【番外編】若奥様と覚えたての精霊
とっぷりと暮れたある夜のこと。玄関のドアをあけて一人の女性が現れる。
肩までの黒髪を夜風に揺らし、冬の冷たさが首筋に入り込んだのかほんの少しだけ身を縮こませた。
ここはごく普通のマンションだ。江東区にあり、駅からバスに乗ってものの数分でたどり着ける。
しかし、ふんわりとしたフリース生地のパジャマ、そして胸に抱えた大きな枕は少しだけ周囲からおかしな目で見られかねない。やはり本人も気にしているのか、きょろりと周囲を見回していた。
あっ、とつぶやいて彼女は眼鏡を外す。
視界はわずかにボヤけてしまったけれど、それを玄関わきの棚に置くと今度こそカチャリとドアの鍵をかけた。
幸いなことに渡り廊下には誰もおらず、ぽっかりと丸いお月様が早足で歩く彼女を照らす。
誰も乗っていないエレベーターにホッとして、ずり落ちかけた枕を抱えなおして、目当ての階に辿り着くと再び冷たい風にさらされた。
しかし、にんまりとした表情を見るに、北国出身の彼女にとってはそう大した寒さでもないらしい。
まっすぐ伸ばした指は、とある部屋のチャイムを押す。
――ピンポン♪
チャイムを押すとすぐに扉が開かれて、眠そうな顔をした青年が顔を覗かせる。
前もって約束していたのだろうか。ふっと笑みを浮かべて、ごく自然と半身になる。すると彼の背後から羊のようにもこもこで温かそうなパジャマを着る少女が顔を覗かせた。
「わ、いらっしゃい、薫子さん。寒くはなかったです?」
「こんばんは、マリーちゃん、北瀬さん。ううん、これくらい北海道に比べたら全然平気ですよ。ひょっとしてお待たせしました?」
「こんばんは、薫子さん。いえ、ちょうどマリーとゲームをして遊んでいたんです。連戦連敗で困っていたから助かりました」
がんばって操作を覚えようとしても、彼女のほうが上手になってしまうんです、と青年は情けない表情を浮かべる。隣の少女はというと、そんな彼の腕をガシリと掴んだ。
「あら、言っておきますけれど、私だってあのゲームを初めて触ったのよ。でもコンボって言うのかしら。あれがとっても気持ち良くって、腰のあたりがゾクッとしたのは確かね」
ほら、こういう感じなんですよと肩をすくめる仕草をされて、情けない顔と得意そうな顔が並んでいるものだから、もう遅い時間なのにくつくつと薫子は笑う。
どうぞあがってくださいと声をかけられて、ドアを閉めると暖かい部屋の空気に包まれた。それもそのはず、部屋には耐熱ガラスつきの暖炉があり、そこから火とかげが短い手を振ってくるのだ。
「さすがに私も慣れましたけど、やっぱり不思議な光景ですね。でもいいなぁ、火とかげちゃんのストーブはあったかくて」
うさぎ耳のついたスリッパを履き、しゃがみこんで見つめると、火とかげはフスフスと息をしているらしく鼻のあたりのガラスが曇る。ゴマ粒みたいな目といい、丸い手足といい、この不思議な生き物はなんだろうとついつい指で触れてみたくなる。
これは正確に言うと精霊であり、生き物とはほんのちょっと違うらしい。
と、彼女から枕を受け取りながら北瀬も笑みを浮かべた。
「薪ストーブもそうですけど、ぽかぽかした優しい暖かさですよね。ただ、本を読んでいるときまで眠くなってしまうのが難点です」
「あら、あなたは寝ちゃダメよ。居眠りをしたらそのまま消えちゃうんですから」
ひょいと彼から枕を取り上げて、少女はそんな不思議なことを言った。
考えてみるとこの部屋には不思議なことで満ちている。少女の両耳は細く長い形をしているし、物音がするとわずかにそちらの方向をピコリと向く。髪と瞳の色もまた珍しいものであり、北瀬などはいつも目で追っている。これは本人も気づいていないようだが、まるで花を追う蝶のようだと薫子はそっと思う。
ふたつ並んだ枕の隣に、薫子が運んできた枕を置くのもまた変わった儀式だろう。しかしエルフ族の子はまるで気にならないのか、小さなお尻をこちらに向けたまま困ったような顔をする。
「この子ったらいつもウトウトしているでしょう? 眠さってすぐ人にうつるから、火とかげと一廣さんに挟まれるとすっごく大変なの」
ほら、と言いながら布団をめくると、まるで手品のようにスヤスヤと寝息を立てる黒猫が現れる。
身体をまん丸にして目を線にした様子に、たまらず薫子は吹き出した。
とはいえこの部屋の主人である北瀬こそ、最も居眠りをしないように気をつけている人物だ。車のドライブはもちろんのこと、つまらない会議の最中であろうと新幹線の移動であろうと、幼少のころから注意している。
そうなった原因は過去のものであり、あまり自分のことを話したがらない北瀬は、ごく自然と冷蔵庫から梅酒を取り出す。そしてテーブルにグラスを置くと、二人の女性たちも自然と席についた。
「では徹さんが残業をあまりせずに帰ってくることを信じて」
「乾杯……じゃないわね。えーと、遅くなったら薫子さんと遊びに行っちゃいますよ」
「本当にごめんなさい。さっきからなかなか徹さんと連絡がつかなくて。たぶん置いて行かれないように黙っているんだと思います」
普通の人から見たら、いまの会話はまったく意味が分からない。だけど三人にとってはごく普通のことらしく、思い思いの表情を浮かべてから、ちりんとグラスの音を響かせた。
もう本当にさっさと寝ちゃおうかなと、薫子は密かに考えていたらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぴくんと水面に浮かんでいた小枝が揺れる。
細かな波紋をいくつか広げていたそれは、やがてとぷんと本格的に沈む。
小枝の先には糸があり、さらにその先には釣り竿がある。しかし本を読んでいる少女はというと、そんな変化をまったく感じずに文字を追い続けていた。
「マリー、引いてるよ」
「え?」
声をかけてみると、ひょいとマリーは竿をあげる。やはり仕掛けはエサだけが忽然と消えており、温かい毛糸の帽子をかぶったマリアーベルは表情のとぼしい素の顔をする。表情を見るに、なにが起きたのかまったく理解していないようだった。
「あら、餌が取れてしまったわ」
「えーと、エルフの森で育ったんだし釣りくらいしたことあるよね?」
「あるか無いかと聞かれたら、あると答えるのが正解ね」
「……そっか、苦手だったんだ」
「いいえ、苦手なんかじゃないわ。ただ今回はたまたま餌が取れてしまっただけ」
ぷらんと垂れた糸を指さして、ごく平然と少女はそう答えた。
それを苦手と言うんじゃないかなぁ。そんな言葉を飲みこんで、新しいエサを仕掛けにつけることにした。
せっかくなので釣りの面白さを伝えたいと思っているけれど、先ほどからまったく釣果があがらず、むしろ魚たちにご飯を食べさせている気がしてならない。
などと思いながら周囲を見渡すと、湖畔を包んでいる空は白く染まっておりいかにも寒そうな天候だ。
桟橋の先には屋根つきの休憩所があり、ここは釣りだけでなく談話も楽しめる場所でもある。僕らは頻繁に利用するので、従業員たちはいつも椅子やテーブルなどを綺麗に磨いてくれている。
「寒くない、マリー?」
「ううん、平気。だけどエサをつけるのだけは生理的に無理」
毛布とひざ掛けに包まれて、かすかに息を白く染めながら気難しいことをマリーは言う。ちゃぽんと再び水面に波紋を浮かべてから温かいココアをひとくち飲み、少女は再び古代文字に瞳を落とす。
そして僕はというと椅子に深々と腰かけて、冬景色に変わりつつある湖畔を眺めていた。
釣りは好きだけど、魚を釣ったときが一番好きなわけじゃない。風に頬を撫でられて、ぼうっと半分眠っているような時間を過ごすのが好きなんだ。黙々と山に向かって歩いたり、地図を少しずつ埋めていくことがきっと僕の生きがいなのだろう。
それと同じくらい、僕らの背後にいる薫子さんも新しい生きがいを探しているんじゃないかな。
テーブルに頬杖をつく徹さんの見守るなか、精霊に通じるというエルフ語を、まだ慣れていない舌ったらずな口調でつむぐ。あどけない顔だちに関わらず表情には真剣さが帯びており、オリエンタルな黒髪によってそれっぽい雰囲気がある。
「んー、薫子は形から入るのが好きだからな。あの三角帽子を作るのに2週間くらいかけていた気がするよ」
そう茶々を入れる旦那さんに、ちらりと黒い瞳が向けられる。表情を見る限り「コスプレと思っているのでしょうか」と文句を言いたげだ。それから天井を見あげたのは「そんなに間違ってはいないですね」と思い直したようにも見える。
そうやって薫子さんは小一時間ほど火とかげの「呼びかけ」を繰り返している。火の精霊といえば日本に来たばかりのマリーでさえ気難しいという理由で使役をしなかった相手でもある。
「火とかげかぁ。見た目は真ん丸で可愛いくらいなんだけどね」
「ああ見えて本当は気難しいのよ。でもあなたにも理解できると思うわ。水精霊は魚の形をしていて、とても素直に感じたでしょう?」
書籍から視線を動かさず、肩だけ触れ合いながら少女はそう呟いた。
水精霊にも何度となく世話になっている。魚の姿をしており、スイスイと泳いで命令に従う様子は、彼女の言う通り扱いやすい相手だと思う。
と、眠そうな顔をした徹さんがこちらに振り返ってきた。
「北瀬君、薫子に精霊使いの素質があるって本当なのかい?」
「えーと、たぶんです。だいぶ前ですけど、普通の人には見れないはずの精霊に気づいたことがありました。ウリドラが言うには素質があるのかも、ということらしいです」
あれは夏のころだったろうか。
ふわんとクラゲのように宙を漂う氷精霊に気づかれてしまい、ものすごく慌てた記憶がある。そう伝えると納得した表情をしながら彼は温かいココアを口に含んだ。
「なるほど。確かに北瀬君の部屋にある暖炉はごく普通のものだったし、火とかげの姿は私には見えなかった。しかし私にだけ見えないというのは寂しいものだね」
逆に言うと僕には見えているので、もしかしたらちょっとだけ素質があるのかな? いや、エルフ語を覚えているからとか、そういう理由があるのかもしれないけど。
「あなたの場合は私を介して触れ慣れているでしょう? だから普通の人よりも見えやすいし、徹さんも慣れたら見ることも触ることも……あっ」
ぽちゃんと水面が跳ねて、気持ちよさそうに魚が泳いでいく。またエサを取られてしまったことにマリーが反応したのかと思ったけど、ぜんぜん違った。
「もう現れているじゃない、火とかげ」
「「「えっ!?」」」
少女の声によって僕ら3人は目を見張り、どこだどこだと周囲を探す。しかしどこにも見当たらず……と思ったら柱の向こうでもぞりと動く影があった。
そいつは柱を抱えるように立っており、わずかに顔を覗かせている。しかし眉間に刻まれた不審げな皺にはどういう意味があるのだろう。
「ほら、見て頂戴。すごく警戒しているわ」
「気難しいって……まさかそういう意味?」
「? それ以外にどんな意味があるのかしら」
おかしいな。僕の認識が間違っていたのだろうか。てっきり精霊を正しく使役できないと制御不能となり、辺り一面を焼け野原にされるなどの危険性が伴うと思っていたんだ。
「まさか、そこまで危ないわけがないでしょう? ただの火とかげよ」
不思議そうな顔でそう言われたけれど、僕には基準がまったく分からない。当の召喚主である薫子さんでさえ何と言ったらいいのか分からないという風だ。なので精霊を初めて呼び出せたにも関わらず、浮かべる表情は苦笑いだった。
「なんだか初めて会った幼稚園児みたいですね。おいでおいで、私は怖くありませんよー」
ちっちっと唇を鳴らして呼びかけても、火とかげは柱の影から出てこない。ほんとかなー、嘘じゃないかなー、という疑いのまなざしをありありと浮かべている。
精霊術としてマリーほど熟練した者はそういない。ぱたんと古代の本を閉じた彼女は、駆け出しの薫子さんを手助けすべくほんのりと色づいた唇を開いた。
「難しいのはここから先よ。信頼されないと遊んでくれないし、お風呂だって焚いてくれないわ。だけど厳しくしないとすぐに遊び始めてしまうから、山火事にだってなりかねないの」
ふむ、なるほど。気難しいだけでなく移り気まで激しいのか。
いわゆる躾のようなものを求められているけれど、精霊語がまだ不得手の薫子さんにとっては荷が重い。主人として認められるのは、きっとまだまだ先なのだろう。
「そうだ、きゅうりとか好きですかね」
おもむろに床にきゅうりが置かれて、僕はもう何も言えなかった。せいぜい「河童じゃないんだから」と突っ込む程度だ。
僕と徹さんでまったく同じセリフをハモらせていると、なぜかマリーは人差し指を火とかげに向けた。
「見て頂戴。尻尾が動いている。興味を持っているわ」
はい? と小首を傾げながら視線を向けると、柱の反対側から覗いている尻尾がかすかに左右に揺れている。警戒するような眉間の皺は相変わらずだけど、ゴマ粒みたいに小さな目は薫子さんではなく床に向けられているとも気づく。
青くさい匂いをフスフスと嗅いでいる様子には、長らくこの世界を旅してきた僕でさえ「精霊との触れ合いってこういう感じなの?」と目を丸くする思いだ。
しかし複雑な気持ちでもある。しゃがみこみ、なるべく同じ目線になって話しかけ続ける薫子さんを羨ましいと思うんだ。
というのも長旅のあいだ精霊と触れ合えたら楽しいだろうなと思い、1年がかりでエルフ語を習ったというのに素質がまったく無かったからね。
「いいなぁ、楽しそうだなぁ、僕も精霊術を覚えられないかな?」
「んー、無理」
彼女が思案をしたのは一瞬で、さくっと不可認定を受けた僕は泣きそうな顔をしたよ。それがおかしかったのかマリーは屈託なくお腹をかかえて笑い、ぽすぽすと腕を叩いてきた。
「んふふ、あなたって面白い。すぐ顔に出るんですもの」
「それって笑うところかなぁ。僕もそれなりに傷ついているんだけど」
「あなたはあなたでいいの。それにもう覚える必要なんて無いでしょう? だって私が呼び出してあげるから、いつだって遊べるじゃない」
ね? と腕にしがみつかれた少女から見あげられて、確かにそうだなと思い直す。
しかしそんな会話を聞いていた夫妻はというと、なぜか頬を赤くして瞳を真ん丸にしていた。徹さんは震える指先をこちらに向けて、おずおずという風に口を開く。
「それってつまり、ずっと一緒にいるってことかい?」
「え、でも大体いつも一緒だよね?」
「お仕事のあいだ以外はそうかしら。でも、別におかしなことでもなんでもないでしょう?」
揃って小首を傾げてみせると、徹さんはなぜか「どうして分からないのかな」と頭を抱えている風だった。それまで丸まっていた黒猫なんてさっさと桟橋から立ち去ってゆくし、その後ろ姿は怒りを滲ませている。
どうしてそんな反応をするのだろう。視界の端でボリボリときゅうりをかじる火とかげを眺めながら考える。
しばらく悩んだ僕は、ようやく夫妻が気にしていることに気づけた。
「あ、こう見えて僕たちは子供のころにエルフ語と共用語を覚えあった仲なんです。だからいくら一緒にいても喧嘩とかしませんよ?」
「あなたね、私から喧嘩をふっかけられたことにも気づけなかったの? それと私は共用語だけじゃなくって西域地方の主要言語もしっかり覚えていたわ」
う、うん、と僕は生返事をする。
……喧嘩をふっかけられたって、なんだ?
いつも可愛いなと思っていたけど、なにか嫌われるようなことをしたのかな。もしかして何度も釣りを誘っていたのは嫌がられていたのだろうか。でも釣りというのは美しい自然を感じるのに最も適しているのだから、覚えてもらえたら旅を楽しめるはずであって……。
「北瀬君、北瀬君、言いたいのはそういうことじゃないから。えーと、つまりだな」
なぜか傍らの薫子さんに目配せをして、なぜか彼女はコクリと頷き返す。それから咳ばらいをひとつして、緊張を帯びた表情で彼は口を開いた。
「君たち、もう結婚したら?」
さああと風に吹かれながら、僕らは動きを止めた。
そうだっけ、と思いながら隣に視線を向けると、そうだったかも、と彼女の瞳は返事をしているかのようだ。
あわあわとした仕草で「や、今のは冗談で!」などと徹さんが戸惑っている様子を見ながら考える。
そうそう、そうだった。僕とマリーが結婚することをとっくに決めているけど、二人にはまだ伝えていなかった気がする。いや、確かに伝え忘れていた。
どうしよっかと視線を合わせて相談していると、いつの間にやら火とかげまで薫子さんの隣に正座して、パリパリときゅうりを齧っている。見た目としては「あらまあ」と言いながら昼ドラを観ているようであり、僕としてはどこから伝えたものかなと悩ましい思いをした。
ぺろぺろと落ち葉を火とかげが舐めると、弱々しい炎が静かに燃え広がってゆく。
広い第二階層だけど、小道や敷地内に関しては落ち葉を掃いて歩きやすいようにしている。そうして山になった枯れ葉に火をつけると、この時期には嬉しい暖を取れた。
「薫子さん、だいぶ扱いに慣れてきました?」
「いえ、まだ全然です。この子ったらぜんぜん言うことを聞いてくれなくって、マリーちゃんの言っていたことがよく分かります」
そこをのしのしと歩いてくるのはリザードマンで、手には収穫したばかりの芋がある。爬虫類というのは寒いときの体温調整が苦手であり、何を言うでもなく僕らの焚火にどっかと座り、ひょいひょいと芋を放り込んでいく。手慣れているなぁと感心した。
慣れているなとさらに思うのは、旦那さんと違って物おじせずに「こんにちは」と挨拶をする薫子さんだ。手慣れた手つきで焚火をつんつんと棒で突いて火加減を調整して、もちろん逃げ出そうとした火とかげはその次にお尻を突かれる。
頬をわずかに赤く染めながら彼女の大きな瞳がこちらを向いた。
「そっかぁ、北瀬さんとマリーちゃんはご結婚するんですね」
「日取りまでは決めていませんけどね。課題もまだまだありますが、まずはご両親に挨拶をしたらと考えています」
落ち着いて答えると「そうですか」と彼女は小さく呟いた。
それから薫子さんは遠くに視線を向けて、桟橋を渡ってこちらに歩いてくるマリーと徹さんを眺めてから口を開く。
「……お二人が落ち着いていて驚きました。私が結婚するときなんてすごく悩んで、親や友達とたくさん相談したのに」
「僕も悩みましたよ。だってエルフ族と人間ですからね」
「相談、たくさんしてください。私と徹さんもできることは何でも協力します。北瀬さんは大事な読書友達ですからね」
よいしょと火とかげを胸に抱えながら、あどけない顔だちに合わない大人っぽい笑みを浮かべてくる。それはやはり落ち着いた彼女らしい表情であり、僕の不安や憂いを少しだけ取り除いてくれるものだった。
バケツを手にしたマリーが戻ってくると、だんだん芋の焼ける甘い香りが辺りに漂い始める。
ひょいひょいとリザードマンが追加で芋を放り込んだのは、僕らの釣果が皆無だと気づいたからだろう。フスンと不満そうな溜息をされたけど、こればっかりは僕にどうしようも無いんだよ。精霊を使役する才能が無いようにね。
そのように焚火の煙がゆったりと立ち上るなか、バターをたくさん塗った素朴な美味しさを味わった。
途中で何体かリザードマンが合流して、芋が足りなくなってしまったのは僕らだけの秘密だ。




