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第276話 欲深き人の心と降る雪は

 巨人というのは恐ろしい。


 人から見れば無尽蔵と思える生命力があり、また異様なまでに力強い。

 ありえないほどの巨体を支えるため体内に多数の精霊を宿しているとも聞く。また太古から存在する者は、姿形も大きく異なるらしい。


 攻略隊らは左右に分かれて、座り込んでうなだれたまま動かない巨人、ギガースをやり過ごしてゆく。

 精霊の抜けてゆく音なのか、周囲にはシュゴオオという空気を震わせる音が響いており、見あげると肉食恐竜によく似た頭部とうつろな目があった。


 小一時間ほどで、このギガースとの戦いは終結した。

 ルビー隊の突撃によって遠隔攻撃という利点を封じ、また追いついた本隊が今度は逆に矢の雨を浴びせたのだ。

 鉄よりも固い皮膚を有しているにも関わらず、老人ガストンは紙のように切り裂いてしまう。その傷口に無数の矢を浴びせたらしく、またやじりに魔石を使ったものが放たれると通路に爆発音を轟かせていた。


 巨人を見あげた姿勢のまま、ウォルス王子は足を止める。そして隣にいる男へ話しかけた。


「第四階層では、これくらいの敵が当たり前なのか?」

「どうでしょう。今のところ同一個体を見ておりません。遭遇する魔物は全て異なる能力があるため、比べるのは少々難しいですな」


 ごしりと顎を撫でながらハカムは答えたが、王子は無言だった。

 王族の血によって真実を知ることのできる彼は、ギガースのレベルが百をとうに超えている存在だと理解している。それはもはや人が戦いを挑めるはずのない領域だ。

 ましてや被害も出さずに斃せるなど常識的にあり得ない。もしもそれが出来るとしたら……。


「ドゥーラか。名を覚えておこう」


 王子の言葉にハカムはわずかに頭を下げる。

 本人が聞けば嫌な顔をしただろうが、今後の攻略を考えると少なからず覚えてもらう必要がある。

 しかしハカムは根っからの軍人であり、王族らの考えを全て読むことはできなかった。


 規則正しく足音を響かせる進軍の最中、ウォルス王子はこう考えていた。

 厄介なことになりかねない、と。


 アリライ国においては、長期的に軍力を保持するため、名門貴族などに対して兵力の保有を認めている。それにより彼らは迷宮攻略などで財を確保し、レベルアップなどの精錬に努めることが許されている。


 しかしそれは正規軍による統治が絶対条件だ。

 仮に反乱を起こしたとしても、すぐさま鎮圧できる状態にしておかなければならない。故に王子は無表情で通路を進みながら、目の前に広がるドゥーラ率いる攻略隊をじっと見つめていた。


「やはり、長らくこの地を放置し過ぎたか。これほど鍛錬に向くのであれば、交代制も考えておくべきだった」

「は? ですがこの第四層から始めるというのは……」

「分かっている。今からそうしたところで魔物どもに餌を与えるだけで終わってしまう。どちらにせよ大戦の最中では、そのような余裕など無い。ましてや……」


 言いかけた言葉を飲みこんで、王子は再び歩き始める。

 本来であれば、この戦力こそ大戦に注ぐべきだ。詳細をまだ把握しきれていないが、魔軍を退けたという実績もある。援軍による士気の向上は語るまでも無い。


 しかし、王子はそのことを口から出さずに歩み続けた。




「おい、ドゥーラ。なにをピリピリしてんだ。もうちょっと肩の力を抜けよ」


 彼女に話しかけてきたのは大男ゼラであり、汗に濡れた顔でにやりと笑みを浮かべている。

 正式な婚約が認められているものの、大戦を迎えてしまったせいで挙式は先送りにされている仲だ。しかし振り返った彼女の瞳は冴え冴えとしており、剣のような鋼色をしていた。


「……別にピリピリなんてしていないわ。ただ、あの男の目が気になるだけ」


 抜き身の剣のような口調で答えられて、ゼラは「やっぱピリピリしてんじゃん」と呆れぎみに息を吐いた。


 これまでの戦いと異なるのは、あの後方にいる王立軍という存在だろう。

 常に監視をされており、また可能な限り戦力を明かさずに攻略を進めたいと彼女は思っている。そのぶん死亡者が出てしまうリスクが増してしまい、それがドゥーラという女性の精神を削りつつあった。


 ゼラは少しでも落ち着いて欲しくて話しかけたのだが、彼女は決して気を緩めず、また会話自体が邪魔になりかねないと感じて口を閉ざす。

 その代わりに、誰かを見習って彼女の手を握った。


 はっと見あげたドゥーラは驚いた顔をしており、一方のゼラは先ほどと同じ笑みを返す。

 周囲の者たちも慣れていて、さりげなく目を逸らして邪魔をしないようにしてくれていた。しかしそんな気配りこそが恥ずかしさを助長するものだ。


 みるみるうちに頬を赤くしてゆき、思わずという風に握り返す。そして感情の乱れを隠す意味で、化粧っ気のない唇を開いた。


「さ、さっきの矢を回収させた? 長期戦になるから消耗は抑えないと」

「へっ、そんなの忘れるわけがないだろ。俺たちブラッドストーン隊のモットーは『しぶとく、ずるく、女性に優しく』だからな」


 ハカムが言っていたように、迷宮攻略には統制を保つ以外にも必要なものがある。気をまぎらわす楽しい会話、美味しい食事、そして己を支えてくれる伴侶などの存在だ。


 だからこそひどい戦場であろうと攻略隊は殺伐とせず、人間らしさを失わないでいられる。

 彼にしか聞こえないように、ドゥーラはそっと「馬鹿ね」と囁きかけた。




 ぽかんと口を開けながら、僕らは歩き続けている。

 天井から落ちてくる細かな雪は、光精霊と兵士らの手にするランプに照らされて、おでこや髪の毛にくっついてくる。

 風が少しだけあるのか、隣を歩く少女の髪は揺れていた。雪と同じくらい真っ白で、好奇心を宿した瞳がきょろりとこちらを見つめてくる。


「この下の階層では、もっと雪が降るのかしら?」

「そのときは攻略隊の基本装備に手袋を加えたいね。ひょっとしたら雪だるまのモンスターが出るかもしれない」

「雪だるま? それはとても強いモンスターなのかしら?」


 おっと、冗談のつもりが雪だるまを凶悪なモンスターだと誤解されてしまいそうだ。

 都内では雪だるまを作れるほど積もることは少ないので、冬休みには田舎に連れて行ってあげたいものだ。などと不思議そうに小首を傾げるエルフさんを眺めながら考える。


 先ほどの戦いでも、僕らは眺めているだけだった。

 それだけでなく大きな戦力である魔装カルティナは攻略に参加していない。戦争真っ只中であるゲドヴァー国の者のため、彼女自身が断ったのだ。


 ふうん、戦力を常に把握しているドゥーラさんとしては、気が気じゃないだろうな……って、あれえ? なんか手をつないでデートしてるみたいな雰囲気だぞ?

 振り返ってそんなことを思う僕だけど、くいと手を引かれた先には真っ白い髪をした少女がいる。指はすっぽりと絡みついており、人のことをとやかく言えないかと思い直した。


「きょろきょろしては駄目よ。王子様からお行儀が悪いと思われてしまうわ」

「うーん、僕の思っていた感じの王子様じゃないな。目つきがちょっと悪くって、なんか悪役みたいだね」

「あら、あなたの眠そうな目も負けていないわよ。隣に並んでみたら、案外と中和されて普通の人になるんじゃないかしら」


 そ、そうかなぁ……。

 もしかしたら眠そうで悪どい顔になるかもしれないよ?


 そう思いながらマリーと一緒にちらりと横を見あげると、やはり黒髪の女性は一言も話さない。

 軽口を叩いている普段よりもずっと横顔が美しいものの、しかしそれは表面上のものだと思う。ぐつぐつと煮立ち続けるスープを眺めているような気分になる。


「……ウリドラ、もしも好きにして良いと言われたら、何をしたい?」

「ひとり残らずこの遺跡から追い出し、太陽に焼かれて干からびるのをじっと眺めたい」


 ひくっと僕らの口は引きつった。

 これほど物騒な言葉を耳にするのは初めてだし、もしも日本語で問いかけていなければ周囲もザワついていただろう。


 伝承に残されている魔導竜というのは、人に対しても魔物に対しても牙を剥く存在だった。哀れみや慈悲の心などなく、好戦的で獰猛な竜だと。

 しかしそんな者ではないと知っている僕らは、うんと頷きあってから彼女を挟むように立ち、その手を握った。


 手は少しだけひんやりとしており、日本にいるときより大きいなと思う。

 指先まで絡ませ合うと魔導竜は戸惑いの顔を見せて、僕らの顔を交互に眺める。それから諦めたように、はあとため息をついた。


「あーー、もーー、分かったのじゃあ! この中で一番こらえ性が無いのはわしじゃ! 恋愛脳のおぬしらに挟まれたら、真面目に考えているのが阿呆らしくなる」

「れっ、恋愛脳ってなにかしら! 私たちはそんなのじゃないし、こう見えても分別のある大人……わぷっ!」


 ぐいと手を引かれて、互いにウリドラの脇の下に抱えられてしまった。離れた指先は僕らの腰を掴み、しっかと抱かれて彼女の体温が伝わってくる。


「んーー、やはり童はぬくいのう。丁度よい、寒さで腰が冷えておったところじゃ。おぬしらは湯たんぽ代わりになってもらおう」


 いや、その、ちょっと、マリーは平気だろうけど、僕の頭の位置にはちょうど貴女の……!

 などと慌てていたときに、静かな声で囁きかけられた。


「富を得た者と、恵みを受けた者とは大きく異なる。前者は人々の上に立つことで利益を得た者であり、高みに立ったという錯覚を起こす。後者はただ感謝をするのみだというのに」


 ぱちっと僕らは目を見開いて、頬に当たるものはあるけれど彼女を見あげる。そこには数千年を生きたと分かる瞳があり、赤い唇を笑みの形にしていた。

 どこか幻想的な雰囲気を漂わせていて、つい見とれてしまうほどの魅力がウリドラにはあった。


 富を得た者と、恵みを受けた者。

 不意に口にされたせいで、何を言い表しているのか僕にはすぐに分からなかった。だが思わぬことに、僕の隣人はすぐに察したらしい。


「それなら私も知っているわ。たっぷりソースの絡んだハンバーグ。あれこそが恵みよ」

「うむ、それじゃな。濃厚なチーズがかかっておれば尚のこと良い」


 ずっこけかけたよ。

 そんな単純なことが正解だったなんて……と考えつつも、単純なもののほうが正しいことは往々にして多いのだと思いなおす。


 互いに触れ合って歩いていたせいか、先ほどまでの風の冷たさもさほど気にならなくなっていた。それはウリドラも同様だったのか、柔らかい笑みとともに話しかけてくる。


「ふ、ふ、リザードマンたちも遊ばせているわけではないぞ。今頃は竜骨座カリーナの指示のもと、チーズ作りを始めておる」


 へえ! と驚いたものの、爬虫類がせっせとヤギの世話をしているところをあんまり想像できないな。微笑ましいのかホラーなのか、少しばかり判断に悩むところだ。


 そのとき、ざざう、と音を立てて進軍が止まる。

 はるか通路の先には、幾つもの真横に広がる炎の明かりが見えていた。


「やあ、次のモンスターが来たようだ。今度は数が多そうだね」

「これはまたずいぶんと懐かしいものが来おったな。太古の兵であり、重装騎の発祥があれじゃ。ふ、鎧マニアの北瀬にはたまらぬ相手かもしれぬぞ」


 理解できないわとマリアーベルは肩をすくめ、対照的に僕は楽しみで仕方なくなる。


 やがて剣を抜くようなドゥーラさんの声が、一帯に鋭く響き渡った。


令和おめでとうございます

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