【番外編】不機嫌なマリアーベル
ふと、店頭に置かれた品が目に入る。
それは革製の鞘に収まったナイフで、誰の興味も引かない地味なものだった。
この夢の世界では客へのサービスという概念が乏しくて「いらっしゃい」なんて挨拶はまずしない。お金持ち相手なら別だけど、僕みたいな子供だと店主はジロリと睨んで盗難しないように牽制してくる。
だけどこの程度は優しい部類で、他の店では子供だからと追い返されることもしばしばだ。
幸い店主は元の目つきに戻ったし、僕は時間を持て余している。暖かい日差しのなかでその品を手に取り、じっくり品定めをすることにした。
「ん、これはなかなか良いナイフだ。調理用の道具を新調したかったし、ちょうど良いかもしれない」
手に持ったときのバランスが良いし、刃先まで手を抜かずに造られている。飾りの少ない素朴さも、調理目的であれば好印象だ。
最近は第二階層と迷宮攻略に通う日々で、あまりお金を使わない。というより使う機会がかなり減ったのかな。ともかくこれくらいなら無駄使いにも入らなそうだという鑑定結果だ。
財布を取り出そうとしていたときに、そっと背後から近づく者がいた。
「そこで無駄遣いをしているのは誰かしら?」
ぽしょっと唐突に囁かれて、思わずナイフを落っことしそうになった。
おっとっと、と宙で踊るナイフを、あわやというところでキャッチする。胸をなでおろす僕が面白かったのか、ころころと楽しそうに笑われてしまった。
「ふふ、驚かせてしまったかしら?」
「やあ、マリー。驚いていないと言っても、信じてもらえなさそうだ」
振り向くと、そこにはいつものローブ姿をした少女、マリアーベルが立っていた。立派な杖を後ろ手に持っており、すっと伸びた耳は人間族のものではない。一度でも目にしたら夢にまで現れる、などという逸話を持った半妖精エルフ族だ。
今日は魔術士ギルドの上級試験を受ける日なので、こうして送り迎えを頼まれている。筆記試験、実技試験、そして彼女なりの魔術への考え方について魔導士に伝えるという数日がかりのものだと聞いている。
その少女は薄紫色の瞳を近づけて、先ほどのナイフをじっと見つめてきた。
「私が試験を受けている間に、あなたはお買い物をしていたの? もう少し私も楽しめる品だったら良かったのに」
「だけど長く使える良い品だよ。切れ味が良いと料理も美味しくなるし」
そうなの?と半信半疑の表情をされたけれど、もちろん嘘などではない。肉や野菜はスパッと切れた方が食感は滑らかになるし、旨味も増す……ような気がする。
その代表格である料理、お刺身を伝えると大きく頷いてくれた。
「ふうん、そう聞くと悔しいけれどお買い得だと思えてしまうわね」
「お買い得だよ。造りが地味なせいで目立たないけど、使い手のことをきちんと職人が把握している。そして何よりも安い」
結局あなたは安さが大事なのね、と呆れるような顔をされてしまった。
うーん、僕としては壊れたり失くしたりしても気にならないくらいの方が安心できるんだけどな。
などと話をしていたら、ひょいとナイフを取り上げる者がいた。相手はマリーではなく、そこには見知らぬ人物が立っていた。
「君、買わないのなら私が貰っても良い?」
唇の端に笑みを浮かべる女性は、人ではなかった。すっと伸びた耳はエルフ族と分かるもので、楽に動ける軽装をまとっている。長く癖のない金髪と青い瞳もまた、人の容姿からかけ離れていた。
「ちょっとあなた、それは私たちが……!」
「いえ、構いませんよ。いま持っているのもしばらく使えますから」
そう答えると、にこっと彼女は笑って「ありがとう。私は金物を見る目が無いから助かったわ」と言いながら店主の元へ歩いて行った。
ぶらぶらと小道を歩いてゆく。
お昼時なので市場にはのんびりとした空気が漂っており、食事処に向かう者も数多い。
どこでお弁当を食べようかなと思いながらマリーに話しかけた。
「珍しいね、エルフが人里にいるなんて。やっぱりエルフ族には綺麗な人が多いのかな」
そう話しかけたのだが返事はない。あれぇと思って振り返ると、そこには微妙に表情の乏しいマリーが立っていた。
艶のある唇を歪ませており、そこから「ふぅーーん」という声が聞こえてくる。
「どうしたの? もしかして知り合いの人だった?」
「……あなたも男の人なんだなーって呆れていたところよ。あんなに良い品だったのに、相手が美人ならすぐ譲ってしまうだなんて」
じとりと恨めしい視線を向けられて、僕はたじろぐ。
彼女の試験がどうだったかを聞きたかったのに、それどころじゃない雰囲気だ。
つーんと顔を逸らされて、さらに僕は慌てた。真っ白い髪に覆われているものの頬が少しだけむくれて見えたのだ。
「お刺身、食べたかったの? でも今の調理具で足りるし……」
「私を食い意地の悪いエルフだと思っているの? もちろん美味しいのは好きだけれど、いつもお腹を空かせているわけじゃありませんから」
あれ、どうしたのかな。目を合わせようとするとプイッと逸らされてしまうし、言葉にトゲがあるような気もする。
思い当たる節があるとすれば、先ほどの見知らぬ女性だろうか。彼女が現れてから急に態度を変えた気がする。
「エルフ族は美人が多いねって褒めたつもりなんだよ?」
そうマリーに言うと、先ほどよりずっと不機嫌になった。むすりと唇をとがらせて、薄紫色の瞳は三白眼となる。
目に見えぬ迫力を感じて、背筋をつうっと冷たい汗が流れていった。
「とっても可愛い人だったわね。私と違って大人っぽくて」
「え? 僕はマリーほど可愛い人を見たことが無いんだけど」
思ったことをそのまま言うと、ぷいっと顔を逸らした姿勢のまま彼女はしばし凍りつく。
ようやく言葉が聞こえたように、あわっと唇を開いて、それから慌てて背中を向けられた。
「な、なにを言っているのかしら。あっ、あなたは唐突に驚くことを言うのね」
「もしかしたらいるのかもしれないけど……うーん、考えづらいな」
「ちょ、ちょっと、じっと私を見るのはやめて頂戴!」
綺麗な人だと感じるのは、人の感性によって異なるだろうから何とも言えないけど。
ただ、先ほど中断されてしまった品定めの件もある。息を整えようとするマリアーベルを僕はじっと眺めた。
もじっと恥ずかしそうに少女は腰を揺らし、立派な杖を両手で強く握っている。頬を赤くしながらも好奇心を宿しており、薄紫色の瞳をちらっとこちらに向けてきた。
「うん、はっきり言って、マリーの可愛さは他と比べ物にならないよ。大陸中を歩き回った僕の言うことだから、信憑性はかなり高いと思う」
「真面目な顔をして何を言っているの! もっ、もう良いからっ、ご飯にしましょう! 本当にもうっ、信じられないわ!」
え、まだ僕の鑑定は続いているんだけど?
などと戸惑いながらも、わあわあと背中を押されてしまい、ついに彼女の顔を見ることはできなかった。
不機嫌だったはずで、こちらが謝りもしなかったのに、その日の昼食ではいつものように肩が触れ合うくらい近くで食べてくれた。
(あとがきSSです)
『漫画の世界へようこそエルフさん。』
コンビニの自動ドアが開くと、マリアーベルはあちこちを見回した。
狭い店内にぎっしりと商品が並んでいる光景は、異世界から訪れた身としてとても物珍しく見える。
ふうん、と感心した声を漏らし、瞳には好奇心を宿しながら店内に吸い込まれてゆく。機嫌の良さが伝わる歩調をしているのは、5月を過ぎた穏やかな気候のおかげかもしれない。
あの雲のように真っ白な髪を揺らしながら歩いて、少女の瞳はとあるものに吸い寄せられた。
それは雑誌の数々に挟まれて陳列された一冊であり、じいいっと薄紫色の瞳を近づけてゆく。
眉間に可愛らしい皺を刻み、いぶかしげに片方の眉をつり上げる。
形の良い鼻がくっつきそうなほど表紙に顔を近づけたのは、この世界にいないはずのエルフ族がそこに描かれていたからだ。
「……気のせいかしら。どこかで見たことあるような気がするわ」
よくよく見れば、背景には見慣れた建物であるスカイツリーも描かれている。もしかしてこれはと少女は瞳を見開き、思わずその本を手に取った。
「見て見て、カズヒホ、大発見よ! 私みたいに江東区で暮らしているエルフがいるのかもしれないわ!」
そう言いながら振り返ると、狭い店内の向こうで肉まんを買おうか悩んでいる北瀬が見える。彼の視線もこちらを向くと柔らかい笑みを浮かべ「どれを食べたい?」と容器を指さしてきた。
「あらっ、なにかしらその食べ物は♡」
長いこと過ごしているマリーアベルは、日本語の他にも学んだことがある。それは彼が勧めたものに外れは無いということだ。
いそいそと買い物カゴを手にして、少女は真っ白い髪を揺らしながら歩いてゆく。
そのカゴのなかに、先ほどの本を入れたことなどすっかり忘れていた。
はい、そういうわけで「日本へようこそエルフさん。」コミカライズ①巻のご報告です。
こちらは5月27日(月)に発売される予定です。
詳細はコミックファイア様のページをご参照くださいませ。
https://hobbyjapan.co.jp/comic/lineup/detail/63.html




