第186話 いざ常夏の楽園へ⑤
しょわわー、という音を立て、空中に浮かんだ真水は凍ってゆく。
それを生み出しているのはエルフの少女であり、ちょいちょいと指先で簡単そうにしているが素人の僕でさえ難度は高いと分かる。
「そんなこと無いわ、氷を作るくらい初歩の初歩でしょう?」
「そうなのかなぁ、2種類の精霊を同時に操ってるんだし……わ、綺麗な透明だね」
どうやらこの世界では、氷を作るのも幻想的らしい。
液体はゆっくりと回転をし、ダイヤモンドに近しいカットを生みながら氷へと変わってゆく。その周囲に漂っているのは海のような青色をした魚、それとおなじみのクラゲ君だ。いわば水と氷の精霊が競演をしている事になる。
さて、出来上がったものをがしゃんと機械に乗せ、ハンドルを回せば真夏の風物詩、カキ氷が生まれてゆく。
機械はウリドラ特製ということもあり、待ち受ける皿にはふわふわの白い氷が溜まり、そこへシロップをかけると出来上がる。味の種類はイチゴ、桃、メロンと様々だけど、どうしてメロンが緑色なのかは永遠の謎だ。その理由を大人に尋ねてはいけないよ。
「んまあ、ただの氷なのに冷たくて甘いですわね!」
「ワー、やっぱカズ君についてくると得だなぁ。でさあ、メロンって何?」
うん、ニコニコしながらイブは鋭いとこを突いてくるね。皆のいる前で、日本のフルーツの説明は出来ないと分かって欲しいな。
にこりと笑いかけると彼女も笑い、空気を読んで「メロンって何?」と再度尋ねてくる。
すっと影が落ち、振り返るとドゥーラさんが立っていた。赤い髪を背中にまとめ、ひらひらとした花柄のキャミソール風の格好なので普段よりも女性らしい。
いや、彼女は元から凛々しく整った顔立ちをしているし、隊員から憧れの目で見られていることは知っている。ただ、そのぅ、ゼラやガストンを血祭りにあげ、浜辺に埋めた光景が今も忘れられなくてね。
本当に彼女はこのメンバーのなかで最もレベルが低いのだろうか。という疑念は、ドゥーラと話しをしているうち消えてしまった。
「相変わらずあなたたちは変わったものを作るわね。ン、さっぱりした甘さでイケるわ」
「あまり急いで食べると頭が痛くなっ……ああ、向こうのイブみたいになるから気をつけてね」
ちょうどキーンとした表情をするイブを見て、ドゥーラさんは不思議そうに小首を傾げていた。
しかし、あまり気にしてはいけないのだろうけど、ウリドラとイブが揃ってカキ氷を食べているのは少しばかり目のやり場に困る。谷間へと水滴は垂れ、あんっと開いた口へと色鮮やかなカキ氷が運ばれるのは……おっと、いかんいかん。
この世界の女性は甘いものが好きらしい。大事そうに頬張り、それが熱した身体には心地良いらしく、皆は思い思いに木陰に座ってオヤツを食べる。目の前には鮮やかなスカイブルーが広がり、ただ休憩をするにしては贅沢な眺めだろう。
ちょいちょいと腕を引かれ、振り返るとマリーが周囲を不思議そうに眺めていた。
「それで、ゼラとガストンさんはどうしたのかしら? どこにも見当たらないわ」
「ええ、あのバカ達には食材を買いに行かせたわ。私達が急に来たから、きっと君たちの食材も足りなくなるだろうと思って」
僕の代わりにドゥーラさんが答えてくれ、そういえばと周囲を見渡すと、砂浜に埋められていたはずの二人の姿は見当たらない。ようやく開放してもらえたのに、またバカな事をしなければ良いけれど、などと思うが食材を買い足してくれるのは素直にありがたい。
「そろそろ食事の準備をしようか。人数が多いから、好みの物をちょっとずつ食べてもらえる形が良いかな。今日は風も少ないし、そこの辺りに椅子を置いて……鉄板と鍋を……ついでに……」
「待って、君は料理のことになると急に早口になるわね。いつもこんな感じなの?」
と、僕ではなく隣に立つマリーへと瞳を向ける。すると少女はややぎこちなく、こくりと頷く様子へ、軽いショックを受けてしまう。
おかしいな、普通に話していたつもりなのに、いつの間にか料理オタクみたいに思われていたなんて。
「べ、べつに変じゃないわ。とても美味しいし健康的だし、今日は人も多いから準備も大変でしょう? 私が食べるとき、じっと見つめていたりするけど一廣さんは変じゃないわ」
ぐさっと来た。マリーが食事をする姿は新鮮で、いつも楽しんでいたのを知られていたのか。思い返してみると、確かにデリカシーに欠けていた気もするぞ。
そのとき会話に混じってきたのはイブだった。カキ氷のお替りが欲しいらしく、勝手にハンドルを回しながら見上げてくる。
だけど、スカート付きのビキニなのに、かまわずガニ股で氷を作っているのはどうなのかな。僕が親御さんなら小言のひとつやふたつは漏らしているよ。
「へー、そういやザリーも料理好きだったよ。安い肉でもソースで味をごまかすのが上手くてさ、うちの子たちが微妙な顔をしてたっけ」
「そうですわねぇ、そこらのシェフよりも腕は確かですわ。イブ、あれから何か報告はありまして?」
そうプセリから尋ねられ、どこか悲しげにイブは首を横へ振る。たぶんその問いかけは、かつての勇者候補であるザリーシュについての報告だろう。今は城に捕らえられており、彼女らの元へ戻るには時間がかかるのか。
ただ疑念として思うのは、彼は敵国へ加担をした大罪人なのに、なぜ処刑をしないのかという点だ。残酷な考えではあるけれど、また裏切られる可能性を作るよりはと王族らが考えても何もおかしくはない。むしろ、それを分かっていながらも彼は告白をしたように思える。
となると何かに使う予定なのか、あるいは扱いに困っているのか。
「ふうむ、ダイヤモンド隊としては複雑じゃろうな。嫌ってはいても奴がおらねば十分に機能をしないように見える」
「ああ、ウリドラ。確かに前回は特攻をしたプセリさんが少し危なかったし、彼女らは後衛寄りの構成だ。もしもそこに守備技能で固めた彼がいたらと思うだろうね」
もくもくとカキ氷を食べながら近づいてきた黒髪美女へ、僕は声をひそめて答える。
それは僕らの勘に過ぎないけど、たぶん戦闘においてならばダイヤモンド隊にピタリとハマるだろう。元々は彼が作り上げた隊なのだし、相性はすこぶる良いのは分かりきっている。
そこまで考えていたときに、ふと思い出すものがあった。それはイブが遊びに来る前、統主プセリへ報告をしに行ったときの事だ。
「そうだ、ドゥーラさんは皆と何の会議をしていたのかな? 第三層を攻略する話なら、僕らに声をかけてもおかしくは無いし」
「ん? ええ、ちょうどゼラから新しい情報を得ていたの。何でも彼が言うには隣国がついに……」
その時、どずん!と地面が震えた。
地震かとマリーは悲鳴を上げて抱きついてくるが、どずっ、どんっ、どどお!と断続的に響いた事で、皆の表情は変わる。この周囲の空気さえ変えるような気配には覚えがある。敵意を持った魔物ではないかと、迷宮慣れをしている僕らは身構える。
ずどお……ッ、と大量の水しぶきを撒いて、触手に似た二本の何かが海中から真上へと貫いた。それは左右に分かれると、孤を描いて水平線を叩く。すると真っ白い海水が壁のようにせり上がり、数秒ほど遅れて鈍い衝撃音がやってくる。
「……その話は後ね。ゼラ、ガストンが合流したら退却を考えるわ。各自、可能な限り武装をして」
ドゥーラのてきぱきとした落ち着いた指示に、ようやく僕らは動き出す。
僕らにとって武器というのはバカンス中であっても手放せない。それくらい大事にしている物だし、何か問題があったとき「忘れてました」なんて言うわけにもいかない。ただ、防具に関しては流石に難しいね。
荷物から剣を取り出しているとき、彼女から具体的な指示が飛んでくる。
「斥候としてカズヒホ、イブで魔石に乗って接触。魔物の強さ、特徴、レベルを調べることを最優先に、危険そうなら離脱をして。マリーは塔の監視者を急いで」
うーん、判断が早い。
ドゥーラはこの短期間で恐らく最も成長をしており、また各自メンバーの特性を理解している。それでいて守備寄りなスタイルを徹底的に崩さないのだから、頼もしいと僕でさえ思う。
と、すっくと彼女の正面へ立ったのは、エルフ族のマリアーベルだった。
「私も一緒に一廣たちと行くわ。前に試した精神体ならリスク無く同行できて、精霊魔術師として役に立つわ。それと、塔の監視者なら……」
彼女のほっそりとした指についた光り輝くもの。
それはシャーリーからもたらされた報酬品、死神の涙であり、魔術や能力をひとつだけ封じることができる。開放をすることで、即座に浜辺へと塔は出来上がってゆく。策敵範囲を扇形に絞ることで、より遠くまで感知できる事にドゥーラは満足げに頷いた。
「……確か、そのあいだはあなたの本体が無防備になると言っていたわね。ウリドラ、護衛は任せられる?」
たやすい、と魔導竜は鼻で笑うように肩をすくめて見せる。それはこの状況では異様に頼もしく、ドゥーラはむしろ頼りすぎないよう自制をしなければならないほどだった。
無条件の信用、信頼は思考をにぶらせ、何かあったときに後悔をしかねない。既に戦いというものを理解しているのだから、この若き司令官は将来的により多く成長をするだろう。
ヒヒィ、といういななきはダイヤモンド隊の統主、プセリのものだ。呼び出した闇色の馬へまたがるや、備えていた大盾にすっぽりと半身を覆い、身の丈に合わぬ槍を手にする。
以前は兜に隠れており表情は分からなかったが、こうして見るとやはり普段とは違う。コホォと冷たく白い息を吐き、ざわざわと宵闇色の髪が蠢いてさえ見える。
ただ、こちらから見るとキャミソール風の上着から、紫色のビキニパンツが覗いているのがどうにも……。
「では、斥候は二名と補助役にマリアーベル。ウリドラは本陣の守備。プセリは状況に応じて彼らの援護。私とシャーリーで怪我人の治療をするから、何かあれば後退をして」
各自で了解の旨を伝えると、正体不明の怪物との戦いは始まった。
皆が皆、水着姿というのは少しばかり変かもしれないけど。
海の怪物は名をカリュブディスと言い、古代から生き続けているだけあって強大な存在という伝承を残している。気性は荒く、ひとたび動き出せばもう止められる者はいない。
船団たちは彼に見つからないようただ祈り続け、その期待を裏切るように海底へと飲み込まれてしまう。いわば災害に近しい。
魔石に乗って飛翔している間、古文書の知識からそのような事をマリーが教えてくれた。そっと僕の肩を掴んでおり、普段とは異なり淡い光をまとった半透明姿なのは先ほど言っていた精神体という状態らしい。
「大きい……百メートルはあるんじゃないか?」
思わず僕はそう呻く。
高度を保ち、なるべく安全圏を確保したまま魔石ルンに乗って旋回をしている。
肩に掴まっているマリー、そして後部座席へ座るイブと揃って眼下を覗きこむ。そこには青い海のなか、黒ずんだ何かが蠢いて海岸を目指しているのだと分かる。
「動きは遅いわね。あの質量が逆に邪魔をしているのかしら」
「ンー、さっきの触手も気になるなー。ちょっとさあ、近づいてみようよカズ君」
「そうだね、指をくわえて見ているわけにも行かないし。……ドゥーラさん、これから目標に接近して、ついでに一撃を与えてみようかと思います」
すぐに了解の意志疎通の声が返ってくる。
僕の言った「一撃」とは、星くずの刃を使った遠隔攻撃のことだ。これならば距離を取ったまま攻撃を与える事もできる。おまけにあの巨体だ、まずかわされはしないだろう。
恐らくドゥーラも、この遠隔攻撃を見込んで僕を斥候に向かわせたと思う。
「飛行は私に任せて頂戴。あなたは攻撃に集中をして」
ああ、そういう意味でもマリーがいてくれて助かった。これなら攻撃に専念できるし、場合によっては転移をすることも許される。
そういうわけで弧を描いて旋回をしつつ、僕は星くずの刃を身構える。
きぃぃ、という音は僕の気を貪欲に吸い、それを刀身へと集めてゆく溜めの音だ。注ぎ込むほどに威力は上がり、長い時間をかけるとやがてはギィイイイ!という隕石の飛来に似た音へと変わりゆく。
海面ぎりぎりを滑るように飛びながら、ふと僕は考える。
あれだけの巨体なら、きっとかなりのレベルがあるだろう。それにしてはウリドラは出しゃばる事はせず、皆の行動するままに任せていた。
それはきっと、僕らならやれると信じているのだろう。彼女無しでは戦えないような隊では無いと信頼をしてくれている。
「だったらそれに応えないとね。じゃあまずは一発を入れてみようか」
両手で握りしめた星くずの刃で、しっかりと狙いを定める。刀身には流星に似た輝きが流れてゆき、それと共にエネルギーは満ちてゆく。
そして、ずどう!と大質量のものが吐き出された。
――どっ、どどおおおおッ!!
それは真っ直ぐの軌跡を描き、海面へと穴を開け、まるで魚雷が命中したよう大量の水柱を生み出した。風圧で魔石の飛行が乱れるほどで、しかし同時にマリーは叫ぶ。
「あッ! 見たかしら、今のを! 衝撃を分散するよう体表が光ったわ! ドゥーラ、怪物のダメージは皆無。速度をまったく落としていないわ」
なんだって、と驚愕する思いだ。星くずの刃の威力を、僕らはこれまで何度となく目にしている。だからこそ魔物が一切減速せずに泳ぎ続けていることに驚きを禁じ得ない。
すると脳裏へとウリドラからの楽しげな声が響いた。
「ふ、ふ、これだけは言うておこう。奴には無敵化の特性がある。対策を講じねば、このままだと傷ひとつとして負わせることは出来ぬぞ」
ええーーっ!?と、僕とマリーは驚愕の声を発した。
なんだなんだ、無敵化って。そんなの反則じゃないかと今更ながらに抗議をしたくなる。
そして先程の一撃にようやく気づいたのか、海面の黒ずんだものはより濃さを増し、どどど!と大量の水しぶきを撒き散らし、ついにその身体を見せつける。
ああ、これはもう怪獣だ。
獰猛そうな顔つき、幾重もの牙をびっしりと生やし、背中側へ何本もの触手を生やしている。もしもあれが伸びたら、小さなビルのひとつくらいは掴めてしまうかもしれない。
「これがカリュブディス……武装船団も恐れるわけだ」
などと感心してもいられない。目の前の海面からも触手は次々と伸び、慌てて運転を替わった僕は右へ左へ旋回を繰り返しながらやり過ごす。
「おーーっ、かっこいい! ほら、これってグリムランドのアトラクションみたいじゃない?」
「あっ、こらイブっ、ちゃんと席に座ってなさい!」
立ち上がろうとするダークエルフへ慌ててマリーは制止するが、興奮しておりうまくいかない。その騒ぎのせいで、背後から触手が迫っている事には誰も気づけなかった。
の、るん゛……ッ!
おう、とイブは呻き、わずかに唇を突き出した顔つきで動きを止める。
振り返って見なければ良かった。ぬるぬるの粘液だらけのそれが、上から下へとイブのビキニへと入り込んでいたのだ。
「ちょっ、まっ……! パンツ、取れちゃ……!」
「マリー、運転をお願い!」
「わあ! わあ! イブ、しっかり掴まっていて! 落ちたら駄目よ!」
一転してパニックだ。
落ち着けと己を自制しつつ、腰の引けたイブの背後へ向けて剣を閃かせる。
しかし連続的に斬撃を与えているというのに、こちらにも無敵化の効果があるのか、ぶるっぶるっと震えるきりだ。それどころか、衝撃によりイブだけが悲鳴を上げる始末だった。
「やっ! やっ! やだやだっ! ぶるぶる、だめええっ!」
そうパンツを押さえた四つん這いの格好で叫ぶけれど、放っておくことも出来ない。一撃を与えるたびにイブは「やっやっ!」と悲鳴を上げ、そして悲しいかなパンツが千切れないようぐるぐると触手の周囲を旋回する事しか出来なかった。
しかしこの手応えは変だ。
まるで水風船のようにブヨブヨで、ほとんどが水分なのではと思う。海上へと姿を表した怪物の体表も同じようなもので、恐ろしい見た目とは裏腹に、全身はタコのような弾力性があるのかもしれない。
と、海上を走る何かが見えた。
目を凝らすと、それは馬上のプセリであり、幻獣の特性を活かして海上を疾走していたようだ。盾と槍を装備した彼女は、果敢にも触手の根本へと突撃を見舞った。
「ぜいやああああ!」
かつて魔物の群れを蹴散らした一撃さえ、どぷるんッと揺らすことしか出来ない。しかし、それに合わせて僕の連撃を叩き込むと、ようやくにしてダークエルフは解放された。
体力を使ったのか汗だくで、べったりと座席にへばりついていたけれど。
「大丈夫、イブ?」
「にゃ、だめ、さわら、にゃいで……」
己のお尻を押さえ、よほど恐ろしい思いをしたらしくびくびくと震えるイブを見て、僕とマリーはようやく安堵の息を吐いた。
しかし、違和感が残る。
先ほどのものが魔物の攻撃だとしたら、あまりにもお粗末すぎる。そう、普通ならば強力な毒や酸などの状態異常を仕掛けていてもおかしくはないのに。
「イブ、身体におかしなところは無い?」
「ぜっ、ぜんぜん、へーきっ……ちょっと、スゴかっただけ……」
その返事に、僕は慌てて怪物たるカリュブディスへと視線を向ける。
あまりの大きさに圧倒されていたが、よく観察してみると彼からは感じられるべきものが感じられない事にようやく気づく。それは強者としての迫力、挑むには死を覚悟しなければならないほどの――存在感だ。
「ま、まさかこいつは……」
呆然としていると、ようやくドゥーラから現状報告を何度と無く求められている事に気がついた。しかし、何と答えて良いか分からず僕の頭は少しばかりぐらっと揺れる。
そう、この魔物カリュブディスは今の攻撃を見た限り、さほど強くない。はっきりレベルを推定する事は難しいが、百には大きく満たないだろう。
恐るべき質量。恐るべき無敵化。
しかし大半の能力をそれに費やしており、古代から彼はずっとそうして生き延びてきたのかもしれない。
だからだ、ウリドラが放置をしているのは。




