第208話 シャーリーとのお料理会
夢の世界での夕飯というのは、日本における朝食となる。
たとえ異なる世界を移動しても、お腹が一杯というのは変わらないのだ。
この第二階層広間では、日に日に食材が豊かになりつつある。それも魔導竜と元階層主に守護されているのだから当然かもしれない。
もちろん僕とマリーの持ち込んでいる種なども影響しているけれど。
魔導竜の気まぐれか、屋敷には新たに洋風の間が造られた。
幾つかのテーブルを置き、やがては客を招くらしい。大所帯を招待するなら、確かに洋風の方が都合が良いだろう。その試運転として僕は呼ばれたのかもしれない。
じいいと隣から見つめてくるのはシャーリーで、今は髪を頭の左右へ結わいている。やや離れたテーブルには皆が集まっており、先ほど置いたお酒とツマミへ手を伸ばしつつ会話を楽しんでいるようだ。
一層大きな笑い声が起こり、振り返ると先ほど参加したばかりのダークエルフが場を盛り上げていた。薄着だというのに椅子へ胡坐をかき、太ももをまぶしいほど見せつけている。
相手をしているエルフの少女は、もうすぐ日本で目覚めることを考えてお酒を控えているようだ。もちろんウリドラは思い切り楽しんでいるけれど。
しかし、それぞれがウリドラの子を抱えているのは、何やら不思議な光景だ。
賑やかな様子を眺めてから、すぐ隣の青空色の瞳へ笑いかけた。
「シャーリーは料理に興味があったのかな。どうだろう、僕の秘伝のレシピを特別に教えてあげたいけれど、厳しい修行についてこれるかな?」
あれ、厳しい修行と言いつつも、だいぶ眠そうな声になってしまったか。しかし彼女は瞳を大きくさせ、それから「もちろんです」と言うように顔を引き締めてきた。
やる気十分なようなので、まずは鶏肉を調理する所から初めて貰おうか。
今は人目があるのでシャーリーは実体化しており、いそいそと近くにあったエプロンを身に着けてゆく。細い腰だなと思いながら後ろから紐を結んでやり、さばいたばかりの鶏肉の説明を始める。
「柔らかい鶏肉だから、今日はから揚げをしようと思うんだ。叩くのと筋切りくらいだから、きっとすぐ覚えると思うよ」
手渡した包丁には「竜」という印が刻まれている通り、ウリドラ製のものだ。そこいらの刃物よりスパスパ切れるし、刃こぼれしてもすぐ直るので重宝している。
それを手渡すと、青空色の瞳はどこか鋭さを増した。冬空を思わせる色へ変わり、足元には冷気が流れてゆく。
「ストップ。これは刃物だけど武器じゃないから落ち着いて。いくら死神だって言っても、包丁くらいで戦闘モードになってはいけないよ」
わ、の形に口を開き、すーはーと彼女は深呼吸を繰り返す。
そういえば以前は鎌を武器にしていたし、僕も真っ二つにされたか。などと思いつつ、刃物の扱いに慣れていない様子なので、まずはそこから教えてあげる事にした。
包丁を握る手にはまだまだ力が入っていたので、その上から手を乗せる。
「!?!?」
「ほら、もっと力を抜いて。爪が白くなるまで握っているよ」
あれ、おかしいな。さらに力が込められてゆくぞ。
握り方を教えようと指に触れ、肩の力を抜いてもらうはずが逆にブルブルと震えだす。
うん、刃物を持って震えるのは普通に怖いからね。
「シャーリー、どうしたの? ほら、肩の力を抜いてごらん」
横を見ると、思い切り顔を逸らされていた。
すーはーと深呼吸をしている様子なので、とりあえずじっと待つ。するとようやく落ち着いたらしく、指の力も抜けてくれた。
「? それじゃあ、筋を切ろうか。こうすると揚げたときも形が崩れないから。実はね、見た目も味にとって重要なんだよ。目で楽しみ、舌で味わうというのが料理だからね」
そう言いながら背後から手を回し、片方の手はシャーリーの包丁を、もう片方は鶏肉を持つ。
「!?!?!?!」
「鶏肉の筋はここだよ。少しだけ固いところ……って、本当にどうしたの?」
身悶えるよう彼女は仰け反り、とすとすと足踏みを繰り返す。ちょっと待ってくださいと悲鳴じみた顔を向けられ、怪訝に思いながら身を離した。
「教え方が分かりづらかったかな。包丁を持つ手は……」
――ちょっと、待ってて、ください!
そのようなジェスチャーを全力でされ、ぎこちなく僕は頷く。幽霊にしてはやや早足で、そのまま勝手口から外へ出てしまった。
残された僕と鶏肉はというと、ぽかんとした顔で5分ほど待たされることになった。
しばらくして、先ほどより落ち着いた顔のシャーリーが戻ってきた。きりっとした表情には水滴が残っているし、顔でも洗って来たのだろう。
「そうか、シャーリーは刃物が苦手なんだね。ゆっくり慣れていけば良いから、焦らないことだよ」
微妙に小首をかしげつつ、彼女は包丁を受け取ってくれた。
たびたび深呼吸を繰り返しながら、鶏肉の調理は進んでゆく。筋を切り、軽く叩き、塩胡椒の調味料を馴染ませる。
この砂国では塩は高価な品だけど、日本から安く大量に仕入れられる。他に売りつけるつもりは無いのだし、これくらいなら商人から目をつけられたりはしないだろう。
「あとはニンニクや生姜、お酒と醤油に漬けて、しばらく置いたら下ごしらえは完成だ。羽むしりと捌いた後なら調理も簡単だよね」
あっけなく終わった下ごしらえに、こくんと彼女も頷いてくれる。その彼女へ、隣にあったものを指差した。
「そして、これが30分ほど漬け込んだ後のもの。では先生、本日はこちらを使って揚げてゆきましょう」
ええっ!?と彼女の瞳は丸くなり、その表情が面白くて僕は笑ってしまった。いま作ろうとしていたのは、メイドとして働いてくれているダイヤモンド隊へ振舞う為のものだったからね。
ちょうど良い。後の手順をシャーリーに覚えてもらい、皆にも楽しんでもらうとしよう。
鉄製の鍋では油がぷつぷつと気泡をあげ始めている。これは漁村からいただいたもので、クジラのような大型の魚から取れるらしい。
じゅわあ!と鳥肉の揚がる音に、洋間は美味しそうな香りに包まれた。
だいぶ揚げ終えてきたころ、勝手口は開かれて青年が姿を現す。清潔そうな黒髪をしており、背後にいる少女とは夫婦の仲にある一条夫妻だ。
その彼は満面の笑みをこちらへ向けてきた。
「いや驚いた。常温で保存が出来るなんて実にファンタジーだね!」
「トオル先輩、はしゃぎすぎです。食材を見て笑い出すなんて、男性としてどうなのですか?」
あれ、山のような食材を見ると嬉しくて笑わない?
ちなみに倉庫はウリドラの技によって常温保存できるため、かなり重宝しているよ。
持つべき友は、未来のネコ型……じゃなくて魔導竜様だなと痛感させられる。
どさりと野菜の入ったカゴを隣に置き、色艶を眺めながら二人は水で洗い始める。
「田舎から送られる食材を、よく余らせているんだ。私たちは二人暮らしだからね。もし良かったらここに運ばせてくれないか?」
「あ、それは勿論! 僕らとしても大助かりです」
確か北海道の出身と言っていたかな。
以前にご馳走になった豚肉は上等だったし、あれを調理できるのはきっと楽しいだろう。
それとどうやらトオルさんは料理も達者らしい。
男子厨房に入るべからずという言葉はあるが、シェフなどは往々にして男性が多くを占めている。それはたぶん、女性らを楽しませたいという性格から来ているのではと思う。
そう考えていると、なぜか青年の顔は曇った。
「私も遊びに来たいんだが、仕事がなぁ……」
「ちょうど良い機会です、トオルさんは残業をしないようにもっと頑張ってください。仕事の管理が出来てこそ一人前なんですよ」
どすんと腰を当てる夫妻の様子に、僕とシャーリーはくすりと笑う。この夢の世界へ招くのは少しだけ不安だったけれど、楽しんでくれて、仲良くしている様子へ安堵する。
夢の世界へ訪れるなど、きっと驚くような体験だと思う。
だけどエルフさんたちが日本へやって来たときのように、現実としてそこにあれば受け入れてしまうものらしい。楽しい場所ならば尚更だ。
揚げ終えた鶏肉にネギ入りの甘酢ソースをかけると、室内には食欲をそそる香りが溢れる。
匂いに耐え切れないよう皆もやって来るので配膳は楽ちんだ。鶏肉と香草入り野菜、ご飯と味噌汁がテーブルへと乗せられてゆく。
薄紫色の瞳を向けてきたのは、僕の恋人であるマリアーベルだ。形の良い鼻をクンクンとさせ、堪らなそうな顔を見せた。
「うあーーん、美味しそう! お疲れさま、一廣さん、シャーリー」
「いやいや、手伝ってもらえて楽だったよ。シャーリーも料理にはだいぶ慣れたかな?」
エプロンを外しながら、彼女は複雑そうな顔を向けてきた。まるで包丁くらいは扱えるんですよ、と言いたげに。
香りに包まれているせいか、良い感じにエルフさんの表情も緩んでいる。浴衣姿のマリーは、機嫌よさそうな足取りで料理を運ぶ。
「私もよく料理を教わっているのよ。一廣さんは変なところで細かいから大変だったでしょう?」
あれぇ、どうして「大変でした」と頷くのかな。てっきり「とても楽しかったです」と言ってくれると信じていたのに。
ガンと殴られたような顔がおかしかったらしい。エルフさんから口を大きく開けて笑われてしまった。
さて、本日の夕飯もとい僕らの朝食は、鶏唐揚げのネギ甘酢ソースかけというものだ。熱くても冷えても美味しくて、酒にも白飯にもとても合う。
噛めばサクリと衣は弾け、染み染みの鶏唐揚げからじゅわりと味が出てくる。
やや脂っこく、しかしさっぱりとした甘酢が味を引き締めているので飽きが来ない。
僕とマリー、そして一条夫妻はもうすぐ日本へ帰るのでアルコールを控えているけれど、他の者たちは杯を傾けてゆく。
ごっごっと音を立て、麦酒を飲み干してゆくのは実に羨ましい。
「ンはーーっ! ンまいっ! やはり唐揚げこそ至高じゃなあ!」
「ちなみにツナマヨとどっちが上なの?」
その一言で、ぎしりとウリドラは強張る。
目を見開き、箸の先にある唐揚げを見つめているのは、きっと頭の中で料理たちが戦っているのだろう。
やがて決着はついたらしく、綺麗な笑みをこちらへ向けてきた。
「どちらも美味い。両方喰いたい」
うん、実に贅沢な魔導竜だね。
美味しいものは笑いを誘い、館主である魔導竜ウリドラも酒をあおりつつご機嫌な表情を見せる。その彼女は一同をぐるりと見回し、もったいぶるよう口を開いた。
「では、わしの映像化魔術を使い、ここアリライの状況を特別に教えてやろう」
背後にある黒い物体が、ヴンと音を立てて起動する。
どう見ても液晶テレビだけど、恐らく中身はまるで別物だろう。
陽もとっぷりと沈んだころ、魔族らの群れがそこへ映し出された。




