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とりあえず荷物は持たず、自分の部屋の玄関のベルを鳴らした。一向に応対する気配がないので、僕は鍵を差してドアを開けた。
リビングのソファーに巨大な毛布の塊があった。塊の端には色とりどりの毛布が見え隠れし、一体何枚使っているのか見当もつかない。僕はよっぽど剥がして尻に股間を擦りつけてやろうかと思ったけれど、思いとどまって毛布の中腹を優しくなでた。
小春は一瞬鋭くみじろきしたあと、訳の分からない高音のうめきをあげて、ゆっくりと起き上がった。滑らかだった黒髪はぼさぼさで少し油っぽく、もともと細めの目は完全に閉じているように見える。丸い鼻をくすん、と鳴らして左手の小指で鼻の下を撫でた後、おはよ、と不機嫌に言った。
「おはよう、ぼさぼささん」と僕は言う。
「ぼさぼささん」と小春が言う。
「起こしてごめんよ。一応約束の一週間過ぎたから、様子を見に来た」
僕がそう言うと、小春は糸が切れたように再びソファーに横になった。あんまり強く倒れたので、小さな体が一瞬バウンドした。まだ眠いのだ。
「すごい毛布」
「全部借りた」
「見たらわかるよ。何か飲む?」
「さゆ」
「何だって?」
「おー、ゆー。ぬるめの」
キッチンは僕が部屋を出る前よりきれいになっていた。ひょっとしたら、引っ越した時よりもきれいかもしれない。僕が湯沸かしポットで中途半端に温めたお湯と、自分用のカフェオレを持ってリビングへ行くと、小春はスマートフォンの画面を無感情に眺めていた。指先だけは恐ろしく素早く、画面が凹むのではないかと思うほど強くタップしている。ちらと見えた画面には、教師と思しきイラストの男が「悪い事は言わないからやめておけ」などと口走っていた。「YES」「NO」の選択肢が現れると、小春は躊躇うことなく「NO」を叩いた。顔は無表情のままだった。
「はい、あげる」僕は言う。
「もらう」小春が言う。スマートフォンを伏せて机の端に押しやる。
「平穏に暮らせたかい」
「まぁまぁ」
リビングには彼女の洗濯物がきれいに畳まれている。積み上げられたシャツやらジーンズやらカーディガンは、その四方の大きさが全く一緒で、タワーのゆがみというものが全くない。こういうところは非常に几帳面なのだ。
「相変わらず家事は天才的だね。自分のキッチンがあんなに清潔だとは思わなかった」
「きったなすぎ。すごい時間かかったし」
「でも変なのは出なかったでしょ」
「出なかった」小春は身震いして肩に手をやった。