第114話 夢と魔法の国へ行きましょう⑧
梅雨時期にしてはよく晴れ、日中は暑さを覚えるほどだった。
それも陽が落ちると過ごしやすい気温へ変わり、風のせいか沢山の人で賑わっていてもそう苦ではない。
夜空にはかすかに星も見え、僕らは階段や手すりへと腰掛けてショーの始まる時を待っている。ほのかにライトアップされているものは、テーマパークへ入場してすぐ見かけたお城だ。
絵本のワンシーンに出てきそうな西洋風の城を、マリーは飽きることなく見上げていた。その横顔はどこか寂しそうであり、そしてまたこれから始まるショーを楽しみにしているようでもある。
残念ながら、楽しい時ほど時計の針は速く回ってしまう。
だからこそ時というのは貴重だと、僕のような人間だけでなくエルフや竜も感じているかもしれない。
「本当に、凄くあっという間ね。驚いてばかりで、なんだかたくさん悲鳴をあげた気がするわ」
「見事に叫んでいたね。ただ僕としては、元気なエルフさんを見れて得をした思いだけれど」
おっと、マリーさんが半目でこちらを睨んでいるぞ。
階段へ座っているので、いつもより彼女との背丈の差は少ない。そのせいで簡単に両方の頬を、きゅうとつねられてしまう。あが、と変な声を出したものの、ちょんと鼻と鼻で触れてくると……その、心臓が変な音を出してしまいます。
「あなたに悲鳴をあげさせる方法を、私は5つ知ってます。さて、1つめを教えて欲しいですか?」
「いえいえ、できれば遠慮したいところれふ」
というよりも、つねる以外に4つもあるのか。
はったりだ、はったりに決まっている……と言いたい所だけど、本当だったら困るから黙っておこうか。
ごめんなさいと伝えると、「ん」と頷いて少女は解放してくれた。
そしてまた肩をくっつけあい、ジュースを飲み、最近流行りの魔術などについて話しながら青い屋根をしたお城を眺める。
あの時計の針が真上を向くと、この国の夢や魔法は覚めてしまう。そう考えると、楽しさのなかに少しだけ寂しさを覚えてしまう。
僕と同じ思いなのか、肩へころんとマリーは頭を乗せてくる。そして腕にしがみついてから色づいた唇を開かせた。
「素敵なお城ねぇ。ほら、普通はお城って威圧感に満ちているでしょう。敵を倒すためのものだから、それは仕方ないと思うの。でも……」
視線に促され、お城を見上げると少女の言わんとすることは伝わる。そこに威圧などは微塵も感じられず、ただ人々を楽しませることを大切にしていると分かるからだ。
そういう意味で、あのお城はテーマパークの象徴なのかもしれない。
「だから最初に私が『あそこへ住みたい』と言ったのは間違ってたの。でも、ひょっとしたらだけど、いつか石精霊を使いこなして同じものを作るかもしれないわ」
「うん、夢のある目標だ。だったら僕もレベルアップのお手伝いをしないといけないね」
その言葉へ、にこりと少女は笑う。
おや、と不思議に思ったのは、少女の表情からすっかりと寂しさは消えていたことだ。そして暗闇のなか少女から手を握られ、ようやくその理由に気がついた。
「今日は凄く楽しかったわ。また明日も一緒に遊びましょう」
つまりそういう事らしい。
この国の魔法が切れたとしても、僕らは僕らで夢の世界へ遊びに行ける。まだ見ぬ世界、そして冒険を半妖精エルフと楽しめるのなら、ワクワクした気持ちのまま家に帰れるだろう。
「なら、海でも見に行くかい?」
「いいわね! とびきり綺麗な海が良いわ!」
おっと、青い海が透けて見えるほどの良い笑顔だ。第二層を攻略し、噂によると戦士たちへ休暇を与えてくれるらしい。ならばエルフの手を引いて、異国へ向かうのも楽しいかもしれない。
ふとマリーの水着姿を思い浮かべ「持ってて良かった、長距離移動スキル」などとバカなことを考えてしまう。
いやぁ、実は押さえてあるんだよ、常夏の楽園への移動先を。
と、そのとき華やかな音楽は響き渡り、待ちかねていた皆は歓声を上げる。手を引いて彼女を立たせると、ご挨拶がわりか夜空をぱあっと花火は染めた。
「あーーっ、なに今の、なに今の! かっこいいわ!」
日本の生み出した花火というものだよと、彼女へ答えるのも難しい。お城は七色へライトアップされ、そして光と音楽により童話のキャラクターたちは映し出されたからだ。
「わあ、あーー……」
「日本に魔法は無いけれど、あれはこの国オリジナルの魔法かもしれないね」
技術へ不慣れな彼女たちにとって、たぶん夢のような光景だったと思う。
幻術魔法などでは決してできない光の奔流へ、そしてお城へ映し出されるキャラクター達に半妖精エルフは目を見開く。
「あっ! 前にアニメで見た子! なんでなんで、どうやって映しているの!?」
「うーん、流石だねえ。最近はここまで凝った演出をするのか」
いや、これはさすがに青森の遊園地なんて相手にならないな、と考えてしまう。さすがにね、ここまで来ると対抗する気まで無くなるんじゃないかと同情するよ。
ふと横を見ると、盛大な音楽と歌声、そしてキャラクター達に少女はすっかり魅了されているようだ。紫水晶によく似た瞳はライトアップに輝き、そして僕の手をぎゅうと握る。
やあ、いいんじゃないかな、テーマパークというのは。田舎出身の僕としても初めて訪れる場所だ。しかし、ウキウキとした様子のエルフさんを眺められると、来て良かったという満足感しか残らない。
音楽も物語も、どうやら終焉を迎える時が来たらしい。別れの意味か次々とキャラクターたちを映し出し、盛大な音楽と共に空へと花火は打ちあがる。
ばああ、と天を埋め尽くすほどの光量に、マリーだけでなくウリドラ、そしてイブも歓声をあげた。
「おーーっ、グリムランド最高っ!」
感極まったらしく、そのように両手をあげて皆はテーマパークを満喫してくれた。そして1日楽しく過ごさせてくれたことへ、バラバラと拍手を贈る。
幻想世界の住人さえ手放しで感動できるなら、現代の娯楽というものも良いものだと思えるね。
そのとき少女から手を引かれ、周囲はもうすこしだけ暗くなる。
ほっそりとした腕は僕の首へと巻きつき、ライトアップをさえぎるよう薄紫色の瞳はすぐ目の前に現れた。
半妖精を思わせる宝石のような瞳、少女から大人へと花開く間際、マリーだけの持つ不思議な色香に誘われて、心臓はドキリと音を立てる。
「できれば人のいないところが良いけれど……もうダメ、私にも我慢の限界というものがあるの」
「え、それはどういう……」
意味……と尋ねることはできなかった。
少女は背伸びをし、そして柔らかく弾むような感触に包まれてしまったからだ。ぎゅうと身体を押しあてられ、思わず支えると華奢なくびれが待っている。
このような人の多いところで……と、今さら考えても仕方ない。それよりも女の子特有の甘い匂いへ、頭はジンとしびれてしまいそうだ。
もう抵抗さえ出来やしない。すぐ離れてしまいそうな気配に、あともう少しだけと腰を抱きしめてしまう。
求めればそれだけエルフは応えてくれる。
はあ、と一度息継ぎをすると、もう少し奥へと触れ合うことになった。周囲の喧騒さえ遠ざかり、少女の匂いと体温に酔いそうだ。
どこかハチミツの甘さを残したそのキスは不意に離れ、そしてぽすんと胸へ頭を乗せてくる。
「あー、ごめんなさい、無理だったの。けれどすごく……素敵だったわ、一廣さん」
どきゅりと胸を刺されたようだ。
少女の熱は直接伝わり、うっとりとした声にこちらまで顔を赤くさせてしまう。互いに熱っぽい息をひとつ吐き、それでも抱き心地の良すぎる身体となかなか離れられない。
少女はときどき色香のある表情を見せ、僕を翻弄してしまう。非常に困る点は、それさえも僕は楽しんでいるという事だ。
ちらりと横へ視線を送ると――ああ、見なければ良かった――ウリドラとイブは両手で目を覆っているけれど、指先はきっちり開いているし、口元はニヤニヤと実に無粋な表情だ。
まあ仕方ない、と諦めの息を吐く。童話では夢から覚める口づけというのも、また定番なのだから。
そして僕らはまた手を繋ぎ、あれやこれやと無粋な言葉を投げかけられながら夢と魔法の国を後にした。
ハンドルを握り、夜の道路を走っていると周囲の静けさに気づいた。
横を見るとマリーはスヤスヤと寝入っており、頭にはお土産の耳つき髪飾りを乗せている。振り向けばウリドラも後部座席で瞳を閉じていて、揃いの髪飾りは姉妹のような可愛らしさを覚える。
よほど遊び疲れたのか、赤信号のあいだ少女へ膝掛けを乗せても、むにゃりと眠そうな声を漏らすきりだった。
車の窓はもう真っ暗で、遅めの時間ということもあり道はだいぶ空いている。青信号となり、ひとつ、ふたつと交差点を越えたころ、ひとりごとを漏らしてしまった。
「……さて、あとは彼をどうするか」
「ザリーシュ、様、のこと?」
後部座席から声をかけられ、少々ギクリとさせられる。てっきり眠っていると思ったけれど、ダークエルフであり忍ぶ者なのだから仕方ないかと思い直す。
「あれ、起きてたのかい。さすがは忍者だ」
バックミラー越しに彼女と目を合わせる。イブはゆっくり身を起こし、それから運転席の椅子をかかえるようにして顔を寄せてくる。
「それで、どうするつもりなわけ?」
「ああ……」
ちらりと背後を見ると、まだウリドラは眠っているようだ。彼女の場合、本当に寝ているかどうかは分からない。まあ、分からないのだから考えても仕方ないか、と諦める。
ゆるゆると車は速度を下げ、小さな公園の前で停車した。
「ここは……?」
「公園。一緒に甘い飲み物でもどうだい」
そう尋ねると、迷う素振りをしつつもイブはこくりと頷いた。
少し裏に入った道のせいで、車のエンジンを切ると周囲はシンと静まり返る。
公園の脇に設置された自販機は周囲を明るく照らしており、ここだけ切り離された空間のようだ。
うんうんとイブは自販機の前でうなり、どの飲み物にしようかと指を迷わせている。だぶっとしたパーカーとホットパンツという組み合わせなので、褐色の健康的な脚線につい目を吸い寄せられてしまう。のだが……。
「あ、待って!」
「はあー?」
何を押そうとしているのか気づき、慌てて止めたけれど間に合わない。ビーという電子音、そしてガシャンと出てきたものは、かの有名な「おしるこ」だった。
取り出された缶は、じいと青い瞳から見つめられる。そしてこちらへと目を輝かせてこう言ってきた。
「なんか美味しそう! 悪いねぇ、カズヒロ君のぶんを取っちゃった?」
「……いやいや、構わず飲んでいいんだよ」
ちょいちょいと彼女を指で招き、公園を一緒に歩き出した。
郊外の公園は、日中に短めの散歩を楽しむためのものらしい。そのせいか灯りは乏しく、周囲は静かなものだ。
歩きながらおしるこを飲んだイブは、んぐっ!という声と共に目を見開いた。
「ん、イケるじゃん! なんだろ、このツブツブしたやつ?」
ぺろりと舌で唇を舐め、意外にも満足しているようだ。あー、なるほど、砂国は甘味系が少ないから割と何でも大丈夫なのか。
ちびちびと飲みながら、ウェーブがかった金髪を揺らしてイブは振り返る。その表情は少しだけ怯えているように見えた。
「やっぱり、ザリーシュ様は許せない、の?」
「……そうだね、許せないなぁ」
たぶん僕は温厚な性格だとは思う。そのような事を口から出すことに抵抗はあったが、言ってみるとストンと胸に落ちてくる。どうやら僕はザリーシュに対し、憤りというものを覚えているようだ。
そしてイブは怒るでもなく、どこか寂しい瞳をこちらへ向けていた。もし今日の朝、このような会話をしていたら「手を出したら殺す」くらいのことを言われていたと思うけれど。
「なんでなの? 攻撃されたから?」
いや、僕は何度となく人から身ぐるみを剥がされたこともある。その相手を毎回のように恨んでいては、せっかくの夢の世界を堪能できないだろう。そういうわけで、僕は人を恨むことなどほとんど無い。
しかし、今回は事情がまったく異なる。
「彼はイブに剣を突き刺したね。それはつまり、ひょっとしたらマリアーベルを仲間にし、そして同じよう剣を向ける未来だってあり得るということなんだ」
「…………」
下唇を噛むダークエルフがそこにいた。
子供のようなその表情に、僕はひとつ息を吐いてから声をかける。
「ところで今日のアトラクションでは、ウリドラとイブをとても怖がらせてしまったね」
「うー、うん。そうだったけど、何で今そのことを言うわけ?」
唐突に話題を変えられて、イブは眉を変な形にゆがめて見上げてくる。その彼女へ、ぴんと人差し指を向けてひとつの提案をした。
「つまり、あれと同じ事をザリーシュにしてやろうと思ってさ。どうかな、人を怖がらせるのは案外と楽しいみたいだし、君にもぜひその楽しさを知って欲しいんだけど」
つまりは裏切りの提案だ。
あるいは互いに勝者となるための協定か。
レベル60差の化物、しかも7名もの精鋭に守られた相手だ。普通に考えて正面から挑んでも勝てるはずはない。しかし勝手を知るイブが仲間になれば、そして思いもよらぬ一撃を与えられたらどうなるか。物語の台本は、急遽大幅な変更を求められるはずだ。
忍者の職業名を持つイヴリンは、まさかジャイアントキリングの提案をされることになるとは思いもしなかったろう。
それもなるべく血を流さない戦いで、だ。
ざあと梢が鳴り、それでも彼女はしばらく動くことは出来なかった。




