Leaves
コバルト文庫の賞はこの小説を酷いボツにした。
酷い話。
すごく楽しい青春の話だよ。
Leaves
1
また電車。今日もまた電車。
滝川怜と倉本由美は青いシートの少しすいた電車に乗っている。
怜が言った。
「……意外と暑いね。」
「そうでもないよ。ほら、クーラー効いてるし……。」
由美がコンソメパンチのポテトチップスを食べながら、すこし戸惑っている。
電車内のアナウンスが聞こえてきた。
「次は、牧志、次は、牧志。」
なんだかよくわからない沖縄民謡らしき電子音の放送が同時に流れた。
そう、ここは沖縄。
怜と由美が乗っている電車は……、沖縄新名物で噂の「ゆいレール」。
ちなみに、正式名称は「沖縄都市モノレール」というらしい。
座り位置は、正面から見て由美が左、怜が右。
そして……、怜の、少し離れた右に一人の肌の白い男の子が座っている。男の子というのは正しくない。正確には、ただ童顔なだけ。
名前は、宮城彦。彦と書いてげんと読む。実は31歳。31歳にして医者を目指している浪人生の男。実は下っ端大学中退。理Ⅲ志望だけどまずは入れないから海外大学の医学部を狙っている。本人的には散々考えた末なのだが、はっきり言って恥ずかしすぎる。占い師で小遣いを稼ぎながら、怜のセンター試験用の家庭教師をしている。
怜が東京芸大志望でもセンター対策ならなんとかなる。多分。
またまたちなみに、怜の芸術のほうの対策は、本人が根性で捜した、よくわからない絵の飾ってある「新山静子絵画教室」というコザの絵画教室。この新山さんは、静岡出身との噂。
何故怜と由美と一緒に彦がゆいレールに乗っているかは、一緒に参考書を買いにきたから。基本的に、それだけ。
彦は少し怜のことが気になっていたが、特に何をするわけでも、何の恋愛トークをするわけでもなく。いつもそんな感じ。よくいるタイプの不器用な家庭教師。
彦は、由美が怜にぶっぱなしているマシンガントークをぼんやりと聴きながら、ぼんやりとシートに座っている。
(僕は、とにかく、とにかく本当の「職業」をさがした。
僕が考える「職業」というものをさがした。
本当の職業ってなんだろう。ずっと探してたけど、大学を辞めても僕にはそれがわからなかった。
それからは茫然自失の日々。ふらふらと東京の市部を歩いた。なんだか、悲しかった。
ある時、ラーメン屋の前、そう、昼間だった。昼間にラーメン屋の前を歩いていたら、手にギブスを巻いて歩いている人がいた。その時に僕は気づいた。医者だ。医者なんだ……。)
この堅物!(あんまりリアルで悲惨だからちょっとフォロー。)
あ、3人の風貌等を記すのを忘れていた。
怜は、一言で言えば深海魚。クラスのエアスポット。痩せ型で色白、友達は由美だけ。
由美は、優しい女の子。デブ。
後の章から出てくる早川は、いかにもなイラストレーター志望の少し明るい眼鏡っ子。
彦は、先ほど書いたとおり。
怜たちは渋谷女子校からやってきた。
2
怜と彦の出会いは、こうであった。(意外とたいしたことないよ。)
5月初旬、那覇のジュンク堂にスピードラーニングを買いに行った彦は、英書絡みのコーナーをうろついているところで怜のお父さんとはちあわせ。
見た目で彦が浪人生だとわかった怜のお父さんは、彦に自分の仕事の名刺や車の免許証やらを見せて、娘の家庭教師にスカウト。
何故そんなにいろいろなものを怜のお父さんは彦に見せたのかというと、そこまでしないと半引きこもりは信用しないと怜のお父さんが思ったから……。
そんなに悪くない値段設定に彦は快諾。
要は、これだけ。
3
怜は高校三年次から沖縄に転校してきた。
(時間は過去から未来に過ぎていく。これは止められないこと。
でも、でも、私はそれをとどめておきたかった。今の、この時の私を。
だから私は風景画家を目指した。
もう私も3年生。社会なんかとっくに見える。でも、そんなものは私にとってはもうどうでもいい。
私は沖縄に来た。これは私の意志。
何故沖縄なのかはまだよくわからない。
私は、海と山の間が見たかった。
その間に、私は何かがあると思う。
なんちゃって~。マジだけど。)
怜が沖縄に来たのは本人の意思。
両親は、最初は反対したけれど、怜の意思に負けて一緒に来てしまった。
そして……何故かはよくわからないけれど、由美も家族を連れて沖縄に来た。由美が沖縄に来た特段の理由はない。
(私は怜が捨てられなかった。ほとんどそれだけ……)
これが、倉本由美。
また、早川という由美のちょっとしたイラストレーター志望の友達も家族を連れて沖縄に来た。
(怜に付いていきたかっただけ……、本当は。)
これが、この早川という友達の本音。
怜と由美は浦添市、早川は那覇市に住むようになった。皆、家族と共に。
……そして、4月の春休み明けがきた。
高校三年生の、女子の、4月。
何かが始まり、何かが終わっていく、あの4月が……。
4
怜と由美と早川が通い始めた高校は、興南高校というところ。那覇にある。
最近になって偏差値と進学率が上がってきた、いまいちよく判らない沖縄の中堅共学私立進学校。
フロンティアコースという進学コースが売り。
怜と由美と早川は、3年次からそこに編入してきた。何故フロンティアコースに入ったのかというと、3人とも転入学の試験の成績がよかったから。単純にそれだけである。
怜と早川は美術部に入った。由美は、バレー部に入った。
怜と早川は読者もご察しの通り、ガチ。
由美がバレー部に入ったのは……、興南バレー部がほとんど遊びであることと、アタックNO.1にピンときたから。それだけである。
由美のバレー部での様子。
ポンポンとバレーボールをパスしている他の部員の脇で、椅子に座ってボケーっとそれを見ている由美。
「あーおもしれー、アタックー、アタックー、アタックナンバーワン!」
「ジャーンプ!スーパーパス!」
菓子パンを食べながらだいたいは一人でこうしてつぶやいているだけ。たまに必殺技の名前を間違える。
…………。
まあ、怜と早川が美術部で頑張っていることを信頼しているからこそ出来ることではあるのだが。
それに比べて、美術部は本当のガチ。
城間加奈という頭にでかいリボンをつけた部長がドーンと居座るスケッチ地獄。顧問は当然、美術の先生。
怜と早川はそこに入部したのだ。
5
怜と早川の美術部入部初日。
部室に入った怜がいきなり言った。
「あー、はいはい、描かせろよ。」
城間は気迫に負けて無言で席を空けた。
怜の勝負はここで終わった。たったこれだけで、美術部に居場所がバッチリ出来たのだ。
問題は早川。
早川は城間にこう話しかけた。
「ねぇねぇ、dpiって知ってる?」(dpiというのはパソコンのフォトショップ用語)
城間は答えた。
「知らんですけど。」
早川はまだ粘った。
「じゃあ、ベジェ曲線は?」(ベジェ曲線というのはパソコンのイラストレーター用ソフト用語)
「知らんですけど。」
城間のとどめの一撃。
「ここにパソコン、あるの?」
早川は半泣きで謝った。
「ご、ごめんなさい。」
これで早川の立ち居地は決まってしまった。そう、下っ端である。
可哀想だが、仕方がない……。
だが、早川は、まだあきらめなかった。
「パソコン、持ってくる……。」
城間の一言。
「あぁ?もういい。たまにやれ。」
これが怜と早川の美術部入部初日の出来事だった。
ちなみに、早川はこの日の帰宅後、家にある予備の中古のパソコンを一台調達して、鞄に入れた。
しっかり自分で買った、少し安物のイラストレーターっぽいソフト入りの激重ノートパソコン……。
6
もう始業式も終わり、今日は4月10日。
受験は英語!
そう、今日のフロンティアコースの1時間目は英語。
担当の先生は、仲程美奈先生。裏では「鬼の仲程」とささやかれている、超スパルタ教師。
鐘が鳴り、授業が始まった。
「はーい、はいはい、今日はおさらい。」
仲程は黒板にいきなりこう書いた。
1.I have been in japan.
2.I had been in japan.
「はい、倉本さん立って」
由美が立った。
「1番訳してごらん。」
さすが仲程。いきなりこれ。
「えーっと……、haveだから、あーなって、あ、現在完了だから、私は日本にい……ます、かな。」
仲程が言った。
「うん、まあ当たり。意訳したら住んでいますだね。」
また仲程が言った。
「はい、早川さん立って。」
早川が立った。にやにや笑っている。もうわかったらしい。
「2番訳してごらん。」
早川が言った。
「これは過去完了だから、私は日本に住んでいたことがあります、だと思います。」
仲程が言った。
「あ、ま、い!その人は、今はどうしてるのかな~。」
早川が答えた。
「あ、そっか、今も住んでるんだ。」
仲程が言った。
「う~ん、まあ、おしいですね。なんでこんなの忘れんの?あとは家で調べてみな。大体はあってるよ。」
仲程が黒板にまた書いた。
3.One day,I go to springs.
「はい、滝川さん立って。」
怜が立った。
「これ訳してごらん。」
怜が答えた。
「簡単だけど、なんかありますよねこれ……。」
仲程が、にやっと笑いながら答えた。
「うーん、分詞構文のことかなぁ?」
怜が答えた。
「あ、そこは、ある日ってことでいいですよね?」
「さっさと訳しなさいよ。」
「えーっと、あ、springじゃなくてspringsね。はいはいわかったわかった。
ある日私は温泉に行きました、じゃないですか?ふー危ない。」
仲程が少しうれしそうな顔をした。
「はい、当たり。あんたやるじゃないの。危ないってなんだったのかな~。
springsのひっかけはたまにあるから皆さん気をつけてくださいね。お、ん、せ、ん、ですよ。」
……こんなやりとりのあと、ちょっとしたセンター試験の熟語問題の模擬問題のようなものが書かれたプリント用紙を仲程の解説付きで解いて英語の授業は終わった。
正直、意外と難しい。そして、厳しい。
受験英語を知っている読者ならわかると思うが、受かる英語の授業というやつ。
(興南のフロンティア、なかなかやるな……。)
これが怜と由美と早川の興南の授業に対する気持ちであった。
7
「優等生の平良君」の話。
これも4月の初め。授業は、新年度最初の数学。
当然怜と由美と早川も出席している。
担当の先生は、徳嶺和男先生。一言で言えば、なーんにも教えない。変な先生。いなかっぺ。
生徒からはとにかく酷いあだ名をいくつもつけられているが、本人はまったく気づいていない。
言葉はなまりだらけ。かなりの年寄りで定年も近い。
授業が始まった。
「あっさみよーな、(あーびっくりした)フロンティアよねー、頭いいさー。だからあれよね、頭がいいのかね、なんなのかね。」
……誰も笑わない。
「はい、なんだったか、もうⅢCまでやってあるからね、3年生は復習なわけよ。」
徳嶺は黒板に数式を書き始めた。終わった。こう書いてあった。
(a+b)^2(a-b)^2
「はい、展開よ、展開。
あれー、めんどくさいの書いてしまったさー。えー、(おい)平良、ちょっと出てきて展開やれ。」
やや色白の、無理やり薄くしているプラスチックレンズの眼鏡をかけた平良君、教壇横に登場。
ここでまた徳嶺。
「あいえなよ(ああそっか)、思い出した。要はこれはただずっと計算すればいいだけなんだけど、なんだったか、平良、やって。」
平良君が言った。
「これは確かに単なる数式の展開ですが、先生、これはやや難問のひっかけですよ。ただの展開じゃ時間に間に合いません。」
平良君はすごくがんばった。
「要は、こうですよね。これで速くなる、ということを先生はおっしゃりたいんですよね。」
平良君はこんな数式を黒板に書いた。
{(a+b)(a-b)}^2=(a^2-b^2)^2
「ここまで持ってくれば、あとはかんたんですよね。」
男子から歓声が沸いた。
「おぉ、平良ー、弱いくせにやー、またかましたなお前~」
女子からもぼそぼそ声が聞こえた。
「あの人なんでまだ覚えているんだろうね……。」
ここでまたまた徳嶺。
「あっさみよ、(びっくりした)あんたはゆうりきやー(優等生)だねー。もういい、これは解けたのと一緒!」
由美が手を上げている。
徳嶺が言った。
「はいー、なんね。(なあに)」
「あのー、先生?今の問題はわかってないと出せないはずなんですけど、なんていうかその、そのあたり、どうなってるんですか?」
徳嶺のかわりに教壇横の平良君が答えた。
「先生馬鹿にしたら駄目だよ。消去法で考えろよ。先生は何かわかってたんだよ。」
由美が反論した。
「でも…、なんかふにおちないんですけど……。」
平良君が渾身の勇気をふりしぼって言った。
「おまえ先生馬鹿にするのか!何か!(なんだよ!)あってるさー。何か!」
由美が答えた。
「そこはごめん。」
男子から歓声が沸いた。
「暗記フラー(馬鹿)、おまえ最高!」
隅の席に座っていた怜がぽつりと呟いた。
「あの平良ってやつ、意外と手ごわいな。覚えとこ。」
これが「優等生の平良君」の初日の話。(数学ちょっと難しかったかな。)
8
4月26日。また朝の英語の授業。先生は仲程奈美。
「はーい、こんにちは、今日は分詞構文にしましょう。これが出来るようで出来ないんですよね。」
平良君が言った。
「なんでですか?」
「やればわかるわよ、ふふん。」
仲程は黒板にこう書いた。
Seen from the plane,it's so beautiful.
「なんとなくわかるでしょ?」
怜がぼそりと言った。
「はいはい。」
仲程。
「これね、口語表現。ブロークンイングリッシュってやつ。でもあってるんだな~文法的に。」
平良君がつぶやいた。
「うーん……。わからない。」
仲程が言った。
「Seen from the planeのところが、ポイントなの。ちょこちょこっと書く。要は、ぽんぽんぽんと、ちょこちょこっと書く。わかるかな~。一応、副詞ってことになってるんだけど、ちょこちょこっと書くの。しつこく言いますよ、ちょこちょこっと書くのがコツ。これが片言なんだ。わかるかな。Same years ago,でもいいんだ。でもI go to school,は駄目。文が完成してるから。わかったみんな?」
早川が言った。
「うーん、なんとなく。副詞ってところをせめていけばいいんですか?」
「まあ、そのやり方もありますね。でも難しいよ~。やりたきゃ文法書でも買って勉強してごらん。まあ、鉄骨役ってとこかな。難しいけどやりたい人はやりなさい。」
仲程が言った。
「副詞って何かな?早川さん。」
「えーっと…、修飾詞じゃなくて、何か、いろんなのに、ちょこっとつける言葉だと思います。」
「そう、そこ!それが前に来てるの!」
平良がにやにやと、したり顔で笑っていた。
仲程の授業はこうして段々に難しくなりながら50分続いた。
そして、運命の食事時間……。
9
お昼休み。
怜はいつも通り、一人で教室の入り口際の角席でお弁当を食べていた。
200円のオムライス弁当。小さくてお洒落。怜におあつらえ向き。
突如として現れたフロンティアではないクラスの男子軍団。3人居る。
体がでかい。
「ちょっとまったー!ちょっとまったー!」
怜が顔をあげた。何もいわない。
男子が無茶苦茶に叫ぶ。
「えーっと、えーっと、食わせろー!」
怜は何も言わずに見ている。少しにらんでいる。
それを見ていたのが……、有銘君。
根暗な男。一番前の席にいつも座っている偽まじめ君。本当はオタク。ちょっと美形。
有銘君はいきなり席を立ち上がった。
そして馬鹿でかい声で叫んだ。
「やめろよ!」
後ろで別の女子と騒いでいた由美が引きつった。
「……うん。」
怜がぼそりと言った。下を向いた。
この日の夜、怜は散々悔しがった……。
10
毎月一回の全校朝礼。
朝から体育館に全ての高校生徒が集まる。
ざわついている。
国語の田口先生が壇上にいた。
痩せ細った白髪のおじさんだ。
マイクを持っている。
「はい、はい、皆さん静かにしてください。静かにしてください。」
まだざわざわと生徒が雑談をしている。
田口先生は怒鳴った。
「こら。」
みんな静かになった。
田口先生は言った。
「ほら、しっかり整列して。座ってなさい。」
みんな言うとおりにした。
8時10分になった。
校長先生が壇上に登ってきた。
小太りのおかっぱ頭のおじさんだ。背は小さい。
名前は山川忠夫。
パンパン手をたたく。
「はいはい。」
始まった。朝礼だ。
「まずは校歌ですよ。みんな立って。」
全員起立した。
音楽が流れる。
生徒達が校歌を歌い出した。
口パクの生徒が何人かいる。担任が注意に行っている。
校歌が終わった。
「はい、お辞儀して座ってください。」
みんなお辞儀をして座った。
校長は語り出した。
「うーん、皆さん、最近は暑いですね。」
校長は頭をかく。手で顔をあおぐ。
怜は座ってぼけっと聞いていた。
私語は禁止なのだ。
由美も早川もみんな一緒だ。
「皆さん、犬は言うことを聞きますか。」
(何言ってんだよ。)
怜は思った。
「犬をしつけるのは大変なんですよ。
最近はトイプードルが人気ですね。
飼ってる生徒もいるんじゃないですか。
猫でもハムスターでもインコでもいいんです。
大変なんですよ。
これが例です。
みんなもいつかは家庭を持つんですよ。
子供ですよ。」
校長は頭をかいた。水を飲む。
またスピーチが始まった。
「子供なんですよ。
皆さん、家庭を持ちたいですか。
大変なんですよ。
マイホームっってよく言いますよね。
大変なお金が必要なんですよ。」
校長の声が大きくなった。
「大変な買い物ですよ。
マイホームを持つのは大変なんですよ。
みんなもいつかはそうなるんです。
そのためにここにいる。
勉強は投資ですよ。
家庭を持つためなんです。
家を建てるんですよ。
勉強が大事。
トイプードルでも飼ってください。
高いよトイプードルは。
買えるかな。
何が言いたいのか分かりますか。
子供ですよ。
皆さん子供を持つ時代が来るんです。
大変なんですよ。
学校で素養を覚えるんです。
高校は大事ですよ。」
校長は頭をかいた。水を飲んだ。
「マイホーム。家庭。これなんです。
勉強と人生経験。これなんです。
高校はいいですよ。
皆さん頑張りましょうね。
トイプードルのくだりはいらなかったかな。
おしまい。」
校長は頭をかいた。水を飲んだ。
校長は壇上から降りていった。
女子生徒が何人か泣いている。
いつものことだ。
国語の田口先生が出てきた。
いろいろな出来事の報告だ。
終わった。
生徒会長が出てきた。
名前は井上道子。
眼鏡をかけた短髪の女子だ。
あだ名は「頑張れ」だ。
みんな「頑張れ」と呼ぶ。
「頑張れ出てきたか。」
野球部員から声が上がった。
口癖が「頑張れ」なのだ。
校内緑化運動の報告をしている。
花壇の花がうまく咲いた話だ。
かなりスピーチが出来る。
最後に「みんな頑張れ。」と言った。
壇上から降りていった。
野球部員が言った。
「頑張れやっぱり言うな。」
井上は照れている。
田口先生が出てきた。
「皆さん起立してください。礼をして終わり。」
みんな起立をして礼をした。
月一回の朝礼が終わった。
校舎への帰り道で怜が言った。
「花壇の話、なんだったんだろうな。」
由美が言った。
「本人真剣なんだからいいんじゃない。」
怜が少し笑った。
みんな校舎に戻った。
11
もう5月も終わり。
今は生物の時間。
先生は……、アニメ声で有名なおばさん、西条先生。優しい人。
「はーい、今日は実験考察問題をやります。これはセンター試験に絶対に出ますからやりましょうね。」
西条は黒板に正方形を書き始めた。
「はーい、ここは森です。
この正方形の中だけ全部伐採して草も抜きます。
1年後にここはどうなっているでしょうか?」
……誰も答えない。難問だ。
「はいはい、これが実験考察問題です。みんなで考えましょうね。」
西条は飴玉をなめはじめた。
ふと、一番後ろの中途半端な席に座っている女の子が手を上げた。
通称ガリガリ子さん。本名は平塚綾子。
年齢は不明。
東大に入れると思って、いい年こいてフロンティアコースに入った「一応」高校生。
ガリガリ子さんは語りだした。
「私にはわかります。
この問題は東大の過去問にそっくり似ています。
よくできた実験考察問題ですね。
えーっと、2000年頃の東大の過去問だったかな。
確か私は落ちました。もう覚えていません。
いつも選抜で落ちるんですよ。」
「聞いてねーよバカ。」
横の男子が叫んだ。防いだ。
西条が答えた。
「それで……、答えはなあに?」
ガリガリ子さんが答えた。
「わかりません。」
クラスの何人かが吹いた。
由美が手を上げた。
「灌木林まではいきませんね。
えーっと、雑草の草むらになると思います。」
西条が答えた。
「まあまあね。あら、間違えた、正解だわね。もう少し難しく書きなさいね。おしまい。」
こんな問題がしばらく続いてその日の授業は終わった。
……ガリガリ子さんはちょっとおかしい。
怜はシカトしていた。
11
7月。英語の少し特殊な試験の日。
GTECだ。
パソコンを使った英語のテストだ。ベネッセがやっている。
ヒアリングとスピーキングまである。
怜達のクラスはパソコン室に向かった。
仲程先生が言った。
「ざわつかないの。」
平良君が言った。
「僕出来ます。Harvestで完璧です。」
仲程先生が言った。
「甘い。」
ガリガリ子さんが言った。
「Who am Iまで私は分かります。」
ガリガリ子さんの英語の鉄板ネタだ。
仲程先生が言った。
「それはどういう意味?」
ガリガリ子さんは言った。
「疑問詞、V,Sです。」
仲程先生が言った。
「よく知ってるわね。通訳しなさいよ。」
ガリガリ子さんが言った。
「……よくわかりません。」
仲程先生が言った。
「私その気持ち分かるわよ。あなた考えすぎ。」
平良君が笑った。
「あなたは誰ですかという意味ですよね。」
平良君が言った。
仲程先生が笑った。
怜が言った。
「This is a pen which is a mine」
平良君がひきつった。
仲程先生が言った。
「aは付くんですか?」
怜は言った。
「当然付きますね。mineには付きます。」
仲程先生が苦笑いをした。
「あんた東大入るわよ。」
苦し紛れだった。
仲程先生が言った。
「そろそろ時間です。あと5分で開始。」
GTECが始まった。
「らくしょー。」
怜が叫ぶ。
「私も。」
由美が言う。
早川は笑いながら解いている。
平良君は泣いている。
「これ地獄。聞き取れない。」
そう言った。
ガリガリ子さんはスピーキングで手こずっていた。
「こんなのやってない。こんなのやってない。」
頭をかきむしっていた。
仲程先生が言った。
「みんな頑張りなさいよ。だいたい静かに。」
怜がまた言った。
「こんなんでいいんですか。」
Lの発音を連発しながら問題を解く怜。
仲程先生が言った。
「ずいぶんうまいじゃない。」
由美が言った。
「辞書に舌の絵が載ってます。」
早川は笑いながら解いている。早い。
怜はもう解き終わっていた。
由美も解き終わった。
早川が解き終わった。
平良君が泣いている。
ガリガリ子さんが解き終わった。
「スピーキングだけ駄目でしたね。」
そう言った。
平良君が泣きながらつぶやいた。
「ガリガリ子のほうが出来る。なんでだよ。」
クラスのみんなが解き終わった。
茫然自失の生徒が多い。
「東大入試はこれのちょい上です。」
仲程先生が言った。
怜が笑った。
平良君は泣いている。
怜が言った。
「ふんっ。」
平良君が言った。
「ヒアリングのCD買ってくるからな。」
由美が言った。
「勝手に行けよ。」
怜がまた笑った。
ぼそりと言った。
「私東大行けるかも。」
12
7月。夏休みの少し前。
課外授業の選択授業で「ビジネスアンドコミュニケーション」というものがあった。
怜が時間割を見て言った。
「私、これにまた行く。」
由美が言った。
「あれ楽勝。」
早川が言った。
「絵描けない……。」
3人で「ビジネスアンドコミュニケーション」の授業に出た。
夕方の少し前だった。
岡田先生という先生が待っていた。
中肉中背。眼鏡をかけた太めのおじさんだ。角刈りを七三分けにしている。
「始めますよ-。はい、集まって。」
岡田先生が言った。
みんな席に着いた。
パソコン教室だ。
白い液晶のモニタがある。キーボードも白だ。本体も白だ。
OSはWINDOWS7だ。
岡田先生が言った。
「えーっと、電源は入ってますよね。皆さんワードを起動してください。」
生徒全員がワードのアイコンをクリックする。
「WORD2013」だ。
起動が始まった。
「この丸、面白いフラッシュ。」
早川が言った。
「へー、フラッシュなんだ。」
怜が言った。
「分からない……。」
早川が言った。
「なんか打てばいいんだろ。これだよこれ。」
由美は言いながら「あああああ」と打った。
岡田先生が言った。
「こらそこ、何やってるんですか。」
由美が言った。
「ごめんなさい。」
由美は「あああああ」をバックスペースで消した。
岡田先生が言った。
「皆さん白紙の文章にしてますね。今日はすごいですよ。」
怜が言った。
「なんだよ。」
岡田先生が答えた。
「なんと、原稿用紙が出ますよ。」
早川が小声で言った。
「……知ってる。」
岡田先生が言った。
「うん、何、知ってる、知ってるか。それは困った。でもやろう。」
早川は顔を真っ赤にした。
岡田先生が言った。
「皆さん、前回の報告文章をCD-ROMから読み込んでください。」
生徒全員がパソコンの本体にCD-Rを入れる。
それぞれ自分の名前と報告書という文字が書いてある。
「報告書」の中身はみんな変わらない。氏名が違うだけだ。
前回の授業はただのワードの練習だったのだ。
ガリガリ子さんがいた。
「よし、よし、よし。」
意味の分からないことを言っている。
CD-Rがウィンウィン鳴るのを聞いているのだ。
壊れるとでも思っているのだろうか。
1人の男子が言った。
「早く出せよ。もう読み込んでコピペしてあるんだよ。」
ガリガリ子さんがやっとCD-Rを出した。
最後の1人だった。
岡田先生が言った。
「ファイルの開くから報告書を開いてください。」
へこんでいる。
早川が全部知っているのだ。
今回の授業は岡田先生が考えた「びっくり授業」だったのだ。
岡田先生が言った。
「一応やりますよ。これ本当にすごいんですよ。」
岡田先生はまだ頑張る。
「私も知ってる。」
怜がぼそりと言った。
岡田先生が言った。
「うん、知ってるか。そうか。でもやるんだ。知ってるか。」
岡田先生は泣いている。
由美が言った。
「もう言うのやめようよ。」
早川が言った。
「うん。」
怜が言った。
「飽きた。もういい。」
岡田先生は全部聞いていた。
いきなり早口で話した。
「ページレイアウトのタブから原稿用紙を選んでね。
その後は好きにやってエンターキー押して。
出来るから。」
3分ぐらい経った。
「出来ました。」
ガリガリ子さんが手を上げた。
報告書が原稿用紙の中に収まっているのがモニタに映っている。
岡田先生が来る。
「うわー、すごいな、なんだこれー。」
岡田先生は無理矢理はしゃぐ。
「一見して分かりますが、テンプレートと一緒ですね。」
ガリガリ子さんが冷静な声で言った。
岡田先生はまたへこんだ。
だいたいの生徒が出来た。
岡田先生が見て回る。
出来ていない生徒には作ってあげていた。
何人か感動していた。
岡田先生がその顔を見て言った。
「よかったー。」
岡田先生が言った。
「今日はここまで。あとは自由時間。」
30分も残っている。
早川が言った。
「私ペイントやる。」
怜が言った。
「やってみれば。」
由美が言った。
「すごいね。あんなのでも描けるのか。」
早川はペイントを起動jして絵を描き始めた。
「鉛筆」を使って頑張ってパソコン教室をスケッチする。
怜が覗きに来た。
「それ面倒臭いぞ。」
早川が言った。
「いいんだ。」
色は水色だ。
どんどんパソコンを描く。
次は机だ。
茶色でどんどん机を描く。
全部ラフスケッチだ。
怜が言った。
「かなり面倒だから人物描くなよ。」
早川がうなずいた。
由美が手を上げた。
「なんか出来たよ。」
岡田先生が走ってきた。
早川の後ろに立つ。
「うーん、悲惨。誰もいないんだな。」
早川が顔を真っ赤にして言った。
「違うんです。面倒だから描かなかったんです。」
怜がにやにやしていた。
13
宮城彦。略歴と風貌は先述した通り。
住んでいる家の部屋は汚い。パソコンだらけ。趣味。
大学受験の参考書だらけ。これは……、本人にとってはガチ。
彦は宝物の腕時計(古いポップな時計)を腕に巻いて出かけた。
何故宝物なのかというと……、青学に落ちたときに巻いていたから。
行き先は那覇のジュンク堂。
今日はスピードラーニングを買いに行く。
彼にとっては大冒険だ。
彦はバスが怖い……。揺れ方が違うから。彦は横浜育ち。
彦は一生懸命耐えた。酷過ぎたから省略。あとは歩きだ。歩きは大丈夫。
ジュンク堂に着いた。緑色の看板が眩しい。
彦は二階に直行。
彦は呟いた。
「スビードラーニングみたいなのいっぱいある……」
彦はいきなり声を掛けられた。相手は知らないおじさん。
「おーい君、ちょっとちょっと。
君、家庭教師出来る?」
県外の人だった。そう、怜のお父さん。
彦は答えた。
「えーっと、えーっと、まあ、出来ますけど……。」
怜のお父さんは証明書類を速攻出した。
「俺こんな人。大丈夫だよ。」
彦が笑った。
「娘の家庭教師、お願いね。」
怜のお父さんは勘が鋭い。見た目で多浪生だとわかったのだろう。
「あ、はい。」
彦は勢いに押されて答えた。
彦は滝川怜の住所を渡され、携帯電話番号を聞かれた。彦は答えた。
……終わった。
彦はスピードラーニングどころではない。
「あー、どうしよう、あー、どうしよう。」
まだ呟く。
「俺出来るかな、誰だよあいつ、あーどうしよう。」
彦はブツブツ呟きながら帰っていった。
……終わった。
彦は少しバカ。
14
コザは芸術の街。沖縄ではそう呼ばれている。
怜はコザを歩いていた。
理由は……、絵画教室を見つけるため。
そんなものあるのだろうか。
十字路にある大きなショッピングモールの横の路地を入ったら、即効、あった。
「新山静子絵画教室」
小さな古い看板にはこう書いてあった。
怜はいきなり入っていった。根性だ。高校生だから出来る。
怜は心の中で叫んだ。
(渋谷だぜ!)
怜はガラスの押し戸を開けた。
白髪交じりの長髪のやせたおばさんがチラシの置いてある机の前に立っていた。
新山静子だった。
「あら、いらっしゃい。」
少し低い声だった。顔は美人。でも老けている。服はただの私服の洋服。
怜が気まずくなってそこらじゅうの壁を見ると……、絵だらけだった。なんでもあり。
「あ、はい。」
怜は答えた。
「何?」
新山は言った。
怜は答えた。
「絵……、習いたいんです。」
新山は言った。
「どんなの。」
怜は答えた。
「風景画。」
新山が答えた。笑わない。
「やんなさいよ。来れば。月3万円。画材別。」
怜が答えた。
「あ、はい。」
新山が言った。
「これ私の最近の絵。覚えときなさい。」
なんだかわからない線が数本書いてある紙があった。
(こいつ……、本物!)
怜は急いで帰った。
これが怜と新山との最初の出会い。
怜はこれを「運命の出会い」と後に言っている。これは内緒話。
15
有銘君の末路……。
もう一学期も終わり。
有銘君は怜にラブレターを渡したかった。
でも、出来なかった。
だから早川さんにラブレターを渡した。
内容は……恥ずかしくてとても書けない。
やたら計算した回りくどいラブレター。友達狙い。せこい!
渡した場所は美術室。放課後。7月の夕方だった。
誰も見ていない時だった。
「これ、お願い。」
有銘君は言った。
ただの茶封筒。中身は一応手書き。
これが何度もあった。
早川は何度も断った。
「もらえません……。」
この連続。
7回続いた。
早川は断固として断った。
実は早川、作戦を練っていた。
2回ラブレターを断った後、自宅で返事を考えていたのだ。
イラストレーターに少し上手なお手製の文字で、
「すきではありません!」
と水色で書いていたのである。
早川は印刷するつもりだった。自宅にはプリンターがあった。
早川は真面目すぎた。
断った理由は……、嫌な予感がしたから。
早川は鋭かった。
結局プリンターは使われることがなかった。
有銘君は7回ラブレターを出した後、自宅で散々泣いた。
何を見ても泣きたくなった。
鉛筆を見ても、学校の教科書を見ても悲しかった。
2ヶ月ぐらい続いた。
これが有銘君の末路。
16
夏休み。
怜は新山静子絵画教室に通う事になった。
今日はその初めてのデッサンの日。
大きな木の机。へこみはない。
怜と新山が向かい合って座っている。
新山が言った。
「まず描いてみなさいよ。なんでもいいわよ。」
新山はほおづえをついて鉛筆回しを始めた。
B5だった。
「わたし見てるから早く描きなさいよ。」
怜が言った。
「はい。」
怜は筆箱から普通の鉛筆を出して渋谷のオフィス街のちょっとした路地裏を描いた。
ラフスケッチだ。
かなりうまい。
その上から、教室に置いてあったクレヨンで空に虹を描いた。
白黒とカラーだ。
高校生にしてはかなり巧い。
「これ、どうですか?」
怜は自信ありげに見せた。
新山は言った。
「まあいいわね。でも全部クレヨンのほうがいいんじゃないの。
まああれよね、私が求めていた命題はこれじゃないのよ。
ごめんなさいね。」
怜はもう泣きそうだ。
怜は精一杯答えた。
「じゃあなんなんですか。」
新山は答えた。
「気持ちよね。」
新山は少し笑った。
新山は笑いながら言った。
「今の覚えておきなさいよ。もういいわ。
今日は帰んなさい。いつ来てもいいわよ。」
怜はガタガタになって帰っていった。画材は一応持って帰った。
(あちゃー、こりゃ地獄だな。)
怜は思った。
17
今日は大学受験の参考書を買いに行く日。
怜は由美を誘って興南高校前のバス停に立っていた。
課外授業の日だった。制服だ。
早く授業は終わった。昼間だ。食事は食べた。
家庭教師の彦との待ち合わせ。
彦が来た。
何故かお洒落をしていた。
黄緑のチェックのYシャツに茶色いジーンズ。靴はホーキンスだ。
彦は頑張った。
「えーっと、こんにちはー。」
由美が言った。
「行こうよ。」
怜が言った。
「はい、えっと、行こうか。ジュンク堂ね。」
彦が言った。
3人でゆいレールというモノレールに乗ってジュンク堂近くの駅まで言った。
列車内で怜と由美は喋りまくり。学校の話。ネタだ。
たまに彦に話を振る。これが本気。
彦は片言で答えていた。
少しちぐはぐなことを彦は言っていた。
列車内の人たちはちらちらとこの三人を見る。
いい意味で浮いていた。
怜と由美は嬉しかった。
彦も嬉しかった。
ジュンク堂ではさっさと買い物をした。
彦が即効で選んだのだ。
怜と由美は付いて歩くだけ。彦を緊張させない作戦だ。
彦は得意げだ。ぶつぶついろんなことを言う。
「とりあえず数学は一対一だけでいい。生物は桐なんとかのちっちゃいやつ。
化学は駿台だな。国語は俺が教える。古文だけドリル必要かな。
漢文もなんかあったほうがいいかも。熟語多いからな。
歴史どうしよう。俺、理系。センター試験用の無難なやつとりあえず買っとこう。
公民は倫理。俺詳しい。一問一答でいい。」
やたら詳しい。でも滅茶苦茶だ。
何故か生物と化学が入ってしまった。
怜がそっと注意して本棚に戻した。
帰りに一階の喫茶店で3人で話をした。
注文したものはレアチーズケーキとオレンジジュース。
彦は頑張った。
怜と由美は慣れている。さすが渋谷だ。
由美が言った。
「なんか聞きなよ。」
由美はオレンジジュースをストローで吸った。
怜が切り出した。
「センター試験ってどんなもんなんですか?」
彦が顔を上げて言った。
「ちょっと言えないんだけど……、難しいよ。」
「それで?」
怜はつっこむ。
「えーっと、僕が教えます。本買ったから大丈夫だよ。」
怜の作戦通りだ。
「やったね。」
由美が言った。半分彦用だ。
由美がまた言った。
「東京行ったことあるって前言いましたよね。どうでした?」
「えーっと、楽しかったよ。」
彦は下を向いた。少し暗い顔をした。
「頑張ろうよ。」
由美が言った。
怜が突っ込んできた。
「このチーズケーキ、オレンジジュースと混ぜると美味いな。」
フォローだった。
彦が笑った。
「センター試験はね、覚えればいいの。
これがコツ。ポイントだよ。
ガチで取っ組み合ったら駄目。前の俺みたいになっちゃうよ。
なんて言ったらいいのかなー。
理解型暗記って聞いたことある?
あれに似てるの。あれの応用。」
いきなり得意げにべらべら喋る彦。
……東京弁だった。
由美が笑いながら聞いていた。皿もコップも空っぽだ。
怜は気まずそうにジュースを飲んでいた。
由美が言った。
「私お金払ってないんだけど聞いていいのー?」
「いいよいいよ。」
彦は笑った。
「由美うるさいよ。これ別枠だよ。馬鹿。嘘。500円払え。」
怜が言った。
「あーあ。」
由美が言った。
「別にいいよ。」
彦が言った。
みんな黙った。
彦はケーキを食べた。
怜と由美は彦がケーキを食べるのを待っているのだった。
怜はさりげなく食べ終わっていたのだ。
「帰ろっか。」
由美が言った。
3人全員一斉に席を立った。
三人でまた同じルートで駅まで帰っていった。
18
まだ夏休み。
今日も課外授業。今日の課外授業は夕方に終わった。
彦は校門で怜を待っていた。
怜が呼んだのだ。バス代は怜のおごり。
怜が校門から出てきた。
空は少し暗いオレンジ色。
なんと、怜の後ろからガリガリ子さんが下校してきた。
怜は彦と会った。
怜が言った。
「これから家庭教師やるんですよね。早く帰ろうよ。」
「うん。今日は数学の一対一。」
彦が答えた。
……とんでもないことが起きた。
ガリガリ子さんが反応した。
立ち止まったのだ。
「うーん、あんた誰。」
彦を凄い目で睨んだ。
戦いが始まった。
「滝川怜さんの家庭教師です。」
彦は普通に答えた。
「なんで一対一知ってんのよ。東京出版のあれでしょ。」
ガリガリ子さんは怒っていた。
ただの意地だ。
彦はいきなり東京モードになった。
……意外とやる。思い出したのだ、昔を。
彦は目線を外した。
「多浪生だから。」
ガリガリ子さんは少しびびった。
「わ、わたしと一緒ね。」
でもまだ言う。
「わたしだって家庭教師出来るわよ。」
「本当?」
彦が聞いた。
「青チャートのほうがいいわよ。基本からコツコツ。」
ガリガリ子さんは食い下がる。
「そうかな。怜、出来るよ。一対一からで大丈夫。」
彦の一撃だった。
「なんなのよあんた。このクソオタク。何歳よ。わたしもよ。」
ガリガリ子さんは半泣きで帰っていった。
彦は勝ってしまった。
少し気まずい。
「行こうぜ。」
怜が言った。
「ほら、早く。バス!」
怜がまた言った。
「ちょっと可愛そう。」
彦がぽつりと言った。
彦と怜はバス停に向かった。
……後日談。
ガリガリ子さんはこの日、家に帰って速攻で一対一をやっていた。
意外と出来た。
よく分からない泣き方をしながら寝た。
19
バスで彦と怜は怜の家に行った。
彦の家庭教師が始まった。
彦は一対一の数学Ⅱを開いた。
「今日はこれ。」
二次関数の最大最小の問題だった。
怜がいきなり言った。
「大事なところが数字じゃなくてaになってるよ。
わかんねー。」
「ほっとくの。まず分かりやすい式にして。」
彦が答えた。
「はいはい。」
怜はグラフがわかりやすい二次関数の式に変換した。
急いでノートに書いたのだ。
「まだa出てくるよおい。どうすんだよ。最大最小出来ねえよ。」
「大丈夫。」
彦は少しあせった。
「ちょっと待って。」
彦は3分ぐらい一対一を読んだ。
「だいたい分かった。」
彦は言った。
「域値の真ん中どこにあるの。」
彦だ。
怜が答えた。
「2だな。」
怜が連発する。
「あ、わかっちゃった。これでぐちゃぐちゃやりゃーいいんだ。」
「……理解力、凄いな。」
彦が言った。
「あれ、ちょっとまって、まだわかんねー。どっから分けるんだ、不等式。」
「ややっこしいな。」
彦が少し暴走した。
「もう見たまんま!」
彦が言った。
夜だった。もうすぐ夕飯。怜は少しいらついている。
「わかんねーよ。」
「1から3なんだから1と3がヒント。」
彦が言った。
怜が答えた。
「あ、わかっちった。ざんねーん。もっと甘えたかったー。」
怜は笑っている。
彦が困っている。
怜のお母さんが「きゃっする」というケーキ屋さんのシュークリームを持ってきた。
「毎回ありがとね。これで随分成績伸びるわよ。」
ドアの後ろで聞いていたのだ。
彦は美味そうにがつがつ食べた。
怜はゆっくり食べた。
二人とも食べ終わった。
彦が言った。
「今日の一題終わり。次の一題。」
「また最大最小じゃねえか。」
怜が言った。
喧嘩をしそうでしない2人。
傍から見ていると面白い。
怜のお母さんは毎回かなり楽しんでいた。
20
夏休みの半ば。
彦は怜たち3人のお楽しみパーティーを考えた。
彦は怜たち3人を自分の家に呼んだ。
彦が家の門を開ける。
敷地の中に家が2軒ある。
怜が言った。
「へー。すごいじゃん。おじいちゃんとおばあちゃんの方。」
怜は鋭い。
高い瓦を使っていることに気づいたのだ。
早川が言った。
「ゲーム。」
彦はゲームパーティーをすると3人に話していたのだ。
彦は言った。
「おじいちゃんとおばあちゃんの家だよ。」
4人はおじいちゃんとおばあちゃんの家に行った。
彦は言った。
「ちょっとこっちの家使うよ。」
彦のおばあちゃんが言った。
「はいはい。これ食べて。」
おばあちゃんは焼き魚を2つ出した。
「今日はいらない。」
彦は答えた。
怜が言った。
「うまいな。」
由美が言った。
「すごいかわしかた。」
早川が小声で言った。
「それ言っちゃ駄目。」
怜が言った。
「あれれ。」
彦が小声で言った。
「今のおばあちゃん聞いてない。少し変わってるの。」
3人は笑いをこらえた。
4人は少し広い奥の畳の部屋に行った。
番組が全く映らないブラウン管のテレビがあった。
「古いなおい。」
怜が言った。
「これ意外と使えるの。少し無理あるけど……。」
彦が言った。
テレビの前に灰色のセガサターンがあった。
「今時これかよ。」
怜が言った。
「見てろよ。」
彦が言った。
彦はいきなり「サクラ大戦」の1を出した。
分厚いソフトケースだ。
「すごい数のCDーROM。」
早川が言った。
「……やるな。」
怜が言った。
にやにや笑っている。
「早くやろうよ。」
由美が言った。
「見てろよ。」
彦が言った。
セガサターンの電源を入れて1枚目のCD-ROMを入れた。
セガの文字が出てくる。
「こっからだよ。」
彦が言った。
3人はぼけっとタイトルロゴを見ている。
ムービーが始まった。
「この和風いいでしょ。」
彦が言った。
「出来てるな。」
怜が言った。
「なんでもありかよ。」
由美が言った。
「意外と新しいグラフィック。すごい。」
早川が言った。感動している。
「こっから。」
彦が言った。
彦はセーブデータを読んだ。
一話だ。
古いテレビの画面でムービーが始まった。
舞台は上野だ。
弁財天がめちゃくちゃだ。
「なんじゃこりゃー。」
怜が言った。
ムービーの不忍池から巨大な戦艦が出てくるのだ。
「これ東大ネタ。」
彦が言った。
「すげーな。」
怜がうなった。
「やるね彦。」
由美が言った。
「すごい絵。私も描く。」
早川が言った。
「一応知ってる。これ一人用でしょ。」
由美が言った。
「要するにこれなんだよ。東京の大学と勉強ネタ。」
彦が言った。
「要は勉強しろってこと。楽しかったでしょ。」
彦が笑いながら言った。
「やられたな。」
怜が言った。
「あげるよ。」
彦が言った。
怜はもうセガサターンの本体を持っている。
嬉しいのだ。
「……わたしにちょうだい。」
早川が言った。
「終わったらね。」
怜が言った。
早川が喜んだ。
「よかったね。」
由美が言った。
いいパーティーだった
21
香織さんの直撃弾の話。
もう夏休みもあと1週間を切った。
怜は新山静子の絵画教室にいた。
いつものように絵を描いていると……、奥から少し年上の女の子が出てきた。
色白で三つ編みの髪型。髪留めはお洒落な金細工。
痩せていて小柄だ。青いドレスを着ている。
「かおりです。」
通る小声で言った。
香織という名前だった。
怜が言った。
「こんにちは。」
静子が言った。
「香織さん、あいさつしなさい。」
「かおりです。」
香織はまた通る小声で言った。
静子が言った。
「香織さん、描いてみせなさい。」
香織がわめきだした。
「かおりかけるよ。かおりかくよ。かおりかくよ。」
やたら早口だ。
(なんだこいつは……。)
怜は思った。
香織は画用紙と肌色のクレヨンを持ってきた。
怜は笑いながら見ている。
怜が引きつった。
(巧すぎ!何こいつ!)
「かおりかいたよ。かおりかいたよ。」
香織は早口でわめいた。
香織は肌色のクレヨンで画用紙によくわからない記号らしきものを書いていた。
「それはなんですか。」
静子が香織に聞いた。
「かおりしぶのロゴ。」
香織が通る小声で言った。
「見なさいこれ。ピカソ並よ。」
静子が言った。
「は……、は……、はい。」
怜が答えた。
「何か言いなさいよ。」
静子が言った。
怜がしばらくして声を出した。
「……描けません。」
静子が腰を据えた。
「ヒントをあげるわ。」
静子は白い色紙を持ってきた。
裏返しにして、中心から少し離れた右にB5の鉛筆で点を打った。
「これで分かれば天才。分からなければよっぽどの馬鹿。」
静子は言った。
怜は黙って色紙をもらった。
「今日は終わり。この宿題は一ヶ月待ってあげる。」
静子が言った。
怜は半泣きで絵画教室から帰っていった。
一方、香織は今度は友達の似顔絵をこれまたピカソ並に書いていた……。
奥から双子の妹の沙織も出てきた。服も髪型も香織と一緒だ。髪飾りだけ銀色。
「さおりもかくよ。」
沙織が早口でわめいた。
とんでもない双子だ。
世の中にはいろんな人がいる。
22
夏休みが終わった。
2学期の始業式の日から数日。
土曜日が来た。
怜は悩んだ末に考えた。緊急集会だ。
場所は怜が決めた。那覇のスターバックスだ。
参加者は怜と由美と彦。
何故彦がいるのかというと、いろいろ知ってるから。それだけ。
半分ヤケクソの集会だった。
すぐにみんな集まった。
「聞いて。」
怜が言った。
「私、彦で勉強のほうは大丈夫。実技がやばいの。」
怜はいきなりぶっ放した。
由美が言った。
「……静子さんのところじゃ駄目なの?」
由美はキャラメルフラペチーノを飲んだ。
彦が抹茶クリームフラペチーノを飲んでから言った。
「俺、大丈夫なんだ。ごめん、絵……、わかんない。」
「あんたなんか知ってんじゃないの?」
由美が突っ込んだ。
「ええっと、俺、なんだろ、ホントは今東大の医学部。」
「なんだとそりゃ。」
由美がダークモカチップフラペチーノを吹いた。
「研修で沖縄来てるんだ。隠しててごめん。ひくと思ったんだ。」
彦は顔を真っ赤にした。涙を流しそうだ。
彦は少し前の学生証を財布から出した。
……本当に東大だった。
「い、いいよ、別に。」
由美が泣いた。
「すげー。」
怜はとんでもなく喜んだ。
「待って。」
彦が言った。
「それどころじゃない。実技。」
「あそっか。東大絵描かないしね。」
由美が言った。もう笑っていない。
「怜、落ち着いて。実技だよ、実技!」
由美が畳み掛ける。
「お、おお。」
怜が言った。
「なんだよ、あれだよ、早川呼んでみろよ。」
怜は続けた。
由美は携帯を取り出した。
早川を呼んだ。
早川が来るまでは彦の東大入試の話。
盛り上がった。
……早川が来た。
何故か油絵の具のセットを持っていた。
「だいたい話聞いた。」
早川が言った。
「……私も東京芸大行きたい。」
早川がぶっ放した。
緊急集会は無茶苦茶だ。
早川はお冷を頼んだ。
「おまえもかよ!」
怜が突っ込んだ。
彦は焦った。
「教えなきゃ。まだ間に合う。」
「……やった。」
早川が言った。
早川は水を飲んだ。
「私も新山さんの教室行く。」
早川が言った。
「勝手に来いよ。」
怜が言った。半泣きだ。
「おしまいおしまい。」
由美が言った。
彦は泣いている。なんだか分からなくなったのだ。
緊急集会は終わった。
23
11月の始め。
遂に修学旅行だ。
行き先は東京。
3泊4日だ。
初日の朝。
怜は起きた。
「だるい。彦行かねーし。」
怜は由美に携帯をかけた。
「由美起きてる?」
由美が答えた。
「起きてるよ。今朝ご飯中。」
怜が言った。
「そっか。彦来ないね。」
由美が言った。
「来れるわけないよ。頑張ろうよ。」
携帯が切れた。
怜は早川に電話をした。
「起きてる?」
早川は答えた。
「今起きた。」
寝言だ。
怜が言った。
「駄目だこりゃ。」
携帯が切れた。
3年生の生徒全員が大きな鞄を持って那覇空港に集まった。
朝の6時50分集合だ。
仲程先生が点呼をとる。
クラスのみんなが返事をする。
怜は青いコートを着ていた。
由美は黄色いジャケットだ。
早川は黄緑色のジャンパーを着ていた。
ガリガリ子さんは何故かミリタリーセンスでかためていた。
平良君は赤いセーターを着て青いジーパンを履いていた。
何故か一番きまっていた。親が考えたのだ。
「出発しますよ。荷物は預けましたね。」
仲程先生が言った。
みんなが搭乗口に入っていく。
怜が言った。
「なんだよこのゲート。SFかよ。」
みんな飛行機に乗った。
ANAだ。
「私窓際だ。富士山見える。」
由美が言った。
「いいな。」
早川が言った。
怜は何も言わない。
飛行機が飛んだ。
羽田空港に到着だ。
約三時間の空旅だった。
みんな静かだった。寝ている生徒もいた。
「降りてくださーい。」
仲程先生が言った。
ぞろぞろ生徒が飛行機から出てくる。
羽田空港からバスに直行だ。
行き先は浜松町。
「東京タワー見えるかな。」
早川が言った。
「見えねーよ。」
怜が言った。
「別にどっちでもいい。」
由美が言った。
劇団四季の劇場に着いた。
「ライオンキング」を見るのだ。
始まった。
怜は全然台詞を聞いていない。
由美が言った。
「キリンの足面白いね。」
早川が言った。
「うん。」
早川は興奮していた。嬉し泣きをしている。
「芝生なんだよ。」
早川が怜に話しかけた。
「どうでもいい。」
怜が言った。
「ライオンキング」が終わった。
生徒達が劇場から出てきた。
昼ご飯はバスの中で出た弁当だった。
とんかつ弁当だった。
「こればっかりはうまい。」
由美が言った。
「ああそう。」
怜が言った。
「次は東京タワーですよ。みんな待ってたね。」
仲程先生が言った。
みんなで展望台に登った。
蝋人形がたくさん置いてあった。
「なんだよこれ。」
怜が言った。
「蝋人形。」
早川が言った。早川はまだ騒いでいる。
由美が言った。
「もう時間だってさ。戻ろうよ。」
みんなバスに戻った。
東京タワー近くのそんなに値段の高くないホテルに泊まった。
夕食は鍋だった。
3人は黙々と食べた。
怜に気を遣ったのだ。
風呂に入って寝た。
2日目。
早川は日程表を見る。
朝の6時だ。
浅草だった。
「さーてと、朝飯に行くか。」
由美が言った。
「食いたくねー。」
怜が言った。
「チケットあるよ。」
早川が言った。
3人は朝食に行った。
ご飯と味噌汁とだし巻き卵と、ちょっとしたおかずだった。
……完食。
由美のトスだった。
怜が言った。
「はいはい浅草。」
またバスに乗って浅草に行った。
少し遠い。
着いた。
夕方までずっと自由時間だった。
「さすがに酷いわね。」
仲程先生が日程表を見ながら言った。
「誰が考えたのかしら。」
また言った。
怜が言った。
「知らねーよデブ。古くさいんだよ。」
3人は巾着袋のお店に行った。
仲見世だ。
「こういうのいいんだよ。」
早川が言った。楽しそうだ。
3人で同じものを買った。薄桃色の小さな巾着袋だった。
3人はおみくじをやらない。
東京人の間では「当たる」で有名なのだ。
昼ご飯は仲見世の裏にある商店街の喫茶店でカレーを食べた。
由美のとっておきだ。
「うまい、うまい。浅草って意外とうまいんだよな。」
由美が言った。
怜が言った。
「彦こねーよ。」
早川が気まずい顔をしながらがっついている。
食事が終わった。
3人は商店街の本屋に入った。
仲見世を無視する。
怜が言った。
「これください。」
怜は「るるぶ」の沖縄観光本を買っていた。
「なんだそりゃ、おい。」
由美が言った。
早川は笑っている。
自転車が5台走ってきた。中学生ぐらいの男の子が乗っている。
「おまえら修学旅行だろ。何してんだよ。」
1人がそれだけ言ってどこかに行ってしまった。
怜が大声で後ろから叫んだ。
「うるせえんだよガキ。」
通行人が避けている。
3人はそのまま歩いて仲見世に戻った。
由美がパンをひとつ買った。
大きなものだ。
3人は浅草寺の境内に行った。
鳩がたくさんいる。
3人はパンをちぎってあげた。
だらだら過ごす。
「お土産どうするの?」
早川が言った。
「いらないよ。」
怜が言った。
「そっか。」
由美が言った。
夕方になった。
みんなバスに戻った。
夜は学生会館だった。
幕の内を食べて風呂に入って寝た。
3日目。
仲程先生が学生会館前の駐車場で言った。
「今日はディズニーランドです。」
にこにこ笑っている。本人も楽しいのだ。
みんなバスに乗った。
浦安に行った。
ディズニーランドだ。
着いた。
みんなチケットを持っている。
どんどんゲートから入っていく。
3人も入った。
「食いまくりでいいよ。」
怜が言った。
「何それ。」
早川が言った。
「ワールドバザールにいっぱいある……。
ほとんど入り口近く。まあいいや。」
3人はミッキーの形のワッフルが売りの店に入った。
1人2つ食べた。一番安いやつだ。
「次は菓子パン。」
由美が言った。
パンのお店に入った。
3人はストロベリー味のパンを食べた。
早川が言った。
「もういい……。おなかいっぱい。」
怜が言った。
「だせーよ。」
由美が言った。
「しょうがないよ。」
由美が言った。
「一個ぐらい何かに乗ろうよ。」
早川が言った。
「ビッグサンダーマウンテン。」
3人でビッグサンダーマウンテンまで歩いて行った。
誰も話しかけない。
かなり並んでいる。
3人は待った。
順番が回ってきた。
汽車に乗った。
ガンガンに走る。どんどん曲がる。
由美が悲鳴を上げた。
「うわ、ちょっと、何これ。天井低いって。」
怜は歯を食いしばって乗っている。
早川が笑いながら言った。
「最高。」
汽車から降りた。
怜が言った。
「もういいよ。一週でもしよう。」
3人はイッツ・ア・スモールワールドに行った。
早苗の意志だ。
順路は空いていた。すぐに入れた。
水の上に船があった。
早苗が乗った。
「浮いてるよこれ。凄いよこれ。」
怜が言った。
「当たり前だろ。」
由美が言った。
「早く乗ろうよ。」
由美が乗った。
怜が乗った。
船が動き始めた。
オルゴールの様な音楽が鳴る。
「これ聴いたことある。」
早苗が言った。
早苗が水面を見ていた。
「これ本当の水だよ。本当に浮いてるよ。」
怜が言った。
「当たり前だろ。」
由美は人形を見ていた。
「つまんねー。」
怜が言った。
「そんなこと言ったら駄目だよ。」
由美が言った。
早苗は水に夢中だ。
小さな人形がたくさん動いている。
早苗には聞こえた。
「こんにちは。」
早苗が叫んだ。
「今喋ったよあの子。」
怜が言った。
「喋る訳ないだろ。ただの人形だろあれ。」
早苗が言った。
「私に言ったんだよ。ああいう人達は生きてるんだよ。私本で読んだよ。」
怜が言った。
「何言ってんだよ。」
怜が人形を見た。
……ぐるぐる回っているだけだった。
いろんな国の衣装を着た人形が回っている。音楽が流れている。
「これだけかよ。」
怜が言った。
「そんなに悪くないよ。なんていったらいいのかな、これ世界旅行じゃないかな。」
由美が言った。
「はいはい。」
怜が言った。
早苗が興奮していた。早苗は泣いていた。嬉し泣きだ。
「そんなに楽しかった?」
怜が言った。
「とんでもないよこれ。」
早苗が言った。
「とんでもないなお前。」
怜が言った。
いつの間にか元の場所に戻っていた。
3人とも船から降りた。
「楽しかったね。」
由美が言った。
「……あんまり。早苗が面白かった。」
怜が言った。
早苗は嬉し泣きをしていた。
早苗が出口で言った。
「次、行こうよ。私アリスのティーパーティー。ティーカップの遊びだよ。」
怜が言った。
「はいはい。」
由美が言った。
「早く行ってみようよ。」
3人ともアリスのティーパーティーに着いた。
順路は少し混んでいた。
早苗が言った。
「これ見て。」
早苗が鞄から小さなコンデンサを出した。
「道で拾ったんだよ。本物の電子部品だよ。」
由美が反応した。
「それ中身食べれるの?
聞いたことあるよ。」
早苗が言った。
「やめてよ。」
早苗は笑った。
怜はぼけっと見ていた。
由美が言った。
「そろそろお腹空いたな。」
もうティーカップに乗れる順番になった。
3人でティーカップに乗った。
由美が言った。
「この野郎。食べたいんだよー。」
由美は机をぐるぐる回した。
とんでもない速さだ。
「凄いよー。」
早苗が喜んだ。
「ち、ちょっと、やめて。」
怜が吐いた。
「うわー。」
由美が言った。
「やっちゃったね。」
早苗が布巾を鞄から出してゲロを拭いた。
由美はどんどんテーブルを回す。
「最高。」
早苗が言った。
「いろんな人が真似してるよ。」
早苗が言った。
ディズニーランドの男の人の顔が引きつっていた。
「とにかく止めて……。」
怜が言った。
「はいよー。」
由美が机を回すのを止めた。
「また気持ち悪くなってきた。」
怜が言った。
怜は一生懸命吐くのを我慢した。
音楽が止まった。
終わりだ。
「とにかくトイレ。」
怜が言った。
怜はトイレでどんどん吐いた。
怜は悔し泣きをした。
「なんで来ないんだよ。」
怜は言った。
時間が来た。
もうバスだ。
浦安の安いホテルに泊まった。
夕飯はハンバーグだった。
風呂に入って寝た。
3人は無口だった。
最終日。
朝から羽田空港。
朝食のパンを食べたらすぐだった。
「あっという間だったね。」
早川が言った。
「うん。」
由美が言った。
怜は何も言わない。
みんなで飛行機に乗って沖縄に戻った。
こうして修学旅行は終わった。
……かなり暗かった。原因は、彦がいないことだった。
24
12月27日。冬休み。
朝だった。
怜は早起きをした。
怜はお金を貯めていた。
由美も早苗もお金を貯めていた。
3人とも8万円ぐらいあった。
怜は由美に電話をした。
「起きてる、由美」
由美が電話に出ていった。
「起きてるよ。ついに来たね。」
怜が言った。
「出動だ。久しぶりだな。早苗も連れてく。彦は金持ってるかな。」
怜がいきなり電話を切った。
彦に電話だ。
彦が電話に出た。
「はい、なんですか。」
怜が言った。
「東京に行こうよ。私たちの故郷。あんたも行ったんでしょ。金あるんでしょ。今日だよ。」
彦が言った。
「え、はあ、まあお金はあるけど……今日は暇があるし、行ってみるよ。一泊だよ。」
怜が言った。
「決まり。今日発の一泊旅行。羽田行。7時に那覇空港集合。」
怜は電話を切った。
みんな張り切っていた。
7時に4人が空港に集まった。
すぐにANAの切符を買った。往復だ。28日に帰ってくる。
怜が電話でホテルの予約をした。
吉祥寺のサラリーマン用のホテルだ。
飛行機が出発した。
みんなでローソンの弁当を食べた。
「このから揚げ美味しい。」
由美が言った。
「静かにしなきゃ。」
早苗が言った。
「懐かしいな。」
怜が言った。
彦はコーヒーを飲んでいた。
飛行機が羽田空港に着いた。
みんなで速攻東京モノレールに乗った。
怜の指示だ。
山手線から中央線に乗り換えた。
吉祥寺直行だ。
みんなで井の頭線に乗った。
「懐かしいな。」
怜が言った。
「登校時間は過ぎたか。」
怜が言った。
「懐かしい。」
彦が言った。
「まだいるよ。」
早苗が言った。
ちょっと変わった女の子が制服を着てスティッチのシールの枚数を数えていた。
数人いた。
「まだいるんだな。」
怜が笑った。
「パンツ丸見え。」
由美が言った。
「あんた何してるの。」
怜が聞いた。
「悲しい。」
中学生の女の子が答えた。
「なんとかしなよ彦。」
由美が言った。
彦が言った。
「それ片付けたほうがいいよ。」
中学生たちはスティッチのシールを片付けた。
「治った。」
中学生の一人が言った。
「こいつら面白いんだよ。」
怜が言った。
「もう下北沢か。」
怜が言った。
「変わってないな。」
怜が言った。
「エックスー。」
由美が言った。
中学生達が笑った。
「凄いの知ってるね。」
彦が言った。
渋谷に着いた。
「学校には行かない。」
怜が言った。
タワーレコードで買い物だ。
怜はコーネリアスの新作を買った。
由美はトランスのCDを買った。
早苗はアニソンを買った。
「懐かしい。来て良かった。」
怜が言った。
彦は石野卓球の新作を買っていた。
「もう吉祥寺。ご飯は全部お弁当。」
怜が言った。
みんな納得した。
みんなで中央線で吉祥寺に行った。
「井之頭線が見れた。変わってなかった。」
怜は笑った。
彦だけ別部屋だった。
みんなご飯を食べて寝た。
次の日の朝になった。
怜が言った。
「昼の飛行機で帰る。もう空港。並ぶよ。」
怜が言った。
みんなで羽田空港に行った。
ANAで沖縄に戻った。
「暑いな。」
彦が言った。
「当たり前だろ。」
怜が言った。
「解散―。」
由美が言った。
早苗は泣いていた。
中学生に同情していたのだ。昨日を思い出したのだ。
みんな家に帰った。
25
日曜日になった。
緊急集会と修学旅行のしばらく後だ。
怜と由美と早川と彦は興南高校の美術室に集まった。
彦が言った。
「俺、考えたよ。その紙が全てだよ。色紙。」
「そうだね。」
由美が言った。
怜が口を開いた。
「……見る。」
怜はじっと色紙の表と裏を見た。
怜はピンときた。
「一瞬の中に永遠はある!
過去の中に未来はある!
あぁ!あぁ!うぅ!
みんな過去に帰っていくんだ、みんな過去に帰っていくんだ!」
怜は叫びながら絵を描き続けた。一晩中描き続けた。叫び続けた。
自分でも何を書いているのかわからなかった。でも描き続けた。
鳥が鳴き始めた。
やがて朝になった。
ぼんやりと見えるどこか懐かしい青空、いつか見た雲がきれいだった。
絵が、出来ていた。
それは怜が通っていた中学校1年生の時の教室そのままだった。
絵が、うっすらと光っていた。
怜が言った。
「……?出来たの?これ、出来たの?」
「怜、大丈夫?」
後ろに立っていた由美が声をかけた。
早川と彦も心配そうに後ろで立っている。
怜が叫んだ。
「来て!早く来て!」
怜が、絵の中に、入っていった……。
由美と早川と彦が、何がなんだかわからないまま絵の中に飛び込んだ。
つまり、部屋にいた全員が、絵の中に入っていった。
4人はふらふらと教室の中を歩き回った。
早川が呟いた。
「放課後の……、たしか、私たちが通っていた中学校だよね。」
怜が振り向いて言った。
「う、うん。」
早川が少し大声で言った。
「怜ちゃん、ええっと、怜!あんた中学生に戻ってるよ!」
由美が言った。
「……見た感じだと、なんていうのこれ、みんな中学1年生に戻っているっぽい。彦まで……。」
彦が言った。
「ええっと、こういう時は、なんだろう、わかんないな。」
怜が言った。
「単純じゃん。家に帰ろうよ。戻ったんだよ。
あの頃に……。」
彦が言った。
「あの、僕……、大学で東京来ただけでこの界隈に家ないんだけど……。」
由美がにやにやしながらトスを出した。
「あんた言ってたじゃん、日比谷に行きたいとか。行けばいいじゃん。日比谷。
ガチやんなよ!ガチ!わかってんでしょあんた!」
怜と由美と早川が彦に振り向いて同時に言った。
「それ名案~。」
「ちょ、ちょっと待って。それ違う。俺もう東大。どうしよう。」
みんなで考えた。
怜が叫んだ。
「やばい、もうすぐ帰れなくなる!」
「俺、医者になる!」
彦は教室から出た。
彦だけ美術室にいた。
怜が書いた絵がある。
彦は声を出して泣いた。
「ありがとう。ありがとう。」
……さて、怜と由美と早川だ。
中学一年生になった。
「彦どうするの?」
由美が怜に聞いた。
「ほっとけよ。」
怜は半泣きだ。
早川が歩き出した。
「懐かしいな。みんな一緒だったよね。」
由美が言った。
「もういっかいやってみようよ。理由なんかない。楽しいから。」
早川が言った。
「ずいぶん前に戻っちゃった。私嬉しい。」
由美がまた言った。
「もう一回、渋谷女子高行こうよ。」
「……うん。」
怜はこぶしを握り締めた。
おわり