第245.2話 紅葉狩りと洒落こみましょう
すみません、一話ほどつけ足します。
あとで順番を直しますね。
はらりはらりともみじの葉が落ちてゆく。
さながら赤いじゅうたんのように敷き詰められてゆく光景は、ダークエルフとして生きていたあたしにとって、ただの一度も目にしたことのないものだった。
もちろん紅葉を目にしたことは何度もある。秋から冬にかけて山々の景色が変わってゆくのはごく当たり前のことなのだ。
しかし、紅葉してゆく季節のなかにあって、もみじと呼ばれる葉はひときわ赤い。火のように赤く染まり、それが道に散り積もってゆく様はまさに圧巻だ。
「っは――……、すごい景色」
赤の色彩に呑まれていたのだろう。あたしは樹々を見上げながら、ため息混じりの言葉を漏らす。
そんなときに、ぽんと肩を叩かれた。
信じがたい景色の真っ只なかに立っていたせいだろうか。
あるいは精霊を体内に宿すという特別な力のおかげかもしれない。
振り返ったその先で、蜂蜜を水に溶いたような髪が揺れていたことにあたしは驚く。
空のような色の瞳はきらきらに輝き、また彼女の頬は興奮によって赤く染まっている。その表情は好奇心旺盛な子供みたいで、あたしを見るなり「すごいね」と言うように唇が動く。
「シャーリー……」
ぽつりとそうつぶやいたのだが、気づいたら目の前にはなぜか青年だけが立っていた。
シャーリーの姿が影も形も消えてしまったことに戸惑ったし、夢や幻の類ではないと思うのだが、彼は「ん?」と不思議そうに言いつつも気づいたようだ。
「あ、もしかして、シャーリーが見えた、とか?」
「そうかも。あたしの気のせいじゃなかったらだけど、すっごい笑顔だったよ」
「だよねぇ。他の人に見られてはいないようだし、大丈夫かな」
そう困ったように言う彼に、あたしは「やっぱり」と思った。
よく分からないんだけどさ、シャーリーはお化けなんだって。それでカズ君に憑いている感じっていうのかな。どういう状態なのか詳しくは分からないけどさ、彼のなかにいて、のんびり観光しているみたい。
そんな秘密を知ったせいかな。さっき見えたシャーリーはだいぶ浮かれていたし、もしも声が出せたなら、きゃあきゃあと歓声を上げていそうだった。
「カズ君、シャーリーは何て言ってんの?」
「お散歩したい、だって」
くすりとお互いに笑ってしまう。
驚くことにシャーリーは、古代迷宮第二階層の主だった。そんなことは多目的トイレでカミングアウトするようなことじゃないと思うのだが、どうやら本当のことらしい。
階層主といえば闇を凝縮したような恐ろしい存在である。それが女性の姿になったなど、誰が聞いても決して信じはしないだろう。
しかし、のんびりとした彼の態度を眺めているうちに、なぜかあたしは信じていた。どうしてなのかは分からない。もしかして彼なら……と思えたんだよね。
「いいよ、別に。あたしも散歩したかったし」
ちらりと後ろを見ると、ウリドラとマリーもこの信じがたい色彩に驚いているようだ。小道に足を踏み出してみると、やはり彼女たちも喜色を浮かべてついてきた。
ああ、良かった。あたしだけがびっくりしていたわけじゃなくって。田舎者だからどうしても周りの反応が気になっちゃうんだ。
さくさくさく。
いつもと違う足音だ。
そして心がうきうきしてしまう足音だ。
気持ちいいくらいの青空だけど、頭上まで葉が覆っているから陽射しの強さはぜんぜん気にならない。
どこかに小川があるのだろうか。流れ込む風には水気が混じっており、わずかに土の匂いも嗅ぎ取れた。
ゆるやかな勾配だし、息が上がるほどじゃない。だから会話しながら歩くのにぴったりだなって思った。
「そっか、やけに散歩道が多いなと思ったんだ」
「ん? なんの話かな」
「ほら、第二階層って散歩したり休憩したりする場所が多いじゃない。特に理由もなくうねうねと伸びているからさ、変だなって思ったの」
そう言うと、ようやく意味が通じたらしくカズ君は「ああ」と言い、納得していた。
ごめんね、あたしはついつい話が飛んじゃうんだ。長いこと山で一人暮らししていたせいか、あれこれと一人で考える癖があるみたい。
ただし、おかげで少しだけ分かったことがある。
魔物どもの巣くう古代迷宮が大きく生まれ変わったのは、恐らくはシャーリーがそうしたのだ。
綺麗な景色に目を奪われたり、友達と楽しい時間を過ごしたり、ときどき動物と出くわしてお互いにびっくりする。そんな空間にしたかったのだとあたしは思う。
そう言ってもカズ君はよく分かっていないみたいだったけど、あたしは気にしない。だって彼じゃなくって、シャーリーに話しかけたのだ。
「当たり、だって」
胸に手を当てて、そう言うものだからクスリと思わず笑ってしまう。
でしょう、あたしは友達の考えていることくらい分かるんだ。シャーリーがどんなことを企んでいるかだって簡単に分かる。
「じゃあさ、このもみじっていうのも向こうに植えるの?」
「え、まさか。向こうの世界に持ち込めるはずが……」
はっと気づいたのか、彼は再び胸に手を当てる。そしてポッケから取り出して見せたのは、とても小さな種だった。
「ははあ、向こうで果実や樹木が増えているなと思ったら、そういうことだったのか」
「え、なになに?」
「僕は食べものや飲みもの、それに君たちくらいしか運べないんだけど、こういった種もどうやらセーフらしい。炒って食べられるからじゃないかってマリーは言っていたかな」
ああ、異なる世界に運べるものっていうこと?
アウトとかセーフとかの基準がよく分からなかったけど、彼がしゃがみ込んだので、あたしも隣に腰を落とす。
「もみじには種があってね、こういう季節にぽとぽと落ちてくる。僕らの知らないうちにシャーリーはそれを集めていたんだね。彼女は収集癖があるらしくてさ、暇なときがあればシャーリーに図鑑を見せてもらうといいよ。きっと君も驚く」
すぐ近くから茶目っ気たっぷりにそう言われて、なんかちょっといいかもって思った。余裕があって、あたしの知らないことをたくさん知っている男の人って、少しだけ憧れちゃうんだ。
ああ、もちろん好きっていう意味じゃなくてね。うーん、嫌いというわけでもないから難しいんだけどさ、やましい気持ちがあるわけじゃないってことは、ちゃんと宣言しておく。ただ単に、すぐ近くにいてもぜんぜん平気な男の人ってだけ。
「ふーん、図鑑かぁ。面白そうだね。あたしにも見せてくれる?」
「……いいよ、だって」
うぐぐ、めっちゃ優しい声じゃん。
いまのはシャーリーの返事みたいなものだということはもちろん分かる。けどさ、あまり油断していると、ぐらっと行きかねないのは分かった。
だってだって、いっつも優しいんだよ。向こうの人に比べたら身体の線が細いし、眠そうな目をしている。だけど、マリーから聞いた話では、寝つくまで絵本を読んでくれるんだって。
そんな男、いないでしょう?
いるんだよ、あたしの目の前にはさ!!
「あー、んー……。そう、楽しみ」
困ったように目を伏せながらあたしはそう言う。
ぎこちないのは自分でも分かったので、彼の目を見ることはできなかった。
これ、分かっちゃいました。
あーあ、気難しそうなエルフ族のマリーがどうして彼にほだされたのか、ちょっとだけ分かっちゃったなぁ。
優しいにもほどがあるんだ。まるで父や母のように見守ってくれるし、それとなくあたしたちが喜ぶことを教えてくれる。
ヤバいのは、そこに下心がぜんぜん感じられないってことかな。
特急車両でさりげなくブランケットをマリーにかけてあげたとき、ふっと緩んだ表情もなかなかに印象深かった。あんな風に優しくされ続けたらさ、そりゃあ彼のことばかり考えちゃうようになるって。
じっとあたしが見つめていたせいか、彼は不思議そうな表情を浮かべる。
そして、差し出された何かを思わず受け取ると、先ほどのとても小さな種だと気づいた。
「これをポッケにしまっておいて。あとで向こうに帰ったらシャーリーに手渡すといい。きっと喜んでくれるから」
そう言う彼の内側で、にっこりと笑う女性が見えたように思う。
元第二階層主のシャーリーは、まるで天界の女神みたいに綺麗なんだ。確信があるわけじゃないんだけど、それはたぶん彼が守っているおかげじゃないかな。
不安だと思えるものはひとつひとつ丁寧に排除されて、楽園のようなところで彼女は毎日散歩する。もしかしたら第二階層が大きく生まれ変わったのは、そのおかげだったのではなかろうか。
なぜそう思うのかというと、実はあたしも身に覚えがあるからだ。
最愛の男から命を絶たれた夜、目の前にいる青年に救われて、ウリドラやシャーリーから誘われるままザリーシュに復讐した。
彼と共に転がり落ちてゆくはずだったあたしたちダイヤモンド隊は、それこそ上昇気流に乗った渡り鳥のように飛躍したものだ。
よく働き、美味しいものを食べて、たくさんおしゃべりして、最前線で華々しい活躍をして見せる。そんな想像したこともない生きかたは、目の前にいる彼が生み出してくれたものだ。彼自身の命をかけて……というわけではないのか。カズ君は、ただ眠りについただけみたいだし。
だからなのかな。
そういうことがちゃんと分かったあたしは、気づいたらこう口にしていた。
「ありがとう、カズ君」
「? どういたしまして、イブ」
深い感謝を込めた言葉だったにも関わらず、彼はまったく気づかない。でもそれでいいかなって思う。だって気恥ずかしいし、あたしとしても仲良しな友達のままでいて欲しい。
手渡した種のお礼だと勘違いしたらしい彼は、一転して少しだけいじわるそうな笑みを浮かべた。
「ただし、普通の図鑑じゃないから覚悟はしておくことだよ。悲鳴を上げても知らないからね」
ひくっと口元が引きつってしまったけれど、彼の言うことだからたぶんひどい目には遭わないだろう。せいぜい心の底からびっくりして、もしかしたら大きな悲鳴を上げてしまうくらいだ。
そう考えていたときに、透明感のある少女が現れる。
光さえ透けているのではと思うほどマリア―ベルは美しく、しゃがんでいた彼の首筋に腕をそっとかける。薄紫色の瞳も神秘的で、これだけの近さだとカズ君だけじゃなくってあたしまで息を呑んでしまうんだ。
っはー……、やば。
エルフ族って、どうしてこんなに綺麗なんだろう。編み込まれた白い髪も芸術品のようだし、同性のあたしでもつい見惚れちゃう。
もちろんあたしもエルフ族なんだけどさ、ちょっと……いや、だいぶ野性味が強い気がする。神様、生まれ変わったら、あたしをあっちのエルフ族にしてください、などと馬鹿げたことまで考えてしまった。
「こんな場所でしゃがみこんで、いったいどうしたの?」
「ん? いや、もみじの種を見ていてね。どうやらシャーリーがお持ち帰りしたいらしい」
「あら、いいじゃない! 秋の色彩をたくさん楽しめてしまうわ! ぜひお持ち帰りしましょう!」
どうやら乗り気らしく、大はしゃぎの様子だ。
しかし、すすすとあたしに近づいてくるウリドラはというと対照的なまでの仏頂面であり、ひそひそと耳元に囁きかけてくる。
「あざといのう。見てみよ、小娘がさりげなく胸を当てておる」
「あっ、本当だ! すごいじゃん、あれが大人の駆け引きってやつ?」
「違う違う、あれは大人などではない。第一に、あの胸があまりにもささやか過ぎる」
ぴくんっと反応したのはマリーで、しばし熟考したあとにゆっくりとあたしらに振り返る。先ほどは精霊かと思えるほど綺麗だったのだが「あなたたち、聞こえているわよ」と震えた声で言うその表情は、とてもじゃないけど直視できないくらいおっかなかった。
さてさて、この遊歩道はどこに繋がっているのだろう。
そう思うのは、第二階層で長い時間を過ごしたせいかもしれない。うねうねと伸びる小道の先には、息を呑むような景色が必ず待っていたのだ。
この景色が見ごろですよという案内のようだと感じたし、汗が引くまでのあいだ、ぼんやりと眺める時間がなぜか贅沢だと思えた。
やはりと思ったのは、吊橋に辿りついたときだ。渓谷に辿りつくと視界が大きく広がり、気持ち良い快晴に包まれる。
流れる風はちょっと冷たいけれど、それよりも切り立った岩肌を埋め尽くそうとする紅葉の景色はまさしく圧巻だ。
緑色がかった川にも紅葉が映り込んでいたものだから、皆と一緒に思わず歓声を上げてしまうのだった。
ひゃあ――っ、気ん持ちいい――っ!!




