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荷物を取りに戻り、コンビニでカップラーメンを買うのに15分とかからなかったと思う。僕が部屋に戻った時には、彼女は部屋にいなかった。窓の向こうで、高架を走る市営電車が音もなく速度を緩めている。良く晴れて日差しは温かいが、部屋の中は澄んだ空気に満ちてよく冷えていた。僕はキャリーケースをベッドルームの和室にころがし、ギターをリビングのソファーにおろして腰掛けた。スマートフォンを見ても何のメッセージもない。コンビニで買った醤油と味噌味のカップラーメンを眺めながら、しばし呆然とした。思い直して、キッチンで一人分のお湯を沸かし、部屋をうろつき回った。誰もいないトイレやバスルームを確認し、キッチンや冷蔵庫やリビングのテーブルに置きがないかを探した。小春の完璧に折りたたまれた洗濯物は消えていた。なおも部屋を探し続けたが、キッチンで湯沸しポットのスイッチが戻る音が響いた。僕は書置きも忘れ物もない事を悟った。「わかってよ」という小春の言葉を、僕は思った。付き合ってた頃から、僕はカップラーメンを三食に一度は食べていた。
カップラーメンにお湯を入れて待つ間、改めて美しくなったキッチンを眺めていた。シンクは磨き上げられ、三角コーナーは新品の袋が被せられ、食器は水気を切られて所定の場所に収まっている。それもそうか、と僕は思う。付き合っていた当時から食器の位置を全く変えていないのだから。
味噌味のカップラーメンを食べ終わり、シンクに残った汁を捨てた。包装のセロファンと容器を蓋付きのゴミ箱に捨てる時、ゴミ袋まで新しいものに替えられていた事に気付いた。小春と僕の地区はゴミ出しの日取りが一緒なので、燃やせるゴミの日は三日後になる。先ほどベランダを除いたときは、ゴミ袋なんてなかった。とすれば、しばらくゴミを出さない生活をしていたか、先ほどこの部屋を去る時に、小春がゴミ袋まで持って行ったかだ。両方の可能性に思索を巡らした後、おそらく後者だろう、と僕は思う事にした。
僕はソファーで麦茶を飲みながら、ギターのチューニングを合わせる。キャリーケースとゴミ袋を持って、慌ただしく部屋を出ていく小春の姿を想像する。ゴミの量が少なければコンビニで捨てに行けない事もないが、この近くにコンビニは一軒しかないし、そこには僕がいる。持って行ったのだとしたら、実に部屋まで持ちかえったことになる。思考は取りとめなく答えの出ない疑問を並べ始めた。小春は部屋に戻るのがもう怖くないのだろうか。彼氏と別れた理由はなんだったのだろうか。そうまでして、どうしてゴミ袋を持って行ったのだろうか。
一週間前、僕は確かに殺した虫入りのゴミ袋を持って行った。そこには彼女の日常生活のゴミも入っていた。そのお返しだったのだろうか。あるいは、彼氏とヨリを戻して、この部屋でセックスをしたのかもしれない。痕跡の残らないセックスはあり得ないし、その痕跡は大抵ゴミ箱に残る。でも、小春に限ってそんなものを残すミスはあり得ない。彼女の家事は天才的なのだから。
僕はギターを抱えたまま、つまらないスケールの練習していた。心はもっと気持ちを込められるメロディーを求めている。けれども、僕はこの一週間の間練習らしい練習はしてこなかった。せめて練習の成果を熱心に弾けたら気持ちを紛らわせるのだけれど、弾くべき引き出しが何もない。僕は単調な音階の上り下りを弾き続けた。