第33話 幻影
はあー……と見上げてしまう。
敷地内には二棟の大きな建物があり、手前側は比較的新しい造りをしていて華やかだ。
まだお昼前だというのに、ひっきり無しに通る者たちは生徒だろうか。お揃いのローブを着て歩く姿は大学生に等しく映る。
そして奥側の建物はより重厚な造りをしており、いかにも魔術師然とした雰囲気をしている。屋根にいるカラスと相まって少しだけ怪しく、あまりお近づきにはなりたくない印象だ。
「それで、マリーの通っている方はどっちなの?」
「もちろん奥側よ。魔術師というのは初級までは一般人とほとんど変わらないの。まあ本当の一般人は王立だけあって相当なお金持ちだけどね。だからコレも持っていないでしょう?」
少女はそう言い、ヒイラギの杖を見せてくれる。たしかユニコーンのたてがみを使っているとか何とか……。
考えてみれば王立というのは当たり前かもしれない。彼らは古代の知識を解明することを命題にしており、だからこそ国が占有しなければならない。
恐らくは金食い虫をどうにかするため貴族などを相手にする勉学の場にしたのだろう。それと同時に将来有望な者には古代の知識を与え、やがては戦争などで頭角を表すのかもしれない。
歩いている道も綺麗に整備されており、お金がそこら中に溢れている気さえする。ふふんとエルフの少女は得意げに、ほとんど背の変わらない僕へと薄紫色の瞳を向けて来る。
「まあ、私は飛び級だから指導をする時しか一般向けの方は通わないけどね」
「ええっ、マリーってひょっとして偉かったの!?」
「言ったでしょう。精霊魔術師というのは選ばれた一握りの者だけがなれる職なのよ。あなたって私の話は聞く癖に、そういう事にはまるで興味が無いのね」
ああ、それは誤解だよ。いつも一緒に遊び歩いているから、てっきり魔術師というのは暇な職業だと思ってたんだ。……って、ほとんど否定できていないな。
「あ、そうですかー。いい機会だから言っておくけれど、私は決して遊んでいたわけじゃ無いの。その証拠に……お給料をもらっているわ!」
な、なんだってええぇぇぇ!
があん!という擬音がぴったりの顔を僕はした。
そ、そうか、そうなのか。僕はこの世界ではフラフラと歩き回る根無し草であり、放浪癖のある将来性皆無の男だったのかー!
今のポジションを日本として考えてみると、かなりどうしようもない人に当たる。
そんな僕の顔が面白かったらしく、マリーはお腹を抱えると大きな声で笑い出した。
「えぇ……爆笑するポイントかなぁ。急に僕の人生が真っ暗になったんだよ?」
「あははは! 初めて眠くなさそうな顔をして……! やめてやめて、その顔で近づかないで! お腹痛いからっ!」
がらんっと大事な杖さえ地面に転がってしまうと、僕としては泣きそうな顔にさせられるんだけど?
残念ながらと言うべきか、彼女は1分ほど笑い転げる事になった。
ばいばいと手を振って、彼女は魔術師ギルドへと消えてゆく。
上の人への報告を済ませたら夕方にまた落ち合い、そして遺跡で待つ竜を連れて日本へ向かう事になる。そうしたら晴れて女性2人を温泉旅行へ案内するわけだ。
そして僕はいま、小さな決意を胸に冒険者ギルドの扉を叩く。
先ほどのやり取りの通り、いまの僕という存在は非常に薄っぺらい。吹けば飛ぶような少年ではあるが、本来からそんな生き方を望んできたのだから仕方ないか。
受付の人物は女性で、訪れた僕へと気の無い瞳を向けてくる。ほらね、これくらいの存在なんだ。
「いらっしゃい、僕ちゃん。何をしにこちらへ?」
「うん、ちょっと可愛い子と地下迷宮に行きたくてね。僕のランクを格付けしてもらいたいんだ」
あら、それは大変ね、と女性はやはり気の無い返事をする。
ならばここで格付けを済ませればいい。そうすれば魔術師ギルドにも僕の実力を伝えられ、護衛に足る男だと分かってくれる。
……なんて、測ったことさえ無いからどんな結果になるか分からないけどね。だから申し訳ないけれどマリーには伝えないよ。隠し事はしない約束だけど、こればかりはサプライズと考えようか。
一抹の不安を抱えつつも誓約書への記入――死んでも怪我しても恨まないという物騒な内容だが――を済ませると、1時間後には近接戦闘の腕試しを受ける事になった。
まったくねぇ、可愛い子のお願いを何でも引き受けたくなる性格は、どこかで直した方がいいのかもしれない。
などと思いながらも指南役らしき男性と向き合う。
そこは中庭に当たるらしく案外と広い。さすがに魔術師ギルドとは比べられないが、建物は新しいし収容人数もかなりあるように思える。
二階建ての中庭から見上げると太陽は少しだけ傾いていた。それを見て「あまり時間も無いなぁ」と僕は思う。
「ええと、格付けはどこまでしてくれるのです? できれば限界まで見て欲しいのですが」
「ははっ、元気のいい子供だ。もしも俺で役者不足なら、上の階には達人がいる。安心して挑み、それから帰るときにはちゃんと俺に『調子に乗って御免なさい』と頭を下げるといい」
そう言って男はニカリと人好きのする笑みを浮かべる。
年は40を越えたばかりといったところで肌は野性味を覚えるほど浅黒く、髪も髭も黒いものだ。それでいて清潔感を覚えるあたり、ここでは人徳があるかもしれない。
ふむ、子供には払いづらい額を求められたこともあり、判定はキッチリしてくれるようだ。ならばたまには思い切り人前で腕を見せるとしようか。
良い人そうだから手加減をしたいけれど、どうやら僕は結構ギリギリらしいから難しいかもね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男は冒険者として20年過ごし、達成した任務は百を数える。
成した功績は大きいものの、それは純粋な剣の腕というよりも仲間を指揮することに卓越していたのだと自他ともに認めている。たとえ絶望的な状況であろうとも周囲を励まし、そして起死回生の一撃を示す存在として頼りにされていた。
そのように生きたおかげで、引退の間際には冒険者ギルドから声をかけられるに至った。
そんな彼ではあるが、目覚めると同時にひどく混乱させられることになる。濡れたタオルが視界をふさいでおり、周囲からひどく白熱した声が聞こえていたせいだ。
――まさか戦場で気絶をしたのか!? と、男はかつての経験からそのような誤解をし、がばりと身を起こす。
「親父さん、そのまま寝ててください!」
「ああっ!? なに言ってんだおまえ……って、なんだこりゃあ……!」
視界にはいつも面倒を見ている若手の冒険者がいた。そして鎧ではなく私服だという事に気づき、ようやく状況を思い出す。
中庭の周囲には多くの者たちが窓から顔を覗かせ、そして興奮した声をあげている。まるで闘技場のようではあるが……これはただの格付けに過ぎなかったはずだ。
ズキズキと痛む頭を押さえ、どうにか上半身を起こす。すると広場の中央に、一人の男が剣を構えているのが見えた。
反りのある剣を鞘へとしまい、足を大股に開いて待ち構えるあの独特の姿勢は……。
「夢かと思ったが……おい、なんで白刃一閃が戦ってんだ!?」
「彼でもう3人目なんです! 親父さん、何なんですかあのガキは!」
上ずった声でそう聞かれても、男にはまだ状況が飲み込めていない。
なにしろ記憶の中では少年の姿をまるで追うことは出来ず、良いようになぶられたのだ。何度か降参を求められたが大人としての意地が勝り、このように昏倒させられたのだろう。
いや、まだ夢を見ているのかと思うような光景だった。目の前で戦っているというのに、しかしそれでも少年の動きがよく分からないのだ。
達人による殺気のこもった間合いへ散歩をするようズカズカ歩いて来たかと思えば、腰だめの一閃を受けても平然と素通りしてしまう。
いや違う。風に舞う煙のように姿は掻き消え、そしてチンと鞘にしまう音が響くころには少年は平然と立っていた。元の場所から一歩も動いていない位置でだ。
「お、おい! 真剣を使ってるのか!? しかもあれは……絶対領域だと!?」
「先生も忠告したんです! 命を落とすことになるぞって。なのにあのガキ、平然と笑って『慣れてますから』って答えたんですよ!」
まったく意味が分からない。
先生と呼ばれた彼こそは、この冒険者ギルドにおいて3番目に位置している。潔癖症な面を持ち、彼が決めた領域にもし敵が入ればその名の通り一閃で切り伏せられる。
領域内を絶対的に殺戮することから、人前で見せる機会などそうそう無い。だからこそ、ただの中庭が闘技場じみた熱気をはらんでいるのだろう。
「冗談だろ……!」
その言葉は、不可思議な光景を見てのものだった。
元の位置から一歩も動いていないのに、白刃一閃の側面からぬうっと少年が現れたのだ。
弾かれるよう怪鳥のような声を響かせて、一閃は少年を十字に切り裂く。やはりそれは煙のように消えてしまうものの、背後、逆側面へ次々と少年の姿が現れると男はどろりとした脂汗をかいた。
幻影使いというには少々おかしな光景だろう。
時折、鋼を叩き合う音が響くのは幻影の中にも実体が混じっているのだと分かる。それでいて、ざく、ざく、と足音を立て、元の位置に立っていた少年はゆっくりと歩み寄っている。
夢か、悪夢か――……。
まさしく白刃一閃はそのような表情を浮かべ、ただただ領域内を切り刻み、そして様々な角度から襲いかかる攻撃を必死にやり過ごす。
実体か幻影かの判別はすでに放棄しているからこその反応速度だったろう。しかしそれは良いように呼吸を乱されることに繋がる。
ぶん……っ!
やはり一閃をしても姿は消えてしまい、ひどい徒労感を彼は味わうことになった。
いや、その後ろから幻影を掻き払うよう実体は現れ、ぬうっと領域への侵入をした瞬間、電光石火の連撃が白刃一閃を捕らえた。
反射的に振られた一閃を3度ほど宙で弾きかえすという芸当に観衆は呼吸さえ忘れてしまう。
「おいおい、嘘だろ……絶対領域が崩されるなんて……」
親父さんと呼ばれた者がぽつりと呟いたように、肩、胴、逆胴と的確すぎる連撃に、ついに領域は決壊してしまった。
こうなるともう場の修復は難しい。ずるずると後退をしつつも白刃一閃の全身へと剣を打ち付けられる光景に、はっと男は我に返る。
それから慌てて立ち上がると大声で叫んだ。
「そ、そこまでえっ! 勝負ありっ!」
どおお、と冒険者ギルドは歓声に揺れた。
ようやく呼吸することを許され、そしてまた達人同士の戦いを見たせいだろう。
これほどの腕であれば、さぞ生意気な性格をしているだろうと思いきや、相手をした人へそれぞれ頭を下げるという姿勢だ。
その辺りもあまり少年らしくは無いのだが――まあ、彼らの目には好印象に映ったようだ。なにしろ腕が立つ上で謙虚な者など数えるほどしかいない。
その興奮は数日間続き、彼ら冒険者ギルドの話題を独占するほどだった。
少年は知らないだろうが、そのような談義をしているうちに2つ名をつけられる事になる。
その名とは――【幻影】。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
たたた、と少女は小走りに駆け寄ってくる。
真っすぐの綺麗な銀髪を揺らし、大事そうに杖を抱えている様子を周囲の男性はついつい目で追ってしまう。まあね、可愛い子を見て得した気になるのは男性として仕方無いのかもしれない。
僕としては転ばないかとハラハラするから、できれば歩いてきてくれると良いんだけど。
待ち合わせに選んだ場所は、魔術師ギルドからほど近い公園だ。
もう陽はだいぶ傾き、急がなければ遺跡へつく前に夜を迎えてしまうだろう。
「お待たせー、少し時間がかかってごめんなさいね」
「ううん、僕もいまさっき来たところだから。じゃあ魔導竜を迎えにいこうか」
うんっ、と嬉しそうにマリーは微笑む。
走ったせいで上気したらしく頬はだいぶ赤い。ほつれた髪をすくい、少女はゆっくりと息を整える。
そして一緒に並んで歩いているときに、何かに気がついたらしく僕の肩へと触れてきた。
「あら、肩のところがほつれているわ。またどこかに引っ掛けたのね」
「あ、本当だ。まいったな、新しい服を買うにはまだ早いのに」
「私があとで縫ってあげるから平気よ。それとも私がコーディネートしてあげましょうか? だいぶ痛んできているし、今風の服にしても良いと思うの」
うっ、それも遠慮したい……。さっき浪費したばかりだからね。
どうにか誤魔化そうとしたが、隠し事に慣れていないせいで少女から訝しげに見られてしまったよ。
先ほどの格付けは、どうやらAAAという結果となり胸をほっと撫で下ろしている。試験が中断されているのは担当できる人物が不在のせいらしいけど、まあ魔術師ギルドへの証明としては問題無いか。
これであとに残された課題はあとひとつ。盾役の確保きりだ。
「んーっ、日本旅行なんて楽しみっ。ねえねえ、どういう所なの? やっぱり美味しいものはあるの?」
「うん、向こうについてからのお楽しみだよ。ただ美味しいものはあると思うかな」
にこーっと少女は微笑むと、いつもより軽い足取りで街道を歩き続けた。




