第12話 魔石のかがやき
暗く、蒸した部屋だった。
激しい日差し、そしてオアシスからの湿気により腐食を続けているこの部屋には、壁にいくつもの穴が開いていた。
苔むした亀裂から、そろりと男は顔を覗かせる。
見下ろす先には二人の子供が食事をする光景があり、彼らの呑気さに男は呆れの息を吐く。
まるでピクニックにでも来たような光景だ。しかしここは上級者向けの野外であり、子供二人だけでああして生き残っているだけで並の者では無いと分かる。
それを静かに観察する男は赤銅色に日焼けをしており、もう何日も身体を拭いていないと分かる体臭をしている。回りにいる者たちも同様で、一様に鋭い目つき、そして怪しい気配を放っていた。
剣呑な瞳で観察しつつ、男は口を開く。
「なんだあいつ、小さいナリしといてとんでもねえぞ」
「レベル50……いや、60ってトコか。クッパーは早くて硬いが、あのエルフが弱点の防御低下系を使ってんだろ。それにしても殲滅速度が普通じゃねえな」
ふうむ、頭領と思わしき男が顎ヒゲを撫でる。
やや黄色い目玉がぎょろりと動き、彼らの所持品を物色すべく【金貨を漁る者】を使用した。
この技能は対象が物なので気取られづらく、また探知不可などの対抗策をしている者は少ない。ただし分かるのは対象の価値までだ。
「……はっ、小さいカバンのくせして凄え匂いがするなぁ。おう、やるぞ」
その言葉に、がしゃりと鎖が鳴り、振り返ると小柄な人物が怯えきって震えていた。彼らよりもずっと小さく、そして汚いローブから覗いている手足はやせ細っている。
のそりと頭領が近づくと、小柄な者は壁際でうずくまり、気の毒なほどさらに身体を小さくさせる。
「なあ、怯える必要は無えだろ? これは俺たちの立派な仕事で、稼がないとお前は飢えて死ぬんだ。もう何人もおまえが殺してんだし、今さらガキの二人が増えたって構いやしねえよなぁ?」
「…………ッ!!」
フードから覗く瞳は恐怖を表すよう見開かれ、ただカタカタと身体を震わせ続けた。怯えきる様子を見て男たちは下卑た笑いを漏らし、すぐ手にするだろう稼ぎを考え始める。
どうやらあの子供二人は知らなかったらしい。この遺跡はいま、国から危険区域として指定されていることに。
原因不明の事件が何件も起きており、戻らぬ者は数多い。
そしてまた、今日も哀れな犠牲者が生まれようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつものランチタイム……という割にはマリーの表情は暗い。いつもお弁当を美味しそうに食べてくれるのに、今日はどんよりとした気配を放っているのだ。
何か機嫌を損ねたのだろうか……。そう思い、冷や汗をかきつつ見守っていると、彼女の唇はブツブツと動き出す。
「3時間ちょっとで5レベルアップ……1レベルでも数年がかりだったのに……」
「えっと、うん、良かったね。マリーならきっと大丈夫だと思ったし、あんな正確に魔法を当てられるなんて大したものだよ」
精霊魔術というものを初めて見たが、確かに将来が期待できるものだった。
前もって魔術の準備ができ、開戦と同時に放つことができる。さらには丁寧な彼女らしく術の精度がとても高く、狙いを外すことは一度も無かった。
先攻型の魔術師かぁ。なんだか面白そうだね。
のん気にそう思っていたのだが、じとりと薄紫色の瞳がこちらを向くと、僕の頭からは冷や汗が流れてしまう。
少しだけ頬を膨らませた表情は可愛らしいが、彼女からはなんとも言えない迫力を覚えるときがある。
「……あたしのこれまでの年月は何だったのかしら?」
「えぇー、でもほら、熟練レベルはまた別なんだよ。そっちはちゃんと頑張る必要があるんだし」
そう伝えると、マリーは「うーん」と小さく声を漏らし、胸のわだかまりを感じさせる顔をする。ふすんと可愛らしい鼻息をひとつし、それから妙に冷静な声で話し始めた。
「いえ、違うわね。カズヒホにはやっぱり正直に言うわ」
な、なにをだろう。ドキドキしながら見つめていると、エルフは息を吸い、そして告白した。
「魔術ギルドの人たちが、いつもレベルの事ばかり言ってくるからスッとしたわ! あの人たちだけスクスク育って腹が立っていたのよ!」
「あ、そ、そうだったの……」
カッと迫力のある顔でマリーは胸中を吐露したが……やっぱり怖いね、そういう実力社会って。まるで受験戦争みたいで、僕みたいな一般人はゾッとするよ。
その正直な告白のおかげでマリーの気は晴れたらしく、互いに苦笑しあってからランチを再開した。
「でも、ずっと離れていて少しだけ残念だったわ。私、お話しながらレベリングをするのを楽しみにしていたの。ほら、あなたって面白いでしょう」
「ええ、面白いかなぁー……。でも僕もそうだよ。誰かとレベル上げをして遊ぶことなんて無かったし、実はずっとワクワクしてた」
にこりと笑ってそう言うと、もう少しエルフの表情は明るくなる。
鮮やかな色をした唇で微笑まれると、宝石じみた薄紫色の瞳もあいまって周囲が明るくなるように思えるときがある。その美しい瞳で、マリーは僕を覗き込んできた。
「今は足を引っ張っているでしょうけれど、いつかきっと私が居なければ困るようにしてあげる」
見てなさいという照れのある微笑みは、不覚にも胸が高鳴るのを覚えてしまう。ひょっとして彼女は僕とずっと一緒にいてくれるのだろうかと、淡い期待をしてしまう笑みだったのだ。
真珠のような歯を覗かせ、うっすらと頬を赤くさせる様子に、僕は年甲斐もなく見とれてしまった。
ひゃー、まったく冗談みたいに可愛い子だな。
さて、失われた魔力を回復するべく、ゆったりと僕らはお茶を飲んで過ごす。
魔力の量というのは人それぞれで、どうやらマリーは少々多めらしい。回復するにはこうして休憩をするか、あるいは魔力そのものを薬として服用する。しかし薬は高価だし、このようなのんびりとした時間を僕らは好んでいるのでそもそも必要無いのだ。
オアシスからは冷たい風が流れており、いつしかマリーも顔色が良くなってきたように思える。たぶんだけど、先ほど珍しくイライラとしていたのは魔力切れも影響していたのかもしれない。
「じゃあ技能の入れ替えをしよっか。レベル32になったから……あ、やっぱり技能に空き枠ができた。なら【多大なる経験】を入れない? これもなかなか珍しい技能で僕も羨ましいくらいだよ」
「あら、入れ替えないで済むのならそうしようかしら。カズヒホはそういう経験向上系は無かったのね」
うーん、あんまり僕も詳しく無いんだけどね。
噂によると経験値アップ系の技能は、僕みたいなバラバラとしたスキルを持っていると発生しづらいと聞いたことがある。逆にマリーのような特化タイプなら発生しやすいそうだ。
「ふーん、分からないけれど、向き不向きということかしら。ほら、あなたの場合は釣りや言語系、それぞれ経験が異なるでしょう? 釣りをしても職業レベルは上がらないけれど、私の場合は大抵は経験が一つに繋がっているから……かしら?」
うーん、分かるような分からないような……。
まあ、とにかくこれでまたレベルアップ効率が良くなるので、今日はもう少し上げられそうだ。
などと算段をしているときに、むずりと背筋に悪寒が走る。
魔物から不意打ちをされないよう直感を上げており、何者かが悪意ある感情を向けて来た気がしたのだ。
(おかしいな、それほど危険な相手じゃないと思ったんだけど)
良からぬ者が潜伏しているのには気づいていた。だからこそレベリングを続行し、こちらの実力に気づかせたのだ。
彼らはてっきり遠ざかると思い込んでいたのだが……しかしそれは失敗だったのだろうか。
そう考えていると、きらりと光るものが頭上に見えた。
「どうしたの、カズヒホ?」
「ほら、あっち。向こうの建物に誰かが……」
見上げた先、崖の中腹にある建物に誰か立っているのが見えた。怪訝に思い、その人物をじっと二人で観察をする。
とても汚い布を着ており、痩せた手足が覗いている。よく見ればそれぞれに鎖がつけられ、さらには獣人と思わしき毛並みが覗いていた。
「……獣人の子供かしら? それにあれは、まさか魔力触媒?」
ぽつりとマリーは呟き、目をこらしてみると確かに子供は石を手にしていた。あれが先ほど気がついた光源だったらしい。
僕らが見上げている前で、子供は石を空へ掲げると共に……異変はすぐにやって来た。
ずずずずず……!
オアシスの辺りから地鳴りが響き、そして身を寄せ合う僕らの前でゆっくりと地面に穴が開いてゆく。蟻地獄のような円型の穴であり、そこから何かが這い出てくるのが見えた。
どどどお、と大量の砂を巻き上げ、まず見えたのは巨大な頭。分厚い頭骨は恐らく1メートルはあり、いくつもの複眼が横にぎっしりと並んでいる。波打つ胴は真っ赤な蛇のようであり、とぐろを巻いてオアシスへと土砂をまき散らす。
ギコココッ……
ギココココココオ……ッ!!
触手だらけの口をばくりと開き、そいつは鳴いた。
「きゃあ……っ!!」
咆哮だけで頭をガンと叩かれるような衝撃だ。たまらずマリーは悲鳴を上げ、守るべく僕は抱き支える。
悲鳴を聞きつけたのか、複眼を一斉にこちらへ向けてくる様子にゾワリと総毛立った。
「気づかれた……っ!」
高台まで迫ろうとする巨体はバクリと巨大な口を開き、そしてその直後、熱砂による濁流が吹き荒れた。
むくりと僕とマリーはベッドから起き上がった。
寝ぼけまなこで互いに見つめ合い、それから同時にほっと安堵の息を吐く。やあ、夢で済んで良かったよ。などと思い、つい抱き寄せると耳元に「ひゃっ」と小さな声が響く。
……あ、寝起きのせいで調子に乗っちゃった。
とはいえパジャマごしに伝わる体温は心地よく、じっとしているといつしか彼女も柔らかく抱き返してくれる。
その体勢のまま、ぽそぽそと耳元へマリーは囁きかけて来た。
「とんでも無かったわねぇ。ほら、まだ胸がどきどきしているの」
「うん、僕もびっくりしたよ。なんだったのかな?」
もう夢の世界のことなので分からなかったが、彼らは必死に僕らの亡骸やカバンを探していたらしい。まあ申し訳ないけどね、僕らはちょっとだけ特殊なんだよ。
「あら、もう6時じゃない。ある意味でちょうど良かったのかしら。それじゃあカズヒホはお仕事の準備をするの?」
「ううん、今日は土曜日だからね。マリーの勉強を手伝ったり……あ、そうだ、せっかくだからお出かけしようか。さて、どこか面白いところは無いかな」
などと呟きながら近くにあったスマートフォンを取り寄せる。外はだんだんと明るくなり、僕らにとって初めての日本の週末は始まった。




