第245.1話 この秋はエルフ族と日光へ④
驚くほど整地された道。
そこをびゅんびゅんと車と呼ばれるものが走ってゆく。
二度目とはいえやはり驚くべき光景だし、そのずっと先まできちんと整地されていることにまた驚く。
「地面に線が描いてあるのね。あ、変なのが青く光った。あれはどういう意味なわけ?」
「渡っていいってことよ。行きましょう」
そう口にしたエルフの子があたしの手を引いてくる。
気づいたら周囲の車が停まっていたし、なるほど、渡っていい時間があるのかと気づいた。
馬車だとそうはいかないもんね。
あいだを縫うように歩いて、ぶつかったらもちろん歩行者側が悪いことにされちゃう。
にょきにょき生えてきたみたいに建物がいっぱいあるし、黄色く染まった街路樹もあるし、お店らしきところはガラスという高価な品を惜しげもなく使っている。
まぶしいと感じるほど照らされた店内をついつい見てしまうのは仕方ない。
いつもなら気恥ずかしいところではあるが、このままマリーに手を引いてもらおうとあたしは考えた。
「やっぱりすごいな。ついあちこち見ちゃう。あっ、犬だ」
「イブ、早く渡りましょう。この横断歩道には時間制限があって、もしも遅れてしまったら周囲の車がけたたましく鳴るのよ」
うわ、おっかない!
見ればカズ君とウリドラは渡り終わっていたし、先ほどの青い光も明滅し始めた。
こりゃあいかんと駆けだしたら、手をつないでいたままのせいでマリーが悲鳴を上げた。
「急に駆けださないで! まったくもう、あなたはどこか犬のようね。まあ、浮かれてしまう気持ちはよく分かりますし、日本にいるあいだは私が面倒を見てあげるわ」
「ありがとう、本当に助かるよ。あたし一人だったら絶対に迷子になっちゃうし、もしもそうなったら一生会えない気がする」
極めて真面目な顔で言ったら、そんな大げさなと笑われた。
いやいや、本当にそうなりかねないんだったら。
さっき高いところから街を見下ろしたけどさ、あたしが知っている街とはだいぶ違ったんだ。
ほら、普通なら境があるじゃない。
城壁だったり、ここから向こうは畑地という感じだったり、人が暮らしていけるスペースとしての境が。
でも日本だとそれが見当たらなくて、どこまでも道や建物が続いている。
おまけにこの国の言葉も分からないのだから、マリーの手をしっかと握ってしまうあたしの気持ちもわかってくれるんじゃないかな。
そう考えていると、にまにまと笑いかけてくるウリドラがいた。その上から目線にちょっとだけあたしは腹が立った。
「ふふん、お子様じゃのう。わしの手も貸してやってよいぞ」
「ウリドラのはいい。なんか硬そうだし、あたしの手がメキィッていいそう」
そう断り、きゅっと胸元で握ったのだが、なぜかウリドラはにんまりと怪しく微笑む。そして再び開かれた黒い瞳は、ほんの少しだけ竜族らしい光を放っていた。
――シュバッ、がしいっ!
はっやい!
手の残像が生じるくらいであり、鍛えまくったあたしの動体視力をあざ笑うかのように手を握られてしまった。
うっわ、ほそっ、きめ細かい肌がひんやりしている!
指のつけ根までがっしりと握られてしまい、女のあたしでも見とれてしまうほど綺麗な瞳から見下ろされるとですね……コメントが難しいことはやめてもらえませんかと訴えたくなるんだ。
「これで迷子にはならなそうね」
「うむ、間違いない。もしものために、わしの使い魔を一緒にさせてもよいが、乗りもののなかじゃと少々難しい」
ああ、使い魔。
そういえばと思い出すのは、黒い毛並みをした変な動物だ。すらっとした手足で、尻尾をゆらゆらと揺らしているやつとウリドラが一緒にいるのを何度か見た。
それよりも気になるのは、彼女の言った「乗りもの」という単語だ。
あたしたちの近くに立ち、見守ってくれていたカズ君に尋ねるとしよう。
「そういえば今日は車ってやつに乗らないの?」
「今日はうちの車には乗らないかな。気軽に話せるし、行き先が近くならちょうどいいんだけど、日光みたいな場所だと悩む感じだね」
「悩む?」
「うん、なんといっても日光行きにはアレがあるからね」
なぜか彼は腕組みをして、興奮したのかちょっぴり頬が赤く染まっていた。
そしてなぜかあたしのすぐ隣から「そう!」と少女の同調したらしき声が響く。
「特急車両スペーシアス! ロマンスの伝統を引き継ぎ、豪華さを増した新型車両! あれに乗らずしてなにに乗るというのかしら!」
うわ、瞳がきらっきらだ!
彼女はもともと紫水晶みたいに綺麗な瞳だから、こうなると本物の宝石よりずっと美しいって感じてしまう。ついでにあたしの手までぎゅううっと握られた。
しかし眉間に皺が浮いてしまうほど、あたしは怪訝に思ってしまう。はっきり言って、彼女たちの高すぎるテンションに引いていた。
「え? 乗りものを楽しみにしているわけ? なんで? ただの移動手段じゃん」
それがごく一般的な考えかただろう。
乗りものにはグレードがあり、良し悪しはもちろんあるけれど、早く、安く、快適に運んでくれるかどうかがすべてだ。
人でぎゅうぎゅうになるほど詰め込まれた道中は、ダークエルフであるあたしが言うまでもなく過酷だ。
なにしろ狭いし臭いしガンガン揺れる。馬に乗ったほうが楽ではあるが、悪天候などから守ってくれることが大きな利点だろう。
しかし、なぜか三人から「どう言えばちゃんと伝わるかな」という悩ましげな視線を向けられてしまった。
「実際に乗ったらこの娘もさすがに分かるじゃろう」
「うん、そうだね」
「ええ、そうしましょう」
なんなの? 三人そろって説明することが面倒になったの?
意味が分からないんですけどと思うし、どうしてこんな道端にずっと立っているのかも分からない。
なんとかっていう乗りものを使うのなら、まずその場所まで辿りつくことが普通じゃない。なのにどうして一歩も前に進まないのだろう。
うーん、日本という場所は意味が分からないなぁ。
そんな風に考えごとをしていたせいだろうか。
あたしにしてはうかつだったが、後ろから近づいてくる大きなものに気づくことはできなかった。
――キィィィッ、ぶしゅーっ!
「わああああっ!」
振り向いた瞬間、見たことないほどの大きさ、そして煙を吐き出すような音にあたしはびっくりした。
大声を上げてしまったし、どしんと尻もちさえついた。
自慢じゃないけれど、あたしのお尻は大きいし、ちょっとくらいの衝撃だと痛くもかゆくもない。だから平気だけど……って、ぜんぜん自慢にならないな!
そんなことよりも、鉄に覆われた四角い物体のほうが驚くべきことだった。
「なんっ……! この大きさ、この迫力! まさかこれが特急車両スペーシアス!?」
「違うから」
「ぜんぜん違うわよ」
「あいも変わらず、おぬしはアホ属性じゃのう」
秒も置かずに、あたしは背後から突っ込まれた。
なんでよっ!!
みなさま、良いお年をー!
来年はウリドラさんの辰年です!




