【番外編】大晦日だよエルフさん。前編
ウォルス王子の危機的な状況の真っ最中ですが、
本日から明日にかけて、大晦日の番外編をアップいたします。
見て頂戴と声をかけられて、振り返るとスーツを手にするマリアーベルがいた。
ぴんと覗いた耳は半妖精エルフ族ということを示しているものの、冬用のもこもこパジャマを着ているからファンタジー性は乏しい。
羊やタヌキのように寒い時期にはひとまわり大きくなる習性があるのだろうか。などと馬鹿なことを考えている僕の前に、ずいとスーツを再び近づけてくる。
「ほら、だいぶくたびれてしまったわ。これはお洗濯をしてはいけないのでしょう?」
「あれ、本当だ。気がつかなかったけどクタクタだね。じゃあクリーニングに出すついでに、大晦日の準備をしようか」
オオミソカ?と、マリアーベルはスーツの端から顔を覗かせながら薄紫色の瞳をまばたきさせる。
「うん、一年の締めくくりだよ。本当なら大掃除というのもするんだけど……」
「あら、この私が部屋に埃なんかを溜めるわけがないでしょう?」
きっぱりと言いきって「ねー」と隣に話しかける。するとそこにはマリーの髪と同じ、真っ白な塊が浮いてた。風精霊だ。ふさりと幾つもの羽を動かすのは「ねー」と返事をしたのかもしれない。
はは、普通に精霊がいるとコメントしづらいな……。
ともかく精霊使いであるマリーにとって部屋の掃除など猫の手をひねるより簡単なのだ。ついでに言うと掃除機を使っているところを見たことがない。
一緒にいてだいぶ慣れてしまった僕だけど「相変わらず便利だね」なんて、のほほんと返事をしていいのだろうか。まあいいか、実際にすごく助かっているんだし。
「だからあとはもう一年の締めくくりとして美味しいものを食べて、のんびり過ごすべきかなと」
ピンッと立った耳は、マリーの長耳、そしてベッドに横になっていた黒猫さんの計4つだった。少女の背後でむくりと上半身だけ起こして、こちらを見つめてくる眼光がちょっとだけ気になるなぁ。野生の虎を眺めているみたいで。
このとき僕らは知らなかったけど、皆が寝静まった第二階層で、むくりとウリドラが寝床から起き上がったらしい。
すぐさま私室から出て行ったみたいだけど……どちらにしろ江東区にいる僕らには止める術などありはしない。だって魔導竜なんだし。
「ふうん、面白そうね。ならオオミソカの正しい過ごし方を教えてくれるのかしら?」
「そんなに大したものじゃないけどね。そうだ、ついでに長いこと使っていないこたつを出してもいいな」
幸いなことに手つかずのボーナスもある。軍資金としては十分以上なので、楽しみにしているエルフさんへ笑いかける余裕もあった。
「じゃあ着替えたら出発だ」
「んふ、やった! じゃあウリドラも……あら、いつの間に起きていたのかしら?」
美味しいものという単語を耳にした瞬間だよ。きりりとした顔つきの黒猫を眺めながら、心のなかで僕はそう思った。
ピッピッとバーコードを通されて、示された金額に「けっこうするなぁ」と思いつつ財布を開く。
まとめてクリーニングにかける機会はそう多くなく、量があるぶんお値段も相応になってしまうようだ。
振り返ると店内を物珍しそうに眺める少女がいた。頭には温かそうなニット帽をつけており、もこもこの耳当て、さらには首元をしっかりとマフラーで覆っており、防寒対策はバッチリという印象だ。
やっぱりエルフ族は冬になると羊のように膨れるのかもしれない。そんなことを思っているとクリーニング屋さんのおばさんが声をかけてきた。
「マリーちゃん、これあげる。福引券」
おや、いつの間に名前を覚えられていたのか。
そういえば地元の商店街イベントにちょくちょく参加していたし、少女も日々散歩をして過ごしている。なら覚えられていておかしくないかと考えていると、黒猫を抱きながら少女は駆け寄ってきた。
「これはなんですか?」
「この辺りでやっているイベントなのよ。今年はちょっと豪華だから、なるべく商店街で大晦日の準備をしてくれると嬉しいわ」
受け取った紙には福引券と書かれており、落とさないよう手袋越しにしっかりと握る。ふうん、へえ、と感心した声を漏らしており、覗き込む黒猫も興味津々の様子だ。
「福引といって運がいいと景品をもらえるんだよ」
どこでもやっている行事だろうけど、異なる世界から来た彼女たちにとっては別だろう。へええ、と瞳を輝かせながらぺこんとマリーは頭を下げる。
「ありがとうございます、挑戦してみます。ウリドラ、一緒にがんばりましょうね」
「にゅーい」
かっわいぃ、といううめき声がかすかに聞こえてきた。
いやもうほんと、気持ちが分かりますよ。もこもこの妖精みたいな子が黒猫と一緒に瞳を輝かせているんだし。
「北瀬さん、これ。皆には黙っておいてください。福引券を何枚か多めに持って行って……」
「えっ! い、いえ、結構ですよそんなに!」
ぐいぐいと押しつけられてしまい、もしかしてこの商店街は、マリーにとことん甘いんじゃないかなと疑った。
そう、そうだ。きっとそうなんだ。
気づいたら飲み物やタイ焼きを手にしているときがあって、そのときはきっとお小遣いで買ったんだろうなと思っていた。
しかしマリーがそこまで無駄遣いをするだろうか。ああ見えてお金が大好きだし、たまに「お金持ちになりたいわ」という言葉を耳にする。
エルフ族とは質素な生き方を好むと聞いたのは嘘なのだろうか。
ありがとーと手を振る少女に、店員さんだけでなく行列の人たちまで笑顔になり、そっと手を振ってくる光景は僕がこれまでに見てきた商店街とどこか違う。
たったの数カ月で地域住人を骨抜きにしているのでは?
そのような疑念は当然であり、しかし少女は僕のことなど気にもせず、頬を赤くしながら福引券を見つめていた。
「これで決まったわね。オオミソカの準備はこの商店街を中心に集めましょう。そして私たちで立派な景品を当てるのよ」
「にゃうにゃー!」
小学生も真っ青なはしゃぎっぷりだ。
とはいえ握られる手から少女の楽しみオーラが伝わってくるし、どうしても頬が緩んでしまう。さきほどのお客さんたちのように。
きっと僕は骨抜きにされている代表なのだ。普段ならいざ知らず本日は大晦日だし、諦めてマリーを甘やかすことにしようかな。
「ん、そうしようか。美味しいお肉屋さんのことなら二人のほうが詳しそうだ。良ければ案内をしてくれないかな?」
「ええ、任せて頂戴。こう見えて私たちはお買物横丁には詳しいのよ」
うん、いつも案内していたつもりが、マリーに手を引かれる日がくるとはね。にぎってくる手も可愛らしく、もこもこ妖精さんと一緒に僕らは商店街を歩き出す。
これください、と指さした瞬間にマリーと黒猫はぎょっとした。
霜降りの国産和牛、ランクで言い表すならA5であり、言うまでもなくお肉界における最高級だ。無論、お財布へのダメージも計り知れない。
「ま、待って頂戴! いくら福引券のためだからって!」
今度は僕がぎょっとする。
いやいやまさか、福引券なんかのために奮発しないよ?
そういえば趣旨についてちゃんと説明していなかったか。お肉屋さんが切り分けてくれてくれるのを待つあいだ、大晦日というものについて二人へ教えることにした。
「笑う門には福来るというように、一年を締めくくる大晦日はなるべく楽しい思いをするんだよ。もちろん家庭によるだろうけど、僕にとってA5のお肉は欠かせない」
そうきっぱり言った。
するとエルフさんと黒猫は、ぱかっと口を開けるという面白い表情を見せてくれた。
なぜそうもこだわるのかと言うと、僕の食い意地が張っているせい……ではない。
「家でたくさん働いてくれたんだし、せめてこれくらいはしてあげないと。美味しいものを食べたら、また来年も頑張ろうって思えるだろうし」
そんな、悪いわ――と言いながらも、ちらりと薄紫色の瞳は最高級和牛に向けられる。
確かに食べたいけれど、ちらり。
感謝をされるほどでは、ちらり。
そのように和牛に誘惑されているのは明らかであり、しかしお財布の紐を締める役割を持つ彼女は必死に耐えている。
だけどそこで僕が「まあまあ」とか「たまにはね」と甘い言葉で囁くものだから、いつの間にやら少女の瞳は和牛から戻ってこなくなっていた。
しめしめ。あとちょっとだぞ。
などという思惑をおくびにも出さず、僕は日本名物の「まあまあ」をまた繰り返す。
さて、そんな風にしゃがみこんで少女に話しかけているあいだ、実は裏側で着々と進んでいることがあったらしい。
第二階層でウリドラがシャーリーに、これから美味しい和牛を食べるのじゃ、と満面の笑みを浮かべていたのだ。
「A5じゃぞ、A5! 最高級和牛じゃあ!」
そんな自慢話を聞かされては、女神候補であろうとも喉をごきゅりと鳴らす。東伊豆での強烈なあの味わいを思い出してしまったのだから仕方ない。
仕方ない、この場合は仕方ないのだが……屋敷の屋上でぼそりと「ワギュウ?」と呟く者もいる。
闇に溶け込むその女性は、美味しい話に関しては嗅覚が非常に鋭い。野生の獣さえ出し抜くほどであり「ワギュウ、ワギュウ」と幾度となく呟きながら、するりと屋上から降り立った。
そんなことなど露知らず、しらたき、白菜、焼き豆腐、などなどなどが買物カゴに入れられてゆく。
以前なら年末年始は休業するお店が多かったけれど、昨今では商機として連休中でも販売するところが多い。だから今日と明日の食材だけで構わないかな。
「ふうん、一斉にお店が閉まっていたら、それはそれで風情がありそうね」
「うん、当時の光景を懐かしく思う人もいるらしいよ。もちろん地域によるだろうけど。田舎のほうは風習が根強かったりするから」
などと答えながら買物カゴを覗き込む。
えーと、みかんは買ったしお餅もある。これは焼くだけで美味しいけど、海苔に巻いたり、余ったぶんは揚げてもいい。特に揚げたては香ばしくてたまらないよね。
ちなみに本日の献立はすき焼きだ。
これも家庭によってバラつきがあるだろう。年越しそばも控えているので、重いものは避けるべきなんだけど……ほら、この時期はいいお肉が並んでいるから。ついつい食べたくなってしまうんだ。
「ちょっと多めに買ったけど、余ったら明日に回せばいいか。えーと、お酒も用意したし……こんなもんか」
缶ビールなどのお酒も多めに買ったため、当たり前のように買物カゴはずしりと重い。荷運びは昔から男の仕事だと決まっているけれど、本日に限ってお野菜など入った袋をマリーに持ってもらっている。
「ならお買物の締めは、この溜めに溜めた福引ね。よーし、気合を入れるわよ、ウリドラ!」
「にゃおうん!」
ファイッオー!と、まるで野球部員のような掛け声を響かせているけれど……福引に気合は関係ないんだよ?
溜めに溜めた……というか、あちこちでおまけをしてもらったおかげで、福引券の厚さは通常時の倍はある。つまりはあまやかしの集大成であり、やっぱり商店街の人たちがえこひいきしているんだなぁと僕は知った。
さて、どんな景品があるのかな。
こういうのって福引券をもらってから見ることのほうが多いよね。などと思いながらマリーの後ろから、どれどれと覗き込む。
《特賞》
大相撲初場所ペア券
《一等》
液晶テレビ
電動自転車
《二等》
国産黒毛和牛
掃除機
《三等》
ビールセット
ギフト券
《参加賞》
駄菓子
ティッシュ
おお、クリーニング屋さんの言っていた通り、今年はかなり豪華だな。早めに参加したおかげか、まだそんなに品切れも無いし。
うんー?と小首を傾げているのはエルフさんと黒猫さんだ。お品書きを見てもどんな景品なのか今ひとつよく分からないのだろう。
「スモー? あっ、見て頂戴! モンスターよ! この世界にもモンスターがいたのね!」
わあわあと騒ぐマリーは、景品リストに描かれているお相撲さんのイラストを指さしている。なんてひどい誤解だ。
じっと見つめる黒猫は、もしかして該当する魔物を調べているのだろうか。いくら古代までの知識があっても、検索には決して引っかからないよ。
「えーとね、日本の国技かな。格闘とはちょっと違うんだけど、すごく強い人たちで戦うんだよ」
この辺りは国技館も近いし年配の方も多い。だからそんな景品なんだろうけど、若い人には魅力はいまひとつかもしれない。
国技ということで、もしかしたら楽しみにしてくれるかも、と思ったけれど半裸のお相撲さんがしこを踏む絵なので……ちょっと微妙そうな表情だった。これならモンスターと言ったほうが喜んでくれたかもしれない。
まあねぇ、仕方ないよねぇ。でも情緒ある場所だから、実際に行ったらきっと喜んでくれると思うけど。
ひととおり説明をすると、ふむふむと少女らは頷いた。
「なら決まったわ。掃除機とテレビ以外のものを狙いましょう。スモーはもしも当たったら見に行くということで」
はっぴを着た係員さん、それに賑やかな雰囲気のおかげで少女たちの声も元気そうだ。ちなみに福引は狙って当てられないよ。
えいえいおーというかけ声と共に、いざ出陣である。
「お! いらっしゃい、マリーちゃん。しっかり特賞を当てるんだよ」
「こんにちは、おじさん。わ、寒いのにそんな恰好で大変ですね」
うっへっへ、と照れたように商店街のおじさんは笑う。もこもこで可愛らしい格好の子から話しかけられたら、僕も同じような顔をしてしまうか。
こう?
こう回す感じなのかしら?
などと福引の方法を教わっているうちにポロリと落ちた玉は、参加賞のティッシュを示す白色だった。
みるみる眉をハの字にしてゆくマリーを見て、おじさんはあからさまに焦った。
「いや、いまのは練習だから大丈夫だよ! 次ね、次は特賞を狙っていこう!」
「は、はい! 任せてください!」
うわー、甘い。早くも判定がすごく甘い。
気持ちは分かるけれど、もっと自然にしたほうがいいと思うな。もっと落ち着いて、普段通りの態度でえこひいきをしないと。
どきどきしながら見守るなか、ぐるんぐるんと福引器が回転して玉がこぼれ落ちてくる。
だけど期待に膨らむその表情は、白、白、白、と続くうちに曇ってゆく。駄菓子ならばいざ知らず、ティッシュの山をもらっても嬉しくはないだろう。
「むー、当たる気がぜんぜんしないわ。あっ、ちょっとウリドラ、なにをしているの?」
えいえいと前脚を伸ばしているのは黒猫で、きっとじゃれついているんだろうとおじさんや周囲の大人たちは笑う。
「ははは、可愛いな。ひょっとして回したいのか? チビちゃんにはちょっと重いかもしれないぞ」
しかし子猫にしては力強く、がしっとレバーを握る。そのまま渾身の力でじっくりと回してゆくのを見て、お、お、おー、と周囲の大人たちは驚いた。
ぽとりと落ちた弾は水色で、こりゃ凄いと鐘が鳴り響くなか一斉にドヨめかれた、のだが……なんでだろう、インチキをした気がしてならない。
ただの気のせいなら良かったんだけど、じっとウリドラを眺めていると彼女の金色の瞳はそっと明後日の方向に逸らされる。僕の良心がチクリと痛んだ。
「おめでとう! 二等の国産黒毛和牛だ! 招き猫っていうのかねぇ、福を呼ぶ猫ちゃんだ!」
福を呼んだんじゃなくて、ガッと掴んで盗み出したんだよ。
ぱあっと笑顔に転じるマリーは、もちろんインチキのことなど気づいていない。そして僕もまた天真爛漫なその笑顔に、真実を伝える勇気はない。
見てごらん。大きなお肉をエルフさんは両手で掲げているんだ。やったーと言いながら。とてもじゃないけど悲しくなるようなことなど言えやしない。
黒猫がにやりと笑ったのを見て「あっ、確信犯だ」と思った。
ごく自然な笑顔で僕はマリーを褒めたたえ、そっと黒猫をこの手に預かった。
「インチキはだめ」
ぶにっと鼻先を押しながらそう言うと「なーう」と吹き出しそうなほどふてくされた顔になる。
楽しみにしている人もたくさんいるんだから、自分の欲を最優先したらいけないんだよ。いくら偉い魔導竜だとしても。
ちぇっちぇっ、めんどくさいやつ。
いつもの可愛らしい顔を台無しにして、黒猫はそんな顔をした。
彼女を腕に抱きなおしていたそのとき、わっと福引所が沸いて僕らは驚く。そこにはたくさんの白い玉に囲まれる紫色の玉があったのだ。
引いた福引は計10回。
うちティッシュ5つ、駄菓子が3つ。
先ほどの豪華な黒毛和牛。ただしインチキ。
さらにはエルフさんの招き寄せたビールセットと、見事に飲食類に偏ったわけだ。
正当な幸運の力によってビールセットを手にした少女は、もちろんこれ以上なく得意そうな顔をしていた。
「ふふん、掴んでしまったわ。福引のコツを。こうやって力を込めて、ググーッと回すことかしら。そうすると不思議な力を感じ取れるの。といっても剣士のあなたには分からないでしょうけど」
ふふんというおすまし顔も、頬を赤く染めていて可愛らしい。
買物袋はさらに重くなってしまったけど、棒状の駄菓子をサクッと頬張るエルフさんが嬉しそうだったので良しとしよう。
「んっ! コーンポタージュ味! ふわ、笑っちゃう。思っていたより美味しくて」
くつくつと腹を抱える様子には、僕まで勝手に笑みを浮かべてしまうよ。
ただのなんでもない福引で楽しい気持ちになるなんて。あーんなさい、と明太子味を近づけられてしまったら、きっと僕でなくても声を出して笑ってしまう。
空は綺麗に晴れており、そういえばお正月はいつも晴れだったなと思う。
寒々しくも澄み渡る空を眺めつつ、さくりと香ばしい菓子を僕は頬張った。思ったよりもそれは明太子の味をまったく再現しておらず、つい吹き出しそうになる。
美味しいね、と笑い合った。




