第31話 ご褒美のソフトクリーム
さて、待ちに待った金曜日の夜である。
言うまでも無く週末とは「丸二日遊んでいられる」という夢のようなひと時だ。ベッドに腰掛けていたエルフの少女も、僕が帰宅するなり両手万歳をして迎えてくれる。
「んーー、ついに来たわね週末が!……といっても私は、昨日今日と魔術師ギルドへの報告続きだけれど」
「仕方ないよ、迷宮発見の報告なんて簡単には済ませられないんだし。それに僕らの代行者選びも難航してるんでしょ?」
そうなのよ、とマリーは暗い顔をして近づいてくる。
すぐに遊びたいらしく僕のカバンを受け取り、そして着替えているあいだも話しかけてくれる。
脱衣所からはエルフ耳だけがちょこんと覗いていた。
「代役をしたがる人が山ほどいるの。しかも私より上の人ばかりだから、アピールが気持ち悪くて仕方無いわ」
「ええ、魔術師がどんなアピールをしてくるの?」
――例えばこういう事があったらしい。
午前の報告を終わらせたマリーは、廊下に出るなり「ふうー」とため息を吐いた。
魔術師ギルドというのは上下関係が厳しく、今回のケースではギルド長への報告が必要となる。しかし面識の無い彼女には、会うまでに段階が要される。
ひとつが上司への報告書提出。
いつもであれば問題なく受理される内容だが、かなりの大発見だったため、真実か虚偽かネチネチと調べられることになった。もしも嘘が混じっていたら、さらに上へ報告をする時に上司が恥をかくことになるからだ。
アリライ国からの探索許可証を見せはしたものの、これだけでは不十分ということで報告書にはより精緻な内容を求められた。
「馬鹿じゃないのかしら。地下迷宮、魔石とまだ誰も知らないことを詳しく報告しろですって? おまけに代理人には先生の親戚を優先させたいだなんて……本物の馬鹿をみた気分よ」
「荒れているようだな、マリアーベルよ」
びくっと少女は震え、振り返ると壁にもたれかかる肥満男性がいた。
彼は異なる教室を担当している者で、純血主義のいつも嫌味を言ってくる人物だ。彼女の中でのあだ名は「いやみ虫」であり、実にそのままである。
「噂は聞いているぞ。あの氷の妖精と呼ばれた君が地下迷宮を探し出したとな。さらに調査代理を求めているということも」
「……あなたには関係の無いことだと思いますが?」
おいおい、と大仰な身振りで男は壁から身を離す。
魔術師の中でも延命学という珍しい分野に携わる彼は、性格とは裏腹に評価が高い。その結果として肥満へと繋がっており、くすんだ金髪を中分けにしているのも気持ち悪いし、妙につやつやとした肌も怖気が走る。
だぷっだぷっと身体を揺らして近寄られると、思わず数歩ほど後ずさるのは仕方ない。
「それで、今日からマリーって呼ばせてもらっていいよね」
「え、嫌ですし気持ち悪いです」
「おいおい、ぜんぶ顔に出ちゃってるよ。気をつけたら?」
「構いませんし、本心そのまま言ってます」
「っふ、違うって。君の本心は真逆だよ。やれやれ、氷の妖精が溶けてきちゃったかな」
どぼん!とクッションへマリーパンチが食い込み、その勢いに僕は思わず拍手をしてしまう。
「見事な八つ当たりだね。やあ、氷の妖精が溶けてきちゃったかな」
「あああーーっ、もうっ! キモいったら無いわ! はああ、蕁麻疹が出てきちゃった……!」
ぶるると身体を震わせて、それからベッドの上で少女はジタバタともがく。
ああ、そういえば彼女は人間嫌いで有名だったし、そういう人物にはとことん弱いのかもしれない。組織の気苦労というのは知っているつもりだけど、セクハラじみたものに困らされるのは可哀想だ。
着替えを済ませた僕はベッドに近寄り、そんな彼女へと囁きかける。
「一緒にお買い物に行かない、マリー?」
「…………行く」
むくりと起き上がる少女は、いくぶんか顔に喜色を浮かべていた。
この時間に一緒に出かけるのは初めてだし、彼女も買い物に興味を持っている。ついでに帰り道にはソフトクリームでも買うとしよう。
外着へと着替え、靴のつま先をトントンしてから玄関を開く。
もう暗いとはいえ春の空気はだいぶ暖かく、上着はいらないなと思わせた。
「代理人が決まらないならそれで良いよ。困るのは向こうだから歩み寄ってくると思う」
「あ、そうね。たしかに私が苦労をする必要は無いわ。なら後は報告だけ済ませればいいわけね」
煌々と輝くスカイツリーを見ながら僕らは歩道を歩いている。
もうすっかり辺りは暗いものの、街灯や店の明かりがあるので足元に困ることはない。それがエルフにとっては珍しいらしく、横断歩道をきょろきょろして渡ったり、散歩中の犬を見て足を止めたりする。
しばらく観察を済ませると帽子を揺らして駆け寄り、そして当たり前のように手を握られる。少女の手は温かく、つるりとした肌触りをしていた。
「それで、明日の献立は考えたのかしら? 量が必要で美味しいものというと、かなり絞られるんじゃない?」
「うん、お好み焼きにしようと思っているよ。ただ最近はキャベツやネギも高くって、お肉よりもそっちが問題かな」
ふうん、と「お好み焼き」を知らないマリーは気の無い返事をする。
キャベツで量をごまかせるし、少ないお肉でも食べごたえがあるからね。お手軽にできる専用のキットも売っているけれど、あればかりは高くつくので自家製でどうにかしたいところだ。
さて、少女にとってスーパーというのはだいぶ珍しい存在のようだ。
形の統一された製品がずらりと棚にならび、野菜や肉さえも整然とした様子に瞳を真ん丸にしていた。説明をしようと口を開きかけたのだがマリーの手に遮られる。
「待って、分かったわ。あの車というのが円滑な運搬を約束しているのね。だから運びやすくしていると推測するわ」
「おお、かなり鋭い。さすがはマリーだ」
えへんと得意顔をする少女へ、安心品質、複数社による競争、などと現在の形態になった流れを補足する。
そうなると「揃いすぎていて気持ち悪いわ」という最初の印象は変わり、試しにと一本のジュースを手に取ってくれる。
ちなみに彼女が選んだのは、桃味の素朴な缶飲料だ。
カゴへとキャベツやネギ、そして豚肉などを入れてゆく光景も合理的に見えたらしい。
周囲の反応を心配していたのだが、幸いなことにこのあたりは年配の方が多く、会社帰りのサラリーマンがカゴを落とすくらいで済んでくれた。
ぴっぴっとレジを済ませるあいだも薄紫色の瞳を大きくさせているものだから、パートの女性は少しだけ困ったらしい。何度か打ち間違いをしつつ、ようやく清算を終える。
少し驚いたのは、レジの女性が駆け寄ってきてマリーに飴玉をくれたことだ。
「マリーへのプレゼントだって。美味しいお菓子だよ」
「あっ、ありがとう、ございます。とてもキレイなお店、デス」
たどたどしい日本語で答える少女に、周囲からも「おおっ」という感心する声が漏れる。そして店員さんは嬉しそうに微笑んで仕事へと戻った。
初めてのお買い物は、そんな何も無いけどほっこりさせられるものだった。
「あら、もうお買い物は終わったと思ったけれど?」
少女からそう聞かれたのはコンビニの前に立ったときだ。 人々を招くように一際明るい照明をしており、中に入れば昼間のような空間が待っている。
「うん、お買い物に付き合うとご褒美をもらえるものなんだ。お姉さんからの飴玉のようにね」
「あら素敵。するとここではあなたの言うご褒美を扱っているのかしら?」
まあそれに近しいかもしれない。
すぐにレジへと向かい、バニラソフトクリームをひとつだけ注文する。ああ、やっぱり二つで、などと訂正をしたのは少女がきっと美味しそうに食べ、うらやましくなるだろうと思ったからだ。
コーンへとバニラが乗せられ、二つを受け取って外へ戻る。どこで食べようかと悩んだが、やはりここはお行儀悪く歩きながらいただこうか。
「ええと、食べ方を教えてくれないかしら? あなたのことだから、きっと美味しいものを買ったのでしょう?」
「うん、正解。これはそのまま噛んだり舐めたりして良いよ。少し冷たいから気をつけてね」
ぺろりと舐めて食べ方を見せると、すぐに少女も同じようにソフトクリームへと唇を寄せる。恐る恐ると舌ですくい、そして白いクリームを味わう。
少しだけ黄色いのは味の濃さを表しているのだろう。波打っている形のせいか舌の上で一気に溶け、濃厚なミルク感が広がった。
僕が好きなアイスというのはバニラであり、それはこの素朴だからこその濃厚さを楽しめるからだと思う。まあ、街角で普通に売っているのが信じられない味だよね。
いつの間にか少女は足を止めており、ごくりと飲み込んでからようやく感想を述べてくれる。
「うあっ……! あまっ、えっ、おいしっ……! ちょっとこれ、あっあっ、あなたね、お買い物のご褒美だなんて私の油断をさそったのね」
言葉づかいは怒っているものだというのに、頬を赤くし瞳を輝かせている不思議な表情だ。うん、やはり女性は美味しいものや甘いものを食べているときが可愛いよね。
「こういうご褒美があれば、またお買い物に付き合ってくれるかな?」
「お買い物は好き。ご褒美が無くても構わないけれど……あっ、駄目ね。やっぱりご褒美は必要だと思うの。労働というのはそういうものよ」
分かったかしら、と少女はこちらを見上げてくる。分かりましたと頷いて、僕らはゆっくり家路へ向かうことにする。
家にたどり着くまでのあいだ、少女はずっとアイスクリームの美味しさについて教えてくれた。
やっぱりね。僕も買っておいて正解だったよ、などと思う。
次のアップは週末を予定しております




