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第275話 第四層攻略開始

 ほどなくして各隊の統主マスターとそれに準ずる者が洋広間に集められる。

 彼ら彼女らは完全武装の一歩手前の服装で席についており、小洒落こじゃれた食堂を物珍しく眺めていた。


 ここは屋敷の主であるウリドラが商機を見出して増設をした食事処であり、自慢の湖を一望できるよう高価なガラスをふんだんに使っている。

 商機というのは単純にお金を稼ぐことであり、だからこそ他の施設と比べて高級感が異なる。


 巧妙な点は、無闇に席を増やさない点だろう。

 一席ごとのスペースを多く取り、よく磨かれた床と、壁には明るい色をしたレンガ、そして趣味の良い花で飾られている。

 きっと当たり前のように値段を高めにするだろうけど、皆の期待に満ちた表情が今後の成功を表しているように思える。


 さて、今回はそんな談笑をしに来たわけではない。

 ウォルス王子の歓待を予定していたが早々に立ち消えとなり、しかし単なる手持ち無沙汰ではない表情を皆はしている。若干一名、高齢の剣士ガストンを除いて。

 その老人はあくびを噛み殺しながら「はーい」と右手をあげた。


「それで、どういう話し合いをしたら、あいつらと共同で迷宮攻略をすることになるんで?」

「なんだ、不満か。王立軍の後ろ盾をいただけるのは名誉なことだぞ。戦力も単純に考えれば倍になる」


 などと答えるハカムこそ仏頂面をしているが、誰もそのことには触れない。

 彼らも遊んでいたわけではない。祝勝会の間も下見を続けており、本格的な第四層攻略の足がかりとしている。

 隊だけではなく軍として連携できるよう、団体訓練にも余念がない。同規模の兵数であれば、恐らくどこにも負けないだろう。相手が魔物であってもそれは同様だ。


 しかしここに来て不安が胸中を占める。挨拶さえまともに交わせない友軍など誰が信用できるだろう。集められた彼らは誰もがそんな表情をしており、ハカムもまた同感だ。

 誰も口には出来ないが、しかしこの老人は別だった。


「なんでかなー、戦争の真っ最中にどうして迷宮に行きたがるのかなー。しかも王族の王子様がだぞ。戦争のために魔石が欲しいのなら、いま確保している分をとっとと輸送するはずだ。違うか?」


 ハカムもその問いかけを予想していたのだろう。だからこそ最小限の者たちを呼び寄せている。


「いや、それが目的でウォルス王子は訪れたはずだ。でないとおかしい」


 つまりはおかしなことが起きているのだと、彼らの統括者は告げた。

 魔石などより大事な何かを見つけ、本国からの命令を無視してまで現地で何かをしようとしていると。しかも巻き込まれようとしているのは他でもない我々だ。


 もう少し深く考えると、ウォルス王子はこれからずっと我々を利用しようと画策している。でなければ共同で迷宮攻略などという話など持ち出さない。部外者として黙らせるのではなく、巻き込んで黙らせる腹だろう。


 などと考えれば考えるほど嫌な予感がコンコンと溢れてくる。自然と広間は静けさに包まれてゆく。

 もはや歓待をする気などあっさりと消え失せ、むしろ手早く追い出したい気持ちに襲われてしまう。

 そして老人ガストンは最も肝心な質問をあえて避けた。


「見りゃあ分かるが、あいつらは役立たねえ。いくら上等な兵でも、上がヘボなら話にならん。しかもあの第四階層だ。下から数えた方が早い王子殿は分かってんのか?」


 下からとガストンが言ったのは継承権という意味だ。生まれ持っての能力が劣っているわけではなく、単純に経験が浅い。魔軍の去ったオアシスに遣わされたのもその表しと言える。


「ドゥーラ」


 しかし老人からの問いかけには答えず、迷宮統括者は軍師の名を呼ぶ。燃えるような赤髪の彼女はすっくと立ち上がり、表情を表さない瞳を向ける。

 ドゥーラは古代迷宮攻略を続けることで化けた。

 息をするように軍を動かし、また男性には持ち得ない母性によって被害を減らし、着実に確実に勝利へと導き続ける。


「昼と夜で軍を分ける。我々は昼間に活動をして、夜間はバトンタッチだ。それでやれそうなら私から勧める」

「……無用な手出しを禁じていただければ」


 背後から刺すなよ、という眼光と共にそう答える。

 いざという時の助けとさえ考えておらず、無きものとして動くと告げていた。

 それにハカムは頷きを返し、先の老人へ視線を戻す。


「そういうわけだ。たまには王族らが慌てふためいているのを眺めながら、晩酌を楽しんでも良いだろう」


 ゲハッと底意地の悪い笑い声が広間に響く。不敬罪に問われるだろう発言であるものの、それこそがガストンにとって愉快な言葉だった。


「参ったな、死に場所を求めて来たってのに、楽しみなことばかり増えやがる!」


 この連中の良いところは、どっと一斉に笑えるところだろう。厳しさも状況も分かっているのに、肝心なところが好戦的でありウマが合う。それは国軍にはできぬことだろう。ただ命令に従うだけでは得られない物もあるのだ。


 しかし、ふとハカムは思う。

 初めてこの地に来たときもそうだったろうか、と。

 この第二階層に挑んだときなどは特に酷くて、部隊に敵が混じっていても誰も気づけなかった。

 彼らは皆、知らずうちに成長をしているのは喜ばしい。


 だがハカムは眉間に皺を寄せる。

 あの狡猾な老人、ガストンが最も肝心な質問をしてこない。聞くことはもう終わったとばかりに再び欠伸を漏らしている。


 あの戦闘狂いの老人が、なぜ尋ねてこない。戦争中であろうと迷宮攻略を進めたがる理由を。

 そこには戦争よりもずっと重要なものがあり、かの王子は夢中になっている。もしかしたら気づかれているかもしれんなと、ハカムは先ほどと同じ種類の笑みを浮かべた。


「そういうわけで図らずも我々の腕前を披露することになった……そこの寝ぼけた2人も一緒にな」


 一同が振り向いた先には、くああと大きなあくびをする少年、そしてエルフの少女が立っていた。気の抜け切った「なにがれすか」という返答へ、洋広間には陽気な笑い声が響く。

 そして長らく彼らと接してきたハカムもまた、盛り上げ方というものを分かっている。


「では諸君、始めよう。楽しい楽しい第四階層の攻略開始だ」


 おう、という雄々しい声が広間に響き渡った。




 時を同じくして、窓辺に佇む女性がいた、

 角と尾はまさしく竜族を表しており、夜とまったく同じ色の髪を長く伸ばしている。

 瞳はどこか無機質でありながら鋭い。近づくものがいれば断ち切りそうなほどに。しかし一歩下がった位置にいる男性は、微動だにせず涼しい顔をしていた。


「試練が始まりましたか、ウリドラ」

「……ふん、このような試練など、放っておいてもやって来る。今のうちに言っておこう、ラヴォス。貴様には不用意に動くことを禁ずる」


 じろりと剣呑な瞳を向けられて、執事の服をまとう彼は笑みを深めた。きっと彼女はそう言うだろうと分かっていた笑みでもある。

 いつになくウリドラは不機嫌だった。ぐつぐつと煮立つ溶岩のようで、だからこそ人前に姿を現さない。


 我が家を土足で踏みにじられて良い思いをする者はいない。ここはもてなしの場ではあるが、敵意を向けられてまで大人しくする道理はない。

 先ほど「不用意に動くな」と言ったのも平穏を求めたのではなく、むしろ逆の「用意をしてから動け」という意味にも聞こえる。


 そこまで慎重にしたがる理由は何だろうか。

 真意を探ろうとラヴォスは窓の外に視線を向け、その一端に気づく。

 軍が踏み潰しているあの畑地には苦労をしたと聞いている。

 野菜を育てるのは力任せではできない。そのため魔物たちリザードマンはまず座学を通じて言葉を学び、そして育て方を最初から学ぶ。


 枯れかけたときには嘆き、実ったときにはあまりの美味しさに泣く。人種の垣根などなく喜ぶ彼らは可愛らしく、野菜以外に実ったものがあることにも気づけない。

 そんな思い出深い土地を荒らされては、流石の魔導竜も平穏ではいられない。


「まるで汚いシロアリだ。彼らを放置するのは我慢ならないでしょうね」


 静かな不快感を漂わせる発言に、ウリドラは同意か否定か分からぬ瞳をする。それから再び窓の外に視線を向けてから「おや」という意外そうな顔をした。


 遠く離れた森のなか。

 そこではシャーリーが仔馬という新たな命を生み出しており、それを見守るウォルス王子の兵士らが「やった!」と諸手(もろて)を挙げて喜んでいるいるではないか。


 安堵のあまりシャーリーは膝から崩れ、仔馬は乳を求める前に彼女の頬をペロリと舐める。

 甘く漂う香りは母親の乳であり、ピンク色の鼻をひくひくと鳴らしてから堪えきれず吸い寄せられてゆく。


 ちう、と乳を吸い、喉を鳴らしてゆく姿は愛らしいことこの上ない。そして、母子の語らいを邪魔しないように努めている男たちの姿もまた、どうも敵とは思いづらい。


「案外と、わしらの思わぬ形になるやもしれぬぞ」

「そうあることを望みますよ、私の愛する人プレシャス


 少しだけ肩の力が抜けた彼女に、執事は紅茶の準備をし始めた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 へえ、と僕は驚かされる。

 ざうざうと規則正しく迷宮に響く靴音は、後方から追従するウォルス王子の正規軍だ。盾も鎧も上等な品であり、どこか追い立てられる野兎になったみたいだ。

 久方ぶりの古代迷宮第四層の攻略は、そのようにこれまでにない雰囲気のなか始まった。


「ああ、そういう訳でしばらくイブは顔を見せない。別行動をして王子たちの真相を探っているし、そっちも頑張ってという言伝ことづてを受けているぞ」


 面覆いの半分を開いて、金髪と青い目が覗いている。彼はかつての勇者候補ザリーシュであり、また屋敷の執事であり、今は歩兵に身を投じている。


「分かった、ありがとう。それにしてもザリーシュ、とても良い鎧だね。それは特注品かな?」

「ふっ、俺に語らせたら長くなる。かなり腕の良い鍛治士に投資をしていてな、声をかけたらこの第二階層に移り住むかもしれんぞ」


 にやりという笑みに、以前のような毒々しさは見られない。先ほど話題に出たダークエルフの娘、イブが紆余曲折の末に支配をし返しているためだ。

 それにどこまでの影響力があるのか、口調だけでなく気配まで穏やかになったように感じる。


 尚も青い目はこちらを見ており、先ほどの言葉は単なる会話ではなく問いかけだと気づいた。鍛治士を屋敷に招いても構わないか、という願いがあるらしい。


 後方に立つ魔導竜ウリドラは普段通りのドレス型装甲を身に纏い、どこか冷ややかな横顔を見せている。

きっと彼女の興味を引くだろうと思っていたが、他に思い悩むことがあるらしい。なので彼女に代わって口を開いた。


「そこまでの機能美を追求する鍛治士を僕は見たことがない。大陸の端から端まで旅をして、どうして噂にも聞かないのかな」

「地面を潜って旅をしたわけじゃないだろう?」


 その不可思議な返答に、思わず僕は呻く。

 地中の鉱物だけを求めて生きる種族がいるらしい。ドワーフ族などもそうで、表に出てこないという意味ではエルフ族よりも希少レアな一族が。


「まさかだけど、生きる伝説のヴェイロン?」


 にやりと先ほどよりも楽しげな笑みを見せてから面覆いに閉ざされる。わずかな隙間さえパキパキと塞がれてゆき、ぼうと青白い燐光が浮かぶ。

 恐らくは能力向上の恩恵を受けているのだろう。だからこそ数層に渡る大型の盾を苦もなく構えられる。


「では帰ってからのお楽しみだ。存分に活躍をしてからのな」


 こちらの表情を肯定と感じ取ったのだろう。キザったらしく二本の指を振って見せ、ザリーシュは遠ざかってゆく。

 迎え入れる先はダイヤモンド隊であり、それは不思議と様になっている。矢面に立ちながらも、姫に仕える騎士としての気配を感じ取れた。


「うーん、黒薔薇の騎士ブラックローズ・ナイトか。羨ましい。いつか重装備を着てみたいな」

「あら、重装備にも子供用があったなんて驚くわ。でも一度くらい私もその姿を眺めてみたいし、写真に撮って額縁に飾りたいわね」


 隣のマリアーベルから茶化されたが、実際に鎧を着たらもっと遊ばれてしまう気もする。


「軽量化したらどうだろう。前面だけを重装備にして、後ろは……」

「諦めなさい。そんな物を着たらあなたの強いところがみんな無くなってしまうのよ。眺めるだけで気が済むのなら、今度一緒にお店へ行きましょう?」


 仕方ないわねぇと諦めた表情は、どこか駄々っ子を相手にする母のようだ。まさか彼女からあやされる日が来ようとは……などと、ちょっとだけいたたまれない思いをする。


「いや、ずっと前にヴェイロンの鎧を眺めたことがあるんだよ。ほら、祝勝会の日のことを覚えてる?」

「……ああー、そういえば色々と展示されていた気もするわね。あなたの頑なさには驚くけれど、それよりも大事なことを忘れないで頂戴」


 いつになく真面目な顔をする彼女に、僕はコクリと頷く。

 昨晩、僕らは昔話に花を咲かせた。それは懐かしくも思い出深い、僕らの出会いについて語り合う時間だった。


「僕に使命があると、族長は言っていた」

「ええ、ようやく謎を解くための一端を掴んだわね。やっぱりあなたには驚かされるわ。そんな大事なことをすっかり忘れていたなんて」


 いやー、ははは、と力無い笑みを浮かべてしまう。

 だけどもうずっと前、僕が小学生のころに見た夢なのだから仕方ないと思うんだけどね。


「となると、僕らが結婚をするというご報告と一緒に尋ねたいところだ」

「え、ええ、そうね。じゃ、じゃあ出発はいつにしましょうかしら。やっぱり早い方が良いと思う?」


 もじもじと指先で杖をいじりながら、マリアーベルは薄紫色の瞳を瞬かせる。

 彼女のお父さん……族長であるオズベルさんはとても聡明な方だ。相手が人間というだけで反対はしないだろうし、今にして思えばそんな未来に気づいていた節もある。


「……シャルシャさんは何て言うかな」

「わ、分からないわ、そんなこと。だけどたぶん、その、幸せそうだし喜んでくれるんじゃないかしら」


 かぁっと頬を赤くさせて、彼女の持つ色白の肌をより強調する。熱を帯びたのか長耳はだんだんと垂れてゆき、しゅうと煙が立ちそうだ。

 きっと報告する日のことを想像しているのだろう。先ほどあった「使命について尋ねる」という目的も頭の端っこに追いやられ、ぽーっとした瞳をし始める。


『マリアーベル、塔の設置はどうしたの』

「ひゃいっ!!」


 唐突に投げかけられた通話ラインに、マリーは面白いくらい飛び上がった。

 笑わないで頂戴とお尻をつねられながら、こほんと咳払いをして若き軍師へ返答をする。


「ごめんなさい、すぐに設置します」

『ふふ、ただの冗談よ。ここに見張り塔があっても仕方ないわ』


 クスクスと笑われながら、僕らはゆっくりと視線を前に向ける。

 彼女の言いたいことがそこに広がっていた。天井は見通せないほど高い。そこから粉雪がチラチラと舞い降りており、通路をうっすらと染めている。


 むき出しのレンガは鉤爪で引っ掻かれた跡があり、それを見上げる兵士らは一様に白い息を吐きながら首をすくめた。

 この巨大に過ぎるまっすぐの通路は、あと2キロほど続く。まっすぐに、ただひたすらまっすぐに。そこまで行くと十字路があり、どこを選んでも同じくらい歩き続ける。


 まるで巨人族の都市に迷い込んでしまったようだ。このような場所でマリアーベルの持つ索敵の力は役立たない。見晴らしが良すぎて、いつ、どこから、何が襲ってくるのかすぐに分かってしまう。


「これが噂に聞く第四階層か。人知を超えているし、恐ろしい敵もたくさんいるだろうね」

「それ、ニコニコしながら言うことなのかしら」


 え? ニコニコなんてしてないよ。

 などと僕が答えている間も、進軍はなおも続く。

 白く染まった通路を塗りつぶすように、軍の波は滞らない。


 進軍の音はやがて統制のとれた軍靴に変わり、装備もより整ったものとなる。その中央に立つのはマントをたなびかせるウォルス王子であり、隣には統括者ハカムが歩調を合わせていた。


 王子は不審げに周囲を眺め、ふんと鼻を鳴らす。


「これが古代迷宮か。過去に何度か見てきたが、異様の一言だな。それを女に指揮させるとは」

「第四層まで及ぶ迷宮は稀でしょう。そして私の信頼するドゥーラは負け知らずです」

「ふん、随分と推しているが、下流の者など覚えるに値しない。だが戦力を温存させるために使い潰すには最適だ」


 当初は緊張も見せていたが、一時間ほど歩いて魔物のひとつも現れないのでは軽口も出てくる。

 軽んじる態度になるのも無理はない。先陣である攻略隊は好き勝手に進軍をしており、統制がまるでなっていないのだ。歩調も合わせず、談笑までしている。


「あの笑い声が煩わしい。黙らせろ」

「……ひとつお伝えしましょう。会話には良いものと悪いものがあります。攻略に役立つかどうか、という違いです」

「あれが役立っているだと? はっ、馬鹿を言え。注意力を散漫にさせてどう役立つ」


 あれを、とハカムは前方を示す。

 つられて視線を向けると……周囲は静まり返っていた。話し声はぴたりと止み、面覆いを閉ざすガチガチガチンという音が響き渡る。


 やがて燃えるような赤毛の女は剣を高々と持ち上げた。


「1時から5時! ダイヤモンド、ダイヤモンド隊! 頂点に立て! 総員、盾ぇッ、斜めに構えエッ!!」


 どおう!と巨大な通路に盾の音が響く。

 先ほどまで雑談していたとは思えぬ一糸乱れぬ動きであり、正規軍らは何事かと様子を伺う。


 ここは見晴らしが良すぎる。戦いよりも寒さの対策が重要だと思えるほどであり、前方には敵の姿など何も無い。

 だからこそ今度は彼らが、ざわりと声をあげる番になった。


「なんだ、何がいる? 姿の見えぬ幽霊か?」

「ここにそんな甘っちょろい敵など出ませんよ」


 なんだと、と激昂されかけた直後、はるか遠くからガチンという金属質な重い音が響いた。

 瞬きする間だった。鳥よりもずっと早く、山なりにさえならぬほど放たれたものは高速だ。

 震える空気はその質量を示しており、一瞬で周囲に舞う雪は全て吹き飛ぶ。


 ――がっ、ギャアアンンッッ!!!


 勇者候補の掲げた盾に、盛大な火花が舞う。わずかに逸らしたそれは幾つもの盾にまで衝撃を伝え、はるか後方、正規軍を巻き込んで血煙をあげる。


 ぎゃ、という絶命の声は久方ぶりだ。鎧は一瞬でむしり取られ、下半身だけになった数名の兵は人生の幕を下ろす。

 やがて壁に突き刺さったものを見て、飛来したものが何だったのか一同はやっと気付けた。矢だ。矢の形をしている。木のように巨大なあれを、矢と呼んで良いのかは分からないが。


 あっけに取られている間、鋭い女の声が響く。


「総員、進軍ッ! 矢の的になって喜ぶやつ以外は、前ッ、進めえいッ!」


 おう、と勇ましい声が轟く。かすかに愉快そうな笑い声も混じっており、絶命しかけたばかりとは思えぬ表情をしている。

 赤毛の女は進路を示すように白刃を輝かせ、彼らを戦地に導いた。


「栄光ある一番手を望む者はいるか! 返事はしなくていいぞ。駆けろッ!」


 どお、と駆け出したのは人食い魚バラクーダの異名を持つルビー隊だ。ゲハハと下品に笑い、先頭に立つ老人などは特に楽しそうだった。


「できるかなぁー、俺にできると思うかア?」

「やってください隊長、できるできる、やって見せてくださいよ」


 そーお? とおどけた顔をした後に、掲げた剣を振り下ろす。雑に振ったようにしか見えなかったが、それは迫り来る丸太のような矢を真っ二つに引き裂いた。

 ふざけた動きはしているが、こと勝利のためなら彼は貪欲だ。位置取りは通路の端であり、後方を巻き込まずに矢は存分に壁を抉る。

 どおおと湧く一同を背に、精鋭ルビー隊は駆けて行った。



 異様なこの迷宮において、軍規など役立たない。そう示すようにハカムは笑いかけ、王子はさして興味もない顔をする。


 そのように第四階層の攻略は始まったのだ。


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