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第102話 不死の王③

 

 ガラスを擦りあわせたような声に、血管を黒く変色させてゆく階層主シャーリーに、僕は驚かされた。

 周囲の幻想は色彩を失い、その中央でビクビクと身悶える不死の女王を呆然と見上げることしか出来ない。


 なんだ、これは……何が起きている?

 彼女は必死に耐えているようにも見えるし、僕を殺したがっているようにも見える。ああ、いや別に殺されても良いんだけどね。それよりも、この急激な変化は黒幕ともいえる第三者が介入しているようにも見える。


 透明なヴェールは見る間に黒ずみ、それが僕へと触れた。

 ざざ、ざっ、と一瞬だけ映像が流れ込む。呪術を扱っている怪しげな集団、そして荒れ狂うシャーリーの精神が重なり、視界はぐらりと歪む。


「ああ、そうか……僕も霊体だから、彼女の思考が混じって……」


 いや、あまりに思考を混ぜられると僕の意識は危うくなる。

 もう少しだけ彼女の様子を見なければ。そう思い、頭をブルリと揺らして顔を上げる。


 そのとき、なにか柔らかく温かいものから手を握られた。

 霊体なので握られたというよりは「重ねられた」という表現が近いのかもしれないけれど……ともかく、目の前には紫水晶アメシストのような瞳をした少女がおり、きょとりと不思議そうに見つめてくるせいで、僕はひどく混乱した。


「はっ、あれっ? なんでマリー?」

「なんでって……分からないわ。さっきまで私はちゃんと広間にいたのよ?」


 いやいやいや、唐突過ぎるし後ろからはシャーリーが悲鳴を上げているしで……んんんーー、僕の許容量をオーバーしているぞ。

 よく見れば彼女も同じように半透明な身体をしていることに気づく。少しだけ異なるのは全体的に太陽に似た色合いであり、ちりりと火の粉が舞っていることか。えーと、つまり……なに?


「ちょっと、これシャーリーじゃないの。うーん、こんなに真っ黒だったかしら」

「僕としては今のマリーも気になるかなぁ。あ、ひょっとして【塔の監視者プリズン・キーパー】の隠し能力だったりするの?」


 うーんとマリーは小首を傾げ、それから「分からないわ」と答えてくる。そうですか……としか言えないな。


「とにかくここは危ないから離れ……」

「あ」


 ざうっ!と上半身を断ち切られ、あっけなく僕は2つにされてしまう。

 宙を漂いながら振り返れば、そこへ青白く凍てつく鎌がある。やはり不死の女王らしい武器だなぁ、などと悠長に考えながら意識はあっけなく途切れてしまった。




 むくりとベッドから起き上がる。

 うーん、まずい。空が明るくなり始めているぞ。

 時計を見上げれば朝の4時過ぎであり、やはり時間的な猶予は無い。


 しかし、さすがにあのまま放置はできないな。

 よく分からないけど、あそこにマリーが居たとなると、階層主の居場所を皆は知ったということになる。となるとシャーリーはもう守りに入る必要が無い。


「墓所へ侵入されたせいで怒った? いや、そうは見えなかったなぁ」


 などと呟いても今の僕はひとりきりだ。

 …………。

 うわ、寂しい! なんだこれは! 部屋に誰もいないというだけで、胸が締め付けられるだなんて。


「まいったな。んー、2人とも存在感が大きすぎるんだよ」


 愚痴を吐いてもひとり。

 ため息を漏らしてもひとり。

 だったらベッドにもぐり、彼女たちのいる世界へ向かうとしようか。


 もし手間取るようなら最悪、有休を使えば良いのだ。まあ、ほんと最悪な選択だけどねぇ。ズル休みは苦手だし、できればちゃんとした休みのために取得しないと勿体無いからさ。


 例えばそう、週末にくっつけて3連休にしたり。

 あるいは半休にし、平日にどこかへ遊びに行くというのも良い。近くの庭園をマリーはいたく気に入り、年間パスポートも欲しがっていたのだし。


 などとふわふわ考えていると、寝返りもすることなくいつの間にやら夢の中へと落ちていた。いやほんと、僕は昔から寝つきが良いねぇ。




 あ、そういえばどこで目覚めるんだろ。

 さすがに霊体になって死に戻るなんて初めての事なので、むくりと起き上がりながらそのような疑問を持つ。


 では目覚めた場所はというと……ごく普通の小部屋だった。振り返ればマリーとウリドラがおり、拍子抜けした僕の前で熱心に会話をしている。


「するとあれが精神体アストラルボディということかしら? 文献には載っていたけれど、胡散臭い代物だとずっと思っていたわ」

「うむ、恐らくはのう。わしも見ておったが、本体側はもぬけの空じゃったからな」


 ふうんとマリーは白い頭を揺らしながら思考を巡らせ始めた。

 霊体とはまた異なる精神体アストラルボディというのは僕も聞いたことがある。精神ダメージ以外は無効化し、なかにはその状態で魔術を操る者もいたらしい。


「へえ、すごいね。もう一度見せて欲しいな。さっきは慌てていてちゃんと見れなかったから」

「もちろん構わない……って、わああっ! もう出てきたっ!」


 珍しいことにウリドラもビクーン!と背筋を震わせ、思わずといった感じで竜の尻尾もドスンと生えてきた。魔導竜として隠しているものが出てきちゃったけど大丈夫かな。


「おほおっ! 突然出てくるでない! 物の怪かと思うたではないか!」

「ええ、そこ怒られるポイント? おはよう、2人とも。とはいえ出社が近いからあまり時間をかけられないからね」


 ん? というよりもウリドラは物の怪が怖いのか?

 ふうん、だったら週末のグリムランドが楽しみだなぁ。あそこには沢山の……。


「おっといけない、いつもの癖で普通にのんびりしちゃったよ。ともかくシャーリーが危険な状態になったから、ゼラさんに報告しとかないと」



 さて、広間へ戻るとゼラ、そしてドゥーラは何度も瞬きをし、ゆっくりと首を傾げてゆく。まあシャーリーから連れ去られたというのに、ひょっこり隣の部屋から戻ってきちゃったからねぇ。


「ええと、マリーが魂を取り返してくれたので戻ってこれました」

「マジ、か……。なんだよ、お前らのその神がかった連携は。階層主の居所をあっさり見つけちまったじゃねえか」

「良かったわ、殺戮者になって戻ってきたらどうしようかと話していたところだったから」


 あ、もしも意識を残したまま殺戮者になれたら楽しそうだなぁ。

 攻撃手段がたくさんあって、たぶん時間を忘れられるくらい遊べるぞ……じゃなくって。

 おほんと咳払いをし、それから僕は口を開いた。


「ゼラさん、ドゥーラさん、これから隊を分けましょう」


 そのような提案に、2人は再び目を丸くした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ゆっくり迷宮を回り、あちこち寄り道をして遊ぶ僕らだけど、今日は珍しく地下への階段をひたすらに駆け下りている。いや、駆け下りているという表現は生ぬるいか。


 ぶん、と転移をした瞬間、次の角へと転移をする。

 振り返るとウリドラはお姫様だっこをしてマリーを担いており、彼女の負担にならない速度でついてくるのが見えた。


 向かうはもちろん階層主シャーリーの墓所であり、恐らくは全パーティーでブッちぎりの移動速度だろうと思う。まあそれも当たり前か。移動系がメインの人なんて数少ないし、それについてこれる魔導竜なんてそう簡単にお目にかかれない。


「とはいえ急いでいる理由が出社のためだなんて……締まらないなぁ」


 当たり前だけど道中にいる魔物は全て無視だ。

 本当はね、ゆっくり攻略したいんだよ。長い時間をかけて攻略したいんだ。

 でも今はシャーリーが危険な状態であり、放置をすることも許されない。そして僕らがこうして墓所へ近づくことで……。


 螺旋階段を下っていると、ところどころにある覗き穴から何かが見えた。

 ふわふわと漂うヴェール、そして凍てついたよう青白い鎌が……。


「おっと」


 見えないながらも身をかがめると、石壁の向こうからザウッ!と大きな何かが素通りしてゆく。それでも壁に傷も付いていないあたり、シャーリーの鎌だったと推測する。


「うわ、どうして今のを避けれたの!?」

「えーとね、勘。ほら大きな一撃って、ゴゴゴみたいな気配がするじゃない」


 わけが分からないわ、という顔をされてしまったよ。そうですかー。

 おかしいな、同じゲーム……じゃなくて夢を見ているのだから、てっきり通じると思ったのに。


 まあ、そういうわけで不死の秘密が墓所にあるのなら、当然彼女は僕らを狙ってくる。となると別動隊のゼラさん達は少しだけ安全になるわけだ。


 問題は2つある。

 彼らの隊が無事に役目を果たせるか。

 そしてシャーリーの不死性の秘密を見つけたとして、僕がそれを壊せるか、という点だ。


 恐らく、2つめの問題を僕は達成クリアできないだろう。

 恐ろしい外見ではあるが、シャーリーは敵というには優しすぎる。


 うーん、この八方塞がりな感じがいいね。

 日本では決して味わえない緊張感を楽しみつつ、僕はシャーリーの待つ墓所へと駆け抜けた。


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