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第228話 オアシスを巡る攻防戦④

 

 オオオオオ……!

 坑道から溢れかえる魔物らの声に、ガストン率いるルビー隊は押されていた。


「なんだこいつら……ッ! さっきと雰囲気が違うぞ!」


 反響する声はすさまじく、ビリビリと肌を刺激され、ゆっくりと彼らは後退をする。肩を合わせ、背を合わせ、一箇所に集ってゆく。


「おう、あいつのせいだ。血溜まりボルゾイって奴が動き出したら、全部終わるぞ」


 老人ガストンからの声に、皆は背後を振り返る。

 するとそこには闇そのものと言える物があった。広げた根は地面の血を吸い、ザワザワと不吉な音を立てている。真っ赤な大木のように枝を広げ、やがて空を埋め尽くすだろう。

 あってはならない不吉すぎる姿に、皆は目を剥いた。


「なんっ、ですか、ありゃあ!? 本当に魔物ですか!?」

「知らん。だがまあ名前は付いてるから魔物だろうし、たぶん殺せるだろ。別に不死ってわけじゃ無えだろうよ」

「適当なことを言わないでくださいよ。もしかして隊長があれを呼んだんじゃないですか? 死にたい死にたいっていつも五月蝿いから」

「あんだとッ、てめえコラッ! ジジイになったから華々しく死にてえっつーのは普通だろがボケ! だったらテメエが俺の老後の世話を全部しろや!」


 んーー、と部下は空を見上げ、そして「無理っす」と諦めの表情を見せる。恐らくは、老人よりも早く己のほうが死ぬだろう。そう彼の表情は物語っていた。

 迫り来る魔物ら、そして血溜まりボルゾイに挟まれてはもう無理だ。それを見て、老人は呆れた息を吐いた。


「ルビー隊はこれまでだ。お前らは先に古代迷宮へ逃げ込め。ハカムからも撤退命令が出てるからな」


 珍しく真面目な顔をする老人へ、皆は目を丸くした。

 そして互いに顔を合わせ「ここは俺に任せて先に行けって奴か?」「たぶんそうだ」と頷き合う。

 ぴくんとガストンの片眉が持ち上がった。


「あのなぁ、ここは泣いて俺様に感謝をする場面シーンだぞ?」

「そうは言いますけどね、親父さんゆずりの頑丈さのせいで、俺らも死ぬ機会が無いんです」

「そうそう、死ならばもろともって奴ですよ。目覚めたときは楽園エデン地獄ヘルか。いや、親父さんだけ楽園に居ないでしょうね。悪い事ばっかりしてましたから」

「あーー、彼女がいたら逃げてたのに。悔しいなーー!」

「「それを言うなよ」」


 戦闘狂で血なまぐさい者たちは、一晩の慰み以上の幸せを得られない。

 だいたい女性を口説こうとする会話がおかしいのだ。どこの世界に「悪魔の物理耐性レジストの限界を超え、首を断ち切ったんだぜ」という自慢話に惚れる女がいる。


 ガストンとしては尻を蹴飛ばしてやりたい思いだったが、これはこれで悪くは無い。唇を歪めて「へっ」と笑い、勝手にしろと言うほか無かった。

 疲れた身体へ闘気をみなぎらし、老人は両手に剣を持つ。


「よぉーーし! 大掃除だ。ハカムの命令は完全無視! ことごとく魔族らの首を狩る! 分かったかガキ共が!」

「……あの、それって作戦になってませんよね?」

「この期に及んで五月蝿えなぁーー! じゃあイブのマッサージ権のために死ぬ気でやれ。大活躍をした俺様は辞退してやっからよ」

「「おおーー!」」


 そう馬鹿な事を言いつつも、ひゅんひゅんと魔剣を振るう姿は歴戦のつわものだ。迫り来る魔物らへぴたりと向けるのも実に様になっている。

 放出型の攻撃をできる魔剣を、各自それぞれ3本ほど持っている。出し惜しみなどせず、吹き飛ばしてやろう。


 そう二列の剣で待ち構えていたのだが……何かがおかしい。

 先ほどまで魔物らは熱狂し、坑道の出口を求めて殺到していたはずだったのに、その勢いが止まりつつある。


 ――ガリッ、ザキッ、ザキキッ! ガキキンッ!


 なんだ?と怪訝な顔をしていると、奥のほうから金属音、断裂音が響いてくる。どれもが重い一撃と分かる音であり、極めて連続的に斬りつけているようだ。


 ――ガキキキキキッッッ!!


 いや、これは何だ? あれほど連続で攻撃をし、山のような魔物がバラバラにされているのはどういう事だ。

 そして魔物がドパンと弾けると、そこに立つ一人の男が目に入った。


「んんーー、分かっているじゃないか! 実に良い配置だ。まさに俺のためにあるような密集隊形。待て、待て、慌てるんじゃないぞ。順に調理をしてやろうじゃあないか」


 おっ!と男たちは呻く。

 そこにいたのは金髪をした長身の若者であり、大型の盾と剣を身につけていた。大金を投じたと分かる輝きをし、青いラインでデザインを統一している。

 片目を眼帯で覆い、己の領域内を切り刻む男。かつてアリライにおいて勇者候補などと呼ばれていた――――。


「誰だあいつ?」

「構うことは無え、女の敵だ。予定通り魔剣で攻撃しろ」

「よォォォーーし、撃てエッッ!!」


 魔剣というのは持ち手の技量を問われるものだ。

 そもそも発動する為には一定のレベルが必要であり、達人と素人では威力が雲泥の差となる。

 しかしこの場合はなぜか威力が倍増し、坑道へと一斉に放たれた。


 バキンと砕けた剣の先、最前線にいた魔物らは頭部を貫かれて絶命をもたらす。延長線にいるザリーシュへ届け!と彼らの思いは一致していたようだ。


「あっ! 何をするお前たち! 敵を狙え、敵を!」

「効いてるな、第二射準備。あいつの言う通り、よぉーーく狙えよオ!」

「お任せを、ボス!」


 ヒヒヒ、と悪者のように彼らは笑った。

 そもそもルビー隊とダイヤモンド隊というのは極めて仲が悪い。というよりザリーシュという男に対しての局地的な感情だが。

 地位を向上させるために裏で汚い手を尽くしてきた男だ。ルビー隊への執拗な嫌がらせをしない訳が無い。


「あいつのせいで俺の初めての彼女が……!」

「初耳だな。何があったんだ、ロキ?」

「貢いでたんだよ、あの男に! 俺の貯金を知らない間にさ!」

「泣けるっ!」


 ちょっと良い顔に生まれ、溢れるような金を持ち、風の噂によると滅びた国の廃王子だったらしい。クソエリートめと、これまでに無いほど彼らは闘志を見せた。この場合、やや歪な形をしていたが。



 とはいえザリーシュにとっては、呆れた溜め息をひとつ吐くのみだ。

 大幅なレベルダウンをしたとはいえ、生まれ持っての特性、己を守護する技能スキルによって音速以下のものはダメージに至らない。


「イブにたどり着くまでの間、貴様たちは俺の剣で削ってやろう。この砂のようになるまでガリガリとな」


 ぎらりと目を輝かせ、絶え間なく周囲へ斬撃の光をきらめかせる。彼の言葉の通り魔物らはガリガリと削られ、真っ黒い血で坑道は埋めつくされてゆく。


「……ン? なんだこれは、血が勝手に動いている」


 倒した魔物の身体から、ずるる、と血が伸びてゆく。

 蒼い瞳で観察すると、血はオアシスに向けて集いつつあった。そこには禍々しい大樹があり、今にも邪悪な花を咲かせようとしている。


 なるほどと思う。これがあって魔物らは狂乱していたのか、と。

 血溜まりボルゾイなる名前の通り、血を吸うことで本領を発揮するのだろう。この場合、魔物の血ばかりを吸っているようだが、もしも双方に被害の多い大戦であれば、より強大な力を得ていただろう。

 かなり危険な魔物として、ザリーシュの目に映った。


 最後の魔物を屠り、坑道を抜けだすと空が待っていた。開放感を楽しむには、視界を埋め尽くそうとする邪悪な枝が目障りだ。

 お遊びはこれまでだとルビー隊に手を振ると、遊びじゃねえよ本気だよという顔を彼らは返す。

 あからさまに不機嫌そうに、ガストンは唇を歪めた。


「かってえなあ、お前は。ちょうどいいや、あいつからの攻撃を全部防げ。今までの借りをちょっとだけ減らしてやるからよ」

「構わないぞ。特注オーダーメイドの鎧と盾を試したかったからな。血を流しているようだが大丈夫か? ここは俺に任せて帰ったらどうだ?」

「あ? 抜かせ、色狂いのクソ餓鬼が」


 憎まれ口を叩きあい、虎と竜のように睨みあいながらも隊形を変えてゆく。大樹についた黒い花が、いまにも咲こうとしているのだ。死の間際ともなると、犬猿の仲であろうとテキパキと動く。


「守護できるのは俺の領域内に限るから、距離にだけは気をつけてくれ。それと、さっき聞こえて来たんだが……イブのマッサージとは何だ?」

「うるせえボケ! 前を見ろ、花が咲くぞッ!」

「クソッ! 後でちゃんと教えろよ、爺さんッ!」


 ざくざくと砂を蹴り、距離を詰めながら彼らは唾を飛ばしあった。


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