【番外編】エルフと竜とバレンタイン②
さて、待ち望んだ試食タイムがやって来た。
真ん丸に形を整えたトリュフには、上から細かいココアの粉を乗せている。ほんの少しだけボコボコとしており、それもまた手作りの味だと思う。
見上げると「どうぞ召し上がれ」とエルフから示された。
喫茶店と同じようにミルクティーを用意しているが、これは砂国アリライから逆輸入をしたという逸品だ。
花のように香り高く、牛乳で割るとマイルドな風味を楽しめる。このような菓子には、恐らくぴったり合うだろう。
「うむ! ではいただこう!」
「いただきまーーす!」
ぱくり、と食す。
ココアの粉を舌先は感じ、そして噛むまでもなくチョコレートは溶ける。しっとりとしたなめらかさ、しつこくない上品な甘さ。それらは茶でさらに溶け、ひとくちで濃厚な甘さが喉を通り抜ける。
「んんーーーーっ!」
「ンははっ! 美味い! これは良いのう。昼間に食したような、後を引く甘さじゃ」
まさしくその通りだと思う。
普段であれば幾つも食べれないが、上質な茶と仲の良い友人がいれば一つ二つと口のなかへ消えてゆく。高級品には手を出せなかったが、こちらの舌触りのなめらかさも好きだと二人は感じた。
――問題はここからだ。
いま少女はお風呂に入っている。
その間、普段はあまり読まない小説をウリドラは楽しんでいた。
文字を読むというただそれだけで、頭の中には物語が広がる。単語を目で追ううちに、気がつけば空想の世界を思い描けるというのは面白い。
時折、冷蔵庫に足を運んでトリュフを手にし、またテーブルへ戻る。
しかし、しかしだ。もう一度、冷蔵庫を開くとそこには5つしか残されていなかった。
何か嫌な予感がし、そーっとウリドラは振り返る。テーブルの上には北瀬のために用意した箱があり、6つほど入る大きさがあった。
「ふむ、参ったのう。食べ過ぎてしもうたか。しかし並の者であれば慌てふためくが、わしは違うぞ」
ではどうするのかと言うと、当たり前のようにトリュフをつまみ、そのまま口へ放り込む。モゴモゴと食しつつ、ウリドラは指先を卓上へ向けた。
粒子のように何かが撒かれ、それが何かの形へ変わる。チョコを舐め、程よい甘さを堪能しきった頃、そこには四角い箱が出来上がっていた。
「ふ、ふ、4つ入りの箱にすれば良いまでの事じゃ。魔導竜たるわしは、この程度で慌てたりはせぬ」
どうやら己の食い意地が張っているのは認めないらしい。
包装はより趣味の良い物へ変わり、高級感も増したように思う。良い仕事をし、鼻歌混じりでまた小説の世界へと戻る。
今まで小説には手を伸ばさなかった。それは映画や漫画のように分かりやすく無いからだ。しかし読んでみると分かるが、これも娯楽なのだと理解をする。
「ふーむ、盛り上がって来たのう」
そう漏らし、またトリュフの甘さを楽しむ。
ん、甘さを楽しむ?
そろそろと視線をそちらへ向けると、そこには半分ほど齧りかけのチョコレートがあり、愕然とする。
背景にドドドという効果音が聞こえるほどウリドラは狼狽した。それはたぶん、最近ハマっている漫画のせいだ。
「待て、いつわしはこのトリュフを手に取った。まさか、無意識に食べるほど魅了されたと言うのかあーーッ!」
顔を劇画調にして訴えても、他に犯人などいやしない。ふうと諦めの息をひとつ吐き、今度は頭を抱えて悩み出す。
そして何か良いことを考えついたのか、ぱっと顔を上げた。
「ふむ、4という数は日本では縁起が悪いと聞く。確か『死』を連想するとかどうとか」
ならば善意の元に食したという言い訳も立つ……立つのか? いや、ウンウン頷いているし、本人は納得の表情だ。
しかしそんな思惑など、絶句をして立ち尽くすエルフを見ては、あっさりと揺らいでしまうだろう。
すまああーーん!!という懺悔が部屋に響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会社勤務を終えた僕は、コート姿で家にたどり着いた。2月の半ばとはいえ風はまだ冷たく、こんな日はエルフさんのお出迎えが楽しみだと思う。
鍵を取り出すのももどかしく、はやる気持ちを抑えて扉を静かに開いた。
しかし部屋の中ではウリドラが狼狽するようウロウロしており、肝心のエルフさんはベッドに突っ伏しているという……どういう状況なのかな。
振り返るウリドラは「助けてくれ」と「帰ってきてしまったか」という表情を混ぜこぜにしており、やはり何だかよく分からない。
ゆっくり首を傾げると、魔導竜は透明な涙をぽろぽろと流してしまった。
ははは、と大きな声で笑った。
夕食を終え、今日はどんな日を過ごしたのかと聞いてみたところ、やはり彼女達らしい一日だったのだ。
申し訳なさそうに居心地悪くするウリドラと、悲しくて泣いてしまったのか目元を赤くしたマリー。どちらも瞳をこちらへ向けている。
しばし悩み、僕はすぐ下を見ることにした。そこには3つしかトリュフの入っていない箱があり、くすりと笑ってからそれを摘んだ。
「うん、とても美味しい。マリーはいつの間にかお菓子作りも上手になったね。これならウリドラが食べてしまった気持ちも分かるなぁ」
エルフさんの手作りチョコは最初だけほろ苦く、溶けるとすぐに甘さを楽しめる物だった。
舌触りは滑らかで、市販の物よりずっと美味しい。きっと丁寧に時間をかけて作ってくれたのだろう。
だから叱るというのは、まったくの筋違いだ。
「ありがとう、マリアーベル。ちゃんとしたものを女性から貰ったのは初めてで、眠そうに見えるかもしれないけど、実はとても喜んでいるんだよ」
目を線になるよう横に引っ張ると、くすりとマリーから笑われた。眠そうであっても、長いことずっと一緒にいる仲だ。僕の感情なんてお見通しだろう。
「ふふ、エルフである私から言わせると、人間は見る目が無さすぎるわ。でも問題なのは、あなたがまったくアピールしない事よ」
あれ、どうして本命チョコを貰えなかった事で叱られているのかな。大体バレンタインデー間近にアピールをしていたら、かなり痛い人に見られると思うんだけど。
そう不思議に思っていると、調子を取り戻したらしいウリドラから囁かれる。
「ふ、ふ、雌というのは複雑なのじゃ。誰も買わないチョコよりも、行列の出来ている方が美味しそうだと思う。とびきり美味しいものをエルフは見つけ出したというのに、のう」
そうよと同意するマリーの声は聞き取れないほど小さくて、そちらを見るとそっぽを向いていた。
長耳は赤く染まり、湯気でも出そうな様子にこちらまで気恥ずかしい思いをする。
やあ、これはチョコよりも甘いかもしれないぞ。縁のないイベントだったけど、世の中のカップルたちは毎年のようにこんな思いをしているのか。
マリーとウリドラの仲も、普段とまったく同じ風に戻ってくれた。となれば話題をそろそろ変えるべきだ。でないと3粒しか無いのに太ってしまう。
「バレンタインデーといえば面白い話があってね。二人とも聞いてみたいかい?」
そう言いながら、こっそりと鞄を手に取る。マリーとウリドラから続きを求められたので、鷹揚に頷いてから口を開くことにした。
「バレンタインというのは元々、女性から贈るという決まりは無いらしい。ところで、さっき聞いた高級チョコレートだけど、金と黒の箱というのを僕も見たことがあってね。これと同じか教えてくれないかな」
そう言い、しばらく前に買っておいた物を二人へ見せる。すぐに「きゃああ」と悲鳴じみた歓声に包まれて、僕の方が目を丸くしてしまったよ。
女性は甘いものが好きらしいけど、夢の世界から来た彼女らも例外では無かったようで喜ばしい。
あとはそう、ホワイトデーについて教えるべきか。これは貰った分を倍返しするイベントと認識されており、もちろんウリドラにはマイナスした後の甘菓子をあげるつもり……だったけど、喜ぶ顔を見て、ついにそれは伝えられなかった。
まあ良いか。甘い思いをさせてくれたのだ。もしも当日までに同じような失敗をしたら切り出すとしよう。
そう思いながらチョコレートに合う紅茶を淹れるべく、いそいそと僕らは立ち上がる。
よほど懲りたのかウリドラはそこまで食べず、残りはお裾分けとして夢の世界へと持ち帰った。




