【番外編】シャーリーと過ごす時間②
先行する者たちが、たくさんの敵を倒していたのだろうか。幾体かの魔物を屠ったが、それらは傷ついた者たちだった。
地下へ地下へと伸びる階段は、死へ誘う雰囲気を生み出している。足音は硬質で、それは遠くまで響いて反響をする。
どこまでの広さがあるのだろう。
そう思いながら真っ暗な空間を見上げる。
ふとそれに気づき、立ち止まった僕はランタンの明かりを消した。
すると周囲の闇は変化していたことへ気づく。藍色に壁は染まり、見上げれば所々にある照明がそれを生み出していた。
あんぐりと口をあけ、同じように見上げているシャーリーへ囁きかける。
「明かりは要らなかったんだね。闇に慣れれば見通せる造りだなんて分からなかったよ」
聞こえているのかいないのか。僕の肩を掴んだまま彼女は動かない。視線を上へ追ってゆくとシャーリーの白い喉、そしてとがった顎先だけが見えた。
はあ、と熱っぽい息を吐く様子に、ようやく楽しんでくれていると分かり、こちらも笑みをこぼす。
大穴を開けたこの迷宮は、他に無い景色を楽しめる。
地下へ地下へと続く道を歩いていると、蛍光色のクラゲのようなものが漂い始める。彼らとのレベル差はかなりあるので、まず襲われはしないだろう。すると特等席で幻想的な光景を楽しめるわけだ。
すっかりとシャーリーは地下世界に魅入られており、それを眺めている僕もまた良い思いをしている。可愛い女性が喜んでくれる姿というのは、とても気持ちのよいものだ。
このヤグドリスの迷宮は、古代迷宮とどこか雰囲気も異なる。あちこちに死の匂いを見せているけれど、景色を楽しむために作られた気配もある。
「綺麗だね。きっとここに住んでいた人は快適だったんじゃないかな」
誰も住んでいないというのに、そんな言葉を漏らす。
ただの迷宮のはずなのに、ようやくこちらを見下ろしてきたシャーリーも大きく頷いてくれた。
やあ、その笑顔を見れたなら、この迷宮に来て良かったなと思えるよ。目的はもちろん「珍しいスライム」を探すことだけど、もし見つからなくても平気な気がする。
と、そのとき遠くから何かの音が聞こえてきた。
金属質な音は連続的に響き、恐らくは戦闘によるものだろうと分かる。
かすかに響いてくる悲鳴。それを聞いて、僕はシャーリーへ問いかけた。
「誰かが襲われているみたいだ。助けに行っても平気かい?」
彼女は悩むよう小首をかしげ、それから懐から仮面を取り出すと青空色の瞳を隠した。色彩はより濃くなり、幽霊とは思えない姿に変えたのは「構いません」という意味だろう。
求められるまま手を取り、腰を支え、はるか地下への通路を目指して僕は転移を行使する。
かなりの高さだというのに彼女は怖い思いをしていないのか、ぎゅうと首筋に抱きついたまま身動きもしなかった。
上下に揺れる楽しげな爪先を眺めながら、何度かの転移をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぎゃあ、と悲鳴をあげ、その屈強な男は倒れた。
まだ死んではいないが、地の底へ引きずり込もうと黒い腕たちに掴まれている。後は放っておくだけで、魂は丸ごと引きずり出されてしまうだろう。
身体から出てくる白いもやは、彼の魂と呼ぶべきものだ。それを美味い美味いと死霊たちは喰い、彼の同僚たちは絶望に近しい悲鳴を漏らす。やめろと剣を振り回すが、もうとっくに手遅れだ。
今まで隊を支え続けていた者は行動不能となり、これで総崩れになるだろう。そう思い、影に隠れていた男は暗い笑みをこぼした。
「ああ、順調だ。俺の死霊兵が出来上がってゆく。この迷宮なら、装備を整えた死霊兵を容易く生み出せる」
そう漏らし、ローブの懐にあった赤水晶を覗き込む。
彼らの魂は、この水晶へ取り込まれてゆく。国に保管されていた宝具【血だまりの水晶】を盗みだし、ついに本来の力を解放する時が来た。
きらきらと光る宝石を見るようにうっとりと眺め、もっと欲しいと彼らへ向ける。
優位な状況に、少しばかり油断していたらしい。
場の支配者である彼に気づいた者が、上空から飛来してくる。
双剣を振りかざす頭上からの一閃に、ローブの男は寸でのところで転げて逃げた。
老人の双剣使いからは格上と分かる気配がある。しかし男はぬめつくような笑みを崩さなかった。
「ヒヒ、勘の良い奴だ。俺を見つけるとはなあ」
「貴様か、迷宮に隠れている死霊使いは。その首、私が貰い受ける」
びしりと得物を向けられたが、震える剣先に怪訝な表情を浮かべる。ようやく老人は気づいたらしい。血管は黒く染まり、痺れに似たものが全身を包んでいることに。
かはっ、と堪えきれないようローブの男は嘲笑した。
「バーーカ! とっくに噛まれてんだよ、お前は! さっさと俺の死霊兵に成り下がれ、雑魚どもが!」
「き、さま……ッ!」
痺れはより強くなり、男は土下座をするよう這いつくばってゆく。
もう終わりだと他の者も悟ったようだ。わあわあ騒ぎ、中には股間を濡らす者もいる。死の間際ともなると、滑稽な姿で彼を楽しませてくれる。
それがおかしくて、楽しくて、男は身をよじらせて笑う。
「ははは、ハハハハハーーーッ!」
これは終わりの始まりだ。
鎧や武器、魔術を操る者たちを使役できるようになれば、次はいよいよ外へ出る時だろう。順に村を襲って死霊の数を増やし、最後は国を滅ぼしてくれる。それが忌み子として追い払われたかつての王子、死霊使いの望む全てだった。
朽ち果てる世界を思い浮かべ、うっとりとしていた時だ。視界の端におかしな者が現れた。
「なんだ……少年と女? ずいぶん変わった奴らだが――」
まるで散歩をしに来たような軽装で、のほほんとした表情は場違いだと思える。
しかし、興味を引くのは少年の手にした武器だろう。値打ちのある品だと分かり、思わず舌なめずりをする。
そして女性はというと、変わった仮面に顔を隠してはいるが、さぞ綺麗な顔をしているだろうと分かる雰囲気があった。
「ちょうど良い、あいつらを最後の死霊兵に加えてやる。女は……そうだな、俺の部下として小間使いをさせてやろう」
ちょうど良い。向こうから近づいてくる。きっと正義心が強く、悲惨な状況だと分からない馬鹿なのだろう。
そう男は考え、死の領域に入り込むまで手を出さない事に決めた。
死霊使いの揃えた兵は、数にして百体を優に超える。膨大な数であり、常人には決して操れない。しかし手にした宝具があれば話は変わる。
集合体への命令を一度で済ませ、術者の腕次第ではより複雑な動きもできる。
――よおし、いまだ!
その宝具を向けた瞬間、周囲は土壁のように盛り上がる。
恐るべき質量ではあるが、これは全て死者の肉体であり魂だ。かつて迷宮で命を散らした者、彼により殺された者達はこうして不死の軍団となって蘇った。
その死者たちが、わっと逃げ出した。
蜘蛛の子を散らすよう、怯えるあまり両手を前に突き出した恰好で。
「…………は?」
それを見た死霊使いは、笑顔のまま凍りつく。
ぱちぱちと瞬きを繰り返しても光景は変わらない。数ヶ月かけて生み出した死霊兵たちは、ざーっと波が引くかのように逃げてゆくのだ。
後に残されたのは耳が痛くなるほどの静寂であり、何と言うか……もう何を言えば良いかも分からない。
「え? なに? なんで?」
宝具の使役記録には「~が離脱しました」という文字で埋め尽くされており、それがまた混乱を誘う。ぽっかりとした広場が生まれ、そこに居るのは先ほど倒しかけたパーティー、そして少年と女性きりだった。
彼らも不思議そうに周囲を見回し、のん気に会話をし始める様子だが――死霊使いの男はぎょっとした。あの仮面をした女が、こちらを真っ直ぐに見つめていたのだ。
身体は細く、薄地のドレスへ明るい金髪を絡ませている。先ほどは気づかなかったが、他と異なる雰囲気を持っていた。
他のものには決して気づかれない、しかし彼であれば気づける。
「違う、あの女は死霊だ! 奴を強制使役しろ【血だまりの水晶】………ああっぢいいいッ!」
命じた瞬間、無理だよバカ!と叫ぶように、宝具は灼熱色となって男の手を焼いた。
このまますぐに御用となり、彼の壮大な野望はすぐに消えた。
転がってゆく赤水晶。
それを拾い上げたのは、眠そうな顔をした少年だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
指につまんで覗き込むと、気のせいか赤色は血のようにゆらめいて見える。見た目よりずっと重く、古い品だろうに傷ひとつとして無い。
良く分からないけど、先ほど赤い水晶を拾った。周囲の人達にも聞いたけど、誰も知らないそうだ。ひょっとしたら、あの昏倒した死霊使いの物だったかもしれない。
しげしげと覗き込むシャーリーは、先ほどと同じ半透明の姿へと戻っている。
その彼女へ笑いかけた。
「シャーリーも宝石に興味があるんだね。拾い物だけど、良かったらどうぞ」
いいの?と言いたげな瞳を返され、もちろんだよと頷く。
これを頂いたのは、彼らを治療したシャーリーのおかげでもある。死霊になりつつある状況で、生と死を循環させる者が通りすがるだなんて凄い偶然だ。
幸運というのは女性が手に入れるべきだと思うし、そういう訳で彼女へと差し出した。
すると、ありがとうと微笑んでくれるので僕も良い気分になれる。
気恥ずかしさに周囲へ視線を向けると、辺りはより深い藍色へと変わっている。
最下層はそう遠くないかもしれない。そう思いつつ、シャーリーと魔物図鑑を覗き込みながら階段を降りて行った。




