第96話 これが軍隊用食料ですかぁ
目を覚ます、という表現は少し変か。
ぼんやり目を開くと、そこは夢のなかだった。
暗闇に少女の指先が光り、ツンツンと空中を突つく。その度に光は増し、周囲の様子は浮かび上がる。
うーん、精霊使いたるエルフの技は幻想的だなぁ。その彼女は、薄紫色の瞳を眠そうにこすりながらのぞき込んで来た。
「んー、おはよ。迷宮だと朝かどうかよく分からないわね」
「朝日が差し込むといいね。もしマリーが光の精霊を生まなければ、そのまま眠ってしまいそうだし」
見上げれば光精霊は天井あたりで楽しそうに踊っていた。
日本から夢の世界へと移り、周囲は石造りの小部屋へ切り替わっている。ここはもちろん古代迷宮だ。
あくびを噛み殺し、カバンからごそごそとアイテムを取り出す。
「じゃあゼラさんに起きたのを伝えるよ。ウリドラ、二度寝はだめだからね」
「……んむ、わかっておる。まったく、黒猫だったときのほうが優しいとはのう」
などとブツブツ言いながら彼女ものそりと身を起こす。
円筒形をした魔具をテーブルへ乗せ、スイッチを入れる。ザザと砂嵐に似た音を立てた後に「こちらブラッドストーン隊。良い朝だな」と男の野太い声が部屋に響く。
「はい、いま目覚めました。いつも遅れてすみません」
「気にするなって。お前たちは少人数だし、休息時間の長さは元から承知しているんだ。それよりも、中央へ向かった攻略隊が気がかりだ」
うん、どういう意味だろう?
状況を確認するため、魔具を起動してみようか。
ブンと立体地図は浮き上がり、第二階層にいる各隊の配置を表示する。そしてすぐに彼の言う違和感に気がついた。
「……中央の隊が前後にバラけてますね。それぞれにまとまりつつあるせいで、距離も開いている」
「そうなんだ。本部に連絡しても大した説明も無くて、なんか変な感じがするぜ」
会話を聞いていた少女、マリーもきょとりと見上げてくる。毛布は紐でくくられており、既に出発準備は整っているようだ。
「それで、本部はどのような指示をくれたのです?」
「近づくな、とさ。危機的状況なのに救援を求めてこないあたり、何かしているのかもしれん」
ふうん、と少ない情報のなかで考える。
孤立した兵を救出するのは優先度が高いだろう。ここを指揮する人物のことを僕も知っている。貴重な戦力を決して見殺しにはしない性格のはずだ。
「すると何か別の手を打っている……?」
「おはよう、寝ぼすけ君。といっても朝から頭の回転は良さそうね」
「あ、ドゥーラさん。おはようございます」
挨拶を返すと同時に、立体地図へチカチカと線状の光が明滅する。
これは通信を共通している場合に使えるルート案内だ。
「これが昨夜のうちに開拓したルートよ。不死者相手は私の得意領域だからゼラのほうが遅れてるわね」
「遅れてねっつの。ドゥーラが調子にのって予定より先に進んでるだけだっつの」
ドゥーラは聖なる力を得意としており、また隊員も同じ能力者が多い。加護による障壁、そして浄化により魔物を粉砕して進んでいると思える。
まあ、聖なる加護も無しに、汗だくで退治をしていた僕とは大違いだろうね。
「考えていても始まらないわ。こちらはこちらで出来ることをやるべきよ。本部が攻略を命じている以上、それが最善策と考えておいたほうが良いわ」
「そうですね、ではこちらもすぐ合流へ向かいます」
ザザと音を立て、無線は途絶えた。
祝賀会を通じて増員したは良いが、どうやら順調には行かないらしい。しかし気になるな。攻略人数を増やした今のほうが危機に陥るなんて。
エルフの少女は身を起こし、ローブを払いながら隣へやってきた。
「……どう、嫌な感じはするかしら?」
「そうだなぁ、少しするかも。でもどうしてそんなことを聞くの?」
「あなたはときどき鋭かったりするからよ。方針が決まったなら早く出発しましょ」
うん? 鋭い、のかなぁ?
職場では「鈍い」だの「眠そう」だの言われている気がするのに。あ、我が家でも同じことを言われているか。
「はやくー、置いてくわよー」
「ああ、ごめんごめん。すぐに行くよ」
戸口に立つマリー、そしてウリドラへ追いつき、僕らの第二階層攻略は再開された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぶぶんっ、と羽音を立てて飛翔する虫がいた。
羽を含めて真っ黒い身体をし、ただ瞳だけが血のように紅い。日本にいる蚊を大きくしたような形状をしており、速度に特化をしているのか前傾姿勢をとっている。
うんっ、うんっ、と飛翔の音を残して角をかわしてゆくその数は10体ほど。彼ら虫も連絡を取り合っているのか、チキチキと音を鳴らしあい、一定の距離を保っている。それはどこか騎馬兵による突撃陣形を連想するものだ。
同時刻、第一階層広間を拠点とする本部では、10名の特殊隊による作業を行っている。
額に黒いデバイスをつけ、瞳は眠りについたよう閉じられている。デバイスからは線が伸び、追ってゆくと魔術師アジャの生み出した立体地図へと結びつく。
先ほどの羽虫を操るのは、第六感と呼ばれる技能を持つ彼らだ。視界を向こう側に使用しているため、音声サポートとして各員の脇に一人ずつ配置されている。それぞれが選んだ最も信用できるパートナーだ。
それを見つめる指揮官ハカム、それに魔術師アジャは冷静な瞳をしていた。
「初の魔石投入だ。これで成果を出せなければ俺の首が飛ぶかもな」
「ふん、貴様が戦場を離れられるか。もしそうなればわしの老後の世話をさせてやる」
――魔石。まだそれは謎に満ちた物体だ。大量の魔力を保有しているため活用範囲は幅広い。広範囲爆撃を行うこともできるし、こうして極めて魔物に近しい存在へ変えることも出来る。しかしまだ、これらは極秘事項であり外部の者が知ることは無い。
と、そのとき立体地図に変化は起きる。
反逆者なる者たちをあらわす黒点、そして飛翔する青点は交差したのだ。瞬く間に3つもの黒点は消え、おお!と広間は歓声に包まれる。
「早い……! 隠れた奴らを一瞬で……」
「いまのが強化熱射線か。反逆者たちめ、慌てて逃げてゆくぞ!」
周囲の声が示すとおり、反逆者達を表す黒点は蜘蛛の子を散らすよう逃げ始める。しかしそれを見る指揮官の目は鋭かった。
なぜこれほど素早く反応が出来るのか。もし彼が指揮を取っていたなら、被害を最小限に抑えられる理想的な退却を選べるだろうか、などと考える。
そしてもう一つ問題は起きた。
反逆者たちの黒点が、次々と立体地図から消えてゆくのだ。それはつまり、情報を阻害する高度な魔術を示していることを表す。
「……どうやら長期戦になりそうだ。追加投入も考えておけよ、アジャ」
「老体のわしにはこたえるわい。やはり老後の世話はおぬし以外に考えられん」
くつくつと2人は笑い、そして戦場のように鋭い眼光を取り戻した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おまたせしましたーー」
がちゃがちゃカバンを鳴らして近づくと、合同キャンプにいる彼らは振り返る。最初、こちらへ軽口を叩こうとしていた彼らは「うっ!」と口ごもった。
「待たせたのう……む、なんじゃこの臭気は……」
「ひぃ、鼻が曲がりそうーっ」
そう眉間へ皺を寄せる黒髪美女、魔導竜ウリドラ、そして妖精のように美しいマリアーベルを見たからだ。どちらの隊もほとんど女性はおらず、華やかな容姿にカチンと身をこわばらせてしまう。
「おーーっ、ウリドラさん。しばらく姿を見ないと思ったら」
「うむ、久しいのうゼラ、それにドゥーラ。まあわしは頻繁におぬしらと……いや、すっかり元気を取り戻したようじゃな」
魔導竜にしては珍しく、わずかな笑みを2人へ送る。
もとから「黙っていれば超美人」とマリーが言っているように、控えめの表情をしていればそれはもう周囲の者達は舞い上がる。
そんな彼らの様子を尻目に、マリーはこそりと尋ねてきた。
「なんなの、この匂いーっ。鼻がおかしくなりそうよっ」
「これがその……ごく一般的な兵糧なんだ」
「ええーーーーっ!?」
すっとんきょうなその声に、皆はピンク色の思考からハッと我に返った。
とはいえこの携帯食は、ある意味で完成されていると思う。保存が効いて、高栄養、高エネルギー、そして消化負担も少ないと味を除けば完璧だ。少々怪しい成分はあるものの「1日20時間働けますよ」と考える彼らの活動を必要以上に支えている。
「もっ、ぜったい軍にはいらないっ。ぜったいにイヤッ!」
ブンブンと勢いよく首を振り、そんな様子にゼラは嬉しそうな顔をして近づいてくる。にやぁーっとした顔は、純粋無垢なエルフをいじめに来たのかもしれないけれど。
「そう言うなって。ほら、一番美味しいとこをあげようか。端っこの少しだけ歯ごたえのある所だあ」
「ヤッ、ヤッ、ぜったいイヤッ!」
どろぉーりとスプーンから垂れる様子に、少女の背中はぞわりと悪寒に震えた。しかしそんな様子もゼラにとっては楽しいらしく、ぜひ食してもらおうとスプーンを向けてくる。
「んやああっ!!」
「あっ、ちょっと?」
少女からグイと肩を引かれ、驚いた僕の口へと軍隊の誇る伝統料理は入り込んだ。
うーん、相変わらずだねぇ。この後から後から湧いてくる粘土臭は。もぐもぐと噛むまでもなく溶けてゆき、喉の通りもすこぶるひどい。
「うーん、マズいっ」
眠そうな顔で感想を伝えたら、わははと皆から笑われてしまった。
各自で床に座り、円陣を組んで、僕らからとある提案をしている。それはつまり新しい戦術……敵位置を把握できるというマリアーベルの能力を協力戦で活用しよう、ということだ。
「ほーん、それって凄いのか、ドゥーラ?」
「馬鹿ね。あなたは本っ当ーー……に馬鹿。目眩を起こしそうなほどの馬鹿。みんな、ゼラを見習って馬鹿になっては駄目よ」
「大丈夫ですって、ドゥーラさん。馬鹿なのは隊長だけですから」
「そうそう、これ以上俺らに馬鹿がいたらやって行けません」
「――次に馬鹿って言った奴は、親父との晩餐会に強制参加だぞ」
シン、と静まり返った。
皆は互いに目配せし、ドゥーラさんまでむっつりと黙りこむ。誰が何を言うでもなく時だけが過ぎ……そしてゼラは切れた。
「あんだよっ、そこまで馬鹿って言う以外の会話が思いつかないのかよっ! 分かった分かった、馬鹿でいいから黙らないでくれっ!」
どっと笑う彼らに、僕とマリーはぽかんとしてしまう。
賑やかで騒々しく、それでいて気心の知れている関係というものに驚いたからだ。数日前の晩餐会なんかよりもずっと楽しいものであり、ここが古代迷宮だと忘れかけてしまう。
などと思う僕へと、ゼラは肩を叩く。
「ま、こんな変わり者ぞろいの連中だ。おかげで主戦力から外されているが、仲良くやっていこうぜぇ」
「……主戦力から外れたのは、前に隊長がポカしたせいです。命令無視、単独行動、それに気絶してドゥーラさんに守られたとか……」
「うっ、ほんとごめんなさいね。ゼラのぶんも合わせてお詫びをするわ。……それと、さり気なく私まで『変わり者』に入れるのは何なの?」
やあ、やかましくも楽しい人達だ。
僕らは顔を見合わせるとクスリと微笑む。まあこちら側も変わり者揃いだからねぇ。これならば楽しい関係を築けるかもしれない、などと思うよ。
「それはそうと、今のところ階層主に動きは無いと思う?」
そうドゥーラから尋ねられ、僕とゼラはこくりと頷く。もし動いているのなら魔具を通じて連絡があるだろう。
どうやら彼らの話しによると、以前の攻略では頻繁に現れていたらしい。一度のアタックで2度遭遇したこともあるらしく、現れるのは時間の問題だろうと彼らは推測している。
――いや、どうだろう。
ちらりとウリドラを見ると、彼女は膝を抱えたまま黒い瞳をこちらへ向けてくる。
今回のアタックでは、あの魔導竜が参戦している。一層にいた主のように、ひょっとしたら接触を避けているのかもしれない。
うーん、あとでウリドラに「気配遮断」など出来るか聞きたいところだ。
「おっし、じゃあそろそろ攻略に戻ろうぜ。先頭に出たい奴ー、はーい俺、というわけで隊列準備開始」
どすんと傍らのドゥーラから背中を蹴られながら、ゼラ率いるブラッドストーン隊は立ち上がる。
……まあ、しばらく様子を見ようか。階層主が来ないなら来ないで、地形を魔具に保存してゆくことも出来る。
以心伝心というべきか、僕ら3人はコクリと頷きあい、ひとまず様子を伺うことにした。




