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後編

 ミアスがニアムを迎えに来たのは、翌々日だった。

 落ち込み拗ねるニアムを宥めすかしながらユーインは旅支度を整えて、やっぱり困ったような顔のまま、笑って見送った。




 ミアスに連れ帰られたニアムに、氏族のもの全部が驚き、そして喜んだ。

 自分そっくりな毛並みの母親に抱きしめられ、ニアムはどことなく懐かしさを覚えて、けれどそのことがユーインと自分を決定的に離してしまうのだとわかってしまって、わあわあと泣いた。


 そうしてふた月後、冬が来る前にもう一度だけ町へ行くというミアスに頼み込み、ニアムも町へ付いて行くことになった。せめて、ちゃんと皆に会えたと報告したいからと。


 けれど。


「ユーインのおうちが、ないよ」

 呆然と佇むニアムの目の前には、何もなかった。確かにここにあったはずの家が、跡形もなく消えていた。

 さすがのミアスさえも、言葉を無くしたまま、ただ、更地になってぽつぽつと草の生えたその場所を見つめていた。

「ここで、合ってるはずだが……」

「木はあるのに、おうちだけ、ないよ」

 震えながら、ニアムはミアスの服の裾を握り締める。まさか、ユーインにはもう二度と会えないのだろうか。

「においもしない。ユーインのおうちのにおいも、全部なくなっちゃった」


 すん、と鼻を鳴らして、それからぼろぼろと泣き出すニアムを、ミアスは抱き上げる。丸めた背を撫でながら、大丈夫また会えると言おうとして、けれど、本気で姿を隠した魔族をどうやって探せばいいのか見当もつかず……結局何も言えずに、ただ、背を撫で続けた。




「これで、注文のは全部かな」

「ああ……うん、今回もよくできている。これは、お代だ」

「うん、たしかに」

 ユーインは、並べた魔道具と引き換えに金貨の入った袋を受け取る。店主が、「これが今入ってる注文なんだが」と差し出した紙を受け取り、目を通して「これなら20日くらいあればできるかな」とざっくり見積もる。

 幾ばくかの金額の交渉をして、双方納得したところで、ようやくユーインは請負書にサインをする。そうやって一連のやりとりを終えると、フードを目深に被りなおしたユーインは店を出た。


 夏の日差しは眩しく力強く、魔法がなかったら体力のないユーインなんて、とっくに暑さにやられてしまっていただろう。

 ぎらぎらと照りつける太陽をちらりと見て、こういうときは、自分は魔法使いでよかったと思う。町のひとたちのように、薄着になったからといって無事に過ごせるような気がしない。

 魔法使いらしく、家に引きこもってあまり外に出ないユーインは、体力にはまったく自信がないのだ。


 ニアムがいなくなってすぐに、家を取り巻くように幻覚の結界を作って、ニアムが戻ってこれないようにした。

 何度か来たことには気付いたけれど、結界を解くようなことはしなかった。

 しばらく経つとニアムも諦めたのか姿を見せなくなって、それからすっかり年を数えることをやめてしまった。

 あれからどれくらい過ぎたのか、もうすでによくわからない。

 今日、魔道具を持っていった店の主は前と変わっていないから、ひとが死ぬほどの長い年数は経っていないんだろう。

 けど、この夏も、ニアムがいなくなって何度目なのか、もうよくわからない。


 あれからずっと、自分はただ漫然と生きていると思う。

 けれど、ニアムを拾う前もこうだった。ただもとに戻っただけだ。

 もう一度太陽を見上げ、はあ、とひとつ息を吐いて、ひさしぶりに食事をしてから帰ろうと考えた。




「おやユーイン、久しぶりじゃないか! 元気だったかい?」

「あ、うん。女将さんも……そんなにひさしぶりだっけ?」


 そういえば前に来たのはいつだったかと考えて、よく思い出せないことに気づく。女将さんは呆れたようにユーインを見やった。


「もう何年かきてなかっただろうに。魔法の使い過ぎで馬鹿になっちまったのかい?」

「魔法の使い過ぎって……ちょっと季節を数えてなかっただけじゃないか」


 ばつが悪そうに言い返すと、女将さんはますます呆れた顔になる。


「……やっぱり男やもめっていうのは、不健康になるもんかね。まあともかく、ずいぶん痩せたみたいだけど、ちゃんと食べてるのかい? そんなんじゃニアムちゃんだって心配だろうに。今日はしっかり食べていきなよ」

「ん……そうだね」


 なるほど、自分のようなやつを“男やもめ”というのか、と、変な感心をしながら、ユーインは運ばれた昼定食を食べ始めた。


「そうそう、ユーイン。ニアムちゃんが、あれから何度か来てね、あんたの引越先を聞かれたんだよ。あんた、いつの間に引っ越したの」

「え? あ、ああ……ちょっと気分を変えようと思って」

「なら、ちゃんとニアムちゃんに教えてあげなきゃだめじゃないか」

「ん……それは、いいかな」


 眉を顰める女将さんに、ユーインはへらへらと笑ってみせる。


「ニアムは、もう、家族のところに戻ったんだから、へたに僕の家の場所なんて教えないほうがいいんだよ」

「ユーイン、あんたねえ……」


 女将さんはやれやれと溜息を吐いて、肩を竦めた。「あんたも損な性分だね」と首を振る。


「そうやって、なんでもかんでも割り切れるようなものじゃないだろうに」

「そんなことはないよ」

「魔族ってのはとんでもなく長生きだって聞いてるけど、だからこんなふうに(ひね)くれてしまうのかね」

「捻くれてるって、ひどいなあ」


 呆れっぱなしの女将さんに、ユーインは困ったように苦笑する。




 町を出た時間はまだ早く、日も高い。

 そういえば本当に引きこもりっぱなしだったなと考えて、ユーインは歩いて帰ることにした。思えば、ニアムが帰ってからほとんど歩かなくなっていたなと。

 のんびりと歩きながら、たった半時ほどの道のりなのに、やけに長く感じる。


 ……なんで街道を歩くだけでこんなにナーバスになっているんだ。

 思いの外、ニアムがいなくなったことが堪えていたということか。だけど、あれはもともと来るはずだったものが、数年前倒しで来ただけのことじゃないか。


 取り留めもないことを考えながら歩いていると、ふと、見られていることに気付いた。誰かがじっと気配を殺し、こちらを伺っていることに気付いた。

 ──盗賊だろうか。

 たしかに、町で魔道具を納品したばかりだから、懐には金貨がずいぶん入っている。だけど、それにしたって、単独でいる魔族の魔法使いを襲うような馬鹿はいるだろうか。

 魔族の魔法使いは、たとえ単独でなくたって、山盛りの防御魔法を自分に掛けているものだ。ユーインだって例外じゃない。


 速度はそのままに、ただ、隠れた気配には十分注意しながらユーインは歩いた。家まで連れて行く気はないが、もう少し町を離れてから相手をしようと考えて。

 ……いっそ転移してしまおうかと思ったけれど、このまま見逃すのもちょっとなあと躊躇してしまう。

 なんだかんだ、町の人たちにはよくしてもらえていることもあり、なんとなく恩義を感じているのだ。

 ここで盗賊を見逃したりしたら、町のものに迷惑がかかってしまうんじゃないかと考えると、後味も悪い。


 悶々と、まず無力化するのにどうしたらいいかなどと考えつつ、じりじりと歩く。そもそも荒事はあまり得意ではないので、さほど多くの方法が思いつくわけではないのだが。


「……えっ」


 気配が動いた気がして、思わず振り向いた。何かが来るのはわかるけれど、速すぎてついていけない。

 いきなり大きな塊が突進してきた挙句に、思い切り飛びかかってきて、どすんと後ろに転がってしまう。上にのしかかられたまま、しっかり押さえ込まれて、これは駄目かもしれないと考える。

 ──なのに。


「ユーイン!」


 驚いて声も出ない自分の上に乗っているのは、大きな金茶の猫だった。

 手足はすっかり伸びて、身体も大きくなって、金色の目はくりくりとよく動き、尻尾がばたばたと忙しなくユーインの身体を叩く。


「ニアム、ユーイン見つけたよ!」

「え、ニアム?」


 ぐりぐりと甘えるように頭を擦り寄せるのは、すっかり大きくなったニアムだった。ぎゅうぎゅうとユーインの身体を抱き締めて、「ユーイン、ユーイン」とすんすん匂いを嗅ぎまわる。


「ニアム、どうして」

「大人になったから、ユーインのお嫁さんになりにきたんだよ」

「いや、ニアム、無理だって説明しただろう?」


 やれやれとどうにか身体を起こして、ユーインはニアムの腕を解こうとするが、びくともしない。いったいどれだけ力が強くなったのか。


「大丈夫だよ」


 にい、とニアムは笑った。耳をぴんと立てて、尻尾をゆらゆらと揺らして。


「お姉ちゃんたちが、子供ができないなら養子をもらえばいいし、なんならお姉ちゃんたちの子を養子に出すから気にしなくて平気だって」

「……は?」


 思ってもみなかった言葉に、ユーインは唖然とする。


「それは、解決に、なってるの……?」

「だから、大丈夫なんだよ。ね、ユーイン、ニアムをお嫁さんにして!」


 してくれるまで絶対離れないからねとしがみつくニアムに、ユーインは「つまりそれは、僕に拒否権がないってことじゃないか」と苦笑する。


「ニアムの言いっぷりだと、はい以外に返事ができないんだけど」


 困ったような顔で笑うユーインに、ニアムは満面の笑顔を向ける。


「そうだよ! だって、ニアムは絶対ユーインのお嫁さんになるって決めてるんだもん!

 だから、ユーイン、早くはいって言って!」


 はあ、とユーインはひとつ息を吐く。

 ここで逃げ出したところで、たぶんニアムはどこまでも追いかけてくるのだろう。何しろ、獣人は狙った獲物は絶対に逃がさない、凄腕の狩人なんだから。


 ……それに。


「毎日鹿を獲って、ご馳走を作ってくれるかい?」

「もちろんだよ! ニアム、鹿狩り上手になったんだ。大きな鹿を獲って、ユーインにたくさんご馳走を作るよ!」


 尻尾をまっすぐに立てて誇らしげに言うニアムに、くすりと笑ってしまう。

 これはもう、かないっこない。

 降参だ。


「わかった……なら、ニアム、僕のところにお嫁においで」


 ニアムが戻ってきて、とても嬉しくて嬉しくて仕方のない自分がいるのだ。“嫌”なんてとても言えるわけがない。

 ユーインは、きらきらと目を輝かせて尻尾を跳ね回らせるニアムに、ちゅ、とキスをひとつして、ぐいと抱き締める。


「今日から、ニアムは僕のお嫁さんだよ」




 それからしばらく後、魔族の魔法使いユーインは、もっと北、エッタラー山地の(ふもと)へと居を移し、とある獣人氏族の薬師兼魔法使いとして暮らすようになった。

 ……魔法使いの家なのに、毎日庭先をころころと仔猫たちが走り回り、魔法使いというよりはまるで子守が仕事のような有様だ。ユーインは毎日毎日いたずら盛りの仔猫を追いかけて、ひたすら走り回っている。




 道端に落ちていたもふもふの毛玉を拾って世話を焼いて、10年経ったらもふもふの女の子に変わり、気がついたらもふもふのお嫁さんになっていた。

 ユーインは毎日幸せだ。


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