第14話 図書館ですよ、エルフさん
このあたりの地域には図書館などの公共施設がとても多く、なかにはテラスで本を読めるところもあるそうだ。ただ、そういった施設があるのは新しく開発された地域に多いので、歩いて行くには少し無理がある。
まあ今日のところはエルフの気に入るものを探しに来ただけなので、近場の小ぢんまりとしたところにしておこうか。
「わっ!……自動で開くなんて別に驚かないわ。ただ、ガラスが動いたから声が出ただけ」
うん、驚いてもべつに気にしないのに……。
きょろきょろと辺りを見回すマリーを連れて図書館へと入る。まだ開館したばかりで人は少なく、空調の効いた館内が待っていた。
廊下の壁には子どもたちの制作したもの、そして本の紹介などが貼られており、珍しそうにしているエルフの少女と一緒に眺めることにした。たぶん色紙を使ったカラフルさに目が惹かれたのだろう。
「図書館という場所は、想像していたものとまるで違うわ。もっと暗くて埃っぽいところだと思ったの。ほら、直射日光は本にとって毒でしょう?」
「ああ、そうなんだ。僕はほら、書物庫なんて入ることは無いからね。ただ革や紙というのは、確かに日光や湿度に敏感かもしれない」
向こうの本というものは手書きで写す必要があり、当然のこと高価なものだ。入館できる者も限られており、魔術師や身分などで判断されているらしい。都会であれば一般向けに書物を発売している店もあるが、まだまだ購入する者は少ない。
それなのに図書館には子供が主役という雰囲気があり、彼女は驚かされたらしい。
「まずは館内マップを見ようか。ええと、絵が中心の本が良いかな。試しに児童コーナーに行ってみようか」
「ふうん、子供が本を読むなんてやっぱり進んでいるのね」
うん、向こうではまだ印刷技術が無いからね。
高価な代わりに価値ある情報だけが詰め込まれているとも言える。などと思っていたのだが、マリーは首を横に振ってきた。
「ううん、そうではなくて識字率のこと。向こうで文字を読めるのは3割程度だと思うし、大抵は貴族や私達魔術師くらいしか見ないもの」
「ああ、そういえばそうか。といっても読めなくて問題はあまり無いからね」
もちろんマリーのような魔術師は文字が読めて当たり前だ。彼らは過去の秘術を解き明かすことを命題としており、情報の塊ともいえる書物を解読するのを基礎としている。
とはいえ一般人にとってはそんな大層な任務は無く、毎日の食事について考えていれば良い。それ以外にあるとしたら、ステータス画面を見られる者達くらいかな。とはいえ単語の意味を冒険者ギルドなどから教えてもらい、済ませている者が大半だ。
「うん、とりあえず図書室に向かおうか、マリー」
「……ちょっと待ってちょうだい。もしかして子供向けの本を私に読ませたいのかしら?」
「あ、興味を引くものがあるかなって思ったんだ。もしそういうのが無ければ別に構わないんだよ」
薄紫色の瞳が細められ、少し不機嫌にさせてしまったようだ。精霊魔術師の私が子供向けの本を見るなんて、という思いがあるのだろう。
とりあえず見るだけ見てみようと声をかけると、しぶしぶという表情でついて来てくれた。
さて、図書室へと入ると懐かしい光景が広がる。
ここへ訪れていたのはだいぶ前とはいえ、小学生のころから通っていた場所だ。久しぶりの光景と匂いに、つい懐かしさを覚えてしまう。
少しだけ感心したのは、受付の女性は軽く挨拶をするくらいで、しつこくエルフを観察しなかったことだ。読書をするための気遣いが出来るのはとても良いことだと思う。
あれ、そういえばあの女性には見覚えがあるな……。
たしか以前にもあの受付の彼女と何度か話をしたことがあったっけ。まあ今日のところはマリーが主役なので、彼女への挨拶は後回しにしようか。
「綺麗……。色がたくさん……」
本棚のあいだを歩いてゆくと、彼女はそんな言葉を呟いた。
廊下の張り紙もそうだったが、並んでいる背表紙はどれも色彩が多く、きょろきょろとエルフは興味深そうに見回していた。
そのとき、彼女の足音がぴたりと止まる。
振り返れば、薄紫色の瞳が本棚の一角へと注がれていた。数歩戻って彼女の視線を追うと……ああ、これに見とれていたのかと気付かされる。
その本の表紙には猫が描かれていた。
立派な帽子をかぶり、本物の猫のように澄んだ丸い瞳をこちらへ向けている。昼間、彼女はいたく猫を可愛がり、普段なかなか見れない表情をしていたものだ。
「気に入った本があったのかな?」
「べ、べつにそんな事は無いわ。ただ綺麗な色をしているから目を引いたのよ」
ふうん、と呟きながら、僕はその本をそっと手に取る。
見た目よりもずしりと重い装丁をしており、裏表紙を見ると海外で発行されたものだと分かる。
「試しに見てみようか。中も綺麗な色をしているんだよ」
「だから興味なんて無いのに……」
などと言いつつも、ちらちらと本への興味を示す瞳を向けている。おすましをしている彼女につい微笑をし、そして僕はページを一枚めくった。すると、これから猫を主人公とした物語が始まるのだと、開いたページから雰囲気が伝わって来た。
「確かこれは猫がいろいろな所へと旅をするシリーズだったと思う。前はもっと人気があってね、よく貸し出されていたのを覚えてる」
じいっと本を覗きこんでいる彼女へそう伝えると、丸い瞳をこちらに向けてくる。
「えっ、もう人気が無いの? だって、とても綺麗な本なのに……」
「絵本にも流行りというのがあってね。ただ、これからまた人気が戻ってくるかもしれないよ。……少しだけ座ろうか」
近くにあった丸い椅子を示し、二人で横並びになって座る。
だいぶ日は明るくなり、陽光は床に当たって室内を暖かくしてくれていた。
この室内にはたくさんの物語がある。それなのに、袖を握ってくるエルフの少女がいるというのは、少しだけ不思議な思いをさせられる。
「でも、朝に見たあの子にそっくりなのよ。とても可愛いのに……」
「良かったら読んでみない? 本もね、人に見てもらいたがっているんだよ」
ぺらりともう一枚をめくると、冒険へと一歩進んだ猫が現れた。
エルフは頬が触れそうなほど近くに寄り、そして絵本を覗きこむ。
「私も読んであげたいけれど……まだ文字が分からないの」
「うん、これは外国から伝わっている習慣なんだけど、眠る前に読んであげると良い夢が見られるそうだよ。気に入ったのを借りて、家で読んであげようか」
ぱちぱちと瞳を瞬かせ、マリーは僕へと振り返る。
「借りられるの? だって汚してしまったり、盗まれてしまうかもしれないのよ?」
「だから大事に借りるんだ。期限付きだから、ちゃんと一緒に返しに来ようね」
くいくいと僕の袖を引いてくる彼女は、先ほど猫に見せていた表情に近しいものをしている。
決まりだねと囁いて、本を閉じ、そして彼女へと絵本を差し出す。大事そうに受け取った彼女は、ぱあっと周囲が明るくなるような笑みを浮かべた。
このときばかりは受付の女性も、ほわんっと頬を染めてエルフの表情を楽しんでいたようだ。ふわふわと頭の周囲に花が舞っているような、そんな顔をしていた。
「ありがとう、すごく楽しみだわ」
「うん、それじゃあ他にも気に入るものがあるか一緒に探そうか」
まあ、子供相手にする習慣だということは黙っておこう。かくいう僕がマリーに読んであげたいのだ。眠そうに目をこすり、続きをせがむエルフかぁ……うふふ、楽しみになってきたぞ。
熱心に絵本を見比べるマリーの姿に、僕は少しだけ考える。
ふむふむ、マリーは絵に興味があるのか。考えてみれば絵という娯楽は貴族のものであり、もっとしっかりとした重厚な物だ。当然、子供向けなどという発想は無い。
考えてみれば日本では子供というのはまず絵本やアニメなどから言葉を学んでいるところがある。そういう意味で、アニメというのも入りとしてアリなのでは……などと思わせるのだ。
とはいえあまりに子供向けすぎると退屈してしまうかもしれない。
大人も子供も楽しめて、かつ興味を引けるもの……?
ぴんっと頭に浮かぶものがあったので、あとで帰り道にでもビデオを借りることに決めた。
彼女は時間をかけて悩み、結局は先ほどの猫の絵本シリーズを3冊ほど選ぶことにしたようだ。
貸し出しをするためにカウンターへ向かうと、受付の女性は慌てて姿勢を正しているところだった。




