第25話 王城からの報告
アリライ国、王城――……。
広大な砂漠地帯を持つアリライ国は、その立地もあり発展はゆるやかなものだ。
その発展を阻害する要因の一つとして宗教が挙げられる。というのも複数の宗教を持つ部族がひとつに固まり、結果として複雑であり厳しい戒律を持つ宗教形態が出来上がっているのだ。
しかしいま、この国は大きな変化を迎えようとしている。
僕らの通された広間には、100名規模の者たちが集まっていた。
いずれも一癖も二癖もありそうな雰囲気を持ち、装備や年齢にはバラつきが目立つ。おそらく彼らは国から雇われている者たちだろう。
自由行動をする冒険者も多いが、腕の立つ者はそのまま国に仕える場合もある。きっと僕とそう大して変わらないレベルの者も多いに違いない。
「やっぱり顔ぶれが凄いわね。あちらにいる方は高名な魔導師様よ」
そう言うマリーは、いつものダブっとしたローブを着ており、やや緊張した表情を見せていた。
窓辺のすぐ近くを陣取ったのは、そこから心地よい風が流れているからだ。もともとこの国は地下水の使い方がうまく、気化熱を逃すことに余念がない。おかげで王城などであれば案外と過ごしやすい。
まあ、城壁の外に出れば当然のこと過酷なので、暑さに弱いエルフにとっては過ごしづらい地域だろう。
「うん、レベルも高そうだねぇ。ただあれだけの高齢になると迷宮探索は大変そうだ」
白いあご髭をたくわえたその人物は、おそらく迷宮内に拠点を築いてからの参加になるだろう。じわじわと前方へと攻略を進める場合、そのような後ろ盾を求められるものだ。それ以上に現地での深い知識を期待されているかもしれない。
横を見るとマリーは日本とは異なり、エルフ耳をぴんと露にしている。白く美しい髪を後ろにまとめ、真っ白なうなじは眩しいほどだ。
どうやら帽子で隠さなくても良いことに開放感もあるらしく、先程から何度か耳を弄る姿を目にしている。
こうして背筋を伸ばしていると少女は年齢に応じた大人っぽい雰囲気を持つ。
とはいえ周りから見れば僕らは随分と小さく、先ほどからジロジロと無遠慮な視線を向けられているのは……どうも落ち着かないな。
さて、壇上にいかつい男性が現れると、ようやく迷宮攻略のための情報がもたらされる。
僕らはこの国の者ではないが、第一発見者ということで参加を許され、チームの一員に加えられているのだ。
――まあ形式だけで、情報は大してくれないだろうけどね。
場の雰囲気に興奮しつつあるマリーには申し訳ないが基本的に僕らは部外者だ。外の者から迷宮に眠る財宝を奪われたくは無いだろう。
「えー、先行隊からの有益な情報はまだだ。迷宮は広く、深く、そして危険であるという連絡を受けている。まだ査定中だが迷宮難度はAAレベルは越える見込みだ」
その言葉に、どお!と広間が湧いた。
皆の喜ばしい表情に、エルフは不思議そうに周囲をきょろきょろと眺める。
「ねえ、どうして難度が高くて皆は喜ぶの? 危険なだけでしょう?」
「ええとね、迷宮規模が大きいと出物を期待できるんだ。見たところみんなのレベルは高いし、これで小さな迷宮だったらガッカリしたろうね」
この世界において迷宮というのは宝の山ともいえる。
価値ある財宝が山と積まれていることもあり、場合によっては戦争をはるかに超える収益ともなる。そのため先行隊からの報告次第だが、あの迷宮を中心にこの国が発展をする可能性だってある。
「あ、そう聞くと少しドキドキしてきたわ。やっぱり私たちが参加できるのは凄いことなのね。あとで魔術師ギルドにも報告へ行かないと」
「うん、まずは探索許可書を貰ってからだね。それとここでの情報をなるべく拾っておこうか」
こくりとマリーは頷いてきた。
壇上の男は咳払いをして場を鎮めると、もったいつけるようゆっくりと口を開く。
「さて、肝心の魔石だが……それらしきものが出たぞ。鑑定中ではあるが、現時点をもって遺跡は他者が入れないよう封鎖する。喜べ、アリライ国の繁栄は約束された!」
その言葉に、場はさらなる熱気に包まれる。
しかし僕としては、そのような蜜の味を楽しめるだけのはずは無い、などと考える。オアシスに現れた巨大な魔物は、おそらくは推定レベル200以上だ。あれを相手にする時があれば、果たして彼らは同じように喜んでいられるだろうか。
「とはいえ、あの魔物について報告はしてあるから後は彼ら次第か……。そう考えると美味しい餌で釣っているようにしか見えないな」
「あら、あなたはこの世界に来ると、すこし思考が後ろ向きになるのね。眠そうな顔は変わらないけれど」
「勘違いしてはいけないよ。僕はね、基本的に後ろ向きな性格なんだ。良いことと悪いことは同じくらいあるものだからね」
そう言われると確かにそうかもしれない、などとエルフの少女は納得する。ああ、世の中の在り方というよりは、僕の性格についての納得だね。
これは口には出さないけれど、どちらかというと「悪いこと」のほうが割合はずっと大きい。この城が立派であり、そして過ごしやすいのは数多くの人たちが支えているからだ。支える側の人にとっては「悪いこと」のほうが多い人生と言えるだろう。
「知っているかしら。この国の宗教では善悪二元論があるのだけれど、あの迷宮はどちらに位置すると思う?」
「善と悪か……この国にとってどれだけの益をもたらすか、だね。そういう意味では善であり、そしてひっくり返される可能性もある、といった所かな」
やっぱり後ろ向きな性格なのね、と少女から呆れぎみに呟かれてしまった。まあ仕方ないか、僕としてはマリーをきっちりと守る役割もあるんだ。
さて、それ以降は迷宮の情報について大したものは出ず、引き続き先行隊からの報告待ちとなった。余念の無い準備をするように、という締めくくりでこの場は終わる。
それでも皆が広間を立ち去らないのは、周囲との情報交換をしたいのだろう。
まあ、僕としては交流をする気はまるで無いけれど、ややミーハーなマリーは別だ。高名な魔導師へ挨拶をしようと、人混みのなかへ手を引かれることになる。
普通であれば相手になどされないだろうが、地下迷宮の発見者ということで暖かく迎えられ、皺の目立つ老人との会話を許された。
むにゃりと眠そうに口を開き、それはひどく聞き取りづらい声だった。
「――ふむ。ぬしは変わった人相をしておるな。そこのエルフと同じように、半分は人の世界におるまい。ああ、爺のたわごとだと聞き流して構わん」
のっけから核心を突かれ、答えに窮してしまう。
これだから神秘の世界を見ている人は苦手なんだ。恐ろしく勘が強く、そして鋭い。少女の真ん丸な瞳と交わり、「聞き流そう」と互いに無言で頷きあった。
細められた瞳は笑っているような形をしているが、深い知性を感じさせるものだ。
「しかし冒険者ギルドにまだ声をかけぬとはな。少々意外であったよ」
「それだけ魔石に魅力があるのでしょうね。持ち出される危険性を考えている気がします」
いずれはバックアップとして組合に声をかけるかもしれないが、そのころには国がしっかりと管理できる体制にしているだろう。
そう答えると、こっくりと老人は頷く。
「まったく、魔石がどのような物かまだ分からぬというのに。あれは災いを招いたこともある。そう良いものでは無いと思うがのう……」
その老人の不穏な言葉に、僕とマリーは顔を見合わせる。
僕らが魔石を見たのは、あの猫族が手にしていたときだ。触れることさえ出来ず魔物に持ち去られてしまったので詳しいことはまるで分からない。
老人へとマリーは一歩だけ近づいた。
「以前は猫族が魔石の精製をしていたそうですね。なぜ人には出来なかったのでしょう?」
「それも謎じゃ。たかだか200年前のことじゃというのに文献はほとんど残されておらん。ほれ、何者かが史実から消そうとしていた気がせぬか?」
ぎょろりと老人から見つめられ、僕らは少し息を呑む。
あれはただの地下迷宮という存在ではないと老人は伝えて来たのだ。それでも魔導師が参加をするのは、きっと僕らと同じように謎を突き止めたいに違いない。
「ふむ、迷宮では顔を合わすこともあるじゃろう。恐らくは準備に1週間といったところ。それまで余念の無いようにのう」
「あ、はい……ですが僕ら二人ですと危険ですので、チームの体制が整うまで参加はしないと考えてます」
なんと、と老人は少しだけ目を剥いた。
「実にもったいない。このような機会に第一発見者が迷宮へ入りもしないとは。わしが若いころは……まあ良い、子供二人では確かに厳しいじゃろう。もしも探索に加わる時があれば、そのときは声をかけなさい」
「分かりました、その時はぜひよろしくお願いします」
ぺこりと僕ら二人は頭を下げる。
それから皆はそれぞれ広間を後にした。




