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第293話 竜の眷属②

 ヒヒィと軍馬は悲鳴をあげながら前脚を宙に浮かせる。

 そうしてたくさんの唾を吐きながら、必死な瞳で後方を見やる。

 鞭に打たれずとも、兵士から進めと叫ばれずとも、誰より逃げたかったのがこの軍馬である。


 たとえ訓練された馬であろうと、この墨で塗りつぶしたような夜など見たことがない。じわじわと浸食してくる冷気は不穏な気配で満ちており、また背後では化け物と呼ぶべきものが本性を現しつつある。


 上気する汗によって馬体は白い湯気で包まれていった。


「クッ、だめだ、馬力がまるで足りない! もっと本拠地から寄越すように言ってくれ!」

「こっちの鎖が切れるぞ! だめだ、もう抑えきれん!」


 悲鳴をあげる兵士らもまた、一刻もはやくここから逃げ出したがっている。

 固唾を飲んで見つめる雷光の騎士ライトニングナイトは、この不穏な夜がどうして訪れたのか、その理由を半ばまで知った。


 のんびりと暮らしているこの地には、決して手を出してはならないものがある。それに手を伸ばして暴こうとしているのは己が仕えている相手だ。


 ごくっと唾を飲みこんで、傍らの主人に言葉を投げかける。


「王子、厄災を招いておいででは?」

「ふん、隠されていた災いだ。私は化けの皮を剥がしているに過ぎん。それよりも本拠地とオアシスへの連絡を急げ」


 その言葉が重圧となり、辺りにいる兵らは一斉に暗い顔をした。

 ただでさえ夜戦において限界まで戦い抜いている。気力は尽きかけており、果たして目の前にいる奴らと正面から戦えるだろうか、という目配せをそろりと向けあう。


 ――ゴオッ!


 バツツツッ、と連続的に鎖の断裂音が響き、牙だらけの真っ赤な口が見えた。さらに巨大化してゆく魔物、オゾによって皆の心臓はぎゅっと縮こまるのを感じる。


「うおっ……!」


 兵士の悲鳴が響くなか、自由になった竜の前脚がズシンと地面を揺らす。続いて聞こえるのは、ふー、ふー、という動物的な息づかいだった。

 遠のこうとする兵士らに、ウォルス王子は落ち着いた声を響かせる。


「静まれ、貴様らはそれでも王立軍か。レベル百にも達していない下級竜ごときにうろたえるな」


 そんな声を受けても、彼の隣に立つ騎士はまるで安心などできない。

 森の奥、そして下層へと通じる階段には幾多もの目玉が光っている。そいつらはゴルゴルと不穏にも鳴いており、少なくともこの場にいる全員の肝を冷やすには十分だ。


 そして奴らはこう言っている気がする。

 今すぐに仲間を解放しろ、と。

 でなければ全員の臓物をブチ撒ける、と。


 しかし皆の様子を眺めた王子は、落ち着いた表情で「ふん」と息を鳴らす。


「決してその拘束具を解くな。人数が集うまでこの場を維持しろ。これから戦をするぞ」

「…………ッ!」


 その言葉によって、どろりと周囲の者たちは嫌な汗を流した。正規兵という誇りはある。しかし必死に不安を押し殺そうと、どうしても表情ににじみ出てしまう。


 なぜ王子はあの化け物に執着をするのか。

 なぜこの地に辿り着いてからというもの、どこからか常に視線を感じるのか。

 いまにも暴れ狂いそうな魔物たちの気配に呑まれながら、彼らはそんな疑問を浮かべていた。


 そのような折に、かつんと靴音が鳴る。よく磨かれた革靴であり、上等な代物であると分かる。


「なんだこれは。随分と厄介なことになっているな」

「愚かな君にも事態の深刻さは伝わるようだ。恐ろしさに敏感なのは、きっとその片目をぽろりと落としたおかげだろうな」

「……あのな、俺の目玉は関係ないだろう?」


 がさりとやぶを鳴らして現れた二人の男に、兵士たちは色めき立つ。

 特にその眼帯をした男はアリライ国において知らぬ者などいない。勇者候補という称号を手にしており、この古代迷宮においても猛威を振るった男なのだから。良い意味でも悪い意味でも。


 しかしなぜ鎧ではなく執事然とした服を身につけているのか。腰には立派な剣を吊り下げているものの、盾さえ手にしていない。

 穴あきの革手袋をつけながら、彼は青い目を向けてきた。


「これはこれはウォルス王子。この宿泊地で楽しんでいるようですな。それに雷光の……失礼、昔から男の名を覚えるのは苦手なもので」


 空気を読んでいるのかいないのか。ザリーシュはゆったりとした動きで巨大化しつつある魔物を眺め、手を後ろ組みながら「ふむ」と漏らす。


「ほう、殿下はよほど災厄を招くのがお好きらしい。このアリライ国を滅ぼしたいので?」

「いや、この場ですぐに片をつける。裏切者であり罪人の言葉になど耳を貸すつもりは無いがね」


 見ればザリーシュの首には隷奴であることを示す品がつけられている。あれこそが罪人の印であり、王族の指示に従わなければ文字通り首が飛ぶ代物だ。


「つまり王の血を引く私には、貴様をすぐさま亡き者にできるということだ。言っている意味が分かるかね?」

「はあ、そうしたければ構いませんよ。できればの話ですが」


 首を撫でながら平然と彼は答える。そしてカツコツと革靴を鳴らし、遮るようにして魔物の前に立った。もう一名の見慣れぬ長身の者もまた同様だ。


「しかし俺たちはこの屋敷の管理を任されている」

「ええ、ここ第二階層ではお静かに。騒ぐようなら他のお客様のご迷惑となりますので、どうぞこのままお引き取りを」


 礼儀正しく胸に手を当てると、それぞれの指につけられる黄金色の指輪が輝いた。

 にこやかな笑みはそのままに、ズズと奇妙なまでに迫力が伴っている。気圧された兵らはさらに一歩遠のいた。


 しかし対抗するように一歩進む者もいる。


「噂で聞いたことがある。貴殿には音速以下の攻撃が通じないのだとか」


 そう漏らした男は、傍らの兵士から剣を抜き取る。バチッと全身に奔った雷流は、まさに彼の名を示す技であり業だろう。

 後退を良しとしないのは雷光の騎士ライトニングナイトだった。王族という存在は絶対であり、人を相手に下がることなど決して許されないと考えたらしい。


「ほう、雷を使うのか。であればひょっとしたら通じるかもしれんぞ。手負いでなければだがな」


 バチチッ、と雷流がさらなる勢いを取り戻す。勇者候補の青い目は、銀色の髪をした騎士ではなく、その隣から伸ばされる手を見つめる。

 雷の増幅をもたらすのは、これまで黙して語らなかった男、万能官エージェントと呼ばれている者の仕業だ。また彼にはあらゆる力の操作を行えるという噂があった。


 さらには後方から大量の軍隊が近づきつつある。

 どろどろと足音を響かせながら、幾重もの盾が両者のあいだを隔ててゆく。


 槍の穂先を向けられて、引き絞られる弓の音を聞いて、しかし執事の2人は「やれやれ」と肩をすくめた。


「ここがどこかをまだ知らないようだ」

「まさか君よりも愚かな人間がいるとは。我々の時代では、竜に弓を引く者がいるなど考えもしなかった。あれがジョークというものか?」


 その顔色のひとつも変えぬ様子に「やれ」と王子は合図を送る。

 すると居並ぶ穂先と矢が一斉に輝いた。万能官エージェントの力場操作によって万雷の力が配られたのだ。


 第二階層の一角はまばゆいほどに光り輝き、集った者たちの姿を照らす。




 ドヒヒ、ドヒヒ、と続けざまに放たれてゆく矢を視界の端に眺めつつ、ウォルス王子はゆっくりと思考にひたってゆく。

 本来であればウリドラという娘がここに現れるはずだった。眷属である魔物を傷つけられて、怒り心頭で刃向かってくるものだと考えていた。


 しかし臆したのか現れたのは配下らしき者たちであり、少々肩透かしを受けている。

 この第二階層というのも同様だ。ひっそりと背後で人々を掌握している存在がいることにさえ誰一人として気づけていない。無能どもの集まりだ。


「魔というのは昔から隠れるのがうまいものだな」


 そうぼそりとつぶやく。

 国神から与えられた力によって、ウォルス王子には万物の力を読み取る技能スキルがある。

 だがあの女に関してだけはなぜか覆い隠されており、実力を把握しかねている。ならば潰せと本能が訴えかけてくるのは王族としての血なのかもしれない。


 あの二人も同罪だ。

 言動からして状況を知っておきながら加担しているのは明白であり、この場で射殺すことに躊躇などまったくない。


 首輪によって勇者候補を始末すべく虚空に手を伸ばしたとき、だがそこでふと気づく。

 蛍光色の赤い髪をする執事然としたあの男もまた、真実の姿が覆い隠されていることに。


「まったく、忌まわしい階層だ」


 苛立ちを示すように王子の頬が震えた。

 当たり前のように弾かれてゆく無数の矢も、ズシンと足音を慣らして近づいてくる新手の下級竜もそうだ。この上なく彼を苛立たせる。


「わあ……っ!」


 むんずと掴まれた兵は、まるでおもちゃのように持ち上げられる。そうしてバンバンと地面に叩きつけられる様子を他の兵士たちは唖然と見つめていた。


 生きているか覗き込む様子はどこか人の動きと似ているが、メキ、ミシ、とすぐ目の前で大量の牙を生やす様子は悪夢に近しい。


「ひっ、いぃーーっ!」


 そいつの丸太のような手足にはびっしりと黒い鱗が生えており、背後にはたくさんの黄金色の目玉が光っている。そいつらが無造作にのしのしと近づいてくるのは、兵士にとって生きた心地がまるでしなかっただろう。


「王子、雷の力がまだ十分ではありません! あの罪人の『領域封殺』を壊しきることはできないでしょう!」

「オアシスで待機させていた者たちと合流する。後退しろ」

「後退だ! 全軍、後退ッ!」


 どどう、と足並みを揃えて後退を開始する。

 しかし周囲からわらわらと寄ってくる二足歩行の魔物たちは、彼らのなけなしの勇気を吹き消そうとするようだった。


 そして、ちょいちょいと指で招いてくるあの金髪の男。勇者候補からのあからさまな挑発によって、騎士はビキリと青筋を立てた。


 にこりと場にそぐわぬ爽やかな笑みを浮かべてザリーシュは口を開く。それはきっと少年に負けたことで学んだことであり、剣ではなく口先で攻撃するというものだったろう。


「んー、お前は王族の懐刀と呼ばれているそうだな? 素晴らしい。活躍に見合うぴったりな名じゃあないか。さぞ林檎の皮むきも上手だろう。それで、普段はなにをして過ごしている。やはり枕元でこうやっているのか?」


 ナイフで林檎を剥くような仕草をされては、いくら退却命令を受けていようとも腹が立つのは止められない。殺してやりたいと思うし、それが彼の狙いだろうとも分かっている。

 あーん、ぱくっ、と林檎を食べるような仕草をされようとも……!


「ざ、罪人ごときが! 王子、あの反逆者に死を……」

「まったく拍子抜けだ。すぐに泣きついて助けてもらおうとは。噂には聞いていたが最近の騎士というのは劣化がひどい。見るに堪えん。ああ、分かった分かった。もういいから貴様は皮むきに戻れ」


 シッシッと手で払われて、ハラワタが煮えくり返りそうな顔をした。剣を持つ手がぶるぶると震えているし、あの腹立たしい顔を十字に切り裂いてやりたいとも考えているだろう。

 しかし王子は厳命をした。


「聞こえなかったか、後退だ。だがその前に、あの下級竜を今すぐ始末しろ」


 命じられた騎士は、すぐさま片脚を持ち上げて、全力で拘束具とつながっている鎖を踏みつける。ジャッと鉄の音を鳴り響かせて、そうして騎士は全身の骨が見えるほど白熱してみせた。


 バン、ババン、とオゾの肉体が内側から爆ぜてゆく。

 白煙を上げ、電撃を浴びて激しく痙攣する様子には、さしもの古代竜ラヴォスであろうとも目を細めた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >全身の骨が見えるほど白熱してみせた。 笑う所であろうか? [一言] しかし、なんでまたわざわざ逆鱗に触れと云うか、竜の尾を探してまで踏みに行く必要があるのだろう。
[一言] >本来であればウリドラという娘がここに現れるはずだった。眷属である魔物を傷つけられて、怒り心頭で刃向かってくるものだと考えていた。 いま何処にいるんだろ?(笑)
[一言] うぽつです
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