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第20話 ある猫の夜

 

 ある夜のことだ。


 猫族の子供は、住みかである穴ぐらへと帰った。

 月も見えない暗い夜ではあったが、彼にとっては昼間に等しい。それを示すよう、腰には丸々とした立派な鳥が吊るされていた。


 猫族は弱い種族だ。魔物と張り合うこともできず、さりとて人にも近づけない。だからこうして辺りを伺ってから、そっと藪に隠した洞穴へと戻る。もしも巣を見られたりなどしたら面倒なことになるからだ。


「おお、帰ったかミュイ。どれ、良い鳥だ」


 祖父の大きな手に頭を撫でられ、子供は嬉しそうに笑った。

 猫が立ち上がったにしては骨格は人に近しく、人に体毛が生えたにしては野性味が強すぎる。

 それに身体の軽さは狩りにおいて重要なので、成人しても人の子程度の小さなものだ。


 頭をこすりあい、うにゃうにゃと匂いを交換したあとに彼らは食事の支度をする。

 何も起きない平穏な日こそが大事なものであり、ずっと彼らが守り続けているものだ。

 しかし今夜、2人の日常は崩されてしまうだろう。



 ランタンの明かりに包まれていると、祖父は一つの石を取り出した。

 火が反射すると石は魅惑色に輝き、子供は「わあ」と声を漏らす。祖父は目を細め、しわがれた声でこの石について語り出す。


「どれ、眠る前に太古の話をしようか。これはな、代々伝わるワシらの話だ」


 宝石にしてはカットが整えられておらず、しかし角度によっては内側の一番奥まで透けて見える。祖父の言う太古の息吹を感じさせるものであり、ついつい小さな指で触れてしまう。

 すると、不思議なことに触れたところがわずかに光った。


「ほほ、ミュイは石に好かれる子だ。そう、ワシら一族はかつてウジャーピークで魔石と呼ばれるものを扱っていた。もう何百年も昔のことだ」

「魔石……?」


 祖父の声には苦いものが混ざり、つい見上げてしまう。

 指を動かして魔石の角度を変えると、洞窟の周囲へ青白い光が撒かれる。突如として星空のよう染め上げる様子に、ミュイは全身の毛を逆立たせるほど驚いた。


「……これはそのなかでも、とびっきりの魔石だぞ。そして、わしらの里を滅ぼしたものでもある」


 不穏な言葉に、つい子供は祖父にすり寄った。怖いとき、子供はいつもこうする。


「言い伝えによると、これを見つけたせいで怪物が目を覚ましたそうだ。祖先は蹴散らされ、安住の地を追われ、そして残されたわずかな魔石さえ人間どもから狙われた」


 あの厄災がなぜ起こったのかは分からない。

 ただ地中の奥深くに眠る魔石を見つけ、祖先は持ち帰ったのだという。



 そのようなおとぎ話は、寝床に入ってもなかなかミュイの頭からは離れなかった。


 祖先は確かに不運な目にあったろう。

 だがそれと同じような不運が彼らにもまた近づいていた。

 猫族の生き残りは目をつけられやすい。その希少さから売買に向いているし、中には魔力触媒の精製に適した者もいるからだ。このミュイのように。


 すぐに洞穴は炎に包まれた。

 野盗の一味は彼を追跡し、そして罠を仕掛けたのだ。

 いぶり出された猫族たちはあっけなく網に捕らえられ、魔石は野盗の物となり、年老いた祖父は始末をされた。


 それは、ほんの10分ほどの出来事だった。

 涙を流す間もなく、そしてミュイは鎖に繋がれた。




「……そうか、それは猫族にとって災難であったな。臆病な種族だ。さぞ怖い思いをしたろう」

「ええ、おまけに賊の住処がここでしたからね。たまたまあの石が怪物を呼べることを知ってしまい、そのせいで被害が多数出たのでしょう」


 ちょうど砂嵐をやり過ごした彼らは、衣服の中も外も砂にまみれている。ザクザクと砂を踏んで進む者たちは12名おり、いずれも治安を守る任についている者たちだ。

 先頭を進む2人は大人と子供の身長差はあるが、小さい方が今回の事件を解決し、さらには迷宮を発見したというのだから驚かされる。


「ですから約束通りあの猫族の庇護をお願いします」

「そう急かすな。庇護の話は迷宮が本物かこの目で確かめてからだ」


 もし地下迷宮の話が本物であれば、猫族であるミュイの立場は変わる。なにしろまた魔石が発掘できるとなれば、あのミュイと呼ばれる子の触媒精製は国にとって貴重な財産となる。


 しかし名も知らぬ少年からの報告だ。虚偽、あるいは見間違いではないのかと、男はまだ半信半疑の目をしている。突き放すようなその声に、少年は口の覆いを鼻まで持ち上げ、そして無言で歩き出す。

 どうやら少年はあまり人付き合いが得意な性分ではないらしい。


 まだ冒険者ギルドは手を出せない領域だ。新たな迷宮を発見したとなればまず国が動く。多大な益をもたらすか、はたまた厄災を生み出すかまだ分からないからだ。

 もしも益も厄災も一緒にあるならば、そのときようやく冒険者ギルドへと仕事が回る。


 あのミュイという猫族から事情を聞いたのは昨日のことだ。足の腱を断たれていた彼は、いまはエルフの少女と共にアリライ国で治療を受けている。

 可哀想だがしばらくは歩き回る事も出来ないだろう。




 びょうびょうと地の底から風が唸っている。


 オアシスの片隅にあるこの大穴は、水脈のそばでも浸水する事は決してない。

 陽に照らされても底は見えず、吹き上げる風には不思議と脈動を覚える。まるで太古に滅びたはずの文明が目覚めたかのようだ。


「まさか本当に……間違いない、これは地下迷宮だ!」

「いったい何年ぶりだ、このアリライ国で見つけたのは。しかも見ろ、入口の時点で高レベルな魔物がいるとは!」


 口々に彼らは驚きの声を漏らす。しかし彼らの興奮混じりな声を聞きながらも、少年は地面に膝をつけ、じっと砂地を見つめていた。そこにはいくつもの足跡があり、この迷宮へと向かっていたのだ。

 これはつまり……。


「賊たちめ、とうとう迷宮攻略に乗り出したか……」


 そう少年は呟いた。

 ただでさえ高難易度が予想されるというのに、賊からの対処も考えないといけない。そのような意味が少年の言葉には含まれている。


 どくどくと鳴る心臓は、まるで古代に奏でられた音楽のようだ。

 大穴の底を見下ろし、少年はわずかに微笑んだ。




 ―― 魔石の章 END ――


こちらで「魔石の章」は完結となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いですね。匪賊連中が魔物に生きたままムシャムシャされて「なんて高レベルの迷宮だ!」ってなる為だけの命。
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