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【番外編】シャーリーと過ごす時間①

 朝だというのに辺りは薄暗い。

 大樹の並ぶこの森は、傘のように葉を広げているせいで雑草は育ちにくい。それだけでなく落ちた実には毒があり、草を殺す役割もあるそうだ。

 草木にとっては堪らないだろうが、僕にとっては歩きやすく、朝の森林浴というものを楽しめる。


 まるで除草剤のようだ、などと思うが似たような話を日本でも聞いた気がする。

 どこで耳にしたかなと弱々しい草たちを眺めながら考える。前方には陽の光が見えており、すぐに森の切れ目に入るだろう。


 なかなか過去の話は思い出せず、森の外へと僕はたどり着く。

 身を包む太陽光。その清々しさに両腕をうんと伸ばし、大きく息を吐いてしまう。目前には開けた草花が広がっており、蜜を求める蝶たちも舞っていた。


 少しばかり僕の歩みは止まる。その中央から歌声が聞こえてきたからだ。

 空気を震わせる歌声はどこか懐かしい響きがあり、森を歩いた疲れを消し去ってくれる。


 時刻もちょうど良かったかもしれない。朝露が気化するこの時間は、とても濃い花の香りを撒き散らしてくれる。

 辺りに漂う甘い空気。それを感じながら、うっとりと歌声に聞き惚れた。


 その女性は日当たりの良い場所に座り、せっせと花輪を編みながら周囲に恵みを与えていた。あれがかつての階層主だとは、きっと誰も思うまい。


 と、こちらの気配に気づいたらしく青空色の瞳は見開かれ、そして歌は尻すぼみに途絶えてしまう。顔を赤くして口をつぐんでいるのは、実はとても恥ずかしがり屋なのだ。


「やあシャーリー、綺麗な歌声だったよ。それを聞けた僕は、とても幸運だったと思う」


 褒めたつもりなのに、恥ずかしさがここまで伝わるほど顔を赤くされる。

 その顔を覆うのは手ではなく、懐から取り出した仮面だった。幾つもの鎌をつけたような飾りをしており、どこか怖くてどこか可愛らしい。


 少しだけずらすと、青空色の瞳をちらりと覗かせる。

 鮮やかな瞳、やや半透明をした彼女は見ての通り人間ではない。古代から生き続けている存在であり、生と死を循環させる役割を持つらしい。

 かつては剣を交えた事もあるけれど、大きな幸運によりこうして一緒に遊ぶことを許されている。


 近づいてゆくと、彼女もゆっくり身を起こす。

 こちらの世界ではシャーリーの方が少しだけ背が高い。そして霊体という事もあって半透明だ。

 少年とお化けの組み合わせというのは変わっているかもしれない。しかし当人達にとっては普段通りであり、まるで気にならない。


 今日は楽な格好で過ごしたかったのか、薄いドレス生地は水中にいるようふんわりと漂う。とん、と一つ飛び、やはり体重を感じさせない動きで彼女はこちらへやって来た。

 その気になれば人と変わらぬ色彩にも成れるらしいけど、この姿のほうが楽だそうだ。


「少し待たせちゃったかな」


 ううん、とシャーリーは仮面から半分ほど顔を出し、首を横へ振る。明るい色をした金髪は揺れ、かすかな粒子を散らせた。

 それから彼女は思い出したように先程の小さな花輪を頭へ飾る。どこかで見たことある姿だな、と思ったらかつて女王として身につけていた冠に近しいのか。

 楽しげに笑う様子へ、心を洗われるような思いを僕はした。


「あ、そうだ、周囲に毒を撒いて草を殺すというのは桜の話だったか。いや、関係無いんだよ。さっき疑問に思った事なんだ」


 不思議なものを見るように小首を傾げられ、いつの間にやら用済みとなった仮面は仕舞われる。それから「あっち」と彼女は指を遠くへ向けてきた。

 シャーリーを見て「まるで桜の妖精ようだ」と僕は思い、先ほどは思い出したのだが――内緒にしておこう。口に出すのは少しばかり恥ずかしい。



 目指す先には小さな穴があり、地下迷宮の割には花に飾られた綺麗な入り口だった。

 後に聞いた話だけど、本来であれば周囲は荒れ地であり、この入口も地獄の釜の蓋を開いたような禍々しさがあったらしい。


 まあ、シャーリーの恵みを受けたのなら、このような姿に変わってしまうのは仕方ない。何と言っても元階層主様だし、多少なりとも幻想的になった所で誰も困りはしないだろう。


「じゃあ今日は約束通り、レアな魔物を図鑑に載せる冒険をしようか」


 そう声をかけると、頑張りますという意味か両手ガッツポーズを返される。

 先ほどの歌声が耳に残っていたのかもしれない。るんるんとご機嫌そうな音が響いている気がする。

 どこから聞こえるのかと周囲を見ると、すぐ横には青空色の瞳をした女性がおり、この朝日のように柔らかい微笑み返された。


 さて、それでは本日は元階層主様と迷宮デートをしましょうかね。

 そう伝えると、大人しいシャーリーにしては珍しく真珠のような歯を覗かせて笑ってくれた。




 油を入れたランタンに火を灯す。

 いつもエルフさんと一緒にいたので携帯型の光源を使うのは久しぶりだ、などと思いながら組み立てる。

 今日は魔術師ギルドへの報告があるらしくマリーは不在であり、残された僕らは小さな冒険をしにここへ来たのだ。


 古代にはこのような道具は無かったのか、ぽうと灯るランタンを不思議そうに覗きこまれる。ひび割れたガラスを通して明かりは四方に散り、周囲の闇は取り払われてゆく。


「へえ、噂通り複雑な迷宮だ。中央に大きな穴があって、下へ下へ伸びている」


 見れば穴を横へ貫くように橋や階段などがあり、地の底まで続くような雰囲気を感じ取れる。

 迷宮としての推奨レベルとしては中級者よりも少しだけ上。冒険者ギルドでは「事故多発により要注意」という記述があった事を思い出す。


 とはいえ僕らは特殊だからね。お互い死んで平気という変わった身なので、そのような注意事項なんて意味もない。もちろん攻略情報のような野暮なものも見ない。

 名を「ヤグドリスの迷宮」と言い、未だに攻略を終えていない珍しい場所だ。


 ふわりと浮かぶシャーリーと共に階段を下る。

 石を踏む靴音が反響し、暖かいランプの光に石壁は包まれていた。


 ピーピーという笛に似た音は、この立体的な構造物を風が通り抜けてゆく音。

 それを珍しそうに眺めるシャーリーは、いつの間にか僕の肩を掴んでいた。彼女いわく、運んでくれるおかげで周囲の景色をゆっくりと楽しめるそうだ。

 だいぶ前からこの肩を気に入っているらしく、こちらとしても重みなどまったく無いので困らない。


 というよりも、すぐそばで大きな瞳をあちこちに向ける女性がいるので嬉しい思いをさせられる。気を良くした僕は、好奇心の強い幽霊へ昔話をすることにした。


「この迷宮には面白い話があってね。縦長の構造だけど、上と下、どちらが起源なのか未だに分かっていないらしい」


 きょとんと青空色の瞳を丸くされた。

 少し意味ありげな言い方だったかな。

 普通の迷宮だったら、地上から地下へと伸びてゆくものだ。しかしこの迷宮を階層ごとに調べてみると、地下に向かうほど古くなるという論文がある。


「学者が言うには、この迷宮が出来上がるまで百年を要したらしい。そして下に向かうほど調度品などの文化が異なってゆくそうだ」


 通常であれば、上のものほど古い文化をしている。しかしこの迷宮は逆であり、その理由について多くの者が知りたがる。地下から生まれた迷宮というのは、なかなか珍しい話だからだ。

 こちらのシャーリー嬢も同じように好奇心を駆り立てられたらしく、瞳は輝きに満ちてゆく。


「ふふ、楽しみになってくれたなら嬉しいよ。僕としては迷宮の遊び方を知って欲しいからね。敵を倒すだけでは浪漫の意味で勿体無いと思うかな」


 こくこく彼女からも頷かれる。

 靴音を響かせて、僕らはゆっくり下へと向かう。周囲の闇は一層濃さを増し、人によっては押しつぶされそうな圧迫感を覚えると思う。

 しかし僕らはというと、苔むした彫刻や穴のあいた絵画を眺め、恐らく当時は華やかであっただろう雰囲気を感じ取り、楽しみながら進んでいた。


 ここまで寂れるとお化け屋敷のようだけど、横を見れば地の底まで続く穴があり、当時の建築文化まで知ることが出来る。好奇心を刺激された僕としては堪らないものがある。


 ひょっとしたら僕は迷宮マニアなのかもしれない。世の中には工業地帯マニアとかもいるのだし、別におかしな事では無いだろうけど。

 でも実際に本物の迷宮を目にしたら、誰であろうと喜ぶとは思う。周囲にあるのはただの壁ではなく、様々な装飾をしているのだ。掘った者の息吹を感じ取り、時代の流れというものを知ることが出来る。これならばお金を払ってでも見る価値はあるだろう。


「それで、噂によると珍しいスライムが生息しているらしいよ。体積を自在に変え、半透明でありながら色を変え、攻撃方法も不規則に変化をする。きっとシャーリーのご要望通りの魔物だと思うけど、どう思う?」


 埃だらけの手すりに触れながら振り返ると、やや複雑そうな顔を返された。両手を動かして丸を作り、これくらいが良いのですと言いたげにシャーリーは唇を動かす。


 あれ、ひょっとして普通のスライムで良かったの?

 僕らが主に活動している古代迷宮には、残念ながらスライム状の魔物はいない。時間もあるのだし、ならばとびきり珍しいスライムを……と思っていたけど僕は失敗したらしい。


 ちなみに図鑑というのは彼女の保有する技能スキルのようなもので、倒した魔物を収納することが出来る。だから僕らは魔物図鑑などと呼んでおり、そして最近になるとシャーリーは収集癖を表すようになった。


 ある意味でカード収集と似たようなものかもしれない。

 種類が増えると嬉しくなり、隙間があると埋めたがる。それで何が出来るかと問われると、仲間にして遊んだり、代わりに戦ってもらうことも……って、ほとんどカードゲームだね。


「まあ普通の奴ならいつでも見つけられるし、今日のところは珍しいスライムを探さない? お弁当もあるから、遺跡を眺めながらの食事も楽しいと思うよ」


 そうお願いをしてみると、宙に漂う彼女は「もちろんです」と言いたげな笑みを返してくれた。どうやらとっくに迷宮探索を楽しんでいるらしく、ほっと胸を撫で下ろす。


「なら良かったよ。僕としても楽しんで欲しいから――うん? 足跡があるな……」


 言葉の途中で僕はランタンを地面へ向ける。

 そこには複数の足跡があり、埃の積もり具合からしてごく最近のものだと分かる。どうやら同業者が先に攻略をしているらしい。


「まあ邪魔をする気は無いし、お宝に興味も無い。きっと喧嘩にはならないよ」


 そう伝えたけれど、人慣れをしていないシャーリーは少しばかり不安そうな顔をした。彼女自身が人ではないせいだろうけど、二人きりの時間を邪魔されたように感じたのだと思う。


 とはいえ広大な迷宮だ。出会うことなんてきっと稀だろう。そう安心をするよう話しかけながら、僕らは地下への階段を下りてゆく。


 ヤグドリスの迷宮は、聞いていた噂とはまるで異なり、多様な建築で僕らを楽しませてくれた。

 きっと作り上げた者も、楽しみながら造り上げた場所なのだろう。


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