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第192話 砂漠、そして第二階層広間

 びょうと風が鳴り、男は空を見上げた。

 雲ひとつない青空、それと空気を焼いたような熱風。たった一つの風でも吹けば、水分をあっという間に奪われて髪はカサカサに乾いてしまう。


 かつて炎のようだった髪は色あせ、それを後ろへ束ねている。長い年月は深い皺を生み、また存在感は刃のように鋭い。


 その男の背後には幾つもの黒煙が空に真っ直ぐ上っていた。あれはけがれた油を使って集落跡を焼いたもので、人が住むことは二度と出来ない。

 もともと砂国とは人の住める場所は少ないものであり、彼の率いる魔軍の進む先はやがて砂に埋もれてしまうだろう。


 いや、それが目的の戦争だ。

 二度と、この地で、人間が住めないようにする。


 そのような意思を表すよう唇を真横へ引き結んでいると、背後から騎馬が駆けてきた。奇妙なことに人は乗っておらず、竜を思わせる装甲をしていても砂地を軽々と駆けている。

 がぱりと口を開き、その歪な形にようやくそれが魔族なのだと分かった。


「ハイゾソカ=ベヒモス将軍、遠方より屠殺隊百二名の準備は整ったとの連絡でス。我らも灼熱の地への順応を終エましたので、いつでも進軍できまス」


 話しかけられた長身の男は、じっと太陽にさらされたまま動かない。黒革で顔の片方を覆い、静かに息を吸い、そして吐く。

 大昔に感じた匂いに、やがて男は乾ききった唇を開いた。


「かつての守人もりびとが、遂に消えた。それをあいつも願っていた――が、我らと挟撃する前に朽ちるとは、千年を生きた奴にしては勿体無い終わり方だ」

「…………」


 騎馬は頭を垂れ、じっと動かない。

 彼の言う守人とは、古代迷宮でアリライ兵らと戦っていた男を指す。

 倒された理由は分かっている。正式な戦争を始めるまでに時間をかけすぎ、駆けつけるのが大幅に遅れたせいだ。


 本来は宣戦布告を予定していたが、出国禁止令という下らない一手のみで崩されてしまった。もし強襲を選んだ場合、入国はできても出国はできない。決して後退の許されない戦い、それも補給物資の見込めない戦となってしまう。


 無論、そのような手があることは誰でも知っている。しかし、欲と自尊心の強いアリライ国の王族らは、発令をしないだろうと踏んでいた。


 なにしろ彼らは膨大な対価を差し出すハメになる。国の境目への干渉は双方の地神への捧げものが必要であり、よくもまあ確信も無く判断をしたと敵ながら思う。


「だが戦は正式に始まり、この地を取り戻す時は来た。手はず通り、あの跳ねっかえりの小僧を古代迷宮へ送れ。しかし――辿り着くその前に、内部に潜んでいる奴らにもそろそろ働いてもらうとしよう」


 はっきりとその口から、古代迷宮を攻略しているアリライ兵のなかに裏切り者がいると伝えられた。ゲドヴァー国の傀儡かいらいであり、さらには一人ではなく複数人だと。


 守人との挟撃は遂に成せなかったが、その代わりは用意してある。

 ハイゾソカは魔具を手に持ち、敵国の者たちを背後から討つべく複数の者たちへ指令を与えることにした。




 時を同じくして第二階層広間では、一人の女性が壁に寄りかかり、赤い果実を食していた。

 これはカズヒホなるふざけた名前の少年から貰ったものであり、きっと味もふざけているだろうと思っていた。しかしそれは大きな勘違いだった。


 ひとくち齧ると、その瑞々(みずみず)しさ、歯ざわり、そしてすっきりした後味に驚かされる。


 どうやらこれは林檎という名らしい。

 じゃくりっ、とかじれば蜜のような甘さが溢れ、飲み込めば身体から「もっと食え」と命じられてしまう。たぶん無くなるまで食べるのを止められないだろう、と最初のひとくちで分かっていた。


 真っ白い鎧を着た彼女は、名をカルティナと言う。

 そばかすが残り、茶色い髪をぞんざいに肩のあたりで刈り揃えているが不思議と様になっている。


 彼女はかつて第三層でアリライ兵らと死闘を繰り広げ、本来ならば魔装と共に塵と化すところだった。しかし、結果としてこの広間でくつろぐことを許されている。


 もしもあの戦いで多数の兵を殺めていたら、また違う待遇をされていただろう。それくらい歯牙にもかけない存在だと思われているのは、それはそれで悔しい。


 それもあり、ごり、ぼり、と林檎を咀嚼してしまう。不思議なのは甘さを楽しんでいるうち、胸のわだかまりも薄らぐことか。


「だがあの戦いも、ウリドラ殿とシャーリー様が相手では流石にな……」


 当時は分からなかったが、今でははっきり「無理だ」と分かる。

 窓から見える緑豊かな景色は、かつての第二階層主シャーリーの統治によるものらしい。数え切れぬ魔物の魂を循環させ、いまではもう迷宮とは思えない美しい姿へ変えていた。さらにはウリドラの底の見えなさは異常でもある。


 かつて戦いを挑んだとき、彼女は武器さえも持たず、あろうことかパンチで叩きのめされた。さすがに憤慨したものだが、もしウリドラが本気を出していたら、きっと今ここで林檎を食べてなどはいられない。


 もう1人――いや2人か――この林檎をくれた少年らも厄介だった。

 戦いを始めた直後こそ優位に進められたが、時が進むにつれてあれよあれよと劣勢に追い詰められてゆく。単なる分析力だけでなく、エルフが組むと対応力に幅がありすぎるのだ。


 一対一なら勝てるだろう。レベル差を考えれば間違いなくそうなるはずだ。

 しかし、それだけでは終わらないような予感もある。ただの勘に過ぎないのだが、勝利を得るイメージがまるで沸かない。それがカルティナにとって不思議でもある。


 ぼり、ぼり、と咀嚼をし、溢れてくる甘酸っぱさを楽しみながらカルティナは石造りの螺旋階段を見上げた。

 第一階層と第二階層を結ぶこの階段は、いつの間にやら驚くほどの高さに変わっている。第三階層への入り口にはまた別ルートがある為、ここを使う者はほとんどいない。


 彼女の祖国、ゲドヴァー国からの指令は確かに届いている。

 しかし、まるで興味がないのかまた林檎を齧る。それどころか、いま興味があるのはまったく別の事だと分かる独り言を、彼女は漏らす。


「もう少しこれを貰っておくべきだった。いや、欲張らないほうが良い。一応と私は……()騎士だからなぁ」


 しょんぼりと言葉尻を落としてしまうのは、まだシャーリーという女性には認められていないからだ。騎士として護衛の任につきたいのに、当の彼女からは相変わらず良い顔をされていない。


 本来ならば永遠に地下迷宮へ囚われる身だったのを、優しい彼女から救われた。呪われた鎖は解かれ、好きに生きることを許してくれた。その恩に報いたいというのが今の正直な気持ちだ。


 なので、祖国からの「裏切れ」という指令は「バカバカしい」と吐いて捨てるしか無い。情報を送れ、と言われれば少しは考えたが……それでも重要な内容ならば無視をする。


 そのような事を考えているうち、螺旋階段から音が聞こえてきた。響いてくる声からして、来訪を告げていたダイヤモンド隊だろう。


 ここから屋敷までは大体一キロくらい離れている。彼女らは初めて訪れるので道案内を買って出たのだが、たぶん騎士への一歩というより単なる小間使いに過ぎない。


 ぽいと芯だけになった林檎を窓から捨てると、放物線を描いて落ちてゆく。やがて土に還るだろうと思ったが、ふと「種が付いていたけど生えてくるのか?」などと一瞬だけ考え――それから元騎士らしく立派な直立不動をする。


 やがて待ち合わせをしていた女性ら、八名のダイヤモンド隊は顔を覗かせた。


「おっすー、カルティナー。うげ、いつもその鎧を着てるわけ?」

「む、下着みたいな服を着ているイブこそ理解できないぞ。少しは恥じらいを……という以前に、まさかひょっとしてだが、ここを古代迷宮と忘れているのでは無いだろうな?」


 ワスレテナイヨ、と怪しい返答をされたが、背後から現れた女性、統主マスタープセリへと頭を垂れる。


「お待ちしておりました、プセリ様。それにダイヤモンド隊の皆様。本日は私の主であるシャーリー様。それにウリドラ殿が歓迎をしております。どうぞこちらへ」

「お招きしてくれてありがとう。だけど私に様付けはいりませんわ。同じ古代迷宮を攻略する仲間――では無いのでしたね、カルティナ殿は。それでも友人として接したいと思います」


 宵闇色の長い髪を優雅にまとめ、プセリは令嬢らしく挨拶をした。

 戦場で見かけたときは悪魔のような気配を感じたものだが、こうして素顔を見ると家柄の良さの分かる品格というものが伝わってくる。戦場に慣れ親しんだカルティナにとって、まぶしく思える空気だ。


「お姉さま、はやく参りましょう。私たち楽しみで仕方ありません」

統主マスター、噂は本当なのでしょうか。魔物でさえ穏やかに暮らす地というのは」


 かと思えば、ひょこひょこと左右から少女らが顔を覗かせてプセリの表情は緩む。

 茶色い髪をおさげにした純朴そうな娘。もう一人はピンクがかったふんわりとした髪と、年端もいかない愛らしさだ。

 にこりとプセリは笑いかけ、それから道案内を求めてカルティナへ瞳を向ける。


「では皆様、こちらが第二階層広間となります――」


 広間への扉を開くと、どっと新鮮な空気が流れてきた。

 涼しい風には新鮮な緑の香りがし、わずかに甘いとさえ思う。それでいて頭上からは燦々(さんさん)と明かりが溢れているのだから、別世界に足を踏み入れたような思いを来訪者たちはする。


 かつて不死王、あるいは死神と呼ばれた娘が、たったひとりで座り続けていた頃の面影はもう無い。広間には緑が生い茂り、小鳥たちが飛び立ってゆく様子を皆はぽかんと眺めていた。


 口々に「嘘だろ」「信じられない」「まさか砂漠の下に」などと驚いている様子は胸がスッとする。主を誇らしく思い、カルティナはそっと口元を隠して微笑んだ。

 そして整理された小道をゆっくり歩きながら、広間の周囲を紹介してゆく。


「あちらの畑地では野菜の栽培を見越してますが、まだまだこれからですね。ここの土は良く根付くらしくて、だいぶ成長が早いですよ」


 見ればなだらかな斜面にむき出しの土があり、つるがひょろりと伸びている。緑色に膨れ、でんと地面へ乗っている様子が珍しく、皆はしゃがみこんで覗き込む。


「ここの管理は、ご覧の通り彼らリザードマンたちの仕事です。まだ私は言葉も分かりませんが、夜には爬虫類族の魔物語について座学を開かれております。ご希望であれば参加できますよ」


 そのカルティナの言葉に、プセリは慌てて顔をあげる。じっと動かないせいで気づけなかったが、大きなリザードマンが切り株に座り、日光浴を楽しむよう瞳を閉じていた。


「リザード、マン? 凶暴な魔物と聞きますが、あれが畑の管理を?」

「ええ、よく働く魔物です。ああ見えて器用ですし、おまけにここは魚が美味いですからね。――オゾ! 客人だぞ!」


 ぱちんと鼻提灯が弾けたようにリザードマンは目を覚ます。それからこちらを向き、遠くから手を振ってきた。緩慢な動きは平和的に見え、襲いかかろうとする気配はまるで無い。

 彼らはウリドラの配下なのだが、なぜか知られたくは無いらしく、カルティナは情報を伏せている。


 来訪者たちにとっては初めて遊園地に来たようなものかもしれない。砂国に長く住んでいたせいで緑は眩しく映り、肥沃な畑、魔物の小間使い、それとしばらく小道を歩むと川のせせらぎが聞こえてきて、また歓声を漏らす。


 邪悪な気配はまるで無く、また美しい景色が続いているので客人らの話題は尽きない。木々や葉、沿道を飾る花に触れ、それから建設途中の水車に目を向ける。これの建設にもリザードマンがわらわらと群がっているのだから、不思議を通り越して夢を見ているような思いをするだろう。


「……驚きますわねぇ、トカゲが管理をするなんて。あれだけ大きいと大喰らいではなくて? 野菜も無くなってしまうのでは?」

「はは、あれは料理をすると信じられないくらい美味くなります。それを知っているから、彼らはほとんど手を付けません。それに狩りも始まりましたので、食事には困らないでしょう」


 あの眠そうな顔をした少年が持ち込んでくる調味料、特に黒い液体のものは香りも味も良い。野菜にしっかり味が染み込み、カルティナでさえ話すことも忘れて無心に食してしまう。


 ただ最近は調理の手が足りなくなり、困っていると耳にする。残念ながらカルティナは料理をした事さえ無いので手伝えないが。


 もう少し歩くと今度は広場、それに屋根つきの学び場がある。

 他とは異なり真四角に整地されており、魔術師アジャはマリアーベルというエルフへ秘術を、そして統括者のハカムは戦術をドゥーラ隊へ教えている光景も目にしている。


 それに少し前からガストンなる老人、大男のゼラという二人が少年らを訓練している。

 どちらも腕利きだが、よく観察してみるとカルティナも驚かされた。老人のほうは規格外に強く、己が全力を出しても勝てるかどうか分からない相手と気づいたのだ。


 それに、たったいま同行をしているダイヤモンド隊はアリライ国において屈指の精鋭と聞く。にぎやかに話している様子からは想像しづらいが、単騎で暴れ狂っていたプセリは間違いなく強者だった。


 よくもまあ、これだけの協力戦線レイドを相手に正面から戦おうと思ったものだ、などと人ごとのように彼女は思う。

 もしまた戦う時があったとしたら、カルティナのような魔装をしたものを少なくともあと3体は必要だし、その上でウリドラとシャーリーには見学してもらうしか無い。


 そこまで考えていたときに、ふとおかしくなりカルティナは笑う。

 彼らを裏切れと言われても、じゃあご自分でやってみて下さいよ、と乱暴に思うのだ。日を重ねるたび第二階層広間を気に入りつつあるのを自覚している。やがて故郷のように思うかもしれない。


 それと同時に気づくものがあった。

 はしゃいでいるダイヤモンド隊の彼女らだが、よく見たら己と同じ魔族が混じっていることに。


 青い髪をした娘は、巻き角があるとおり間違いなく悪魔族だ。それにしては蛮族らしき長身の女性と「私が魔物語を教えてやろうか」「いや、興味ねーし」などと話しており隠すそぶりも無い。


 他にもプセリと手を繋いでいる少女は、恐らく気配からして神族の血を残している。魚に目を輝かせている猫耳つきの女性もまた、ゆらゆらと尻尾を振っており人間族では無いだろう。


 カルティナはしばし悩み、ようやく思い出した。あの囚われの勇者候補のことを。

 よく考えてみればザリーシュなる男と共にアリライ国を裏切るはずだったのだから、魔族らが同行していてもおかしくはない。おかしくはないが……彼女らにも指令は届いているのでは?と他人事のように思うのだ。


「まあいいか、人それぞれという物だ。……では、どうぞこちらへ。橋を渡るので足元にはお気をつけを」


 どうにも最近、このような案内エスコートにも慣れてきた気がする。とはいえ騎士道から大きく外れているようにも思え、素直に喜べない自分もいた。


 さて、ようやくにして広間の中心地へとたどり着く。

 道はいつの間にやら整い、石と砂利で舗装をされていた。踏めばざくざくと小気味良い音をし、それを楽しんでいるうち景色は様変わりをする。


 背の低い木を丸く刈りそろえられ、それを折り重なるように斜面を埋めている。見上げれば樹木が心地よい木漏れ日を生んでおり、一歩進むたび落ち着いた空気に満ちてゆく。

 歩いているだけで心が洗われるような道に、プセリは感心しきりに周囲を眺めた。


「想像もしてませんでしたわ、こんな場所があるだなんて」

「ええ、庭園の作りはアリライと大きく異なるでしょう。どうやらお二人は庭造りが趣味らしく、毎日のように手を加えております。私も剪定せんていにはだいぶ慣れましたよ」


 苦笑混じりに答えたが、実際のところかなり手こずらされた。というかあまりの注文の細かさに泣いたこともある。


 意外にもウリドラとシャーリーは凝り性で、あらゆる角度から見て調和が無ければ庭園ではないと言うのだ。一体どうしろと……などと絶望してしまうのは仕方無い。


 それにしてもあの熱意は一体どこから来るのだろう。まるでどこかの庭園を実際に目にしたかのように説明は具体的で、指示のまま動くだけでいつの間にか立派な景色が出来上がる。それが不思議でならない。

 そのような事を考えているうち、主らの待つ邸宅へとようやくたどり着いた。




 時を同じくして砂漠では、まるで応答の無い様子にハイゾソカ将軍は首を傾げていたのだが……ひとまず魔具の故障だと判断した。


 それも仕方ない。将軍みずから声をかけたというのに、まさか一人残らず返答をしないとは夢にも思わない。


 なぜか寂しい思いをしつつ、将軍は魔族らに前進を命じた。

 これから楽しい虐殺を始めなければならない。だが、ほんの少しだけテンションが下がっているのを自覚した。


祝!200部!

早いですねぇ、もう9ヶ月ですか。

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[気になる点] >一応と私は……元・騎士だからなぁ 「一応と」という誤用の副詞が散見されます。 読むときに、名詞の「一応」と混同するので読みにくいです。
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