちゃんとした地面を一歩踏んだお姫様は「もうこりごり」という表情でありながらも、達成感のおかげか口元には笑みが浮かんでいた。
周りの人たちを見れば、ここが子供向けのアトラクションであることは何となく分かる。だけどさ、ふふっと笑いかけてくる友達がいると幸せな気持ちになっちゃうんだ。
あたしは一人ぼっちで暮らしていた。
人や同族が怖かったし、近寄りたくもなかった。
でも、気づいたら彼女に手を伸ばしていたし、少女もごく自然と掴み返してくれる。
そして、満面の笑みで「大変だったわね」と言われるとさ、意味が分からないんだけどめちゃくちゃ幸せだなって思うんだ。
大変さがぜんぜん伝わらない表情で、あたしは「うん」と言った。




