【番外編】エルフと竜とプラモデル②
だいぶ暖かくなってきた時刻、部屋の鍵を閉めると二人はすぐに歩き出す。
エルフと竜というおかしな組み合わせだけど、当人たちにとってはまるで普通のこと。姉妹か何かのように、エレベーターのボタンを押すだけで竜はちょっとだけ……いやだいぶ楽しそうな顔をした。
「くー、猫の時はボタンを押せぬからな。これでだいぶスッキリしたぞ」
「テレビのリモコンなら押しているじゃない。いつも思うけれど、時代劇ばかり見てる黒猫なんて少し変よ」
「うむ、あれは実に良い。殺陣とやらの組み方で監督としての技量も分かって……おっと、来た来た」
エレベーターに乗り、ゆっくりと下へ向かう。時代劇の良さについてウリドラは一方的に語るが、エルフの興味を誘うことは出来なかったようだ。
そして扉が開かれると秋の空が待っていた。
陽は高いものの風があるためやや肌寒い。青空のなかには、ぽんぽんと吐き出した煙のような雲が広がり、思わず一緒に見上げてしまう。
はー、と息を吐き出す仕草もぴったりと同じだった。
「空気が澄んでいるせいか、空が高く感じられるわ。ねえ、この時期は収穫期でしょう。感謝祭などの催しを、広間でもしてみたらどうかしら?」
「ふーむ、リザードマン達だけが大はしゃぎをするのを容易に想像できるのう」
しかし感謝祭というのは魅力だ。美味しそうな香りをする屋台に囲まれて、酒を飲んで踊るのは楽しそうだとウリドラは考える。
「何かしら変化があるのも良い。節目を祝う行事というのは、日々が豊かになるとわしも知っておるからな」
ふとした提案だったけれど、彼女もどうやら乗り気のようだ。
毎年開かれる行事というのは、どこの世界でも行われている。無事に節目に辿り着いたことを祝い、そして豊かな時に感謝する。これまでの一年を振り返る機会があっても良いだろう、と二人は頷く。
人通りの少ない道を歩きながら、ほんの少しだけ有意義な会話を彼女たちは楽しむ。
「何が良いかしら。一般的なのは収穫祭や新年……あ、私たちの第二階層広間を生み出した日もそうね。皆で祝うのもおかしくないわ」
「確かにそれはわしらにとって一番身近な行事になりそうじゃ。ふむ、ふむ、そういえばわしらの屋敷に肝心のものが抜けている事に、たったいま気づいたぞ」
きょとり、と薄紫色の瞳は開かれた。
いつの間にやら足は商店街へ向いており、のんびりしているのかシャッターを開け始める店もちらほらと見かける。
この商店街は下町らしい趣を残しており、もう少し暖かくなれば猫たちも顔を見せるだろう。団子を手にしている時などは、封じ込められるよう囲まれるので注意が必要だ。
「何かしら、屋敷にとって肝心なものって。えーと、建物は出来上がったし、湖も整地を進めているわ。和風庭園だってほとんど出来上がっているのに、抜けているものなんてあるのかしら」
「もっともっと簡単なものだ。ふむ、ちょうど良い場所じゃな。この商店街でもたくさん見かける物じゃぞ」
んんーー?とエルフは小首をかしげる。
いったい何があるだろう。周囲には洋服店や喫茶店、それに子供向けの店などが連なっている。てっきり甘味処の話かと思ったが「たくさんある」と言うなら意味は異なる。
「うーん、いまも見えているのかしら?」
「勿論あるぞ。大量にあり過ぎて数えきれぬほどじゃ。最も大事にしていると言ってもおかしくない。さて、あと十秒じゃぞー」
きゃあとエルフは慌て、優等生らしく必死に悩む。
屋敷と商店街のイメージはまるで合わず、そのせいで目が曇ってしまう。
そのためマリーは「大事なもの」というヒントに焦点を合わす。そして古びた商店をじっと見上げているうち、あるものが目に入った。
「看板……お店の名前……分かったわ、答えは私たちの屋敷の名前ね!」
「ふ、ふ、当たりじゃ。屋敷の名前が決まらなければ、名も無き節目を祝うことになる。無論、シャーリーや北瀬も同席して決めなければならぬがな」
そう言いながら、一軒のお店をウリドラは指差した。
見上げてみると黄色いビニールには「田島模型店」と書かれており、マリーも口を開けて見上げる。
「そういえばダイヤモンド隊の屋敷は『黒薔薇の館』という名だったわね。そういう特徴のある名前なら覚えやすいわ」
てっきり「その通りじゃ」などの言葉が返ってくると思っていたが、一向にウリドラは返事をしない。不思議に思いながら視線を向けると、彼女はじぃっと何かを覗き込んでいた。
自動販売機のようだけど妙に小さい。見れば百円玉を入れる場所があり、回すようなハンドルを前方につけている。さらには透明な玉が中にぎっしり詰まっており――いわゆるカプセルトイであり、これが魔導竜の興味を引いたらしい。
彼女らは「一回だけやりたい」「駄目」という意思疎通を身振りで行い、むっすりとウリドラは美人な顔を台無しにする。
この日本においてはお金の管理者はマリーであり、いかに魔導竜であろうとも覆すことは出来ない……はずなのだが、そうは問屋が卸さないのがウリドラである。
「ふ、ふ、これも社会勉強というもので……」
「玩具を買ったら、そのぶんあなたのお菓子が減ってしまうけれど構わないわね?」
「………」
どうやら問屋を卸せない時もあるようだ。残念と思うけれど、甘い菓子と良く分からないカプセルトイなど比べるまでもない。
「うむ、やはり菓子を取るべきじゃな。それで、この店は何を扱っておる。紙の箱を大量に並べておるぞ?」
「分からないわ、一廣さんは興味が無いのか入ったことも無いもの」
そう答えながら覗き込むと、やや薄暗い店内には天井付近まで四角い箱を確かに積み上げていた。
もう半年も暮らしているのだし、大体のお店はどんな物を扱っているか分かる。しかしこの店はというと、いくら目を凝らしても良く分からない。
下町らしくどこか古臭い雰囲気。しかしカラフルな箱たちはどこか二人の興味を駆り立てる。
誘われるよう、ガラス戸をがらりと開いて竜とエルフは吸い込まれていった。
「ごめんくださ……うわ、すごい。箱だらけ!」
大小さまざまな箱が、壁や棚を埋め尽くしていた。どこかプラスチックと埃の混ざったような香り。見たこともない船、戦闘機、ずんぐりとしたロボットなどが箱に描かれており、しばし二人は息を飲む。
「いらっしゃ……い」
すぐに白髪を整えている老人から挨拶をされる。しかし彼は目を開くと、何か忘れ物があったのか店の奥へと引っ込んでしまう。
顔を見合わせて待っていると、彼は老眼鏡をつけ、古ぼけた本を手に戻ってきた。
「あー、アイきゃんと、スぴーく……」
「こんにちは、こちらではどんな商品を扱っているんですか?」
ぱち、ぱち、と老人は瞬きをし、それから用済みの本を端に置いた。表紙には「誰でも出来る英会話」と書かれているが、先ほどの会話からして役立っているとは思えない。
「あれ、びっくりした。お嬢さんは日本語が堪能だね。そちらさんも話せるのかい?」
「勿論じゃ。これでも半年ほど日本に住んでおるからな」
へえ、と彼は皺だらけの目を大きくさせ、それから近くにあったパイプ椅子を取り出して薦めてきた。店の奥にぽっかりと空間があったのは、ここでしばしば雑談をしているのかもしれない。促されるまま腰掛けると、まるで井戸端会議のように落ち着いた雰囲気をマリーらは感じ取った。
珍しい客を喜んでか、くぐもった声で老人は柔らかく笑う。
「ああ、そういえば耳にしたよ。このあたりで妖精のように可愛らしい子が歩いていたって。それはきっと、そちらの……」
「マリアーベルと申します、おじい様。こちらは友人のウリドラです」
頼りないパイプ椅子に気を取られながら、ウリドラも同じように微笑む。老人の雰囲気はとても落ち着いており、初めて訪れた店にしては暖かく感じられた。
「失礼、マリアーベルちゃんとウリドラちゃん。何やら絵本を見るように特別な雰囲気をしているね。こんな古びた店に訪れてくれて嬉しいよ」
老人の言葉に、くつくつとくすぐったそうにウリドラは笑った。きっと「ちゃん」を付けられたのが面白かったのだろう。妙齢な彼女ではあるけれど、まあ仕方ない。千年を生きているとは誰も思うまい。
ふと思い出したよう、老人の目は天井に向けられた。
「おっと、うちの扱っている商品についてだったね」
外国人さんなら知らないかと老人は呟き、近くにあった箱を手にする。
台の上へ乗せられたそれへ、薄紫色の瞳と黒曜石じみた瞳は覗きこむ。ゆっくりと開かれた中には、やはり何だか分からない不可思議な物が収められていた。
「なんです、これは? 隙間だらけの板?」
「ずいぶんと細かいのう。おまけに規則性もある。まるで部品か何かのようじゃが……繋がっておるぞ」
しげしげと覗き込むのが面白いのか、ふっと老人は息を吐く。それから皺だらけの目を細め、よっこいしょと立ち上がった。
「お茶を淹れるから、どんな物なのか想像してみたらどうかな。すぐに答えを聞くよりも、きっとその方が楽しい」
お構いなくという言葉にも、戸に手をかけながら「クイズの最中だよ」と言うように彼は笑みを深めたる。
思いがけず老人からクイズを出されてしまった。先ほどは楽しそうにしていたウリドラだけど、今回は回答者という役柄に変わっている。人間からの謎かけに答えられねば魔導竜としてはプライドに傷をつけかねない。
「ふーむ、隙間だらけの板は全部で6枚。色もそれぞれ異なるのう」
むすーと片方の眉を歪め、プラスチック状の板をつまむ。
人間というのは良く分からない物を生み出すもので、時には彼女の予想を超える場合もある。その代表格が今までは「料理」だったのだが、これは匂いも無ければ味も無い。
あの老人もどこか変わった雰囲気をしているし、ひょっとしたら人間に化かされているのでは、などとウリドラは思う。
と、マリーは瞳を真ん丸にして振り返ってきた。
何かを大発見したような表情で、ずいと箱をこちらへ向けてくる。見れば乗り物と思える古ぼけた写真が映っていた。
「たぶんこれじゃないかしら、正体は!」
うむー?とウリドラは反対側の眉も歪ませて、再びプラスチックの板を眺める。しかし写真とは似ても似つかない物体に、どうも彼女は納得できなかった。
物覚えの悪い生徒へ教えるように、マリーはそれぞれの部品を指差してゆく。
「ほら、この丸いところが写真とそっくりだわ。こことここを合わせたら……ね、どうかしら?」
「ふむ! そう言われてみると確かに!」
大きなヒントを見つけた所で、先ほどの老人は帰ってきた。がらがらと戸を開き、手にしたお盆から二人へと茶を渡してゆく。
「やはり賢いお嬢さんたちだね。これはプラモデルと言って、まだ組み立て前のものだ。手間暇かけてきちんと作れば……こういう風になる」
そして最後にテーブルへ置かれたものは、完成形と言えるものだった。海外製の大型二輪車だろうか。車に乗っているときも見かけたもので、ゴムのタイヤと精密なホイール、そしてどこか子供心をくすぐる魅力ある車体が二人の前の前にあった。
うわーー、と思わずエルフと竜は歓声をあげた。
立体パズルと言うべきか、部品を組み立てるとこのような精緻な玩具が出来上がるというのは二人にとって驚きだ。
単なるプラスチックだというのに塗装や削りによって息が吹き込まれ、まるで本物のような質感がある。
「おおーー、恰好良いのう! 前々から思うておったが、大型バイクというのは実に造形美に満ちておる!」
「ふふ、イタリア製のオートバイは、男らしさの中にもどこか品がある。昨今ではもう廃れつつあるが、私は夢があって良いと思うよ」
お茶を含み、訥々と老人は語る。
バイクや車、それに嗜好品まで人々は楽しむことを手放し始めている。昔より交通の便が良くなっただけでなく、きっとそれ以外の娯楽を楽しんでいるのだろう。
それを嘆くこともせず、老人はにこにこと笑いながら皿を置く。そこには焦げた木の実のようなものがあり「おあがりなさい」と手を差し伸べてきた。
銀杏というのは秋の風物詩だ。
マリアーベルが変な顔をしたように、とても独特な香りがする。硫黄に似た匂いのせいか猿どころかネズミさえ食さないらしい。
しかし騙されたと思い、緑色のつるんとした豆のようなものを食べてみると、意外にも奥深い味わいが待っている。
あら美味しい、とエルフと竜を瞳を丸くして見つめあう。その様子がおかしかったのか、また老人は嬉しそうに笑った。
「すぐそこに銀杏並木があったのを覚えているかな。この楽しみばかりは、時代に置いて行かれたりはしないよ」
もうひとつのヒントをもらったかもしれない。
風化するものとしないもの。それは人に密接であるかどうかで決まる。
きっとこれから屋敷の名前や催しものを考えるときに、彼の助言が役立つだろう。
笑う老人からは、どこか北瀬のような独特の安心感があった。
がらりと戸から出てくると、エルフは先ほどまで持っていなかった物を手にしていた。四角い箱には大きな戦車らしき写真が描かれており、それを両手で持ち上げる少女はお宝を見つけたような顔をする。
「わー、すごいものを買ってしまったわ! 無駄遣いにならないかしら」
「まさか、あれほど値引きしてくれたのじゃぞ。道具もいくつか借りておるし、実に良心的である」
「うん、うん、それじゃあこれから一緒に戦車を作りましょう!」
そう言い、頬を赤く染めているエルフは、実に可愛らしく老人の眼に映る。
古風なプラモデルというのも時代から置いて行かれているものだ。しかし老人はそんな二人の姿を見て、皺だらけの目を細めた。
ただ、海老で鯛を釣るという、商売人としての逞しさは健在だったが。
「ただいまー……って、あれ?」
きょろきょろ部屋を見回しても誰もいない。いや、お風呂場から明るい声が聞こえて来るから、きっと一緒に楽しんでいるに違いない。
声をかけてみると、すぐに「おかえりなさーい!」と元気な声が返って来た。楽しい1日を過ごせたのだと、その声を聞けば分かるというものだ。
ネクタイをゆるめて上着を脱ぐと、ふと見慣れぬものがある事に気付いた。
テーブルの上にはたくさんの銀杏。そして力作と思わしき戦車のプラモデル。
「……ん? 銀杏と戦車?」
それぞれを手に持ち、しばし僕の思考は止まる。予想だにしていなかったお土産は、ものの見事に正反対の代物だった。
ふふ、また変わった散歩を楽しんだものだね。
お風呂からあがったら、ゆっくり話を聞かせてもらおうかな。
そう思いながら僕は銀杏を手に取り、秋の香りを楽しんだ。
今夜は山菜と銀杏の炊き込みご飯というのも良いかもしれないぞ。もちろんビールは欠かせない。それが幻想世界に住む二人への礼儀だろう。
楽しみに思いながら、僕はスーツをハンガーにかけた。




