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第130話 異変

 

 薄暗い部屋に、かつ、かつ、と時は刻まれる。

 部屋へと響く秒針は、過ぎ去る時を表す。普段であれば何でもないこの音は、果てしなく貴重なものだと魔術師アジャは思う。


 深く刻まれた皺には苦悩を、浮き出た汗は彼――拘束されたザリーシュの言葉を十分に理解してのものだ。


 傍らに座り、話を聞いていた指揮官ハカムもまた老人と同じ種類の汗を流す。顔を拭えば、ぬるりと嫌な感触が待っていた。

 赤銅色をした肌、張りのある肉体はまだまだ現役として活躍できる軍人であり、数多の戦場で指揮をした男でもある。


 彼らは地下迷宮攻略の任につき、数百名規模の統制を行っている。しかし彼らをもってしても、勇者候補であったザリーシュの証言は衝撃的であった。いな――、国を、そして大陸を根本から破壊してしまうような内容だ。



 さて、ザリーシュが王城に現れ、罪を告発すると申し出たのは、もう4日も前のこと。勇者候補として将来を期待されていただけに皆は何の冗談かと笑っていたのだが、それから真実味のありすぎることを語りだした。


 統主マスターへ昇格されたプセリも同席し、彼の言葉を首肯したことで皆はようやく理解する。彼の言うことは真実であり、気がつけば彼らは悪夢のただ中へ囚われていたのだと。



 なぜ地下迷宮は活動を再開したのか。

 いま地下迷宮になにが起きているのか。

 そしてなぜ、隣国ゲドヴァー国は攻略の阻害をしてきたのか。


 それがいま、繋がった。

 いや、繋がってしまった。


 この場から逃げ出すことは許されない。

 たとえ滅亡へ向かうとしても、彼らは数え切れぬほどの部下を失っている。志半ばで倒れた者を思えばこそ、踏みとどまることしか出来ない。


「――アジャ」

「うむ」


 ならばもう行動するしか無い。

 ザリーシュへの尋問は長時間に渡り行われ、絞りかすのような印象さえ与える。上半身を裸にさせられ、頭から布をかぶせられ、そして全身には無数の傷が……。

 痛々しいというよりは、まるで王族たちの恐怖を表しているよう、彼ら2人の目には映る。


 つまりは地の底に眠る恐ろしいものを、信じたくないというおそれ。嘘だと言ってくれと、彼らは駄々をこね続けたのだ。


 そしていま、王族からの願いを彼らは託されてしまった。

 それは売国奴ザリーシュからさらなる情報を引き出し、古代からの厄災をどうにかしろという無茶な願いだ。


「……相変わらずひどいものだな王族というのは。散々、地下迷宮の甘い汁を吸っておきながら」

「美味い食事であろうと、毒を盛られておれば仕方なかろう。腹をくくれ、国ごと消える瀬戸際じゃぞ」


 いつものように軽口を叩きあい、ほんの少しだけでも良いから心を落ち着かせたかった。しかし彼らの顔色を見るに、うまく行かなかったらしい。


「しかし何故だ、伝承によるとこの世界で目覚めるはずが無いだろう」

「だが目覚めたのもまた事実。外から何かの因子が働きかけておるのか、あるいは……」


 ザザ、ザーーッ、ザザ!


 会話をさえぎるように、魔具からは砂嵐に似た音が響く。

 その王族らの放った特殊部隊による悲鳴混じりの報告は、やはり予測する通りの内容だった。


「 封印はできない! 繰り返す、地下迷宮を再封印することはできない! 」


 決死の任務を行った彼らへ、ねぎらいの言葉をかけることも難しい。それほどまでに2人は――いや、アリライ国は追い込まれている。


 時間はない。

 推測する材料もない。


 しかし2人は追い詰められたものだけに許される、獣じみた勘を行使する。

 この戦いに希望を見出せる者が、もしいるとしたら?

 脳裏に浮かんだのは、あの……。


「すぐに動くぞ。このために王族を脅かす以外の行使権を得たのだ」

「ははは、そこまで追い詰められた王族どもの顔を、わしも見てみたかったぞ」


 薄暗い部屋へ、ぎらりと2人の双眸は輝いた。

 それは北瀬らの目覚める前夜の出来事だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「んー……」


 目を覚ますと、刺繍入りの見慣れないカーテン、そしてベッドに迎えられる。


 そういえばと思い出すのは、黒薔薇の館へ宿泊したことだ。アリライ国のトップチーム、ダイヤモンド隊の暮らす館へ滞在を許された僕らは、ときどきこうして泊まりにくることもある。


 肌触りの良い布団にくるまれ、そして抱きつく少女の体温を感じる。

 真っ白い髪をした少女は、くうくうと気持ちよさそうな寝息を漏らし、僕の腕を枕にしていた。


 わずかに身じろぎするとエルフ族特有の長耳は揺れる。

 ぴんぴんと眠そうに震わせ、そして白いまつ毛は開かれた。薄紫色の瞳は鮮やかで、花が咲くような美しさを覚えるものだ。


「やあ、おはようマリー」

「……あ、かぼちゃ……種……」


 ぽやんとした瞳でこちらを見つめ、そして目覚めの挨拶より先に気になることがあったらしい。寝ぼけているのか、マリーはずりずりと上へ乗ってくる。

 昨夜、枕元に置いたかぼちゃの種が、こちらの世界――夢のなかへ届いたか気になって仕方ないようだ。


 絹を混ぜた寝巻きを着た少女は、枕もとの台へ手を伸ばしているけれど、すぐ鼻の先へ少女の膨らみがあることは……うん、とりあえず気にしないようにしよう。などと懸命に膨らみを避けながら考える。


「わっ、あるある。種があるっぽいわ!」

「あ、本当? さすがに野菜の種を持ち込むのは初めてだなぁ」


 がさがさと紙包みを少女は振り、中身の詰まっているだろう音は僕にまで聞こえてくる。

 昨夜、日本で食べたかぼちゃには種がいくつか残っていた。それを紙へ包み、お弁当と一緒に持ち込んでみたのだ。

 飲食物しか運べないというルールだけれど、炒って食すことの出来るせいか制約には引っかからなかったらしい。


 マリーは中をちゃんと確かめたいらしく、のしりと僕の上へ座る。


(うわ、普通に座られちゃった……!)


 寝起きのぬくぬくとしたお尻は……あまり意識をしないほうが良い。でないと、ぷるんと瑞々しい感触に頬を赤らめることになる。


 ともあれ、やはり中身は無事だったらしく、目の前に見せられた少女の手には、やや黄色っぽい大きめの種が乗っていた。


「うん、大丈夫そうだね。だったら後でシャーリーのところへ持ち込んでみようか」

「そうしましょ、きっと小さな畑くらいなら許してくれそうね」


 だいぶ目を覚ましたらしく、少女はにこりと嬉しげに微笑んだ。カーテン越しに陽光は差し込み、かぼちゃの種をいじるマリーをぼんやり染めているのは、どこか平和的な空気を覚える。


 どうやらエルフ族にとって畑というのは楽しみなものらしい。もちろん現代人である僕も、土いじりには興味がある。都内では好きに園芸できる土地なんて貴重だからね。



 さて、ダイヤモンド隊の屋敷を寝床にしたのには理由がある。


 僕らの「夢の世界と日本を行き来できる」というのは、できるだけ知られたくない。もし知られたら、どういう事になるか予測しきれないからだ。


 しかし、このような野菜くらいなら持ち込んで問題ないと僕は考えている。というのも第二階層の広間、シャーリーの管理下に植えれば、もし見つかっても「彼女の作ったものだから僕は知らない」という言い訳をできるからだ。


 さて、それではなぜこの屋敷へ宿泊したかというと……。


 ――とんとん。


 扉をノックされ、僕らはくるりと振り返る。来客用にしては部屋は広く、扉はだいぶ遠くにある。天蓋つきのベッド、落ち着いた家具、そして木漏れ日の差し込む部屋は身分不相応な感じがしないこともない。

 どうもこの世界の住人は、来客への対応を丁重にし過ぎている気がするなぁ。


「はーい、起きてますー」


 そう返答をするとガチャリと扉は開かれ、やはり褐色の肌をしたダークエルフ、イヴリンは顔を覗かせた。メイド服を着ているけれど肩まで露にしているのは、たぶん彼女なりにアレンジしているのだろう。

 しかし僕らを見るなり顔を赤くし、すぐに扉を閉じてしまった。


「あっ、邪魔してごめんね! まさか朝からそんな……でも2人はお年頃だから仕方無いよね」


 …………はい?

 僕とマリーは顔を見合わせてしまう。


 はたと気づくのは、またがった姿のマリーに彼女は誤解をしたのでは、ということだ。

 ぼんっ!と少女の顔は赤くなった。


「ち、ちがっ! 私たちはそんなんじゃ……、イブ、分かってからかってるんでしょ! 違うから入ってきてちょうだい!」


 悲鳴じみた声をあげ、マリーは慌ててベッドを降りる。そして思い出したよう振り返り「忘れていたけれど、おはよう一廣かずひろさん」と囁いてから扉へ駆けていってしまう。


 ええと、まあとにかく、僕らの秘密を知る友人、イヴリン――通称イブは寝ている間もしっかり部屋を管理し、情報を漏らさないようにしてくれる。この辺りはさすがダークエルフ忍者といったところか。


 そういうわけで、安全、快適に僕らは夢の世界を楽しめるわけだ。

 では僕もそろそろ起きて、上流貴族の朝というものを堪能させていただこうか。


 ひとつ伸びをし、爽やかな陽光のなかベッドから降りた。


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