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第244話 アメシスト隊の祝勝会③

間が空いてしまい失礼いたしました。

もうじき書籍版の進展をご報告できると思います。

 空は夜に染まっており、ヘッドランプをつけた車が往来を行き交っている。

 そんななか、少女の可愛らしい声が響く。


「それくらい私にだって分かるわ。一般常識というものを、私はたくさん学んでいるもの」


 お姉さんぶったおすまし顔でマリアーベルはそう言う。つい先ほど、マンションの敷地から歩道に出た時に「タクシーとはどうやって呼ぶのじゃ?」とウリドラが質問をしたのだ。


 ふむ、とウリドラ、そして背後の僕は頷く。

 もう半年以上も日本で過ごしているし、日本語だって堪能だ。最初のうちこそ発音のおかしな点もあったが、もう母国語と言って差し支えないほど自然に話せている。

 だから一般常識という点でも、きっと多くを学んでいるに違いない。だから頑張ってねと僕は胸中で応援をしながら見守る。


 さっと少女は車道を眺めると、遠くから「空車」と書かれたタクシーがあった。


「いいかしら、タクシーを呼ぶのはとても簡単なの。それくらい誰でもできるようにしないと商売にならないでしょう? だからこうして進行方向に立って、手をあげるだけで良いのよ」


 おや、どうやらしっかりと分かっているようだ。

 ふむふむなるほどのうとウリドラも感心しながら頷き、同じように車道をのぞき込む。緊張をしているらしく幾分か眉尻を上げながら、頃合いを見てマリーはさっと片手をあげた。


 タクシーの運転手から見ても、彼女はとても分かりやすい。真っ白い髪をした妖精のような子が背伸びをし、一生懸命に片手をあげているのだから。

 僕らには分からなかったけど、運転手は「えぇー?」と呻きながらマリアーベルに見とれ、そして視線を上にあげるとヒッチハイクのように親指を立てた仕草に「んんー?」と再び呻く。

 そのせいで恐る恐る路肩へ止めるという、おかしな挙動をタクシーは見せた。


 成功したことがよほど嬉しかったらしく、マリーは「やった!」と小さくジャンプをし、ウリドラも「さすがじゃのう」と拍手をしながら褒める。


「えへん、見たかしら私の一般常識レベルを」


 うん、実に惜しいね。タクシーとヒッチハイクのやり方が混じってしまうなんて。

 だけど結果オーライと言うべきか、停車をしてくれたのだから僕としても文句は言えないし、可愛らしいエルフさんを甘やかしたい。


「うん、さすがはマリアーベルだね。呑み込みが早いし頼りになる」

「子供のように頭を撫でないで頂戴。ただでさえ、あなたには甘やかし癖があるのだから、それを自覚なさい。私にとってはこれくらいとても簡単なことなのよ」


 不機嫌そうな眉をしているけれど嬉しいらしく、ほんのり頬を赤く染めている様子だ。

 どうも我が家のエルフさんは、齢百歳を超えているとは思えないほど表情豊かで、こういう子供っぽい仕草を僕も好んでいる。

 だけど、甘やかし癖があるとまで言われるほどじゃないと思うんだけどなぁ。そう思いながら頭を撫で続けていると、マリーは得意げにフンスと鼻息をついた。


 さて、祝勝会のために夜の錦糸町へ出発しようか。




 住宅と飲み屋が混ざったような通りは、駅から歩いてほんの数分の場所だ。このあたりはネオンの電飾も遠ざかり、街灯、そして軒下にある暖色の灯りが道を染めている。


 道案内をするように先導をするのは、手を繋ぎあった一条夫妻だ。どうも夢の世界へ案内した一件以降、より親密な仲になったように伺える。

 その点について不思議に思って尋ねてみると、肩までの髪を揺らして薫子さんが振り返った。


「それはそうですよ。だって同じ趣味を持てたんですから」

「うん、共通の話題というのは夫婦にとって大事だね。私はあまり漫画やゲームは分からないけど、エルフ語についてや第二階層のことを教えてもらえるのは楽しいよ。なんというか、年甲斐もなくワクワクする」


 そう言いながら、にやりと彼は口の端を持ち上げた。

 本当に一時期は大変でしたからね。浮気じゃないかと疑われたり、その相手が僕だと思われたり、あの薫子さんが大泣きをしたりね。夫婦離散の危機というものに、僕ら男性は心底怯えたものだ。


 そのような苦難を乗り越えたせいか、僕らはアイコンタクトまで会得できたらしい。しみじみと安堵の息を互いに漏らした。

 そして肩をすくめるおどけた仕草で、徹さんは振り返る。


「でもさっきのアレには参ったよ。改札を出たら、急にファンタジー世界の子たちが待っているんだもん。そのときの場違い感を分かってくれるのは、たぶん北瀬君だけだろうね」


 いやぁ、慣れですよ徹さん。ウリドラなんて文句のつけどころが無い黒髪美女だけど、話してみるとドジな所が多くて愛嬌たっぷりだしね。見た目とのギャップに驚かなければ良いけど。

 そのように考えていると、しみじみという声で話しかけられた。


「今日ほど北瀬君がいてくれて助かったことは無いよ。良く言われない? ほっとするって」


 ええ、そうなのかなぁ。それに社会人である僕としては、頼もしいと言ってくれたほうが嬉しいんだけど。


「阿呆、おぬしほどマイペースな者はおらぬ。これじゃから古代迷宮で窯焼きピザを作ってしまうのだ」

「あの時は本当に呆れたわ。みんな傷だらけだったのに、せっせと一人で生地をこしらえていたもの」

「北瀬君って……その顔の通り、のんびりしているんだね」


 あっれぇ、おかしいな。確かあの時は、美味しい美味しいと言うばかりで誰も止めなかった――どころか大賛成をされた記憶しかないのに。

 参りましたという僕の表情がおかしかったのか、シャーリーは苦しそうにお腹をおさえ、くつくつと笑い始める。そうなると、もっと思い切り笑わせたくなるのが男性というものだ。


「次は豚骨ラーメンを、と思っていたけれど控えないといけないね」

「き、貴様! それを引っ込めてどうする! 雄ならば信念をもって料理をせぬか!!」


 間髪入れぬウリドラからの突っ込みに、こらえきれずシャーリーは笑いだす。弾けるような笑い声というのは、耳にするこちらまで嬉しくなるものだね。

 もちろんその後は、ラーメン作りを義務づけられてしまったが……インスタントでも許してくれるかな、と僕は悩ましい思いをした。



 そして目的地を示すように、まっすぐ先には提灯ちょうちんがぼんやりと浮かび上がる。それを見て、徹さんは柔和な顔で振り返った。


「あそこだよ。以前から贔屓にしている店でね、ウリドラさんたちも気に入るんじゃない?」

「ふむ、楽しみじゃのう。おぬしは良い店ばかりを知っておるようじゃからな」


 確かにと僕らは頷く。これまで何度となくお店を教えてもらっており、外れた試しがない。僕にとって料理の師匠が祖父であるなら、お店や観光地選びの先生はこの一条夫妻だからね。


 そして店構えも実に良い。古民家の木材を使っているのか温もりと味があり、軒先を染める昔ながらの提灯がそれを助長する。

 手慣れた様子で店に入ると、ねじり鉢巻きをした店主が「らっしゃい!」と威勢のよい声をあげた。


 そして入るなり幻想世界の女性たちは、瞬きを繰り返す。無理もない、すぐ目の前では備長炭を使った調理をしており、じょわあと良質な油が焼けているのだ。

 うっすらとした焦げ目に醤油ベースのタレが絡み、その甘じょっぱい香りに……どよどよする店内も気にならないほど色めき立つ。


「ンハーーッ! 良い匂いじゃ、ここは鳥料理の店であったか!」

「うん、海外でも人気のある焼き鳥屋さんだね。ウリドラ、美味しさに腰を抜かしたりしちゃ駄目だよ」


 こういう時は、思い切り期待を煽るべきだろう。心配せずとも料理の美味しさは保証されているし、何よりも魔導竜は明るいノリを何よりも好む。


 うむうむ!と黒髪美女から満面の笑みで頷かれると、僕だけでなく周囲のお客さんまで嬉しくなるようだ。酔いの進んだ男性から「日本へようこそー!」と声をかけられ、「ふ、ふ、わしらはずっと前から錦糸町に住んでおるぞ」という返事により、店内は明るい笑い声で包まれた。




 歌謡曲の流れる独特の雰囲気と、この美味しそうな香りには抗いがたい魅力がある。とはいえ古臭いだけの場所ではなく、木材をふんだんに使用している店内は、どこか現代風のモダンな雰囲気だ。海外の人も含めて、幅広い層から人気を得ていそうな店構えだと僕は思う。


 そしてテーブル席についても、皆の視線は備長炭の上で焼かれる鳥料理にくぎ付けだ。

 うちわで扇ぎ続けているのは、たしか炭の匂いが移らないようにしていると聞いたかな。それよりも、良い香りが充満している店内では彼女たちの好奇心を抑えきれないだろう。


 メニューを手にし、僕と徹さんで次から次へと注文を選んでゆく。初めての料理では勝手も分からないだろうし、まずは順番に試してもらうとしよう。

 そわそわしている彼女たちのもとへ、焼き鳥が運ばれてくるのはすぐだった。



 じょわあ……と串に刺さった鶏肉の焼ける音に、皆は瞳を輝かせてのぞき込む。きつね色に近しい、実に食欲をそそる見た目、そして溢れ出るような香ばしさ。

 肉を焼くという極めてシンプルな料理でありながら、焼き鳥というのは奥深い。高温な炭火を使って肉の旨味を閉じ込め、こぼれ出た油さえも香ばしさに使う。


 焦げ目には甘じょっぱいタレが絡みつき、ツンとした香りに鼻腔を刺激されてはもう……我慢なんて出来ない。

 キンキンに冷えたビールがやって来ると、わっと皆の手は伸ばされた。


 先ほども言ったが、焼き鳥というのは奥深い。

 これには面白い話があり、日本へ出張をしていた外国の方がこの魅力にハマり、残業は大嫌いだけど焼き鳥は大好き、という理由で何度も出張に応じたらしい。そして残業をしているあいだ、彼の口癖は決まって「母国に帰って焼き鳥屋をしたいデス」だったのだから微笑ましいやら何やらだ。

 それくらい抗いがたい魅力を感じていたらしい。


 品など気にせず、がぶりとかぶりつけば良い。そうしたらシンプルすぎる料理が100年近く残り続けている理由もわかるだろう。

 備長炭による高温で一気に焼いた鶏肉は、外はカリッと香ばしく、中はしっとりと柔らかくまた甘い。噛めば噛むほど味わい深い油は口内へ流れ込み、咀嚼を終える瞬間まで旨味によって占拠される。


 だから、ぐうう!んむうう!と女性たちは呻き、思い思いに表情を輝かせてしまう。

 鼻を通り抜けてゆく香ばしさにマリアーベルとシャーリーは瞳をぎゅっと閉じ、ウリドラは喜色を浮かべ、そしてゴクンと飲み込む。

 このままご飯を山盛り食べれそうなほど美味しく、その代わりとしてあるのはテーブルの上に乗せられた黄金色のビールグラス。さあ、このまま楽しんでくださいね、と囁きかけているかのようだ。


 そっと僕は身体を動かし、店員さんからマリーを隠す。こればかりはね、さすがに止めるのも可哀そうだ。僕が飲んだことにしておけば済むだろう。


 ごくっ、ごくっ、とグラスは傾けられ、そして「ぷはああっ!」と気持ちよさそうな息を、幻想世界の皆は揃って吐いた。


「クフーー! うンまいのううーーっ! ただ焼いただけのはずなのに、甘みと旨味が押し寄せてくるぞ!」

「やだもう、本当に日本の鶏肉って皮が香ばしくて大好きっ! んもーー、おいしーーっ!」


 こくんっこくんっと同意するよう、シャーリーも一生懸命に首を縦に振ってくれる。だったらもう、遅ればせながら祝勝会の音頭を取らせてもらおうか。


「それでは、第三階層の突破、そして古代竜との一大決戦への勝利に、乾杯っ!」

「「かんぱあーーいっ!!」」


 がちんとグラスは打ち鳴らされ、こうして僕らの祝勝会は始まったわけだ。

 もうひとつゲドヴァー国からの侵攻を食い止めた成果もあるけれど、それは今夜の夢の世界側でお祝いをするとしようか。


 街角にある居酒屋は、わっと明るい歓声に包まれた。


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