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第217話 第三層攻略再開!

 頭上は枝葉に覆われ、早朝ということもあり周囲は薄暗い。

 森の小道をしばらく歩いているだけで、外套には水滴が浮くほど空気は湿気を含んでいる。

 この森はシャーリーの加護を受け、夜の間はひどく安らげる。その恩恵を受けられるのは人も動物も同様であり、艶のある羽をした山鳥の歩く様子を僕は眺める。


 口元の覆いを外し、振り返ると薄紫色をしたエルフの瞳があった。起伏のある道を歩き慣れていないせいか少しばかり息を乱しており、助けようと手を伸ばしたが首を横に振られてしまった。


「大丈夫よ、気にしないで。それよりも早く皆に合流しましょう」


 いつものローブを着た少女は、杖を両手に抱えながらそう返事をする。魔術と魔導、そして精霊の専門家である彼女は体力が乏しい。しかし無理なことは決して言わない性格をしているので、僕も小さく頷き返す。


「そうしようか。シャーリーも平気かな?」


 エルフの後方には、瞳のあたりを刺繍付きの布で覆う女性がいる。しかし視界にはまるで困らないらしく、こちらを向くと無言で頷く。さほども息を乱しておらず、体重を感じさせない歩き方をしている。とはいえ本来は霊体なのだから、歩いているフリをしているというのが正解か。


 普段は明るい色のドレスを好む彼女だけど、紺色のベストに長袖シャツ、そして裾の広がった膝までのスカートという組み合わせをしており、動きやすさを重視しているようだ。


 マリアーベルが追いついたので、僕も歩き出す。


 ブーツは草薮の夜露を吸い、ぐっしょりと濡れている。構わずにしばらく進むと、誰かの話し声が聞こえてきた。それはどこか硬質な女性のものであり、高音だからこそ遠くまでよく響く。

 この様子では、演説がもう始まっているかもしれない。急ごう、と背後へ指でサインを向け、そそくさと開けた場所へと進んで行った。


 第三階層への入り口にほど近い場所へ、樹木から囲まれるようにして広場が用意されている。朝日を受けて輝く芝生には、やはり多くの者たちが完全武装をして整列していた。

 以前と異なる装備は、空を埋め尽くすような長槍、そして腰に付けた短剣とクロスボウだろう。長い連携訓練を経て、このような装備を彼らは選んだ。


 身をかがめて後方から合流するが、すぐに数名から目を向けられた。


 砂国の出身らしく、よく陽に焼けた屈強な身体つきをしている。彼らは同じ迷宮攻略隊であり、もう半年以上ものあいだ共同生活をしている仲だ。

 と、彼らは意地悪く笑いながら前方を指さしてきた。


 あぁー、まずい。ドゥーラと目が合ってしまったぞ。

 大木の根元に立ち、聖騎士――いや、上級聖騎士に格上げランクアップされていたか――である彼女は、よく響く声で演説をしている。しかし顔つきは少しだけ不機嫌そうなものへ変わり、ちょいちょいと指先で僕らを招いてくる。


 うげ、前に来いって事か。ひょっとして怒られるのかなぁ。

 隣にいる大男、ゼラは笑いをこらえているのか口端をニヤつかせていた。それをひとつ睨み、朗々とした声で新たな攻略隊指揮官は口上を述べる。


「……アリライ国の命運は我らの生き様により左右されるだろう。魔軍はほどなくしてこの地へと押し寄せて来よう。しかし、今こそが好機である。第三階層を開放し、地下深くに残された古の秘術をもって魔軍に牙を剥くのだ!」


 周囲の人たちに道を開けてもらいながら、3人で慌てて前へと向かう。広場には百名以上の隊員らがおり、直立不動は決して乱さない。しかし微かな笑いだけは響いてしまう。


 たるんだ空気を打ち壊すよう、すうとドゥーラは息を吸い、広場へと声を満たす。


「聞け、戦士たちよ! これは魔と人の戦い、聖戦である!」


 一時的強化バフの効果でもあるのだろうか。高揚を誘う声には力があり、背筋を震わせるような響きがあった。

 どどお!と数えきれぬ槍の石突が地面を打つ。長期間の連携訓練を終えた者たちの響きだ。腹の底から震えるような迫力があり、みなぎるエネルギーを感じ取れる。


「戦うぞ、戦士たちよ! 何者にも攻略できぬ迷宮と呼ばれているが、私は確信している。我らでなければ攻略できぬと!」


 どどお!と、またも地面は震える。

 戦士たちの気迫は森に響き、野鳥たちが慌しく飛び立ってゆく。

 正直なところ、こそこそと前へ向かっている僕らもどこかへ逃げたい――などと思うが、指揮官であるドゥーラから指で招かれているのが困りものだ。

 いつの間にやらマリーも僕の袖を掴んでおり、小動物のように周囲をきょろきょろと見回していた。


 ようやく最前列へ並ぶと、すぐ隣にはダイヤモンド隊の面々が整列をしていた。屋敷で従事をしていた時とは異なり、高価な鎧を身に着け、綺麗に背筋を伸ばしている。輝く鞘の装飾に、思わず「かっこいいなぁ」と見とれてしまった。


 と、褐色の肌をした女性は、こちらへ瞳を向けてくる。その顔には「遅刻してやんの、ぷぷ」と書かれており、たしなめる意味で統主プセリから尻をつねられていた。

 ずるいなぁ、朝食はしっかり食べたくせに、お風呂あがりのマリー達を待ってくれないなんて。


 いつの間にやら広場には静寂が満ちていた。地面に剣を刺し、柄へ両手を置くドゥーラが口を閉ざしたのだ。ぐるりと周囲を見回し、わずかな風に炎のような赤髪を揺らす。

 語りかけてきた声は、静かな、そして遠くまで良く響く声だった。


「……などと教会からは言われている。これは聖戦であるとな。だが、事はもっと単純なのだ。私たちの国、アリライを守りたいかどうかだ」


 その言葉へ、彼らの手にした槍には力が込められる。もしも攻略を失敗したならば、国を失うかもしれないと彼女が伝えたせいだ。

 みなぎる意志を確かめた彼女は、うって変わって硬質な軍人としての声を解き放つ。


「諸君! アリライ国は好きか!」

「応!!!」


 どお、と津波のように声が返る。

 人の持つ生命力エナジーというものを肌で感じ取り、そして勝手に溢れ出てしまう闘争心に驚かされる。


「諸君! 砂とオアシスの国を愛しているか!」

「応ッッ!!!」


 実に雄々しい掛け声に、少しばかりエルフさんは目を回しているようだ。優しい物語を愛している少女なので、このような場に慣れていないのだろう。微かに唇から「私も好きよ……」などと聞こえてくるが、周囲に届くことなくかき消されてしまう。


 兵士らの声に満足したドゥーラは、珍しく笑みをこぼす。鋼の剣を抜いたように、冴え渡る笑みを。


「ならば戦おう、アリライを愛する戦士らよ! 手にした剣で運命を切り開こう! 楽園エデンは、扉を開けてお前たちを待っている!」


 彼女が剣をかざすと、炎が灯されたよう、ごうと彼らの存在感は膨れ上がった。

 戦う場所はここなのだと、いまここで戦うためにお前たちは生まれたのだと、戦士としての魂をこれ以上なく燃え上がらせた。


 それは気持ち良いくらいの一体感であり、鋼のような純粋さもあった。

 うーん、いつの間にドゥーラは人心掌握術まで学んでいたのだろう。長い攻略任務を経て、最も成長をしたのは恐らく彼女だ。戦術と戦略を叩き込み、実戦で学び、成功と失敗を繰り返す。それはまるで日本刀鍛錬のようであり、恐らくはひとつの英雄を生むのだろう。


 おおお、と膨れ上がる彼らの気迫へ、ドゥーラは満足げな笑みを浮かべた。




 第三階層へと通じる扉へ、彼らは次々と吸い込まれてゆく。

 石で組まれた壁は苔むしており、以前と様変わりをしている。絶え間ない森の湿気により姿を変えたのだろう。


 石壁は見上げるほど高く、青空へ突き抜けてしまいそうだ。

 あの空自体はシャーリーの作り物なのだが、どのような理屈でそうなっているか僕には分からない。


 くいと袖を引かれ、視線を戻すとエルフの瞳と重なる。わずかに心細げに見えるのは、魔導竜ウリドラが近くにいないからだと思う。彼女は盾役として常にエルフを守り、そして良き友人として接していたからだ。


 普段と異なるのは、後方に立つ女性だろう。

 全身を金属鎧で身に包み、大型の盾と槍を手にしている。そばかすを残した彼女は、ぞんざいに刈った髪を揺らしてこちらへ瞳を向けてくる。


「それで、私はマリアーベルを守れば良いわけだな。ウリドラ殿の代役には至らないだろうが、必ずや任務をまっとうしてみせる」

「まあ、そう肩に力を入れないで、カルティナ。というよりも僕らのパーティーでは君が最強なんだから。そういうわけで薫子さん。今日は同行させられなくて済みません」


 そう声をかけると、小柄な少女は驚いた顔をする。普段着の服装であり、同行する気も無かったのだろう。

 ぱたぱたと手を振り、慌てながら彼女は答える。


「い、いえいえ! ちょっとまだ迷宮は怖いので、今夜は古代語を学ぶために来たのです。シャーリーさんの用意してくれた本で勉強をさせていただきます」

「そうですね、最初はもう少し簡単な所が良いでしょうし。そうだ、朝には必ず虹のかかる湖があって、そこで獲れる魚がまた……っと、そういうわけだから留守をよろしくね、シャーリー」


 任せてくださいという意味か、まるで膨らまない力こぶを見せてくれる。こんなに柔らかい容姿だというのに、第二階層では最強の座についているのだから世の中は分からないものだ。


 ぞろぞろと進む兵士たちも、普段から宿の世話になっているため彼女に手を振ってくる。

 気恥ずかしさにうつむきつつ、彼女から小さく手を振り返された者はたまらない。思わず見とれ、後ろからドスンと背中を当てられていた。

 と、そのとき彼らはボソリと何かを話す。


「おい、ロキ。親衛隊に入ったらお近づきになれるか?」

「馬鹿を言うな。我らの役目はシャーリー様をお守りすることだけだ。それ以上を求めては罰が当たる。同じ空気を吸えるだけで俺は満足しているぞ」


 ……あっれぇ、いまの会話、ちょっとおかしくなかった? 親衛隊って何? というかシャーリーは空気を吸わないよ?

 しかし僕以外には聞こえていなかったらしく、マリーたちは今日の立ち回りについて打ち合わせをしていた。

 指先を向けたけど誰も見てくれず、あえなくだらりと下ろしてしまう。


「まあいいか。じゃあそろそろ僕らも出発しよう。ウリドラがいないから、何泊かするかもしれないと思っておくんだよ」


 はーーい、とエルフは元気に返事をし、カルティナも小さく頷く。

 それでは地下迷宮というアトラクションを楽しみましょうか。


 手を振り合い彼女らと別れると、すぐに周囲は静まり返る。扉をくぐれば静寂に満ちた迷宮が広がり、どこかカビ臭く、どこか冷たい世界になる。

 足元を流れる冷気に、隣を歩くエルフは呟いた。


「なんとなくグリムランドのアトラクションに入ったような気がするわね」

「あ、僕もちょうど同じことを考えていたよ。本格的であればあるほど、楽しんでしまう僕の気持ちを分かってくれたかな?」


 んー、と少女は小首を傾げ、そして嫌そうな顔をこちらへ向けてくる。


「残念ね、分かってしまったわ。ずっと前は、あなたの事を変人だと思っていたのに。悔しいったら無いわ」

「ええっ、悔しがる事かなぁ。それじゃあ、ようこそ変人の世界へ、エルフさん」


 執事のように大仰な身振りで歓迎をすると、さも嫌そうな顔をしたまま足踏みをされてしまう。とんとんと床を蹴り続けたエルフは、天井に向けて溜め息を吐いた。


「もう、本当に馬鹿な人。森に訪れたあなたのせいで、人間は下らない生き物だと思ったのよ?」


 ぼすんと横から腰を当てながら、マリーは文句を言ってくる。


「そ、そう……。そこまで変なことを言っていたかな。でもマリーだってお昼ご飯を食べに毎日来ていたじゃない」


 そう言いつつ腰を当て返すと、彼女の眉尻は持ち上がる。膨れた頬でこちらを見て、同じように腰を当ててきた。


「ずるいの! あなたのご飯はとても良い香りがして、いたいけなエルフなんてひとたまりも無く吸い寄せられてしまうのよ。今だって甘い香りをさせているし、おいなりを用意している事だって分かっているんですから」


 白状なさい、と脇の下へ抱きついて、まるで猫を相手にするよう背中と腹を掻いてくる。それがくすぐったくて、思わず笑い声を漏らしてしまう。

 と、そんな様子を周囲から見られていたらしく、気づいたマリーも顔を赤くし、ぱっと身を離す。


 しげしげとカルティナからも観察されていたらしく、思わずもう一歩ほど互いに離れてしまった。それを制止するよう、彼女は手を向けてくる。


「いや、普段通りで構わない。私はどうもその手の事情にうとくてな。ずっと戦場にいたせいだが……それで、2人は交際をしているのか?」


 どうなのだ?と、ずいと顔を寄せられると――ちょっと困るね。

 周囲の兵士たちも平然としているようで耳を向けている通り、半妖精エルフ族のマリアーベルには隠れファンが数多い。僕の気のせいかもしれないけれど「あの野郎」という目で見られることも多いのだが……。


「そうか、お前たちの連携が見事だったのはそれが理由か。いつも同じ一緒の部屋で寝ついていたようだったし――ふむ、となると将来のことも考えているのか?」


 おおっと、口ごもっていたら次々とミーハーな事を聞かれているぞ。

 ちゃんと将来の事も考えていたせいで、あわあわとさらに口ごもってしまう。否定も肯定も出来ずにいると、そーっとエルフの瞳はこちらを向く。


 どうなのかしら?と彼女の薄紫色の瞳は問いかけており、僕の頬は勝手に熱を持ち始めてしまう。それが伝染したのか、透けるような白い肌をした彼女の頬はみるみるうちに赤く染まりゆく。


「もう!」


 どすんと最後に腰を当てられて、歩いてゆく彼女を僕は追う。しばらくマリーは顔を逸らしたままで、なかなか口をきいてくれなくて大変だったよ。


 気のせいか迷宮としての恐ろしい気配は薄れ、ドゥーラの熱弁による一時的な能力向上バフも僕らの周囲だけは消えてしまったようにも思う。


 気のせいだな、気のせい。

 などと思うが、遠くからじっとドゥーラが見つめているのは……うん、これも気のせいだ。


 そのように僕らの迷宮攻略は再開された。


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