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第243話 アメシスト隊の祝勝会②

 あれ、窓の外が……暗い?


 ベッドで目を覚ました僕は少しだけ戸惑い、ぼんやりと景色を眺める。いつもなら明け方に目を覚ましているのに部屋は暗く、ダウンライトが染めていた。

 疑問符を浮かべつつ、もうひとつ不思議なものに気づく。柔らかいものに僕の頭は乗せられており、誰かから前髪を撫でられていたのだ。


 これは一体だれなんだろう?

 そう思いながら見上げると、青空色の瞳と視線が合い、ぱちりと瞬きをされた。薄い色素をした肌と、明るい色をした金髪。よく晴れた空を思わせる瞳は、視線を合わせたまま瞬きを繰り返す。


「ん……シャーリー?」


 いつの間にか膝枕をされていたのか。逆さになった彼女の顔はにこりと笑い、おはようございますと言うように唇が動く。

 まったく「おはよう」の時刻では無いけれど、同じように挨拶を返した。


 背後からは伸びをする衣擦れの音と、くあーーっという大きな欠伸の声が響く。どうやらもう一人の同伴者、魔導竜ウリドラもお目覚めらしい。

 そうだった、今夜は祝勝会として2人を誘うために、このような時刻にも関わらず迎えに行ったのだった。


 しかし柔らかな太ももに頭を乗せられ、髪を撫でられていると……うつらと頭は眠気を覚えてしまう。頬にはすべすべの肌が触れており、安らぎに満ちた夜のように彼女の顔は穏やかだ。

 ぽんぽんと胸を優しく叩いてくるのも、嬉しそうに覗き込んでくるその表情も、思考を夢の世界へと運んでしま……おっと、いかんいかん。


「くあー……っ! ふう、今のはとても危なかったよ。睡眠に関してだけは強いこの僕が、手玉に取られる所だった」


 降参をしたように伝えると、それが可笑しかったのか彼女は真珠のような歯を見せて笑ってくれた。くすくすという笑い声はまるで小鳥のようで、耳に心地よい響きをしている。


「……え、笑い声?」


 再び疑問符を浮かべると、「なにか?」と言うように彼女の瞳は丸くなる。その表情も、良く見たら普段より色素が濃いというか――あまり透けて見えないぞ。

 魔導竜は眠たげにベッドから身を起こしながら、いま思い出したように声をかけてきた。


「気のせいなどでは無いぞ。シャーリーは第三階層主の力を得たからのう」


 くあーと欠伸混じりに、背後から女性の声が投げかけられた。彼女は魔導竜ウリドラであり、今夜は黒猫ではなく本体――って、彼女も竜核のひとつに過ぎないらしいけど――がおでましだ。


「仕方なかろう。猫の姿では店に入れぬのだとおぬしが言うたのじゃ。この目と舌で料理を楽しむほかあるまい」

「それは別に僕が決めたわけじゃないんだよ。あ、そういえば第三階層主のアドムは、最後に何かを手渡していたね」


 シャーリーの手のひらへと吸い込まれていった光の粒子。あれが「第三階層主の力」なのだろうか。どのような力なのか僕には分からないけれど、彼女の姿がより鮮明になったのは確かだ。


「うむ、シャーリーは少しばかり人の身に近づくことが許された」


 しゅるりと聞こえてくる衣擦れの音は、衣服を身にまとう音だろう。ほっそりとした指先から前髪を撫でられながら、ウリドラの言葉を聞く。


「神の世界とは面白い。小さな願いであれば叶えてくれるのだからな。そこにいるシャーリーは、一歩二歩と神の世界に足を踏み入れておる。ふ、ふ、己の願いを己で叶えるとは、おぬしの仲間は変わり者ぞろいじゃな」


 その言葉に眠気は綺麗に吹き飛んだ。

 いやいや、もちろん一番の変わり者はウリドラだと僕らの中で決まっているけれど、神さまになりつつあるだって?


 再び見上げると、シャーリーは困ったように小首を傾げ、それから小さく頷いてきた。頬をほんのりと赤くさせ、小さな笑みを浮かべている表情は、きっと彼女も嬉しいのだろう。

 確かにそう言われてみると、手を伸ばせば触れることも出来るように思う。


 前かがみで顔を近づけてくるシャーリーも、同じことを思ったかもしれない。色素の薄い指先が、むにゃりと僕の頬をつまんだ。むにむにと左右から頬を摘まれるというのは、そして相手が新人とはいえ神さまというのは――すごく不思議な気分だ。


 ああ、よく見たら少しだけ人と異なるかもしれない。艶のある髪に触れると、小さな燐光が雫のように振りそそぐ。

 うーむ、これは興味深いぞ。本当にここは江東区なのだろうかと疑問に思う。まるで僕の部屋にだけファンタジーの世界がやって来たようだ。


 などと髪に触れて遊んでいたら、いつの間にか青空色の瞳は困ったように左右へ揺れだし、ポポポと頬は赤く染まってしまう。

 しまった、少しばかり調子に乗ってしまったようだ。反省をしつつ見上げると、彼女は少しだけ身をのけぞらせた。


「ええと……おめでとう、と言えば良いのかな? もうずっと前からだけど、可愛らしい君のことを誰も死神とは呼ばないだろうね」


 頬の赤みはさらに増し、困ったように彼女は懐をあさる。いつものように死神の仮面で顔を隠したいらしいけど、残念ながらこの世界には存在しないようだ。

 ほっそりとした手で両手を覆い、その指先まで赤くなってしまった。


「じゃあ、今夜は普通に料理を食べれるのかい?」


 こくんっと顔を隠した彼女は頷く。

 以前であれば僕に憑依をし、栄養を吸収していたというのに。それはそれで彼女の感情が伝わってきて嬉しいのだけれど、美味しいものを食べるときの表情を見れないからね。


「さっきは笑い声を響かせていたね。ひょっとしたら話も出来るのかな?」


 無理ですーと言うように彼女は顔を左右に振る。

 いまの反応はどちらかと言うと「恥ずかしくて無理です」に近い気がするけれど、あまり気にしないでおこうか。


「では改めて……娯楽と平和、食と文化に満ちた日本へようこそ、シャーリーさん」


 指の隙間から青空色の瞳を覗かせて、第二階層主シャーリーは唇に微笑を浮かべてくれた。いやまさかねぇ、この可愛らしい女性がバンバン人を殺していただなんて信じられないよねぇ。




 さて、魔導竜によって衣服をアレンジさせてゆくシャーリーを眺めながら、これからの予定について考える。


 徹さんと駅前で待ち合わせをしているので、これからマリー、ウリドラ、シャーリー、薫子さん、そして僕の計5名で移動をする。

 駐車場を考えると、車を出すよりタクシーのほうが安上がりだろう。けれど人数的には一台では収まらないなぁ。


 などと悩んでいると、衣服造りを終えたウリドラから話しかけられた。おっと、ドレスを現代風にするなんて大したものだ。これなら外を歩いても……いや、まるで花のような容姿をしているのだから、皆から注目をされてしまうか。


「北瀬よ、マリーはどこにおるのじゃ?」

「うん、頼まれていたタブレットを取りに薫子さんの家に行っているよ。さっきSNSで連絡をしたから、もう向かってくる頃だと思う」

「おお、そうじゃったそうじゃった。あれが無ければ盛り上がりに欠けるじゃろうからな」


 なぜタブレットが必要なのかについては、また後で教えてくれるそうだ。それよりもタクシーを一台で済ませられる方法に僕は気づき、姿見の鏡の前でドレスを確かめている女性へ話しかけた。


「シャーリー、前みたいに憑依をすることは出来るかな」


 任せてください、と鏡と合わせて二人のシャーリーから可愛らしいガッツポーズを向けられた。

 うん、それなら一台のタクシーに収まる人数になりそうだぞ。


「じゃあお願いしようか。前みたいに背中側から憑依をする感じかな……あれ、違うのかい?」


 ぐいぐいと腰を引かれ、ベッドの側に寄せられた。

 ああそうか、以前はもっと幽霊っぽかったから飛んでこれたけど、今は人に近しい外見をしているのだった。


 向こうの世界とは異なり、僕の方が頭半分ほど背丈がある。印象が変わって見えるのは、その影響じゃないかな。可愛らしさと危なっかしさが同居しており、つい心配になってしまう。


 どうやらその背丈を埋めるのがベッドの役目だったらしい。ちょんと僕の肩を摘んだまま、背後からシャーリーは「えいっ」と身体を預けてきた。

 のしりとした体重と、思い切りしがみついてくる両腕、そして背中へ押し当てられた感触に……かあっと僕らは揃って頬を赤くした。


 あれぇ、これって普通のおんぶじゃないの?

 どういうこと?と振り返ると、本当にすぐ近くにあった彼女の顔は、悲鳴じみた表情に変わった。違うんです!と言いたげに頬を赤く染め、背中ごしに彼女の体温がみるみる上がってゆくのを感じる。


 なぜか片眉を釣り上げ、変な顔をしているウリドラが呆れの息を吐いた。


「ふうむ、それが目的じゃったか。実にあざといのう」


 違うんですーー!と弁明するように、僕の頭の左右からシャーリーの腕が伸ばされて、ものすごい速さで左右に揺れ始める。

 ちょっ、ちょっと! 背中に触れているものまで揺れているんだけど! 待って待って、いったん落ち着いて! うわっ、シャーリーが熱い! 熱暴走か!?


 パニックになった元階層主は、瞳をグルグルにして声にならない悲鳴をあげた。

 いやほんと、この姿を見て死神だと思う人なんていないだろうねぇ。などと実に騒々しいなかで僕は思った。


 では大人しくタクシーを二台借りて、夜の錦糸町に向かいましょうか。

 どうやら今夜の祝勝会もにぎやかになりそうだ。そう思いながら僕らは部屋を後にした。


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