第19話 盗賊団との戦い②
「……エルフが下に隠れてやがる。あそこだ、柱の影! 捕まえてひきずり出して来い!」
はっと振り向いた先では、頭領がオアシス周辺への探知を行っているところだった。
彼女は精霊魔法による【姿隠し】で姿を潜めているが、あのような探知系の技能を持った相手には見つけられてしまう。
建物伝いに飛び降りてゆく部下を見て、さすがの僕も焦る。彼女は魔法使いであり、まだまだレベルが低い。近接相手にはまるで抵抗できないだろう。
「それはちょっと困るかな。――【道を越えて】!」
ひゅんと彼らの目前へと移動をし、一気に攻撃を仕掛けようとした直後、あの頭領がまたも叫んだ。
「よおおし、丸ごと焼けっ!」
「なに……っ!?」
直後、周囲は炎の海に包まれ、紅蓮の熱が僕と部下を丸焼きにしてゆく。
部下は白目を剥いて崖下へと落ちてゆき、僕は何とかもう一度【道を越えて】を使用して熱地獄から抜け出すことが出来た。
だが腕はいまもバチバチと焼かれており、剣を使った攻撃は半減してしまうという一時的能力減少がついてしまったのは痛い。
炎に能力減少を付けているということは、炎系にある程度特化しているか、あるいは単純に術者の力量が高いかだ。
「ははーーっ! 移動系つってもなあ、どこに出るか分かってれば対処なんて楽チンなんだぜ、ガキぃっ!」
見上げればあの男の背後にいる部下が、隠し持っていた杖をこちらへ向けていた。
あっ、魔術師だって隠してたのか。うーん、敵ながら意外にやる。汚らしい賊などと侮りすぎていたかな?
「まーだ元気そうだなぁ。おい、ガキ、次はどこに出てくるか当ててやろうか。ここだ。あの獣人のチビの場所にお前は出てくるんだよ。……おい、丸ごと焼け」
……なんだって!?
魔術師が杖を向けた先は、こちらではなくあの子供だった。
ああ、これはちょっと舐めてたね。悪党は悪党なりに、もっとも有効な手を打つことができるのだと僕はまざまざと知ることになった。
「くっ……! 【道を越えて】!」
うーん、みすみすあいつらの作戦にやられるのは悔しいなー。とはいえ放っておくこともできないか。
子供の前へと姿を現せば、やはり紅蓮色の杖が向けけられていた。ニヤついた男を睨みつつ、僕とその子はじりじりと崖へ後退してゆく。
参ったな。いまやられれば僕だけが日本に戻ってしまうことになる。そうなれば既に居場所を知られているマリーはひどい目に合わされる可能性が高い。
一番良いのは僕とマリーだけが退却することだけど、男としてどうも選択しづらい。
――とりあえず逃げながら対処するか。
迫る火炎から身をかわすべく、子供の手を引いて崖下へ飛び降りることにした。
ふわりという重力から解放される感覚と共に――視界は一気に自由落下による濁流へと変わる。
「しっかり掴まって!」
「はいぃ……っ!」
冷汗を流しつつも子供をかばう体勢で砂地へと落ちてゆく。
移動技である【道を越えて】は今は使えない。発動条件として「重量制限」「移動先を見ていること」「足を地面につけていること」などがあるため今は頼ることが出来ないんだ。
「ああくそっ、魔石が! はやくあいつらを捕まえろ!」
そのような頭領の声が響いた直後、どんっ!という激しい衝撃が僕らを待っていた。
ぐんぐんと生命力が失われてゆくのを感じているが、砂塵により視界はほぼ効かない状態だ。おまけに身体はまともに動かせず、はやく身を起こさなければとあせるばかり。何しろ奴らは遠距離攻撃を持っている。
ざうっと砂を掴んで上半身を起こすと、胸にしがみついてガタガタと震えている子供がいた。
「ひううー……っ!」
「ああ、無事で良かった……、それより早く移動しないと……」
無事な様子に安堵しつつ、よろよろと僕は身を起こす。
しかしその努力をあざ笑うようにして、あの巨大な怪物はすぐ目の前にいた。
僕らをすっぽりと影で覆うほどの巨体に、恐怖よりも感嘆の声が漏れてしまう。
「うわー……、やっぱり大きいや……」
まさに見上げるような魔物だ。
恐ろしい複眼だらけの顔をこちらへ向けており、口と思わしき器官からは触手のようなものが渦巻いている。
グコココッ……
グコココッ……
ふすうーーという鼻息は砂塵が舞うほどに激しく、そして炎のような熱風を含んでいる。
参ったな、いま死ぬわけにも、この子と共に長距離移動の能力を使うわけにもいかない。マリーがまだここに残っているのだ。
グコココッ……
グコココッ……
あれっ、と小首を傾げてしまう。
以前であれば、とっくに熱砂攻撃をしかけられていたはずなのに。そうでなくてもあの巨体で踏み潰せば、僕らなど簡単に倒せるだろう。
そのとき、怪物はゆるゆると触手を伸ばしてきた。
その動きからは攻撃の意思を感じられず、何かを探し求めている雰囲気すら覚える。
そうだ、最初に怪物が現れたのは、この子供が持っている魔力触媒のせいだった。それについ先ほど賊が「魔石」だと叫んでいたことを思い出す。
「まさか、怪物はあの魔石を探していたのか……?」
ぽつりとそう呟くと、腕の中の子供がこちらを見上げて来る。
フードに隠れて表情は分からないが、じいっと僕の横顔を見つめていたらしい。
――ぽうっ……。
そのとき、僕の視界に暖かい光が流れ込む。
振り返ればその青白い光は、宝石じみたあの魔石から放たれているものだった。きらきらと周囲に輝きを生んでおり、このような状況でもつい見とれてしまいそうになる。
「これが、魔石……?」
「はい、ご先祖様から伝わるとびきりの魔石デス」
とびきり? すると普通の魔石では無いということか。
輝くばかりの力を秘めたその石を、怪物はひと目見るなり動きをより緩慢にさせる。やがて、ようやく探し物を見つけられたかのように、触手はゆっくりと魔石を包み込んだ。
クオオオーー……っ!
鳴き声を響かせるその姿は、歓喜に震えているようにも見える。怪物は大きく鳴き、そして巨体を揺らして大地へと身体を埋めてゆく。
ズズズと大地を轟かせ、砂塵はあたりを砂嵐のように襲う。うめく彼の身体を抱きしめ、僕らはその衝撃がおさまるまでずっとうずくまっていた。
やがて大気は落ち着き、シンとした静けさが辺りに満ちる。
よろりと立ち上がった僕らは、そうして驚く光景を見ることになった。
「まさか、これは……地下迷宮……!?」
巨大な穴には下まで見通せないほどの深さがあり、通路と思わしきぐるぐると回って下へと向かう足場がある。
そしてこの大気に満ちる雰囲気は、まさしく地下迷宮などが発する存在感に酷似していた。まるで地の底から古代の息吹が感じられるかのようだ。
なんだ、何が起きたんだ?
魔石を怪物に渡して、誰も知らない地下迷宮が姿を現した?
そのような話など、見たことも聞いたこともない。
「……これか、ウジャーピークが滅びた理由は。魔石を追い求めるあまり、見つけてはいけない地下迷宮へたどり着いてしまったのか」
その言葉に、子供は僕を見上げてきた。
丸く見開かれた瞳は動物的なものであり、驚きと微かな希望を感じさせるものだった。
理由はまだ誰にも分からない。
しかし事実として、地下迷宮は姿を現してしまった。
もしもこの迷宮を踏破することができたなら、きっと消え去った過去の時代を解き明かすことが出来るだろう。
未知の世界にぶるりと背筋を震わせていたときだ、ようやく2つの事を思い出した。
ひとつは、あの汚い賊どもが躍起になって迫っていること。
そしてもうひとつは、【姿隠し】を解いたマリーがこちらへ駆け寄ってきたことだ。
「はあっ、はあっ! なんだったの、すごい轟音がして……!」
「うーん、説明は後だね。あの賊からさっさと逃げたいんだけど賛成かな?」
汗を流すマリーへそう言うと、ようやく彼らに気づいたらしいエルフは目を丸くし、「はやく逃げてちょうだい!」と命じてきた。
うん、この子供は驚くほど軽いし3人でも大丈夫そうだ。
「ええと、それじゃあ皆さんさようなら。――【旅路の案内者】」
ああっ――……。
汚らしい彼らの声を長く細く響かせながら、僕らはもう一段下の世界へと落ちる。
ここは人の管理できない世界であり、何者にも束縛されないと呼ばれる神【エフメヘェ】の領域だ。
いつもと違うのは左右から抱きつく子達がおり、身動きも出来ないことかな。
それにしても真っ暗なこの領域に来て、ほっとしたのは久しぶりだ。
とはいえもう一つだけ僕には不安がある。それは、エルフが獣人と仲良くなれるだろうか、という事だ。純潔さを尊ぶ彼らのこと、中には血が汚れていると不快感を露わにする者もいるが……。
そのとき、ゆるやかな風に煽られて子供のローブがめくられる。
現れたのは、ぴんと立った二つの耳、そしてビー玉のように澄んだ瞳。全身はやはり毛むくじゃらではあるが、その姿を見るなりマリーは大きな声を上げた。
「猫っ!?」
きょとりと真ん丸の瞳をした子供は、猫族だったのだ。
その愛らしい容姿にマリーは瞳を輝かせ、わああと嬉しげな声を漏らす。
おやまあ、まさか彼女がいま一番ハマっている種だったとは。こんな巡り合わせもあるんだねぇ、と偶然さに驚かされる。
心配したけど、これならきっとエルフも可愛がってくれるだろう。
「よし、あとは賊を通報するだけだね。その後に美味しいものでも食べようよ」
こうして僕らの波乱に満ちたレベリングは無事に終わりを告げる。
そしてまた新たな地下迷宮の発見に、僕の胸は少年のような高鳴りを覚えていた。




