第147話 シャーリー参戦
チチッ、チチチッ……。
ぼんやり開いた視界には、なにやら変わった生き物がいる。
愛らしい瞳をし、小さなくちばしをこちらへ向けている様子へ、意識はゆっくり戻ってゆく。
すでに空は明るく、日本とはまるで異なる緑色の世界だ。
とはいえ、身体を動かそうにもマリーやウリドラから挟まれているので難しい。ゆっくり胸元のボタンを外し、餌用のパンクズを取り出そうとしたけれど、彼は待ちきれなかったようだ。
チューイッ!
ずぼりと小さな頭はポッケに潜り込み、えいえいと開いてそこにある朝食を遠慮なくついばんでゆく。元気だねぇ、君は。などと悠長に構えていると、ちょんともう一羽がやってきた。
鳥は小さく、指先くらいの重さしか感じられない。しかし元気良くついばむものだから、くすぐったくて仕方ない。
その騒々しさにエルフも瞳を開き、ぽやんとした表情を向けてきた。
「あら、あなたは鳥に好かれているのねぇ」
「おはよう、マリー。好かれているのは僕ではなくて、このパンクズじゃないかな」
そして胸に抱きついていたもう一人の腕も、ぴくんと揺れる。竜は目を覚まし、くああと眠たげな息を漏らすと鳥たちは逃げていった。
はらりと毛布は落ち、大きく伸びをする健康的な裸体から目を逸らす。
「んー、美味そうじゃと思うたら逃げおった。勘が良いのう」
え、食べようと思ったの? そういえば日本で鶏肉の味へ目覚めたとか言っていたかな。
そう考えながら、ポッケにあった残りのパンクズを近くへ放る。鳥たちは木の上からじっと見ているので、すぐ食べに戻るだろう。
もうひとり、目覚める者がいた。
立ち上がると同時に僕の身体から、すうっと抜け出てゆく者がいる。幽体であり第二階層主であるシャーリーだ。彼女は水中のように身を浮かし、ちょんと地面をつま先で触れる。ふわふわとした髪やドレスといい、まったく体重を感じさせない女性だ。
「やあ、おはようシャーリー。こうやって僕らは夢の世界で目覚めるんだよ」
ぱちぱちと彼女は青空色の瞳を瞬かせ、周囲をぐるりと見渡す。
日本で目覚めているあいだも時は流れているので、こちらの過ぎた時間はおおよそ14時間。そのことを空の色で察したのか、こちらへ振り返り「分かりました」という意味でうなずかれた。
では、カボチャの種を撒いたら、第三層への攻略参加を伝えに行こうか。
少女へ手を伸ばすと微笑と共に掴まれた。
地面に落ちていた枝を拾う。
くすの木に似たもので、薪に使っても良さそうだ。僕らがいるのはちょうど森の切れ目で、ぽっかりとした草原にはお日様の光が降り注いでいる。
「あら、皆がうらやむような特等席ね。川も近いし畑作りにぴったりだわ」
「そうだった、マリーは畑の経験者だったね。やあ、これは安心だな」
正直なところ畑づくりの経験は無いので、彼女の力を借りるとしよう。そう考えて腰を下ろすと、少女もすぐ隣へと腰掛けた。
先ほどシャーリーに聞いてみたところ、土地は好きに使って良いと言われている。無駄な開墾をしなければ伐採も気にしないそうだ。
「そういえば、ここは死者たちの魂を循環させていると言っていたわね。本当に伐採して良いのかしら?」
「ウリドラが言うには、循環していれば構わないんだって。朽ちれば土に還るし、そこから芽が出てくるから。その代わり火には気をつけろと言われているよ」
もしも火事になったら、この世界に消防車なんて無いからね。ただ、精霊使いである彼女がいればまず問題は無いだろう。
「それで、ここを畑にするとしたら、どんな準備をすれば良いかな?」
「まずは種から芽が出るかを見てからね。土もふかふかだし、雑草をどけて植えてみましょ」
なるほど、だったら力仕事は任せて欲しいな。腰まで丈のある草ばかりだけど、この夢のなかなら僕は体力があるからね。そう考え、ぐいと袖をまくると少女から手をかけられた。
「何をしているのかしら? 雑草をどけるだけでしょう?」
「え? だから草むしりをするんじゃないの?」
ハテナ、と互いに首を傾げてしまった。
ああそうか、なるほどね。僕の認識が間違っていたらしい。そう気がついたのは、ちょんちょんと少女は雑草を突つき、植物の精霊を呼び出す姿を見たからだ。
地面をびっしり覆う雑草たちは、ずるりと一点へ集まってゆく。ずんぐりとした手足、円筒形の胴体へと集合してゆき、雑草の消えた地面にはぽっかりと土が見える。
ふうん、僕もいろいろな精霊を見てきたけど、人型のものは初めてかな。……肥えた埴輪みたいなずんぐりむっくりだけど。
しゃがみこんだマリーは、彼と同じ目線になり話しかけた。
「ねえ、植物の精霊さん、お願いがあるの。何人か、向こうの日当たりの良い場所へ引越しをしてくれないかしら?」
そう尋ねると、彼はもそもそと顎の辺りの草を撫で、思案するような素振りを見せる。ぽん、ぽん、と頭から芽を咲かせながら彼はのそりと歩き出す。同じように数体が生まれ立ち去ってゆくと、ぽっかりと雑草の無い空間が生まれた。
「うわ、もう終わっちゃった。エルフっていつもこんなに楽をしてるの?」
「当然でしょう。人間みたいに汗をかいて雑草を抜くなんてしたくないもの」
さも当然、という感じで言われてしまったよ。
ともかくこれで畑作りは終わり、後はカボチャの種を土に撒くだけだ。ポッケに入れていた種は20粒ほど。これをぱらぱらと撒き、そして軽く土をかぶせてやる。
あとは水筒の水をやれば、土と気候が合うなら数週間で芽を出すだろう。
「ちなみに肥料とかってどうしているのかい?」
「もちろん土の精霊にお願いするわ。疲れてるみたいだから交代してあげて、って」
はあ、なんともまあ楽チンな暮らしをしているんだねえ。
呆れるやら感心するやらで息をひとつ吐いたとき、後ろから「おーい」と声をかけられる。振り返るとウリドラ、そしてシャーリーが小道から手を振っていた。
森の密度は深まり、空はもうすっかり枝葉に覆われトンネルのようだ。
とはいえ小道はよく管理されており、根っこでボコボコしているけれど歩くのに不自由はしない。自然の生み出したトンネルはずっと先まで続いており、曲がりくねっているせいで先を見通すことのできない不思議な光景をしている。
案内をするよう前を歩くウリドラは、黒髪を揺らしながらこちらへ振り返った。
「種まきは無事に済んだようじゃな。あのカボチャなるものは甘くて美味いから、芽を出すと良いのう」
「土に合うかはまだ分からないわ。精霊へ語りかけて芽を出させる事も出来るけれど、ここから先は種に任せたいわね。でないと弱いカボチャになってしまうもの」
ふうん、そういうものなのか。
隣を歩くシャーリーも、その言葉へ頷いたので間違いでは無いようだ。
しかし彼女の服装は少し気になる。
いつもはドレスを選ぶことが多いのに、今日はぴったりとした紺色ベスト、蝶ネクタイを付けた長袖シャツ、そして裾の広がった膝までのスカートという組み合わせだ。
どこか動きやすい服を選んだ令嬢のように見える。
「どうしたの、シャーリー。いつもと格好が違うね」
尋ねてみると、半透明の彼女からにこりと微笑まれた。その笑みも紺色のヘッドドレスを乗せ、束ねた髪を左右にくるりと巻いているせいでどこか上品だ。
謎めいたその笑みへ、きょとんと僕とエルフの少女は見つめあう。前を歩くウリドラも同じように楽しげな瞳をしているので、もうすぐ僕らへ教えてくれるように思える。
さて、このトンネルと同じように幻想的な光景が待っていた。それは樹齢何百年――いや千年を越えていてもおかしくないほどの大木だ。
ずんぐりとした木はまるで複数の樹木が集合したような存在感があり、どこか神聖なものとして僕らの目に写る。
見上げれば青々とした葉、そして緑色の小さな実が成っているのが見えた。
「これは……、ずいぶん立派な樹だね。それで、どうしてここへ案内したんだい?」
「ふむ、かつてここに何があったか覚えておらぬか?」
うん? 僕はここに来たことがあるのかな?
大樹へと近寄り、思わずその樹木へ手を触れる。ざらざらした感触と、風の抜けてゆく梢の音へしばし耳を傾けた。
――ここで何があっただろう。
からっぽだった第二階層広間を思い浮かべる。
あのときは暗くてあまり見えなかったけれど、僕はシャーリーから手を引かれたように思う。そして広間の中央へ案内されて……。
「あっ、石造りの……玉座?」
この大樹とは似ても似つかぬものを連想したというのに、ウリドラはにかりと笑みを浮かべた。そして歩み寄り、同じよう樹の肌へ触れる。
「これはシャーリーの本体じゃ。そしてあり方が変われば、存在自体も変わる。かつて封印を施された玉座も、今はこのような姿をしておるのじゃ」
へえ、と驚かされる。
以前に見たときは硬質で冷たいものだったけれど、今は神秘的な姿に変えているとは。ただ、どこか彼女と通じるところがあるように僕は思える。
ざあ、と鳴る梢の音が辺りへ響いた。
「そして、わしは封印の調整を行った。解くことを彼女は許さなかったからのう。ほんの少し、わずかな力をシャーリーは得たのじゃ」
「うん? つまりはどういう事かな?」
ほれ、と顎で向こう側を示される。
促された先へ視線を向けると、そこには静かに佇むシャーリーが目に映った。
気のせいか、彼女の姿はどこか色彩を強めてゆく。陽光に照らされ、束ねた髪は鮮やかな金色へと変わり、そして瞳はどこまでも澄んだ青空色へ。
ひらりと落ちた木の葉。
彼女が手を差し出すと、その上へ葉は乗った。
「あっ、葉を触れるなんて……。君はついに肉体を得たのかい?」
しかしその問いかけに、彼女は首を左右へ振った。
代わりに教えてくれるのは、魔導竜ウリドラだ。僕の背を押し、そしてシャーリーへ歩み寄りながら囁きかけてくる。
「幽体は幽体に過ぎぬ。生を持たぬ存在じゃからな。しかし、幽体を濃くすれば、人と同じような素振りをすることも許される」
ゆっくりと彼女の姿は大きくなる。
シャーリーは姿勢を正し、大きな瞳をじっと注いで待ち続けていた。
「さて一廣よ、何やらシャーリーが仲間にして欲しそうに見ておるぞ? このような時、隊のリーダーは何と声をかけるのじゃ?」
ああ、そういう事か。
第三階層の攻略へ同行するには、半透明な姿では無理だろう。そこでウリドラへ相談し、こっそりと封印を緩めていたのだ。
昨夜、僕とエルフで訪れた際にウリドラもいたのは、どうやらそういう理由だったらしい。なるほど、だから人前に出てもおかしくない格好をしていたのか。
ならば僕としてはこう声をかけるしかない。
「シャーリー、僕らの冒険の旅は長く苦しいもの……というよりは、楽しんでばかりだ」
両手を広げ、歩み寄る。
いつの間にやら隣にはマリーが並び、そして反対側はウリドラだ。どちらも瞳には楽しげな感情を宿しており、恐らく僕も似たような表情をしているだろう。
「美味しいものを食べて、古代の文献を読んで、そしてたまに適度な運動をするものだよ。ほら、騙されたと思って、僕と一緒に旅立ってみないかい?」
ぶふう、とマリーは吹き出した。くつくつとお腹をかかえて笑い、それからこちらへ顔を向けてくる。
「本当に、なんてひどい誘いの言葉なのかしら。まるで騙して連れ去ろうとしているみたい」
「あれ、僕の認識では古代迷宮はそういう場所なんだけどな。そう言うマリーこそ、はやく迷宮に行ってダイエットをしたいと思っていなかったかな?」
ドキッとした表情をするマリーへ、今度はシャーリーが吹き出した。
声はあいかわらず出ないようだけど、明るい日差しのなかで笑う彼女は、とても綺麗な女性として僕の目には映る。
そして両手の可愛らしいガッツポーズは、僕に騙されてくれるという意味かな?
なら良かったよ。これからは夢のなかでも一緒にいられるようだからね。
あれから憑依をされた日もあったけれど、彼女の抱えていた恐れ――迷子になり、置いていかれたように寂しげな感情は、もう感じ取れることは無かった。
どうにか彼女へ平穏を与えたいと思っていたけれど、こんな簡単なことで良かったとはね。まさか「遊びに行きましょう、シャーリーさん」と声をかけるだけで済むなんて。
さて、気になる彼女の能力だけど……それは旅路ででも聞くとしようか。
旅の支度を終えた僕らは、ようやくアリライ国へ戻ることにした。




