第245.1話 この秋はエルフ族と日光へ⑥
ごめん。
あたしが完全に間違ってたわ。
ついさっき、ご飯なんかで浮かれてしまうなんて、マリーは子供みたいだなと思った。
確かに思ったけれど、それが大きな間違いであることに気づいてしまったのだ。
なぜならば、お弁当の袋を手にするあたしの顔まで、にっこにこの笑顔となっているのだから、これはもはや言いわけなど不要だろう。
間違っていました。ごめんなさい。
それだけ言えば済むのだ。ならば喜んで謝罪しよう。
ああーっ、数量限定のお弁当を買えて、本当にラッキーだったなぁーっ!
あたしのすぐ隣を歩いているマリーとウリドラまで、にこにこな笑顔で……。
「ウリドラまでにこにこしてるじゃん! さっきまで大人ぶってたのに!」
「うるさいのう。ならばおぬしだけみすぼらしいパンでも構わんぞ。ふむ、折角じゃ。それはわしが食してやろう」
嘘です嘘です!
これはあたしのです!
ぎゃああ、こいつ力がめちゃくちゃ強い。ただの冗談かと思ったら本気だ。
後ろからむんずと袋を掴まれたせいで、思わず涙目になったし悲鳴も上げた。
そんな騒ぎを見かねたらしく「こらこら、二人とも」と言い、かばってくれた彼の後ろにさささっと隠れる。
なんといっても職業が忍者だからね。こういうときの動きはすごく早いんだ。
マリーも見かねたのか、少しだけ眉を吊り上げながら隣にいるウリドラを指さした。
「気をつけなさい。この人、初めて出会ったときに、あたしたちのお弁当をぜんぶたいらげてしまったの。さらに3つも4つも追加で要求してきたし、冗談とかじゃなくって、ぺろっと食べられてしまうわよ」
まさかと思いはするが「そんなこともあったかのう」と言い、そっぽを向くウリドラの態度に、間違いなく確信犯だと気づく。
やばい、本気だ。ちらっとさりげなくあたしのお弁当を見るものだから、あわてて背後に隠した。
もしかしたらカズ君も同じように危機感を覚えたのだろうか。あたしみたいにお弁当を隠す様子に、そう感じた。
「ん、カズ君も同じお弁当にしたんだ」
「うん、そうだね。いつもなら適当なもので良かったんだけど、今日ばかりはね」
今日ばかりは?
うーん、せっかくの観光旅行だからという意味かな。
ただ、言いづらそうにしていたのがちょっとだけ気になる。いぶかしみ、じいと見つめたらそそくさとあたしから離れたしね。これは怪しいと誰でも気づくだろう。
「そ、そろそろ時間だね。乗車しよう」
ちらりと時計を眺めてから彼はそう言う。
あっちの世界にいるときと違って背丈があるし、声が落ち着いているし、やっぱり知らない世界にいるぶん頼もしいと感じるかな。
放っておかれたら、あっという間に迷子になっちゃうだろうし。
はーいと三人そろって返事をした。
なんだろう。高揚感っていうのかな。
黒を基調とした受付のボックスをくぐると、これまでと違ってやや高級感のある景色に変わる。
すごいね、雰囲気があるね、と小声で話す彼女たちはどこかウキウキと浮かれた空気があり、それがあたしにまで伝わった。
勝手に降りてゆく不思議な階段に立ち、勝手に景色が変わってゆくなか、私の胸まで勝手にどきどきと鳴り始める。
そしてすぐ横を流線型の真っ白いものが流れていったとき、どくっとさらに強く胸が鳴った。
「うああーっ、特急車両スペーシアス!」
薄紫色の瞳を輝かせて、マリアーベルはそう言った。
大きな声を出すなんてとたしなめることさえできない。
真っ白なボディと格子状に組まれた窓、その内部は明るくて、華やかなラウンジのような光景が一瞬だけ見えたのだ。
特急車両スペーシアス。
それは東京から東北を結ぶ夢の懸け橋であり、いわば旅のロマンスを追求した車両と言って良い。
実際に、近代的でありながら和の基調を遺している車両をひと目見るだけで、旅の高揚感が感じられることだろう。
いや、実際にそうだ。
幻想世界から来た女性たちが揃いも揃って身動きさえできなくなり、じっとスペーシアスに熱い視線を注いでいる。
そのように呑まれていたからこそ、北瀬がただこう言うだけで、彼女たちの瞳はさらに美しく輝いた。
「先頭には車内カフェがある。いわば貴賓室のような空間だ。江戸時代から愛され続けている道のりを、そこでゆっくりと味わいたいね」
夢。そう、まさに夢だ。
かつては貴族のような者たちだけで味わっていたものを、ここ現代日本ではだれもが味わえる。それも超がつく豪華さで。
だからこそ、彼女たちはどこか夢を見るような表情となり、こくんとうなづくことしかできやしない。
ぴかぴかな車両を眺めながらホームを歩いているときに、ずっと無口なのは決して退屈だからじゃない。
むしろその逆であり、明るい車内を見て、これから過ごす旅路に思いをはせているのだろう。
エルフ族の娘は無意識に彼と手をつなぎ、たんぽぽの綿毛みたいな真っ白い髪を揺らしていた。
ただし、こう言ってフォローするのも彼らしいといえば彼らしい。
「豪華さを楽しめるのは行きだけかな。帰りは普通の車両だし、今日はお泊りもしない。いわば日帰りだからこそできる贅沢だね」
そう言われてがっかりする者などいるだろうか。
きっと遊び疲れてしまい、帰りはぐっすりと眠って過ごすに違いないのだ。
それよりも、ついにたどり着いてしまった先頭車両に、思わず女性たちは揃って息を飲む。
高級感のある赤い絨毯、太陽の光が注ぎ込む明るい車内、そして限られた者だけが利用できるカフェコーナーでは、制服を着こんだ係員が「いらっしゃいませ」と明るい笑顔で声をかけてくるのだ。
すっきりとしたラムネ色のソファーにはクッションまで置かれており、これはもう馬車や船などと比較にならないゆったりとした時間を過ごせるだろうと確信する。
きっと無意識だったせいだろう。
エルフ語や共通語、果ては龍語などといった言語で「すごい」という意味の言葉が次々と行き交ったし、あの魔導竜でさえ子供みたいに瞳を輝かせて、ふかふかの絨毯をその足で踏んだ。
日光の誇る豪華車両を、心ゆくまま幻想世界の女性たちに味わっていただこう。
では、出発だ。




