第131話 黒薔薇園での軽食
黒薔薇の館と称されるダイヤモンド隊の本拠地は、他の総主らの邸宅と比べて広く、また歴史も古い。
雨季を過ぎ、名づけの元となる黒薔薇は庭へ咲き乱れ、館はもっとも美しい時季を迎えている。
そういうわけで、日差し除けの木の下にはお茶を楽しめる席を用意され、僕らはそこへ案内された。席へつけばお茶や菓子など運ばれてくるという嬉しい歓迎に、僕とマリー、それに黒猫は甘えることにした。
「んー、上げ膳据え膳だなんて申し訳ないなぁ」
「いーよ、別に気兼ねしなくて。というかさ、もうここのメンバーになっちゃったら?」
と、肩を露わにしたメイド姿で、頬杖をついているのは先ほどのイブだ。
先日、とある一件で彼女を助けてからというもの、こうして親密な関係を築けている。ダークエルフの友人ができるのは初めてだけど、くだけた口調といい何気に優しい性格をしていたりと、種族の悪評を消し去ろうとする女性だ。
とはいえ、メンバー勧誘をされた事へ、僕らはきょとりと目を丸くする。
「え、ダイヤモンド隊はもう10人くらい居るのに、まだ空きがあるの?」
などと尋ねてみると、向かいの席へ座り、茶を淹れていたドレス姿の女性は瞳をこちらへ向けて来た。
宵闇色の瞳、そしてツタのようにうねる髪をした彼女はプセリという名で、この館を継いでダイヤモンド隊の総主についている。
「むしろ、あなた方を入隊させたい所は山のようにあるのではありませんか? 第一階層、第二階層の主を倒したなら、無理をしてでも勧誘してくるでしょうし」
「まあ、それを避けたいのでここに滞在していると言いますか……」
やっぱり、とプセリの瞳から感情が伝わってくる。
そういうわけで、最も高い実力を持つダイヤモンド隊と懇意にしておけば、他はきっと諦めてくれるだろうという魂胆だ。
会話を聞いていたマリーは、茶をひとくち飲んでから唇を開いた。
「ごめんなさい、隠れ蓑のように滞在させていただいて。ただ、とても居心地の良い素敵なところですね」
「ええ、ありがとう。とはいえ私としても助かっていますよ。他に入られてトップチームの立場を脅かされても困りますしね」
まあ、そのようなギブアンドテイクの関係なので、僕らとしてもあまり気兼ねなく過ごせる。それだけでなく、再結成をしたばかりの彼女らを、少しは心配してたりするんだけどね。
ふと思い出したことがあり、イブへ視線を向けた。
「そういえばザリーシュはまだ城から戻らないのかな? もう何日になるんだっけ」
「5日、かな……。うん、まだまだかかるだろうけど、彼は頑丈だし絶対に平気だよ」
ほんの少し悲しげな瞳をし、イブは頷いてくる。
非道な男ではあったが今では彼女の管理下にあり、そのおかげで隣国ゲドヴァー国の魂胆を聞き出している最中だ。
「でも、大事なことだとあたしは思ってるんだ。ザリーは反省したけど、それは周りの人に示さないといけない物だから」
苦しそうに言うイブは、最愛の者だからこそ罪は罪として裁かれるべきと考えているのだろう。そして同席のプセリはというと彼女の肩を優しく撫でる。
彼女らが逃亡をせず告白をしたのは、この地に住み続け、皆と過ごしたいという意思。そして気遣うプセリは統主として正しい方向へ導いてくれるよう僕の目に映る。
とはいえ、彼女たちが適切に進めてくれて助かっている。
僕らとしては滞在しているに過ぎない国だし、下手に動いて目立ちたくないという思いもある。ほら、目立って良いことなんて無いからね。
イブはゆっくりとお茶を飲み、そして青空を見上げる。
いつかまた元通りに生活できる日を、彼女は待ち望んでいるのだろう。
さて、そわそわしているエルフさんは、たぶん「海」そして「畑づくり」に意識が向いていると思う。日本でなかなか寝付けないくらい楽しみにしていたのだし、彼女のためにカバンから地図を取り出してテーブルへ広げる。
旅を楽しむなら、その道中も知っておいたほうが良いからね。
「ねえねえ、海ってどのあたりなの?」
「そうだなぁ……、エスケとビィッセの中間、オルド海に面したあたりだね」
すいすいと粗雑な地図の上を、僕の指は動く。
南国の楽園はここからずっと東にあり、おそらく徒歩では数ヶ月かかるだろう。陸路より海路のほうが現実的だと思うけど、そうしたら船賃はべらぼうに高い。
ぽかんと見ていたイブは、青い瞳をこちらへ向けてくる。
「あのさあ……、まさかそんな遠くまでこれから行くわけ?」
「うん、そのつもりだけど?」
すっかり南国の世界を夢見ているエルフさんは、イブの突込みをまるで気にしていない。その表情を見て、ダークエルフは青い瞳を瞬かせた。
「まさか、行ける、わけ?」
「うん、だから行けるよ。ほら、僕は移動系に特化してるからね」
「うっそでしょ! 行きたい行きたい、あたしも行きたいっ!」
ばんっとテーブルを叩いて立ち上がるや、彼女のドアップは迫る。むむむと褐色肌の女性から詰め寄られ、思わず僕はのけぞってしまう。
えぇーー……、君はザリーシュを心配してるんじゃなかったの?
そういえばと思い出すのは、イブは海の出身ということか。となると海に対して相当な思い入れがあるかもしれない。けど……。
「えーと、無理かなぁ。僕の技能は体重制限が厳しいから」
「別に太ってないし! 普通だし! ほらお腹だってくびれてるよ!」
そう言い、ずぼりとメイド服のシャツを引き抜き、くびれた腰周りと健康的な筋肉を見せてくる。当然、僕としては思い切り茶を吹き出すしかない。
そんな彼女へ、がつんと頭を殴りつけたのは統主のプセリさんだ。
「おやめなさい、殿方の前でみっともありません!」
「う、デブじゃ、ないもん……」
ぐしゅっと鼻を鳴らしてしまうのは、頭を叩かれたこと、海が遠ざかったこと、そしてデブ疑惑を突きつけられたせいかもしれない。
「ええとイブは太ってないし、どちらかというと僕の技能が至らないんだ。本来は一人用のものだから、マリーと僕くらいでないと無理なんだよ」
「うん……、そっかぁ……。それで、どうやったら一緒にいける?」
おうふ、と僕らは凍りつく。
ちゃんと説明をしたはずなんだけど、真っ向から突破を図ろうとしてくる事に驚かされる。うーん、やはり今までに出会ったことのないタイプだぞ、イヴリンは。
僕は気づかなかったけど、怪訝な表情をプセリはしていたらしい。
彼女はイブと長い付き合いであり、性格を知っているからこそ少年へ甘えているような態度が気にかかったようだ。
「イブ、どうしてそう駄々をこねるのです? カズヒホさんはまだ小さいというのに、甘えるような事を言って」
「え、だってほら、カズ君って落ち着いてるし、大人っぽいし、頼れるでしょ?」
「…………は!?」
間の抜けた声は僕とマリーのものであり、かしかし頭を掻いていた黒猫も思わず眉間へ皺を寄せてしまう。うん、子猫とは思いづらい「なんだって?」という変な表情だね。
そしてプセリさんから見つめられ、こちらとしては非常にいたたまれない。
この世界――夢のなかで僕は15歳前後の外見だ。おまけに生まれつき眠そうな顔をしているし、髪も瞳も地味な黒色をしている。
なんとなく力無く笑いかけてみると、彼女は数センチほど小首を傾げた。
おまけにイブはというと、後ろから僕の肩を掴み、「ね? ね?」と押してくるものだから……、どこの生き地獄かなと思えてしまう。それとあの、胸が当たってるからやめてください。
やはりプセリさんは眉間を指で押さえ、ふうーっと重いため息を吐いた。
「イブ、あなたのことが、またひとつ分からなくなりました」
「ちょっ、ひどくない!?」
があん!と僕とイブはショックを受けた。
「ええーーっ!? どういう事ですか!!」
そのような大きな声に、木陰で休んでいた小鳥達は飛び去った。
僕としても驚かされる。真面目なマリーにしては珍しい大声で、怒りを露にするなんて。
対するプセリさんはというと、形の良い眉を少しだけ申し訳なさそうに下げて説明してくれる。
「昨夜になり突然、出国禁止令を正式発令されたのです。こればかりは運が悪いとしか言いようがありませんね」
「だってそんな……、私達はアリライ国に属していないんですよ? そのような事は横暴です!」
とはいえ詳しいことはプセリさんも知らされていないらしく、マリーからの質問には答えられないようだ。
うーん、どういう事だろう。
正直なところ、僕はザリーシュの証言について何も聞いていない。彼のことで知っているのは、隣国とのつながり、そして地下迷宮への探索を妨害していたことくらいか。
彼がのし上がろうとしていた事は分かる。しかし、隣国ゲドヴァー国の狙いはまだ知らないのだ。ひょっとして今回の措置と何か関係しているのだろうか……。
そして出国禁止令というものは各国が自由に発令できる。
これは僕の長距離移動さえ封じるものであり、隠れて越境することも出来ない強力なものだ。
しかしそのぶんリスクもあり、主に物流面への負担は大きい。
国土として恵まれていないアリライ国は、当たり前だが物流頼りで、もし長く続ければ国は崩壊しかねない。
となるとかなり重要な意図があってのものだ。
気にはなるけれど、それよりも南国へ行きたがっていたマリーとウリドラは見ていて可哀想に思えてしまう。……でも、どうしてイブまで悔しがっているのかな。
さて、そのような折に、黒塗りの馬車はこの館へ近づいていたらしい。




