第16話 大図書館 中編
「この間なんか、古代魔術派の学者がさらわれてね。上から、くれぐれも気をつけるように、うかつなことはしないように、ってお達しまであったんだ。あんたも気を付けたほうがいいんじゃないのかい?」
「気をつけろと言われましても……どういう人がさらわれてるんですか?」
「共通項は上がってきてないみたいだね。学者に冒険者に商人に、老いも若きも男も女も、ってかんじらしいよ」
「それ、気をつけようがないじゃないですか」
「唯一わかってんのは、全員が何らかの催し物に参加して、その数週間後にさらわれてるってことさ。あんた、秋の討伐祭は行ったかい?」
机に放置されたままの封筒類を重要度で仕分けしながら、おざなりにうなずく。
「行きましたけど……全体をあわせるとものすごい参加人数でしたよ? それに私、無難に商売しただけですし」
「あんたの商売はけっこう荒っぽいと思うんだけどねぇ……」
「何か?」
「いや。まあ、1人にならないようにするだけでもずいぶん違うと思うよ。うん」
地雷を踏んだと見てとるや、あっさりと自分がふった話題を引き上げてしまう。なんなんだ。
「それで、今回は何を書くんですか?」
先生が私を呼びつけるとしたら論文書きの作業だろうと当たりをつけて、単刀直入に聞く。
一応机の上には今回使うらしい資料は出ているのだが、ミミズがのたくるよりは多少マシ、といった調子の文字がだらだらと書き付けられているばかりだ。ここから正解を導き出すのは、かのシャーロット=ホームズでも難しいだろう。
「8月の頭に、ちょっと事件がおきてね。それの報告書みたいなもんさ」
「8月?」
はて、何かあっただろうか。
「コーベニア襲撃事件だよ。ユーリから聞いてないかい?」
言われて、ユーリの誕生日を祝った宴席を思い出す。たしか、コーベニアの郊外に魔物の群れが襲ってきたのだったか。
「実は、コーベニアの他にも襲われた村や街があってね。それを全部関連付けて原因を究明しろっていうお達しがあったのさ。一応個別の事件としてはあれこれ結論付けて解決したことになってるけど、関連性が疑われる以上、誰かが調べておかないといけないんだよね」
「そういうものなんですか」
「そういうもんさ」
学者というのも制限の多い職業のようだ。
「んじゃ、さっそく頼みたいんだけど……」
論文というものは、最後の最後に出来上がるのは紙に綴られた文字の羅列なのに、そこへ至るまでは膨大な資料が必要となる。
この資料をまとめるのが、私の主な役割だ。
そもそも、仮説を立て、データを集め、仮説が正しいのか間違っているのか、どのようなメカニズムを経てそうなるのか、どこが間違っていてそうならないのか、といったさまざまなことを、いかにも真面目くさった言葉で文章にする。それが論文である。
うちの先生は、仮説を立ててから実験によるデータ収拾するまでは非常にフットワークが軽いのだが、資料をわかりやすくまとめ、論理的に説明しようとするととたんに動きが鈍くなる。できない、というわけではない。趣味の範囲外なのだ。
「コーニアの地図とレレントの地図を、緯度経度ではりあわせて……」
「先生、テープないんですけど」
「あ、きらしてたんだっけ。のりで貼っちゃって」
「……ところでこれ、位置がおおざっぱすぎて、よくわからないんですけど」
「そこは感性と根性でカバーすんだよ」
「先生ホントに学者ですか?」
「なにごともよい加減ってもんがあんのさ」
……趣味の範囲外なうえに、そもそも向いてないのかもしれない。
「メーディア、ちょっと本館の資料とってきてほしいんだけど」
「なんですか?」
「古代史の棚にある、旧文明末期の本なんだけど。精霊、エネルギー問題、環境問題、兵器産業のキーワードで、それぞれ1冊ずつぐらい見繕っておくれよ」
「ちょっと待ってくださいよ、メモしますから」
手近にあった紙にざっくりと書きなぐり、ポケットに突っ込んで研究室を出る。
なんだかんだやっている間に、空はすっかり暗くなってしまった。赤みをなくした空に、今日はもう秋分を通り越していて、これから本格的に日暮れが早くなっていくのだということを、急に実感する。っていうか、今日の宿どうしよう。
本館は、正面の入り口近くに一般書籍が、奥の入り口近くに専門書籍が並べられている。
研究員の利便性を高める意味もあるのだろうが、ぶっちゃけ隔離措置だ。
こんな薄暗い書架の谷間で、頬がこけて目の焦点があってない薄汚れた白衣の研究者にでくわしたら、悲鳴のひとつも上げたくなる。
古代史の棚は、専門書の中でも奥まった一角にある。これはたぶん、古代魔術派の研究員が頻繁に引用するせいだろう。
ここにあるのはたいてい40歳に満たない写本なのだが、まるで100年読まれているかのようなボロボロ具合である。
指示のあった4つのキーワードのうち、精霊以外の3つを手に取ったところで、内心頭を抱えてしまう。
精霊の何を書いた本がほしいのか、聞きそびれてしまった。
古代文明の末期で精霊といえば、2大教派戦争が真っ先に思い浮かぶ。
文明の崩壊を前にした宗教家たちは、各々口々に好き勝手、魔法消失による文明崩壊の意義を唱え始めた。
その中でも特に、神とその眷属である精霊の怒りに触れたと社会を糾弾する狂信派と、人類の危機に必ずや神と精霊は救いをもたらすとした救済派の2派閥が、官民を巻き込んだ大惨事を繰り広げたのだ。
これが、後の世に言う2大教派戦争である。
もっともこの話は、物語として後世に伝えられる中で、かなり大げさになっているということだが。
文献から読み解くに、どうやら古代文明では精霊と神はほぼ同じものとして扱われていたようだ。この世界には根源となる大きな力があって、それを魔術などの理論で表現すると精霊、宗教などの思想で表現すると神になるのだという。
あらためて、古代史の棚を見る。
この中で精霊関連の本は7冊。どれも、今回調べている魔物の異常行動とは一切関係がない。
一度戻って、もっと詳しい条件を聞きに行こうか。それとも、本人に来てもらったほうが合理的だろうか。どの道、もうここに用はない。
踵を返した瞬間、目の前で立ちふさがるようにしている白衣の男に気付く。
マティアスさんと同じかすこし低いくらいの高さから、赤茶色の目がこちらを見下ろして、固まっている。
年のころは30か、もう少し若いか。あごに古傷があって、ピアスはぱっと見6個以上。
研究者にしてはがっしりした体つきで、先日の茶髪の冒険者なんかよりよっぽど冒険者風だ。
なんとなく見覚えのある顔だが、こんなに矍鑠とした研究員がここにいただろうか。
「こんなところで何をしている」
あ。
「……ユーディット=コリンズ」
声を聞いて思い出した。病室で会った時は暗かったのと薬がぬけきっていなかったのとでよくわからなかったが、こういう顔をしていたのか。
兄弟だと言うわりに、黒髪以外の共通点が見当たらない。
「わざわざ外部IDまでとって、本を借りにきたわけではなさそうだな」
上から冷たい目で睨まれ、身がすくむ。きちんと許可を得てここにいるのだから、なにも臆することはないはずなのに。
「……コーニアの学会に所属してたんですか」
「ん? ああ、一応な。生まれでない国の学会に入るのは規制が厳しい」
突っぱねられると思っていたのだが、あんがいちゃんと答えが返ってきて戸惑ってしまう。そういえば、病室でもこんな調子だったか。
結局、肝心なことを聞く前に地雷を踏み抜かれて追い出してしまったが。
「それで、こんなところで何をしている?」
「まあ……知り合いの手伝いに」
「メーディア、そこは恩師の手伝いに、だろ?」
真後ろからの声に振り返ると、無駄に立派な胸をはっておおいばりする先生がいた。
「先生がもっと落ち着きを身につけたらそうします」
「可愛くない弟子だね」
先生の前で可愛い子ぶっても、一文の稼ぎにもならない。
「コリンズもねぇ、ナンパなら忙しくないときにやってほしいもんだ」
「は」
鼻で笑った。
「女史にしては気のきいた冗談だ」
「そりゃあどうも」
本気で言った言葉だろうに、素直に首をすくめてやり過ごす。2人のやり取りにはずいぶんこなれたものがあった。
「知り合いなんですか?」
「大学時代にちょっとね。そっちは?」
なんとも言いがたい質問に、一瞬顔を見合わせる。
「まあ……まあ」
「なんだいその返事は。はっきりしないのは好かないよ」
そうは言っても、ここの研究員を指して自分の入院中にいちゃもんを付けてきた変な人ですとは言えない。
そろって黙秘する私達にため息をつき、豊かな金髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「まあいいか。そんなことよりメーディア、頼んだ本はどうなったんだい?」
ひとまず、ここまでにそろえた本を渡す。
「精霊関係の本、って指示ですけど、具体的に精霊の何について書いた本を探してるんですか?」
「ん? あーっと……そうだね、民間伝承とかのたぐいになるのか、言い伝えや神話なんかの資料がほしいんだよ」
「神話……?」
古代史の棚にそんな本があっただろうか。
「たしか、精霊に関する伝承、とかそんなタイトルの本があったと思ったんだけど……」
繰り返すが目の前の本棚には、精霊関係の書籍は7冊ある。どれも、エネルギー資源がどうのとか、変換効率がどうのといったタイトルばかりだ。
「その本なら、今は貸し出し中だな」
急に上から降ってきた声に、ちょっとビックリする。まだ居たんだ。
「貸し出し? 外部にかい?」
「エルに」
先生が、カエルがつぶれたような声と一緒にいやそうな顔をする。
「あいつ……また返却期限忘れてんじゃないだろうね」
またわしわしと髪をかき上げながら、大股に書架の間を抜けていってしまう。
「あ、ちょっと」
あわてて後を追いかける。
ちらりと盗み見た自称兄は、もはやこちらに興味は無いとばかりに本棚に向かっているのだった。
司書の若いお姉さんに、なんとかいう人の貸し出し履歴を参照してもらう。
あきれたことに、10冊を借りて、そのなかの5冊を延滞していた。
「あいかわらずだね、あいつは」
「どんな人なんですか?」
「日付感覚のおかしいやつでね、平気でひと月ずれたことを言ってくるのさ」
ひと月とは、それはすごい。
「……あのさ」
先生がカウンターにのしかかるように身を乗り出す。すると豊かなバストが重力に引かれて、さらに迫力を増した。
「この5冊はあたしが取り返してくるから、この精霊伝承集はそのまま借りてっていいかな」
「本当は規則で禁止なんですけど、ちゃんと全部取り戻してもらえるならそれでいいです」
先生と同年代ぐらいに見える女性は、真剣に深刻な表情で頷いた。先生のお色気作戦が成功したわけではなく、延滞の常習犯にほとほと困っているらしい。
「あんた、話がわかるね」
先生に続いて、北館に入る。連絡通路脇の階段を使わないところを見るに、例の延滞犯は一階の住人のようだ。
「あんた、エルには会ったことなかったね」
「ええ、はい」
「だったら覚悟しておいたほうがいいよ。あいつは顔がちょっと……いや、だいぶアレだから」
アレ、と言われただけではわからない。
「顔が怖い、とかですか?」
「いや、むしろ逆……まあ会ってみればわかるよ」
「はぁ……」
つづく




