第245.1話 この秋はエルフ族と日光へ③
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さわさわと、どこからか人の話し声が聞こえてくる。
すぐ近くかもしれない。
ちょっと離れた場所かもしれない。
そのように人の気配は感じるけれど、まだまだ私は眠っていたいと思っている。
なぜならば、布団が羽のように軽くって、ちょうどいい温かさに整えてくれるし、とてもいい香りがするからだ。
まだまだ身体は睡眠を欲している。この心地よい眠気を手放すのはもったいないと多くの者が思うだろう。
寝坊して、ちょっとくらい叱られるくらいなんだ。甘んじてその罰を受けようじゃないか。
そう開き直っていたときに、どこからか私の名が呼ばれた。
「イブ、そろそろ起きないと」
クスリという笑い声がすぐ近くで響く。
まだまだ眠っていたかったけど、そっと目を開いたとき、自分でも驚くほど眠気が一気に失せた。それはもうバケツ一杯の水を浴びたかのように。
光った数字が並んでいる箱。
四角い枠のなかで、聞き慣れぬ言語を交わし続ける者たち。
遺跡の奥深くに眠る魔法の品々でもこうはいかない。部屋のあちこちに置かれた道具に不思議さのかけらもなく、極めて現実的であり、かつ合理的な気配を漂わせていた。
「日本じゃん!」
そう思い、カーテンから漏れる陽を浴びながら、私はがばっと起き上がった。
日本というのは、遠く離れた国の名だ。
あたしも一度だけ訪れたことがあり、なにがなんだか分からないけれど、大声で何度も笑ってしまうくらい楽しい時間を過ごしたものだ。
「あ、おはよう。イブは朝から元気だね」
そう言ってきた眠そうな顔の男性は、いつもと違って背が高い。
意味が分からないんだけどさ、日本に戻るとあの背丈になるみたい。
まあ、カズ君とは最近よく組むし、前に日本に来たときに比べるとかなり仲良くなった。
だから気兼ねしないで済むのは、他の男と比べたらだいぶマシ。というか嬉しい。間違っても変なことするタイプじゃない……けれど、魔物がウロウロする迷宮で、ピッツァを焼くという変わったこともする人だ。
「おはよう。カズ君がその姿ということは、やっぱりここは日本?」
「うん、歓迎するよ。自分の家だと思って、くつろいで」
にこりと優しく笑いかけられると、なんだか大人だなぁっていう感じがする。
年齢は間違いなくあたしのほうが上なんだけど、と考えていたところで、なぜか彼は急に顔をしかめて、内緒話するみたいに囁きかけてきた。
「と言いたいところだけど、今日は予定が詰まっているんだ。はやく起きたほうがいい」
「え? なに? 予定でもあんの? まだこっちに来たばかりだしって、ああ~~~~っ!」
覚めました。
目がぱっちり覚めたし、フンと布団を跳ね除けた。
うおお、そうだった。
今日は日本観光という素晴らしい日だった!
こうしちゃいられねえとばかりに起き上がり、手早くパジャマを脱ぎ……かけてからまた戻す。
「ごめん、気をつける」
「う、うん、着替えは向こうの部屋でね。マリーとウリドラもいるから、ちょっと狭いと思うけど」
危ない危ない。
どうも彼の無害さに慣れすぎたというか、あたしの危機察知能力がまったく働かないんだわ。異性うんぬんとかじゃなくってさ、小動物とかそんな風に見ている自分がいるのよね。
ただ、大人になると雰囲気がやっぱり変わる。
迷宮にいるときも、こういう大人っぽい雰囲気が滲み出ているけれど、もうちょっと頼りになる感じだ。
などと考えごとしていたせいだろうか。あるいは、久方ぶりの日本だからかもしれない。あたしはどこか上の空だった。
「イブ、そっちが脱衣所になっているから。服はウリドラが用意してくれているみたいだよ」
そんな案内を聞き「ありがと」とお礼を言いつつも、がらっと無造作に戸を開け放ってしまった。
ブラを背中につけているマリー、そして黒いストッキングを履いているウリドラがいたものだから、あたしは瞬間的に「まずい」と思った。
マンションの脱衣所にはエルフ族の「きゃあ!」という悲鳴が響き、慌てて振り返ると……カズ君はとっくに背を向けていた。
「うおお、素早い! さすがはあたし調べで最も安全な男! さてはこの手のハプニングに慣れているな」
「イブ、冷静に分析していないで、さっさとそこを閉めてちょうだい!」
ごもっともなことを言われてしまった。
ぺこぺこと頭を下げながら、あたしはそっと後ろ手に戸を閉じた。
温かそうな毛糸のセーター。
これまた温かそうなハーフコート。
チェック地のスカートはちょい短めの丈で、なんだか下着が見えてしまいそうな感じがする。
それらの服をひとつずつ眺めていたときに、すぐ後ろから話しかけられた。
「洋服はたくさんあるから好きに選んでいいわ。好みのものがあったらウリドラに言うとすぐに用意してくれると思う」
そう言うマリーは、同性のあたしが感心するほどのコーディネートだ。
スカートとネクタイの柄が揃っており、襟つきシャツと茶色のベストによって、お嬢様のような落ち着きを醸しだす。めっちゃ可愛い。
これはお嬢様度が高いなぁと内心で思いつつ、今度はウリドラにちらりと目を向けた。
あー、だめ。
これはえちちですね、はい。
朱色がかったタートルネックはさ、一見清楚に見えるんだけど、彼女の場合はまず間違いなくおっぱいに目が行く。
いやー、間違いない。だって女のあたしでも見ちゃうもん。
うなじが見えるような黒髪のアレンジも、腰をぎゅっと絞った長丈のスカートも、はっきり言ってえちちです。はい。
あたしも多少は身体つきに自信があるけどさ、彼女の前だと「すんません」って謝りたくなる。
「イブ、出発の時間が近いのよ。はやく選んでちょうだい」
あ、はい、すんません。
ついファッションチェックしちゃった。
まあ、そういう風にたしなめられても、マリーはやっぱり可愛いなと思う。
エルフらしい気の強そうな目をしているんだけど、あれやこれやとあたしに代わって選んでくれるんだ。
背は子供みたいに低いけど、お姉さんぶっているところがさ、なんかいいなって思う。
などと考えつつ、たくさんある服にあたしは目を向けた。
「動きやすい短めのパンツとかないの?」
「もう秋よ。そんな恰好では肌寒いでしょう?」
「え、ぜんぜん。地下迷宮のほうが寒いし、あたしは動きやすいほうが好き。あっ、この服とか良さそう。軽いし伸びるし走りやすそうだから」
どうやらあたしは寒さにめっぽう強いらしい。
それは精霊を身に宿すというダークエルフの特徴らしいけど、本当かどうかは知らない。
あたしが手にしたのは黒くて肌にフィットしそうなズボンだ。横に一本線が描かれているやつ。
するとそれがきっかけになったのだろうか。マリーとウリドラが次々と服を選び、あたしに着せようとしてくる。
「シャツとパーカー、それにこっちのスニーカーがいいわね」
「うむ、それならば動きやすそうじゃ。こっちの短いパンツも上から履くとよいぞ」
もうね、びっくりする。
さすがのあたしも目を白黒するくらいの素早さだったし、どれくらいファッションセンスを磨いているんだろうって思う。
ただね、やっぱり見立てがいいというか、がさつなあたしと違ってしっかりしている。
鏡の前で、あたしは「いいじゃん」とつぶやいた。
「ならもう出発よ。こっちこっち」
「え、あ、ちょっと? もう出かけるの? 他にもいいのがあるか見たいんだけど」
腕を引かれてしまい、おっとっととヨロけつつ玄関に向かう。そして開け放たれた戸の向こうには、びっくりするほど綺麗な青空が広がっていた。
遠くに見える塔は雲まで届きそうな高さだったし、見渡す限り建物があるというのも、やはり驚くべき光景だ。栄えた城下町でさえ、ここまで発展することはないだろう。
あと、すっごく高い。
どうやっているのか知らないけど、どの建物も何階分か数える気にならないほどの高さがあって、思わず真下を見下ろしてしまう。
あ、カズ君だ。
ちょうど路上を歩いていたらしい。彼もこっちに気づいて、おーいと手を振ってくれた。
「イブ、手を振り返している場合じゃないでしょう。さあ、こっちこっち」
「わっ、どうしてそんなに急いでるの? というかあたしら、これからどこに行くわけ?」
急いでいた彼女はなぜか立ち止まる。
そして指先でボタンらしきものを押すと、そこがぱっと光った。
ウィィという稼働音を背後に響かせながら、マリーは真っ白い髪を揺らして振り返ってきた。
「もちろん日光よ。早いとこ忍者の里に行きましょう」
にっこりと少女に笑いかけられて、あたしは思わず目を見開く。
「行く!!」
思いがけず大きな声が出てしまい、慌てて手で口元を隠す。
それがおかしかったのだろう。マリア―ベルはあたしの手をにぎったまま、辺りに笑い声を響かせていた。
あー、ついに来ちゃった!
前に訪れたときは、わけのわからないままグリムランドに連れていかれたんだっけ。
しばらく寝つけないくらい驚いたし、正直なところすっごく楽しかった。
あれからというもの日本の娯楽にずーっと憧れていたくらいだしね。
チンという音が鳴り、ドアが開いた先には狭い空間が待っている。
奇妙なことに出口もないようだけど、彼女から手を引かれたとき、あたしの胸は不覚にも高鳴った。
うーん、楽しみ!!
アニメ化企画については、小説家になろうやX(@maki4mas)などで報告させていただきます。
まだこれからですが、応援してくださってありがとうございます!
それではみなさま、よいお年を♪




