第99話 広間殲滅作戦③
ゆるゆると息を吐き、戦闘音楽へ耳を傾ける。
鼓動を早めたようなこのリズム、ややヒステリックな歌声はおそらく中ボスなどの強敵だろう。
目の前には身の丈2メートルもの巨体がおり、トゲだらけで黒色の金属鎧に覆われている。しかし焼け焦げた半身は剥き出しで、めくれた唇にはずらりと獣に似た牙があった。
肌に感じる圧力は、長年の経験から強敵だろうと思わせる。
やあ、これはまた……形容しがたい醜さだ。
右手に持った鞭のようなものは、人の髪の毛を大量に束ねているよう見えるけど、気のせいだと信じたいね。
と、そのとき脳内へと意思疎通の声が響く。
「ちょっと、大丈夫なの!? かなり強そうよ!」
「んー、大丈夫だと思おうか。それより【塔の監視者】を今のうちに起動してくれるかな?」
もっと最悪なのは、このタイミングで魔物が増えてしまうことだ。この殺戮者がもう一体来たら、とても悲惨な状況になる。
ごきき、と奴は首を傾け、灼熱色の瞳で見つめてきた。こちらは子供の外見だけど、どうやら標的として認められたらしい。
「あ、動いたっ!」
マリーの声と同時に、石床の破裂する音を残して巨体は目前へと迫る。
頭のすぐ上を鞭は通り過ぎ、ぶちぶちと髪の毛を引き抜いてゆく。遅れて後方からババンッ!と地面の砕ける音が盛大に響いた。
「ああ、見た目によらず広範囲火力かぁ。――おっと」
肋骨の隙間から、真っ黒い手が伸びてきて僕はすぐさま逆側面へと転移をする。残した分身体に奴は黒い血煙を吐きつけ、ごお!と漆黒の炎は周囲へ荒れ狂った。
これがいわゆる地獄の劫火という奴かな。
んーー、火力あるね。
これはたぶん僕がやられたら総崩れになるかもしれない。仮にやられても二度寝をすれば戻ってこれるし、ウリドラもいるから平気だろうけど。
ばあっ!と奴の鞭は拡散し、視界を覆うように襲いかかる。あわてて後方へと転移をしたが……うーん、なかなか隙が……うおっと!
肋骨が開いたと思えば、ずばんっ!と木の杭に似たものを撃ち込まれ、慌てた僕の脇を通り過ぎてゆく。
んー、あの外見で遠距離攻撃をしてくるとは。しかも今の杭、ピンク色に発光しているあたり嫌な感じがしてたまらない。
「こっちへ援軍を送らないようゼラさんに伝えてくれるかな。たぶんこれ、ヤバい奴だ」
「誰が見てもそう思うでしょう。他と格が違うわね」
まったく同感だよ。などとボヤきながら剣を頭上へ振りかざす。
そして殺戮者なる者の右手へ転移をすると、ヤツの武器である鞭へと振り下ろす。聖属性付与のおかげもあり毛の束を半ばまで切り落としたものの、残りはこちらを突き刺そうと伸びてきた。
うーん、早い。
転移と分身体のおかげで難を逃れたものの、普通の人ならアウトだぞ、これは。ステップをし、離れた位置へ飛んだ僕へと奴はぐるりと振り返る。
と、そのときのことだ。
カツコツという靴音、鉄球を持つ女性の手。そして石畳をこする鎖の音が響き渡る。指先で鉄球を握り締めると、ゴウと青白い炎が灯った。恐らく中は空洞になっており、格子を抜けて聖なる灯火が燃えさかっているのだろう。
「え、ドゥーラ、さん……?」
殺戮者の向こうから近づく姿に、正直なところ僕は驚かされる。彼女はいつも冷静な表情をしているが、このときはやや不機嫌そうに見えた。青白い灯火が下から照らしているせいかもしれないけれど。
「君、協力というのを知らないのね。そうやっていつも一人で敵を倒していたの?」
「いやぁ、危険だから離れていて欲しいですね、正直なところ」
などと殺戮者を挟む形で会話をするのは何やら変な感じだ。
僕の言葉に彼女は「ふん」と鼻で笑い、そして鉄球を手放す。鎖に引っ張られてガシャンと宙で揺れ、それをぐるりと回し始めた。
ボッ、ボッ、ボッ……。
ふうん、珍しい武器を使う。
遠心力で敵を粉砕する打撃武器、フレイル、あるいはモーニングスターか。
彼女の能力に合わせて改造をしているらしく、青白い炎は振り回すたび燃えさかる音を放つ。そして鉄球の鎖は不意に飛び、殺戮者の背へと食い込んだ。
グゴオッ!!
どすんと背中へ打撃を受け、大男は血煙を吐き出してドゥーラを睨む。恐らくは聖なる力を嫌っての威嚇だろうけれど、だったら空気を読める僕としては彼の死角を攻めるべきだね。
転移をすると、すぐ目の前に巨体は現れる。
ひざ裏への一撃は黒い血を噴き出させ、振り向きざまの裏拳が頭の上を抜けてゆく。痛みも感じず反応も早い……が、どずん!とまたも背後からの強襲を奴は受けた。
どうやら思っていたより彼女はやるらしい。
安全な距離をきっちりと取り、常に僕と挟む位置取りをしている。
それに鉄球よりも聖なる灯火のダメージが対不死者となれば大きい。傷口を生み、そこへ青白い炎は燃え続けて奴の体力を削ってしまう。
ぐお!と奴のヒザ蹴りが視界を覆い、伸びてきたトゲに上半身を思い切り仰け反らせる。しかしそれは殺戮者の望んでいたことらしく、石畳を蹴るとそのままドゥーラへと背中を向けて跳躍した。
狙うはもちろん格下である彼女を黙らせることだろう。
「おっと、マズいっ!」
慌てて奴の側面へと移動した瞬間、僕はポカンとさせられた。
ドゥーラの操る鉄球は真上へと飛び上がり、グシャリと殺戮者の後頭部へと食い込ませてしまったのだ。
見たところ彼女はレベル50代後半だろう。それでも振り向きざまの血煙、そして黒炎というコンボにも聖なる障壁で逸らしてしまう。
「うわ、やりますね!」
「敬語はもういらないわ。あなたの方が上なのは知っているし、今は戦友だから」
などと息も乱さず返答をし、たたらを踏む殺戮者への追撃を彼女はしてしまう。聖なる力というのは神から手助けをされている状態と聞くけれど、このような姿を見ると習得したくなるね。
いや、これでも聖騎士というものに憧れて、途中まで覚えたんだよ。でもねぇ、地味な技能上げが面倒で……。
さて、これで流れは大きく変わり、前後から挟んでの一方的な攻撃へと切り替わる。彼女へと鞭をふるったときなどは確実に隙が出来るので、傷だらけでグズグズな右ヒザへと剣を叩き込んだ。
ああ、そういえば。
霊体相手に気を送り込んだりはしたけれど、こいつには効くだろうか。などと思い、試しに血塗れた真っ黒いヒザに触れ、どう!と気を送り込んでみる。
――ギオオオッ!!
どばりと黒い瘴気があふれ出し、奴は苦悩の声を漏らした。
あ、効いているねぇ。ついに僕も不死者退治に目覚めちゃったかな。
「へえ、面白いコトしてるわね。こう? それともこう?」
どずっ! どずっ! どずんっ!
鉄球は痛みに身悶える殺戮者を決して容赦せず、背中を延々と穿ち続ける。分かっていたけれど彼女は多少サド的な気質があり、ほんの少しだけ笑みを浮かべて魔物を嬲っていた。
ああ、どうやら彼女も掴んでしまったらしい。
傷口のなかへと聖なる力を大量に送られて、ごばり!と青い炎が内側から吐き出される。それは目や鼻や口、そして傷口などから盛大な炎を上げており、ついに両ヒザを地面へと落としてしまった。
ごうごうと燃えさかる殺戮者は、呆然とするよう己の両手をじっと見て、それから油断無く構える僕らへと顔を向けてくる。
その顔は狂気が失せたよう人間的なものであり、僕らは目を見開いてしまう。
と、彼のむしれた唇はゆっくりと動き、そしてひどく聞き取りづらい声を漏らした。
「……ドゥーラ、隊長?」
その声に、ドゥーラ、そして僕は驚愕する。
なんてことはない。
僕らはこの階層の恐ろしさを、まだ知らなかったのだ。
戦いの終焉を表す音楽とともに、殺戮者は砕け散った。




