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第16話 アニメ鑑賞ですよ、エルフさん

 貸し出し袋を手に、僕らは図書館を後にした。

 陽はもうすぐ真上になるころで、ぼちぼち昼食を考えたいところだ。

 本を腕に抱いているマリーへと、僕は声をかける。


「家に帰るけれど、その前にお店へ寄って行くね。もし心配なら本を持つよ?」

「ええ、分かったわ。あと、本くらい自分で持てるから大丈夫」


 伸ばしかけた手はどうやら拒絶されてしまったらしい。

 それに、と少女は言葉を付け足す。


「あなたは少し過保護なところがあるわ。私のほうがずっと年上だということを、きっとどこかで忘れてしまったのね」


 もちろん覚えているよ……日に日に忘れつつあるけれど。

 じとりと疑り深い目で見られても、まだ夢見心地の感覚が残っているエルフだ。すぐに視線は腕に抱いている本へと向けられ、乙女のようにうっとりとした息を吐く。


「はぁーー……、可愛かったなぁー。こんな可愛いものを家に持ち帰れるなんて、すごく贅沢な気になってしまうわ」

「一度に借りれる量に制限はあるけど、何度でも借りられるからね。そのときはまた一緒に選ぼうか」


 うん、と柔らかい笑顔を向けられる。

 どうやら何かに夢中になっているとき、ついつい少女は綺麗な笑顔を見せてくれるようだ。


 大事そうに本を抱えている様子に、頬を緩ませつつ一緒に歩き出す。手は繋げなくとも、横からふわふわとした幸せそうな空気が伝わってきており、僕もしっかりと楽しめていたりする。



 さてさて、そうして家に戻ると、さっそく僕はビデオを取り出すことにした。

 彼女をベッドに腰掛けさせ、背中へクッションをあてがい、それから液晶テレビの動画を流す。


「たしか、さっきのお店で借りていたものね。レンタルビデオと言ったかしら。いったい何をテレビに映すの?」

「うん、絵本が止まった絵だとしたら、こちらは動く絵というところかな。眩しいからカーテンを閉めるね」


 しゃっと閉じると陽光はやわらぎ、映画館に似た雰囲気へと変わる。そしてアニメ映画は始まった。

 これは国民的なアニメであり、子供も大人も楽しめるものだ。家族で見られることも多く、絵が好きな彼女ならばきっと気に入ってくれるだろう。


 さて、オープニングともいえる明るい音楽が鳴り出すと、わあと彼女は声を漏らした。子供向けの明るいテンポが続き、軽やかな音色に目を丸くしたらしい。


「音楽がすごく可愛い……」


 そう呟くと、もう少し彼女は前のめりになる。

 残念ながらテレビは一人用なのでそれほど大きくはない。近くで見れば不自由はしないけれど、ここで過ごすことも多くなりそうだし家具を考え直しても良いかもしれない。


 さて、音楽が終わると真っ青に塗られた青空が広がり、登場人物たちがゆっくりと姿を見せ始める。

 僕はアニメをそれほど見ないけれど、この作品は表情が生き生きとしており、それだけで楽しい気持ちになれる。


「絵が……ほんとだ、動いてる……これは魔法?」

「ううん、ほとんどは手で描いてると思うよ。多くの人が集まって、一枚一枚を手作りしているんだ」


 たとえ魔法でも、これは作れないと思う。

 物語の真髄ともいうべき作者の魂が込められており、だからこそ見ている者は強制的に共感をさせられる。

 それはまるで絵本のようであり、そしてエルフは物語へと引きずり込まれてゆく。


「ね、ねえ、何を話しているの? 教えてカズヒホ」


 きょときょとと僕を見てくるエルフは、物語に魅せられる表情をしていた。

 日本語への興味を深めてほしい僕としては、全てを伝えることはしない。物語の流れを簡単に解説し、あとはキャラクター達が放つ雰囲気に任せることにする。


 なんとなくではあるものの話は通じているらしく、うん、うん、と少女は頷きながら物語に没頭してゆく。


 平和的な光景には小さな歓声を上げ、そして不可思議なキャラクターに驚き、知らず知らずのうちに主役である子供たちに共感しているようだ。


「ふふっ。この人、あなたに似ているわ。眠そうな顔をしているところとか」

「ええ、そうかなあ。彼のほうがちゃんと起きている顔をしているよ」


 くすくすと笑いあい、解説をしてと胸元を引いてくる。

 そのような役柄をしていたせいで自然と彼女を抱く格好となったようだ。柔らかく華奢な少女の身体が寄せられて、綺麗な白い髪は僕のあごの下に当たる。


「なんだか、この中に入り込んでいるみたい……」

「うん、物語の中にいるみたいになるね。僕もね、そうだった」


 やがて物語は夜になると、アジアを感じさせる独特な雰囲気が姿をあらわし、エルフの身体は緊張を見せる。

 一人で歩く主人公の心細さが伝染していたらしく、ぎゅうと僕へ抱きついてきた。


 べったりと押し当てられた身体からは柔らかい感触があり、そしてそこからトクトクと小鳥のように心臓を鳴らしているのが伝わってくる。

 いつも思うが少女はどこか甘い匂いをしていて、こうして身を寄せられるとなおさら彼女自身の香りというものを感じてしまう。


 男として苦悩しつつも今の僕は語りべだ。

 柔らかく抱き返してあげ、そして頭の上からナレーションのように囁きかけることを心がける。


「わあっ!」


 そう彼女が素っ頓狂な声を上げたのは、魅力的なキャラクターが増えたせいだ。しかもそれは実に彼女好みの動物であり、もう少し強く彼女は抱きついてくれる。

 テレビと僕の顔を何度も往復し、解説を求めているのはきっと激しく好奇心が刺激されているのだろう。


 やがて物語としての山は越え、ほおっと少女も胸を撫で下ろしたようだ。

 そろそろと離れてゆく身体は名残惜しいものの、物語の主役達のような笑顔を見れるのは僕としても嬉しい。


 最後にはオープニングと同じ音楽が流れ、陽気さに誘われてか頭を小さく左右へ揺らしているのも微笑ましい。

 その音楽が終わるまでエルフは眺め続け、そして終わりを告げる単語が出て、ようやく物語の世界から抜け出ることが出来たようだ。


「どうだった?」


 反応が無い彼女へそう尋ねてみたが、聞くのは野暮だったかもしれない。

 だいぶ遅れてこちらを向いた顔は夢見心地のものであり、物語の魅力というものが伝わっているだろう表情をしていた。


「ええ、とても面白かったわ。会話はほとんど分からなかったけれど、見られて嬉しい」


 そう言い、高揚を表現するように僕へと抱きついてくる。

 物語から活力を得ていたのか思っていたよりも強い力があり、僕らはベッドの上で身を重ねあう格好となった。


「絵だというのに生き生きとしていて、とても不思議だったの」

「うん、ただの絵ではなくて物語だからね」


 胸に頬を当てている少女へと、僕はささやきかける。

 白く流れている髪に触れたくなり、そっと耳にかけるよう指ですくう。それが気持ちよいのか、とろとろと彼女の瞳は細められ、ふうと熱っぽい吐息を吐いた。


「うん……ええとね、ええと……私は本も好きだけど、想像しているときのほうが好き。ほら、想像は自由じゃない。さっきのあれは、他の人の想像の世界に案内してくれるものだと思ったわ」

「ふふっ、喜んでもらえて良かった。日本にはああいう娯楽が多くてね、日本語を覚えたらきっとたくさん楽しめると思うよ」


 ぱっとエルフは顔を上げ、本当にすぐ近くで弾けるような笑顔を見せてくれる。


「私、絶対に覚えるわ。こんなのに触れられないだなんて悔しくて悔しくて悲しいもの。ねえ、これはもう一度見られるものなのかしら? できればまた見たいわ」

「うん、何度でも見られるから操作方法を教えるね。見ているあいだに軽食を用意するから、たくさん楽しんで」


 良かった、とても興味を持ってくれたようだ。

 まあ僕も久しぶりに見たこともあって一緒に楽しめていたよ。ただ、それよりも彼女の反応のほうが楽しくてね……。


 キッチンで支度をしているころに、あの陽気なオープニングの音楽は流れてきた。

 エルフの鼻歌が聞こえ、振り返ってみると頭を左右に振っている様子だ。可愛さに笑いそうになるが、どうにかこらえて調理を進めようか。


 映画を見るときに食べられるもの、ということでパンケーキを作ることにした。簡単だし、はちみつもあるから丁度良いからね。


 たびたびベッドからは言葉の意味について質問を投げかけられ、僕は調理をしつつそれに答える。それはひどく平和な休日の過ごし方だったと思う。


 おやと思ったのは、同じ質問が来ないことだろうか。彼女はとても聡明であり、そして今はしっかりと魅力ある世界から手を引かれている。


 ――うん、これは大正解なチョイスだったかもしれない。


 そう思いつつ膝の上にトレイを乗せ、切り分けたパンケーキを食させる。物語に入り込んでいても「美味しいぃっ♡」と顔をとろけさせる様子はとっても可愛いよね。


 ぽすんっと彼女がベッドに倒れこんだのはアニメ、そしてパンケーキの魅力にやられたせいらしい。たまらなそうにゴロゴロと身体を左右に揺らし、近づいてきた僕に手を伸ばしてくる。


「ごめんなさい、力が入らないの。できれば起こしてくれないかしら」


 喜んで、と笑いかけ、華奢な彼女の手を取るとベッド端へ腰掛けさせる。いつもお人形のようだと思っていたものだが、今は本当にそれに近い。

 ふうと吐かれた息は夢見心地の熱っぽいものであり、とろんとした瞳を正面の僕へと向けてくる。


「あの田舎がとても綺麗で、夜も素敵だったわ。ねえ、あの場所も日本なのかしら?」

「ええと、だいぶ昔のことだと思うけどね。ああ、そういえばおじいちゃんの家があれに近かったかな」


 夢見ごこちの瞳はぱちっと見開かれ、そして僕を見つめてくる。

 ああ、5月の連休をどうしようか悩んでいたけど、ひょっとしたらこれが一番嬉しいのかな?


「じゃあ、連休はおじいちゃんの家に行く?」

「あ、あ、行きたいわ! その、もしもお邪魔で無ければなのだけれど……」


 行ってみたいという気持ちはとても強いだろうに、大人でもあるマリーはそんな気遣いをする。とはいえ僕の中ではもう決まっているかな。


「それじゃあ連休は田舎に行こうか。楽しみにしていてね、マリー」


 わああ、と顔を輝かせ、嬉しそうに彼女は抱きついてきた。その、正面からだとしっかりと胸の膨らみが伝わってきて……だいぶドギマギしてしまいます。



 その日のお風呂の時間には、湯船からアニメの主題歌が流れることになった。

 まったく、料理している僕の頬を崩壊させる気だな。くつくつと笑いつつ、メニューは出来上がってゆく。


 今夜は少しだけ香辛料の強いカレーにしてみようか、エルフさん。

 半透明になった玉ねぎへガラムマサラを投入すると、ぷうんと良い香りがキッチンへと広がった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ト○ロを見てるんだろうなーと想像しながら読みました お風呂に入りながら、歩こう歩こう、私は元気を鼻歌してるの可愛い
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