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第245.1話 この秋はエルフ族と日光へ①

以前、日光旅行をカットしておりましたが、やはり必要だと思い、書き進めることにしました。

オアシスの地に襲いかかるゲドヴァー国軍を退けたあとのお話になります。

話が前後してしまい申しわけありません。

「おっと」


 手からつるりと滑らせてしまったが、床に落としてしまう寸前でどうにかキャッチできた。窓からの陽をきらりと反射させるそれは、一台のスマホだった。


 くたびれて見えるし、最新機種に大きく後れをとっている。しかしそのぶん愛着があるため、多少の型落ちくらいで困りはしない。

 買い替えるのはまだ先でいいと考えていたから割ったり壊したりせずに済んで良かったな。ふうと安堵の息を僕は吐いた。


「ん、これは……」


 使い慣れているとはいえ、予期せぬ動作をするときもある。先ほど慌てて掴んだときに、どこか余計なところを触ってしまったのだろう。

 画面には色鮮やかな紅葉の風景が映っており、思わず僕の口元は緩む。ピース姿のエルフさんがそこに立っていたからだ。ど真ん中にね。


 輝かしいエルフ族の笑みに、僕はきっとやられてしまったのだろう。しばらくマリアーベルのことしか考えられなくなった。


 どうせ洗濯の最中だし、一人きりの今日は少しだけ退屈だ。ちょっとくらいは物思いに耽ってもいいだろう。そう思い、ゴウゴウと鳴っている洗濯機に腰かけて、僕は写真を覗きこむことにした。


 さて、この日はどんな始まりだったかな。

 天井を見上げることしばし。ふっと僕の口は緩む。今日とは比べものにならないほど騒々しかったのを思い出したのだ。


 ん、思い出さないほうが良かったのかな?

 そう考えつつ、僕はスマホを口元に当てた。たぶん笑みは隠せていなかったと思う。




 忍者と聞けば、皆はどんな姿を思い浮かべるだろう。

 刀と手裏剣を駆使して戦う姿?

 それとも町人に溶け込み、誰からも気づかれることなく諜報活動する姿?


 どちらも正解だと思うけど、エンタメ性の高い娯楽作品であれば前者のような派手さが求められる。少なくとも目の前で繰り広げられているのは、僕がまったく知らない忍者の姿だった。


 やや厨二病チックで「死」とか「殺」などの言葉を混ぜた長い詠唱、そしてなぜか飛び交うかっこいいセリフ。本物の忍者は僕も知らないけど、ここでは様々な特性を持ったキャラクターたちが集い、悪の集団と戦っていた。


 愛あり、友情あり、裏切りありと、視聴者を決して飽きさせない展開は見事だ。

 しかしこの娯楽作品において最も巧みだと思わせる点は、すらりとふすまを開けて現れたこの男だと僕は思う。


「ぎゃああああーっ! きたあああーっ!」


 うわっ、と思わず悲鳴を漏らしてしまうほどの大歓声だ。間近でそれを浴びてしまった僕は、思わず耳を押さえて彼女たちから遠ざかった。


 先ほどのキャラクターは日本でも一二を争うほどの人気ぶりだ。かっこいい低めの声と作中最強とも呼ばれる確かな実力、そして彼の登場と共にバトルとストーリーが一気に急加速することで視聴者の目をくぎづけにする。


「「獅子丸様ーっ!」」


 エルフ族、そしてダークエルフ族の黄色い声援がテラス席に響く。

 おっと、彼女たちだけでなく、ウリドラまで瞳を輝かせるとは思わなかった。彼女こそ異世界で巨大スクリーンを生み出した張本人なのだが、大人として威厳ある態度を崩さないようにしているのか、はしゃぐ少女たちの輪には加わろうとしない。


 彼女は長い黒髪をかき上げて、すぐ隣に座っていた僕に笑いかけてくる。魔導竜という伝説的な存在だけあり、そんな所作だけで優雅さを生み出す。

 やっぱりウリドラは大人だな。そう思った僕は、魔導竜というものの本質をまだ分かっていなかった。


「くーっ、いいものじゃのう! 北瀬よ、見ておるか。わしの術じゃぞ。あれを映しておるのは、わしの映像魔法じゃ! 凄いじゃろう、凄いじゃろう。うむうむ、やはり娯楽大国の文化を伝えるには、ああいった素晴らしいアニメこそが一番じゃな!」

「痛い痛い! 背中をバシバシ叩かないで!」


 うん、違った。ガハハと笑いそうなほど、少女たちをアニメ漬けにしたことを楽しんでいた。先ほどの優雅さは秒も経たずに崩れてしまい、褒めろ褒めろオーラが全身に満ち溢れてしまったのだが?


 こうなると僕にはもう「ソウデスネ」とぎこちなくうなずくことしかできなくてさ、本物の忍者とはだいぶ違うんじゃないかなとか、ファンタジー世界でアニメ鑑賞をするのはいかがなものかなとか、権利関係は本当に大大丈なのとか、そういう意見さえ口から出てこなくなる。


 とはいえウリドラの狙い通り、彼女たちは見事にアニメ業界の生み出す娯楽にハマった。というよりも、この作品に登場するキャラクターがあまりにも個性的で、かつ魅力的だったんじゃないかな。


 主人公は大した力がなく、周囲から蔑まれていた。誰より努力しているのに報われなかった。

 諦めずにもがき続ける姿を見て、視聴者である少女たちは知らず知らずのうちに応援していたのだろう。その証拠に、小さなきっかけで彼の力が開花した瞬間、これまでぺちゃくちゃおしゃべりしていた少女たちの目を釘づけにした。


 そして彼の師匠である先ほどの男性キャラクターに、エルフ族とダークエルフ族はやられた。


 暗雲の立ちこめる不穏な空気のなか、ぼそぼそとした低めの声で彼は詠唱する。強敵たちの目を集めて、視聴者たちを黙らせて、そうしてまばたきさえ許されない疾風怒涛のバトル展開となる……のだが、この世界ではほとんどと言っていいほど娯楽がなく、だからこそ免疫のないダークエルフ族のイブはひとたまりもない。


「やだやだやだやだ、かっこいい! かっこいい! 超絶かっこいいんですけどー! 忍者ヤバい! ヤバいよおお!」


 うん、ヤバいね。あまりにも高いテンションがヤバいと思うし、そんな彼女にうっかり近づくべきじゃなかったよ。ガクガク頭を揺すられている僕こそがヤバい。首を痛めるんじゃないかという意味で。


 問題は、あれがフィクションであることをイブにうまく説明できていない点だろう。マリーはその点についてもちろん分かっているけれど、アニメに集中するあまり説明してくれない。


 物珍しいアニメというものにまず惹かれて、漫才みたいにテンポの良い会話を楽しみ、じゃあ本腰を入れて観ようかと思ったところで本格アクションスタートだ。

 そのあたりが脚本作りとしてうまいと思うし、最初のころと比べてイブは明らかに前のめりとなっていた。たぶんいまの彼女に「ご飯だよ」と呼び掛けても「うん」とうなずくだけで、決して席から立ち上がりはしないだろう。


 日本にもファンが多いのだし、ドハマリするのは納得だけど、どうしても腑に落ちないことがある。だから歓声が落ち着いたときを見計らい、健康的に日焼けした女性に問いかけることにした。


「イブのほうこそ本物の忍者なのに」

「いやいやいや、ぜんっぜん! あたしなんて足元に及ばないから!」


 同じ忍者だなんておこがましい、という勢いで否定されてしまった。

 強いし早いし美人だし、謙遜することなんてないと思うんだけどなぁ。そう考えていたときに、彼女よりも早くアニメを知っていたエルフさんがここぞとばかりに得意そうな顔つきとなった。


「あら、ふふん、あなたもようやくアニメの良さに気づいたようね。だけど向こうの世界では毎日と言っていいほど流れているものだし、私だって録画したものを観きれなくて大変なほどよ。あーあ、面白すぎるのも考えものね」

「ええ――っ! いいなあ、いいなあああ――!」


 うわー、ものすごく嬉しそうな笑顔だ。

 ずっと前からそうだけど、マリーは自慢したがりなところがあるし、イブは割と正直に思ったことをそのまま言う性格だからすぐに羨ましがる。そのせいでエルフさんのニヤけ顔はどんどん強まるし、頬は赤く上気してゆく。そして困ったことに、そんなマリーがすごく可愛いなと僕は考えてしまう。


 ほら、普段可愛いぶん、欲にまみれた表情をされるとグッとこない? 少なくとも僕はそうで、人間臭いというか……いや、もちろんエルフ族ではあるんだけど、そういう表情を見ると得した気分になってしまうんだ。どうしてなのかはよく分からない。


 そう考えていると、イブの青い瞳が僕にくるんと向けられる。大きな瞳に険があるせいか、どこか気難しくてプライドの高い猫を連想させた。


「あーあ、カズ君はお得だなー。日本に連れて行ってくれるし、美味しいご飯を作ってくれるしさ。もちろんあたしのザリーシュも優しいけど、さすがにそれは無理だもん」


 なぜかふてくされたような声で言われてしまった。

 いや、うん、そういう変わった人はあまりいないんじゃないかな。僕だってどうしてそんなことができるのか分からないのだし、責められても困るんだけど。


 しかしマリーはというと、なぜか先ほどしていた嫌らしいニヤけ顔をさらに強める。そしてススッと横から近づいてきて、僕の肩にころんと頭をのせてきたのだが、いったいどんな意味があるのだろうか。


「あら、彼のことまで羨ましがられてしまうなんて。困ったわ。確かにお得かもしれないけれど、見た目はまだ子供よ。もちろん向こうの世界では落ち着いた大人だし、この私が驚くほど優しくしてくれるけれど」

「それがいいんじゃーん! こっちじゃ可愛いし、向こうじゃ大人だし、そういう二度美味しいのってずるくない!? すっごく腹が立つからあたしの前でノロけないで!」


 うわあああー、いたたまれないぞ。二人の視線から挟まれて、完全に針のむしろだ。

 どうしてマリーはこんな状況で嬉しそうな顔ができるのだろう。まったくもって僕には信じられない。


 しかし、もうひとつ信じられないことがある。それは最近特に思うことだけど、少女の警戒心がどんどん乏しくなっているところに由来する。つまりは胸の側面だろうか、会話で気が抜けたであろうときに幾度か触れてくるんだ。つんつんと。体温が上がりつつあるのを僕は自覚していた。


 まあね、分かっている。マリーは可愛い。

 顔が小さいし、幻想的なまでに美しい肌だし、ちらちらと見つめてくる瞳は吸い込まれそうなほどの色彩だ。

 半分ほど妖精に属しており、浮世離れした存在でありながら、薄紫色の瞳には人間のような欲が浮かぶ。


「ふふっ、いいでしょ。他の女性になかなか分かってもらえないのよね、彼のいいところが。その点、イブは見る目があるようで、久しぶりに自慢できてすっきりしたわ」

「……なんかずるい。あたしだけ損した気分になった。まあ、いーけど。戦闘のときはだいたいカズ君と一緒だし。ね、息がぴったり合うね。技能スキルにあたしのこと記録しまくってんじゃない?」


 ちらっと薄紫色の瞳に見つめられた。怒っているでも悲しんでいるでもなく、心の奥底まで見通しそうな瞳だ。それが逆にプレッシャーとなり、背筋に嫌な汗が垂れてゆく。


 いや、負けてはいけない。こういうときこそ堂々とした態度でいなければ。イブの言う通り、戦線の切り込み役として一緒に組まされることが多いのだし、相方として動きを記録するのも大事なことなのだ。


「えっと、全部で24パターンかな。細かい補正まで合わせるとその数倍だね」

「マジで!? ちょっと、マリーの彼氏君ってどうなってるんの? あたしのことが大好きみたいなんだけど」

「……一廣かずひろさん、あとで話がありますからね」


 ヤバい、汗がドッと垂れた。

 女の子の感情がこもっていない声って本当に怖い。お人形さんみたいで信じられないほど可愛いぶん、見えない迫力にたじろいでしまうんだ。


 結局その後、次のアニメが流れ始めるまで、マリーの冷たい瞳に睨まれ続けた。



 ふー、とため息をつきながら先ほどと異なる席につく。

 アニメは嫌いじゃないけど好きでもない僕は、そっと彼女たちのテーブルから離れた。決して疲労困憊したわけではない。


「ふっ、モテる男はつらいのう」

「ウリドラまで……。からかって遊ばれただけだよ。それで、ウリドラは一緒に観ないの?」

「ん? んむ、見ておるぞ。楽しんでいる様子をな」


 きゃああという黄色い歓声が上がり、そんな様子を眺めるウリドラの唇にも笑みが浮かぶ。愛らしい我が子を見るような表情だなと思っていると、気の強そうな瞳がくるんと僕に向けられた。

 

「わしは実写も好きじゃがな。盲目剣士が戦う様は、実に惚れ惚れとする」

「時代劇? あいかわらずウリドラは渋好みだね」


 そう答えるとなぜかウリドラはにっこりと笑みを深めた。

 彼女は古代から生き続けている魔導竜だけど、黒猫の姿でずっと映画やドラマを観続けている。娯楽に対するハマりやすさは、エルフさんとそう変わらないかもしれない。


 ただ、あまりにもハマり過ぎたときは、彼女ほど厄介な人はいない。


「見よ、仕込み刀じゃぞ~」


 すらりと抜き放たれたのはまっすぐで細身の刀だ。和風の女性剣士みたいな格好を選んだのはちょっとしたコスプレ気分かもしれないが、チンと鳴らして鞘に収められた途端、ずりゅ、という音と共に石製のオブジェが斜めにズレてゆく。そのアニメみたいな早業に僕はびびった。


「……僕まで切るつもりじゃないよね?」

「ふ、安心せい、峰打ちじゃ」


 ぱっぱっと胴体を触ってみたけど、峰打ちされた様子も血が吹き出すこともない。

 びっくりした、いつもの冗談か。そう思って彼女に笑いかけた僕はまだまだ修行が足りない。もうちょっとウリドラの性格を分かっておけば良かった。


「ははは……ハアッ!?」


 バッと飛び散ったのは僕の服だ。細切れの紙吹雪――いや、布吹雪か――となったことに僕は驚愕したし、ついにやりやがったと乱暴なことを考えもした。


 にこーっというどこか清々しいウリドラの笑みの向こうで、驚くマリーやイブの顔が見える。そして全身の血が逆流しそうだと感じるのは、彼女たちの視線が僕の目からゆっくりと下に向かってゆくことであって……。


「おっ、おおお、多重定義の過負荷オーバーロード!!」


 神速で技能スキルを行使すると、僕の姿はいずこかに消え去った。

 どこか遠くから「く、ふ、ふ、いまの必死な顔ときたら!」という声、そして爆笑が聞こえてきたのだが、いくら僕がのんびりした顔つきであっても、ちょっとくらいはイラッとするのだと知って欲しいかな。


 ピチチ、ピチチという鳥の鳴き声を聞きながら僕はふてくされる。


「信じられないよ、裸になるまで切り刻むだなんて。あーあ、ものの見事に服がなくなちゃった。うっかり手元を間違えて、どこか切られちゃっていないかな」


 屋敷から遠く離れた茂みで、ブツクサと僕は文句を言う。辺りが薄暗くて悲しくなるものの、幸いけがをした様子はない。大丈夫そうだなとつぶやいたとき、ふと目の前に女性がいたことに気づく。ぜんぜん大丈夫じゃなかった。


 青空色の瞳はまんまるに見開かれて、蜂蜜を水で溶いたような髪は後ろでお団子みたいに結わかれている。どこか古風であり、愛らしい髪型ではあるけれど、とてもじゃないがそれを褒められる心境ではない。


 お散歩の途中だったのは服装で分かるけれど、この場合で最も問題なのは、みるみるうちに赤くなってゆくシャーリーの頬だ。


 もしも声を当てるとしたら「ひゃっ!」あるいは「ふああああ!」が正しいと思う。その表情は「お化けだから人の裸など気にしないのでは」という僕の淡い希望をものの見事に打ち砕き、シャーリーは震える指のあいだからガン見してきた。なにをとは言わない。決して。


 やがて森には僕の大きな悲鳴が轟いたけれど、それでさえ黒髪美女の爆笑を誘ったらしい。こだまするほどの下品な笑い声が僕にも聞こえた。


 広がり続ける第二階層にはたくさんの人が集い、にぎやかに変わりつつあるけれど、もう少しだけ静かでもいいのになと僕は思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラッキースケベって奴ですね。(たぶん)
[良い点] な,なんてこった! 面白かった
[良い点] やっぱシャーリーはウブで可愛いなぁ、、、見てて微笑ましい
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