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第215話 大学付属の図書館へ⑤

 じょわあ、と肉の焼ける音がする。

 若い店員は鉄板のパティを引っくり返し、その隣ではバンズも一緒に焼かれてゆく。

 ハンバーガー屋というのは町中のどこにでもあるが、どうやらここは僕の知っているような場所では無いらしい。


 素朴な木造建築に、いかにもアメリカテイストな飾りをつけ、それでいて現代風にアレンジされている。

 ポップな音楽も含めて「お洒落だなぁ」と思いつつも、先ほど見た「ハンバーガー千円」という衝撃を僕はまだ払拭できていない。おかしいな、昔ながらのアメリカといえば安さが売りのはずなのに。


 大学の周辺は新しい店が多く、観光客も多いのかどこも高めの値段設定をしている。それが嫌なら学食の世話になるらしいが、図書館を案内してくれた者達の誘いで訪れることになった。


 窓の外を眺めると、日は少しだけ弱まっている。

 マリーとウリドラはすっかり読書の秋を堪能してしまい、おかげでお昼を大きく過ぎてしまった。けれど客の少ない時間帯になって助かったかもしれない。これならすぐに注文したものが届きそうだ。

 と、そんな店内にマリーの大きな声が響く。


「ええ~~っ! 本物の声優さんが来るのっ!?」


 コップの水が揺れるほど、少女は驚いた顔を見せる。大学生たちは、そんな表情を引き出せたことが嬉しいらしく、誤魔化すようにコーラを飲んだ。


「ん、俺らはアニ研だからな。存在意義っつーか、年に何回かはそれっぽい大きなイベントをするんやぞ」

「そーそー、声優が実際に来て、作中のセリフを再現してくれたりね。前に監督が来てくれた時も――ありましたっけ?」

「トークショーな。もうすぐ学園祭があるから、俺とコイツは週末に集まってたんだわ」


 指を折り、これまで関わった事のある幾つかのアニメタイトルを挙げてゆくと、その度にマリーとウリドラの関心を集めてゆく。


 僕は知らないけれど、たぶん有名な作品なんだろうね。

 知ってる?と薫子さんに目を向けると、当たり前のように頷かれた。社会人になるとね、最新のアニメを覚えるのはとても難しいんだよ。

 そう思っていると、エルフさんは怪訝な表情を隣へ向ける。


「え、あにけんって何かしら? 薫子さんは知っているの?」

「たぶんアニメ研究会のことでしょうね。大学では沢山のサークルがあるので、そういう集まりなのだと思います」


 薫子さんは話しかけられるのが嬉しいのか、笑みと共にそう返す。コーラを飲んでいた彼も、こくこくと頷いた。


「サークル言うてもオタクどもの居場所みたいなもんで、部室なんて休憩所と変わらんぞ。山と積まれたアニメと漫画とゲーム。会報を作るのが数少ない活動みたいなもんやし」

「ふむ、薫子の部屋のような所じゃな。そういえばマリーと薫子もゲームで盛り上がっておったではないか」


 頬杖をついていた手で、ぴっと薫子を指差さす。

 悪戯好きそうな笑みを浮かべ、投げかけられた彼女はつい頬を赤くする。からかわれたと言うよりも、ウリドラの挙動が恰好良かったせいかもしれない。

 誤魔化すように、ごほんと薫子さんは咳払いをする。


「私、剣と魔法の世界が大好きなんです。人とチャットするのも好きで、ついオンラインゲームにハマってしまいまして。マリーちゃん、また今度、一緒に遊びましょ?」

「ええ、もちろん。ゲームって初めて触れたから私も楽しかったわ。回復役ヒーラーの奥深さも学べたもの」


 ベンチシート側には女性陣が並び、中央に座っている薫子さんはご満悦そうだ。肩も触れ合いそうな距離で、日本離れした2人に挟まれているだけで、勝手につま先が揺れてしまう。

 そういえばオタク属性の彼女は、あろうことか百合文化をたしなんでいるんだっけ。一抹の不安を感じながら珈琲をすするが、嬉しい、嬉しい、と感情を露にさせている薫子さんを見ると、どう注意すべきか考えるのも難しい。


 どうやらそんな光景に、ぼやっと大学生の彼らも見とれていたようだ。

 幻想的に美しい彼女らが、屈託無く笑う光景というのはそれだけで惹きつける。花の咲く瞬間を眺めているように、魂の抜けた顔を彼らはしていた。

 ハッと先輩らしき彼は気を取り戻す。


「ん、ちなみに何ていうゲームです?」


 薫子さんがタイトルを伝えると、むうと彼は呻く。


「俺らがやっとるのと同じオンゲーや……。待ってくれ、あれってグラフィックが良いだけで、かなりの鬼畜仕様やぞ。シビア過ぎて止める奴らが後を絶たんて言うのに」


 その言葉に、ずいとマリーの顔は寄せられる。半妖精エルフ族の顔が迫るというのは見えない衝撃があるもので、やはり彼は椅子をガタンとさせるほど仰け反った。


「? 回復役の私から言わせると、そのシビアさが大事なの。簡単にクリアできてしまったら、面白くなんて無いでしょう?」

「ん? うーむ……この子、可愛い顔して掴んでるなぁー」

「そうでスね。女性のプレイヤーも多いと聞いてましたけど、まさか同じゲームをしているとは」


 ごにょごにょと内緒話を彼らは始めた。

 そのやりとりが面白くて、僕はぼんやりと眺めている。


 彼らとの交流を、最初はかなり心配していた。だって初めて会ったときは奇声を上げ、のたうちまわるような人達だったからね。心配しないわけが無いよ。

 でも「友人として接して欲しい」とお願いをしたら、今のところは頑張ってくれている。見直した、というのが正直な評価だ。


 同じ趣味を持つ者同士、それもオタク趣味というのは会話が途絶えないらしい。

 先ほどマリーが顔を近づけたように、同族としての気質が働くのかもしれない。僕は物静かな方だけど、夢の世界では生き生きとするからね。


 喜ばしいのは、エルフさんにとって同年代との異性交流を初めてするという点だ。これからの生活を考えると、少しでも慣れておいた方が良いと思う。

 ひとつ気になった事があり、ぽつりと彼らに話しかけた。


「同じオンラインゲームをしているなら、一緒に遊んだらどうなの?」


 ンエッ!? と彼らは悲鳴じみた顔をし、いやいやいやと首を激しく横に振る。おこがましい、贅沢すぎるという表情だけれど、そういうのは禁止と指でバツマークを向ける。


「お、おーー……つっても北瀬さん、こんなムサい男らとゲームなんてしたくないでしょう。ねえマリーちゃん」

「別に構わないわ。だってほら、こんなに眠そうな顔の人と私は遊んでいるのよ」


 そう言い、ぺたりと僕の腕に触れてくる。

 ダシに使って御免なさいと見上げられ、わずかに僕も首を横に振る。彼女の瞳は美しく、つい吸い寄せられてしまう。好奇心に満ち溢れているなら尚更だ。

 心配していたけれど、同じ趣味を持つ友人ができて喜んでいるようだと薄紫色の瞳を見て思う。やはりというべきか、少女は花の溢れるような笑みと共に「楽しいわ」と唇を動かしてくれた。


 薫子さんからポンと肩を叩かれ、マリーと僕は我に返る。唇に指先を当てているのは「そういうのはお二人の時間の時に」という意味なのかな。

 少し慌ててテーブルへ視線を戻すと、学生の二人は頭を抱えていた。


「ヤバい、姫どころやないぞ、コレ」

「絶対に顔バレは駄目ですね。この件は本当に絶対に内緒にしてくださいよ先輩。分かってますよね?」

「わーっとる、わーっとる。今日が休みで良かったわ、知り合いから見られずに済んで」


 などと変な汗をかきながらブツブツと言っていた。

 とはいえ一緒に読書をしている様子は嫌でも噂になったらしく、彼らはしばらく情報隠蔽に苦しんだらしい。




 さて、店員さんの運ぶ皿には、大きなハンバーガーが乗っている。

 やはり具からバンズが転げ落ちてしまいそうなほどのボリュームに、ウリドラたちは拍手で出迎えた。もちろん価格も比例しており、大きさイコール値段という分かりやすい構造となっているらしい。

 ちなみにマリーは僕と同じチーズ入りのものを、ウリドラはアボカド入りを頼んでいる。


 食べようとしたマリーは「あーん」と口を開いて、大きさのあまりかぶりつけず、困った顔で僕を可愛らしく見上げてきた。


「こっちのナイフとフォークを使ったらどうかな。量が減ったら手を使って良いと思う」

「ありがとう、そうするわ。みんなよく手でそのまま食べれるわね」


 高さだけでも十センチほどあり、彼女が持つには大きすぎる。

 ナイフとフォークを使ってパンを食べる経験というのもあまり無い。おまけにテーブルの上ではケチャップやカラシがあっちこっちに行き交い、なかなか楽しい雰囲気だ。

 どうにか切り分けたマリーも、初めてのハンバーガーを食すことが出来た。


 しかし、このサイズとクリーミーさは凄い。

 モッツァレラチーズを混ぜたふわふわのクリームと、鉄板で焼いた大きなパティは普通のハンバーガーとは異なる。もちろんカロリーは高いけれど、ソースと肉汁を吸ったバンズもなかなかだ。


「ん、美味しいっ! 何かしら、胡麻を入れているからパンが甘く感じるのかしら。焼いているワイルドな味がして面白いわね」

「うまっふぁい……むぐ、食いごたえがあるのう!」


 うーん、これは僕にとっても初めての味だ。

 食べてすぐ、ピリッとした香辛料が舌へ乗る。たくさんの胡椒を使い、香ばしい肉汁と共に垂れてくるのだ。

 さっぱりとしたマヨネーズを塗りたくり、そこへお店独自の和え物をたくさん詰めているという印象がある。


 肉とクリームは噛むほどに混じり、レタスと刻んだ玉ねぎがシャクシャクと歯ごたえを楽しませる。

 これが少しだけズルいと思う。たくさんのカロリーがあるというのに、食べている者としては「さっぱりしてる」と感じてしまうのだ。


 そこへパンの甘味がやってきて、たまらずエルフさんは足をパタパタさせてしまった。


「もっ、おいしっ! 大学生になったらこんなのを食べられるだなんて、本当にズルいわっ!」

「食えん食えん、俺らも初めて来るんやぞ。学生ってのは学食っつーのが基本やからな」


 あんぐと無精ひげを生やした彼はハンバーガーを食す。

 すっかり普通の口調になった彼らだけど、もくもく食べる幸せそうなマリーとウリドラの顔を見ると、少しばかり見とれてしまうようだ。

 美味しいね、と言うように肩をぶつけ合う姿は、少しばかり眩しく映るのだろう。

 そう考えていると、目の前にケチャップの容器が現れる。その向こうから楽しげな瞳をするエルフが顔を覗かせた。


一廣かずひろさん、ケチャップはどうするのかしら?」

「ん、ありがとう。あまり濃い味は好きじゃないんだけど……じゃあハート印と『かずひろさんへ』と書いてくれるかな?」

「俺も俺も俺も!!」


 オタク趣味な場に合わせ、ノリでそう頼んでみると彼らもやはり食いつく。わっと差し出されたハンバーガーに、大きく口を開けて女性たちは笑ってくれた。

 分からないけれど、ウリドラの書いてくれた猫印も貴重だと思うのだけどね。


 などと思いながら、それにポテトを絡めて美味しくいただかせてもらった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 マンションへ戻る頃には、すっかり陽は暮れていた。

 たくさん食べ、イチョウ並木や読書を楽しみ、趣味の会話をするという1日を過ごし、エルフさんの歩みは上機嫌そうだ。


 エレベーターに乗り、途中の階で薫子さんが降りると、すぐに僕の手は少女から握られる。見下ろすと、彼女は楽しげな笑みを返してくれた。

 そのまま僕の手をにぎにぎと握ってくるので「楽しかった?」と尋ねると、やはり大きく頷いてくれた。


「楽しかったわ。時間が経つのもあっという間で、それと毎週月曜にはゲームで遊ぶという予定もできてしまったの。ねえ、冬コミというのはいつ来るのかしら?」


 おや、どうやら年末のイベントまで増えてしまったようだ。

 とはいえ同人誌なども日本の独自文化といえば文化なので、知っておいて良いのかもしれない。もちろん僕も詳しくは無いけれど。


「ふ、ふ、マリーは『こすぷれ』なる物をしても楽しめそうじゃな」

「え、嫌よ。写真を見たけれど、あんなに肌を出すなんて恥ずかしいわ」


 振り向く少女は、そう嫌そうな顔をウリドラへ向ける。片方の眉を上げ、唇をとがらせているけれど、その表情は「少しだけ興味がある」ことを僕は知っているんだよ。

 なので、ちょんと背を押してみようか。


「もしウリドラが一緒にコスプレをしたら考えるのかな?」

「え? うーん……そうね、でもやっぱり嫌でしょう、ウリドラ?」

「何を言う。魔導竜であるわしは、誰よりもコスプレに向いておるのじゃぞ。ほれ、凝った衣装や小道具など、いくらでも作れるでは無いか」


 あ!と少女は何かを大発見したような顔をする。

 その表情で僕とウリドラの顔を交互に見上げられると、とてもくすぐったい思いをさせられるね。


 電灯のついた廊下は、もうだいぶ夜風で冷たい。

 けれど相反するように少女の指先は体温を高めていた。

 がちゃりと戸を開き、部屋の明かりをつけ、僕らの部屋へと辿り着く。


「ただいま」

「ただいま、おかえりなさい!」


 ブーツを脱いだ彼女らの後を追い、スリッパを履こうとすると、目の前には内股ぎみのつま先があった。

 視線を持ち上げてゆくと、手を後ろに組み、もじもじと楽しげに腰を揺らすマリーがいた。


「どうしたの、マリー?」


 返事はなく、少女は両手をバンザイするよう持ち上げる。

 誘われるまま、求められるまま、自然と少女の胴体を抱いてしまう。華奢な身体は腕のなかへ収まり、返事をするよう少女から首を抱きしめられた。


 これはたぶん、楽しい休日を過ごしたご褒美だろう。

 お尻を支えながら持ち上げるとふわりと少女の身体は浮く。電灯を背にするマリーの顔は暗く、鼻が触れてしまいそうなほど近くから「ありがとう」と囁かれた。


 ちょんと柔らかく唇に触れられて、しばし僕は凍りつく。視界には入っていないが、今はウリドラもいるのだ。

 そう思いながら横を向こうとすると、さえぎるよう少女の指先から頬を突つかれた。


「駄目。私がどれくらい楽しい思いをしたか、あなたには知ってもらう必要があるもの。いま居るのは黒猫のウリドラ。あとは私とあなたしか居ないの」


 分かりましたか、と小首を傾げられると僕は弱い。

 たぶんどんなお願いでも、この顔をされると頷いてしまうだろう。さらには秋の外出着ごしに彼女の体温は伝わり、そして両の太ももから挟まれている。


 負けが濃厚になって来たことを悟られ、にこりとエルフは笑う。魅惑的な瞳と唇で、そしてトドメを刺そう顔を覆い被せてくる。

 どこか甘い女の子の香りがし、触れ合ってしまいそうな唇から――ぺろりと舐められた。


 どきっとし、慌てた僕の顔さえきっと楽しんでいるのだろう。わずかに開いた唇から、ついには柔らかく包まれ……。


「パンツが丸見えじゃぞ」

「きゃああっ! ちょっとウリドラ!」

「伝えるべきかそうでないか、非常に悩ましかったが、竜として教えてやるべきじゃろう。北瀬よ、そこのエルフはパンツを丸出しにする趣味があるようじゃ。気をつけよ」


 きゃあきゃあと暴れる彼女を床へ降ろすと、騒々しくもエルフは竜へと歩いてゆく。

 ほっとしたような、どこか残念なような。

 どうして我が家のエルフさんは、日に日に魅力的になってゆくのだろう。着替えるよりも先に、熱くなった顔を覚ましに僕は洗面所へと向かうことにする。


 どうなるかと心配したけれど、図書館デートを無事に楽しんでもらえたようだ。

 鏡に向かって息を吐くと、どうやら僕も笑みを浮かべていたらしい。


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[一言] これ、本郷三丁目のファイアハウスがモデルですね。 読み直していて気が付きました。
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