第209話 戦争勃発①
隣国ゲドヴァーからの侵攻は、砂漠を端から破壊するよう、西へ西へと突き進む。南方にある敵国アリライへの行く手を阻む三つの塔、「烈火の塔」「灼熱の塔」「煉獄の塔」を避けるように。
魔軍と呼ばれるだけあり、どろどろと音を立てて進む姿は黒い津波を見るようだ。
その侵攻先にはとある遺跡があった。古代からある迷宮であり、恐らくは彼ら魔軍が最も手中に収めたい場所だろう。
何しろ彼らのルーツがそこにある。
古代迷宮の奥底に生まれ、そこで生き、人間を喰らい尽くした歴史がある。しかしまだ、彼らの本当の目的は分からない……アリライにおける一部の上層陣を除いてだが。
大群のうち三千ほどだろうか。先ほどの塔付近へ駐留させ、残りは全て西へと進む。
この侵攻は、アリライの王族にとっては「誘われている」と感じてしまう。側面を見せて進む彼らを襲いたいと思ってしまう。
本来であれば手を出してはいけない。援軍の届かないもっと奥地へと誘い込み、それから痛烈な打撃を与え、無残な壊走をさせなければならない。
しかし、塔の近くに布陣をされている以上、放置をしてもいられない。この魔軍を上回る兵数は、三国同盟あってのもの。戦いを避けてばかりでは、無用な兵糧や傭兵への資金が発生してしまう。
おかしな話、傭兵というのは死んだほうが金がかからない。
そのため双方の国から強襲作戦を持ちかけられ、アリライ国は魔具を使用した兵装のテスト、並びに他国への見せつけのために提案を呑んだ。
アリライ国から出陣したのは軽装歩兵八百名、うち魔装試作品が二体含まれているという噂がある。他国であるトシュガルド、ニーナイを合わせると兵数は五千に迫る。
これが双方の軍を動かす初めての戦争となった。
明けの明星が見え、見上げる傭兵は口元の覆いを指でずらした。
早朝の砂漠というのは、気温が十度くらいになる。もう二ヶ月もすれば息も白く変わってしまうはずだ。
しかし肩と肩をぶつけあい、密集して進む状況では新鮮な空気を味わうことも出来ない。諦めたように彼はまた覆いを元に戻した。
砂を踏み、前へ進む。ただそれだけを繰り返すには少しばかり退屈だと彼は思う。しかし「飽きた」と口から発しても、それは不思議なことに言葉にはならない。
歩く音、鎧の鳴る音、騎馬のいななき。それらは全て消えており、風の音しか聞こえないのは他国から参加している者にとって気持ちの良いことでは無い。
ごしりと顎鬚を撫でながら、ボヤくように彼は漏らす。
『噂通り、砂国の魔術はずいぶん特化しているものだな。火力よりも目くらましとは』
『その火力を最大に活かすためかもしれません。いきなり近距離から突撃されたらどうなるか、貴方も分かるでしょう』
仲間からの声が返って来たことに、密かに安堵の息を吐く。息苦しいほど密集した進軍中でもある。意思疎通による会話が許されているのは唯一の救いだった。
彼は百名規模の傭兵団を率いている。参戦した理由は金払いの良さ、そして相手が魔族であること。他の戦場と異なる点は、まさにそれだろう。
『魔物の血が混ざっているなら俺たちのレベルも上がる。人間相手だとそうは行かないからな』
『金も貰えてレベリングも出来るなんて美味しいっスね、団長。これなら迷宮通いもしなくて済みますし』
今の発言は新参者だ。今回の戦いを見て、今後の働かせ方を決める。軽い口調とは裏腹にサボったりはせず、度胸もあるため期待している人材だ。
ふと見上げると夜明けの色が微かに見えた。
こんな時ばかりは静かな世界で良かったと思う。砂漠の空は吸い込まれそうな宇宙の色だと彼の目には映る。
傭兵団の団長という肩書きを持っていても、彼はロマンチックな光景を好むのだ。
もう意思疎通の会話さえ楽しめない。魔軍のキャンプ地は目の前で、五十メートルにも迫っているのだ。
しかし相手には姿も音も見えていないという状況に、傭兵団は嫌な汗を流してしまう。
――これが砂国の技、【陽炎】か。
密集した部隊を、ぐるりと覆うよう周囲に魔術師が立つ。半透明に広がる膜には、かく乱の効果があるようだ。
これほどの至近距離まで近づけるとは、と団長は呻く。
目の前に広がるキャンプ地は、中央に食料を置いているだけの非常に簡素な場所だった。多少は硬い土を選んだに過ぎないと、彼の目には映る。
異様なのは、それぞれ距離を空けて立っている事だ。5メートル程度に離れ、じっとしたまま動かない。それが彼にとって初めて見る魔軍の姿だった。
――なんだ、このまばらな配置は。キャンプというより、ただ立っているだけとは。
周囲の戸惑いをよそに、手筈通りアリライの兵らはクロスボウを着々と構えてゆく。横に五十名、3列に分けたものを左右に展開する。これを撃ち込み。崩れたところを強襲する手筈だ。
『おっと、噂の魔石とやらを使った兵装だ。しっかり記録しておくんだぞ』
『了解致しました。こちら偵察依頼もこなさないといけませんね』
アリライの兵装は各国が注目している。古代迷宮から魔石なる新しい触媒を発見し、今も軍備を整えているらしい。
この強襲自体、兵装を調べるために各国が要請したという噂もある。それ故に偵察という仕事、そして副収入が約束されていた。
傭兵隊の彼も兜を下ろし、静かに剣を握り、開戦の時をじっと待つ。
必殺の魔石武器は、あっさりとしたものだった。
ちかちかと線の輝きを幾筋も生み、今のが射撃かと怪訝に思う間もなく、どどどどどお!と連鎖的な爆発音、そして膨れ上がる青い炎に目を見開く。
ぱっと一瞬だけ砂丘は明るく染まり、続いて第二、第三射が魔物を、砂地を、空を焼く。半魔らは衝撃に吹き飛ばされ、狙い通り扇状に壊滅されていった。
これが噂の魔石かと傭兵団は目を剥いた。
結晶化した魔物の卵という特殊な媒体。そのほとんどは循環をしていない「死んだ」魔石であり、このように爆破エネルギーとして活用をする。
単なるクロスボウの射撃は、恐ろしい兵器として各国の目に映った。
その爆風により広域隠蔽魔術は解け、事前の作戦通り騎馬隊が駆け出した。
砂地を駆けれる特殊な馬は、ニーナイ国の有している特殊なものだ。しかし、どろろと鳴る地響きに、魔軍は恐れるどころか歓喜の表情を浮かべていた。
「人間だあーーー!」
「ウオオオオ、人間! 人間ダ!」
「アリライの犬どもだ! 喰うぞオオ!」
急がないといけない。
魔石入りの矢をつがえ、変異しつつある彼らをすぐ射殺さなければならない。
ベキベキと周囲には異音が響き、見る間に彼らは質量を増やしてゆく。巨大化するという特異性があるため、先程まで魔族らはまばらな布陣をしていたのだ。
突撃兵らは、先ほどまでの昂りを失ってしまいそうだった。象と思えるような巨体が、嬉しそうにこちらを見てくるのだ。
腕を振り下ろす。たったそれだけで3人が死んだ。レベル30台の猛者たちが。
「行くぞ、迷宮にいる魔物と思えええッ!」
そう、迷宮にいる魔物とそう変わらない。同じルーツを辿っている存在だからだ。
ただし数はあと二千五百体ほどおり、身を隠す遮蔽物も無いが。
傭兵団は魚群のような隊形を作り、集団による火力増強を図る。左翼側から突き進み、小型、中型の魔物を飲み込み、肉塊へと変えてゆく。
行ける……か? デカい奴のいない領域をこのまま進む。駄目ならすぐに離脱だ。
そう思い、百キロ相当の重量と化した剣を振るう。ガヅンと毛むくじゃらな腕ごと胴体を裂き、仲間の投擲ナイフが目玉に突き刺さった。
傭兵隊としての勢いは良い。魔物慣れしているだけあり、奴らの異形にも怯えは少ない。ぐるりと戦場を見回し、そしてゾッとした。右手の兵らが何の役にも立てていないのだ。
彼らはドロドロ進む猛牛から飲み込まれるよう、単なる障害物として踏み潰されてゆく。真っ黒い高波に、哀れにも決壊する堤防のようだ。
「第二射開始! 撃ーーッ!」
直後、本陣から魔石矢は放たれる。指揮官は冷静らしく、それ故に残酷だ。踏み潰された友軍ごと粉砕し、青い大輪の花を砂地に咲かせる。散るのは赤と黒の混じった血であり肉である。
「団長、ここを動かないとヤバい! アタシらもやられちまう!」
年配の男の声に、ようやく我に返る。
想定していたよりずっと高い難度、そして凄惨な戦場だった。今のは論理に反した射撃だったが、それしか無かったと誰もが分かっている。
勇猛な者たちの行ける楽園へ、彼らは辿り着けただろうか。そのように思いながら先陣を駆ける。
彼は知らなかったが、この頃に貴重な魔術師たちは戦地を去っていた。隠蔽魔術を展開できる彼らは貴重であり、初戦で失うわけにはいかないのだ。
しかし傭兵団の代わりは幾らでもある。魔物に飲み込まれ、役立たないと判断された時はどうなるか……先ほどの光景を思い出す他ない。
無論、魔術師を失ったという事は、退路を失ったという意味である。
さて、明るい時刻を迎えた頃、本陣の変化を団長である彼は捉えた。
虎の子のように護送された二名は、きっと普通の者では無いだろう。
非常に長い剣を、キュン!と男は振るう。魔装なる新兵装を任された者だ。その隣には小柄な者がおり、同様に入念な点検を行なっていた。
「……来たぞ、噂の魔装、アリライの新装備だ。ちゃんと記録をしておけよ」
忌々しげにそう命じる。
荒い息を吐いている仲間は返事もできず、よれよれの羊皮紙を荷物から取り出した。その彼は、憔悴した瞳をこちらへ向けてくる。
「なんで、このタイミングなんですかね。もっと早く出してれば、被害を抑えられたのに」
「負け戦になりそうだったら、とっとと引き返していたんだろう」
吐き捨てるようにそう言うと、周囲の者は目を剥いた。
澄んだ青空とは対照的に、地面は赤黒い泥と化している。血を吸いすぎた砂地から登る悪臭も、今は何の感傷も湧かない。
猪突猛進な魔物を封じるため、傭兵団らは側面からの攻撃を繰り返さざるを得なかった。その間に何人が食われたか、団長である彼以外には分からないだろう。
それほどの激戦だったというのに、試運転のことしか考えていないアリライ国には傭兵団として腹が立つ。
――しかし、投入した効果は劇的だった。
一歩踏み出した途端、彼らは加速する。ぐにゃりと周囲の光景は歪み、通り過ぎた道には魔物の首が幾つも転がった。
魔装というのは古代の秘術を意識したものであり、原理としてはとても似ている。
これはアリライで金箔と呼ばれる技術であり、筋肉を補強するため薄く伸ばした魔石を貼ることで人間を超えた速度を出す。
しかし実在する魔装、カルティナの装備している物とはまた根本的に異なる。この世界において「魔」の文字が付くものは、全て悪意などの意思を持つからだ。
彼らが扱っているのは道具であり、だからこそ哂い、嘲りながら斬る。斬る。斬る。
たちまち魔軍はトンネル状に切り裂かれ、友軍らはその活躍に唖然とした。すげえと漏れる声を耳にし、団長の彼も静かに頷く。
「アリライ国はかなり軍事強化されているな。魔石か……放っておいては三国どころか周辺国まで飲み込まれかねない」
男の言葉は真実だったろう。
諸外国は、これからの外交に全力で挑まないといけない。魔石というおこぼれをもらうため、媚びへつらう外交を求められる。
いや、そのためにアリライは魔装を投入したのだ。戦争に勝ち、属国として取り込むために。
忌々しげに、男は砂丘へ唾を吐いた。
冒頭地図は「Inkarnate」というツールを使用させていただいております。




